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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
最後の夏は温泉で
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任務終了

 食事も終え、デザートも食べ、部屋で世間話をしながらまったり寛いでいた。


 ピリリリ。ピリリリ。


 電話が鳴った。フロントからだった。


「準備が出来ましたのでいつでもフロントへお声をかけてください」

「あっ、分かりました。ありがとうございました」


 俺はお礼を言い電話を切った。

 そして大きく深呼吸した。


「あのさ、いまフロントから電話で、お風呂の準備が出来たらしいよ」

「お風呂? さっき入ったじゃない」

「あれは大勢で入る風呂。今度のは……」

「今度の?」


 ラムはキョトンとしながら聞き返した。


「実は、か、家族風呂もあるんだけど」

「家族風呂?」

「か、家族とは……。友達とかと一緒に入る風呂でして……」

「はい?」


 言っても通じないだろう。だが言わなければもっと通じない。俺はありったけの勇気を振り絞って詳細を説明した。ラムの返事は「イヤよ!」だった。

 ただ、ミルクさんは興味深げに聞いてきた。


「面白そうね。それって家族だけで一緒に入れるお風呂って事?」

「普通は男女別々なんですけど、小さい子供を連れた家族が両親と一緒にお風呂に入れるように作られたものなんです」

「男の子と女の子が一緒に入れないものね」

「せっかく家族で来たのにバラバラは寂しいですから」

「なるほど。楽しみを皆で共有するのね」

「家族だけじゃなく、こ、恋人同士の間でもよく使われているらしいです」

「あー、なるほど。なるほど!」


 さすが大人の女性。みなまで言う必要もなく理解してくれたようだ。


「どうします? 入ります?」

「うーん。そうねぇ~」

「もしイヤだったら断りますが」


 この先、地球に来る事は滅多にないと思う。もしかしたら二度と来ないかもしれない。仮にこれが最後だとしたら、あの時こうしておけば良かったと後悔しても後の祭りである。

 長時間かけてわざわざ訪れたのだから、様々な種類の温泉を心行くまで堪能してこそ勉強ではないだろうか。大浴場、露天風呂、サウナ、水風呂。そして家族風呂。用途は違えど色んな体験をしておけば、星へ帰った後も皆に説明しやすいのではないだろうか。

 本来の目的は、惑星に新たな施設を作る。そこに訪れた人たちを笑顔にする。

 10万光年という途方もない距離を移動して来たのは、チージョ星をもっと豊かにするためではないだろうか。決してゲスな下心で誘っている訳ではない。

 ……的な事を熱く語った。温泉だけに。


 話を聞いたミルクさんは、少し間を置いた後、俺の顔を見てニヤッとした。


「じゃ宮本君。一緒に入る?」


 心の中のメインの俺がキャッハーと叫んだ。

 既に顔はニヤけまくっていたが、エロモードを全開にするのは失礼千万である。眉間にグッと力を入れ「そういう気持ちで誘ったのではありません」という顔でクールに決めた。

 ただ、さすがにミルクさんと2人っきりは、こちらがこっ恥ずかしくなる。経験豊富な大人の女性と、女体の「にょ」の字も知らないチェリーな俺。暴走する魂を押さえる役目として都合がいいのでココも誘ってみた。


「どうする? ココも一緒に入る?」

「うーん。どうしてくれましょぉ~」

「イヤらしい気持ちはないよ。皆に地球の温泉を知って貰いたいだけだから」

「これは思案の為所ですねぇ~」

「乳白色だから入っちゃえば見えないし」

「……それじゃ、私も参加しますですぅ」


 という訳で、3人で家族風呂へ向かった。



 フロントで鍵を貰い、ドッキドキしながら家族風呂のドアを開けた。


「ここが脱衣所です。ここで服を脱いで入ってきてください」


 そう指示し、俺はなるべく2人を見ないように下を向きながら、急いで湯船へ飛び込んだ。

 ここの家族風呂も何度も入っているが、山間にそびえる大きな木々に向かって照らされるライトアップはいつ見ても心が癒される。男湯の露天もいいが、景色はこちらの方が圧倒的に上回っている。湯けむりが靄のように立ち込め、時折鳴くフクロウがさらに怪しく幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「やっぱ、露天はここがサイコーだな」


 しばし夢の中で恍惚としていると……。


「にゅ、入湯してもよろしいでしょかぁぁ」

「大丈夫。俺、外を見てるから。何も見えないから」


 後ろ姿の俺を確認し、ココが入ってきた。


 そして……。


「お邪魔します」


 タオルで前を隠したミルクさんが入って来た。

 マジで混浴だ。マジで。背中越しで姿形は見えないが、マジっすよ、これ!


 もはや脳みそが言うことを聞いてくれない。首が勝手に360度回転しそうになる。湯船で顔をゴシゴシ洗い、頬を5~6回叩き、太腿や色んな箇所をツネリ、岩風呂の岩に何かをガリガリ擦り付け、痛みで冷静さを保った。

 もう溺死寸前だった。


 ……ところで、さっきからふて腐れた顔で3人の後ろを付いてくる君。どうして脱衣所からこちらを覗いてるんだい? まるで飛雄馬を見守る明子みたいに。

 もしかして一緒に入りたいんじゃないの? だったら素直になりなよ。僕は君じゃ物足りない体になっているんだから。気にしなくて大丈夫だよ。

 ペッタンコちゃん!



 結局、何だかんだで4人で風呂に入っていた。乳白色なので湯船に浸かってしまえば何も見えない。精神的にも肉体的にも楽である。


「外でお風呂に入るのって新鮮ね」


 先ほどまでブスくれていたラムが笑顔で言った。


「お前んちの風呂に入る時は、窓を開けて夜空を見ながら入っているよ」

「へぇ~。知らなかった」

「知ってたら、それはそれでマズイだろう」

「まあ、そうね」

「チージョ星の星空って、地球の何十倍もキレイだからな」


 それを聞いた3人は嬉しそうに照れ笑った。

 自分の住んでいる場所を褒められるのって誰でも気分がいい。特に地球とチージョ星を100万光年も行ったり来たりしている俺が言えば説得力も倍増だろう。


「でも地球の夜空もキレイよ」


 ミルクさんはそう言って立ち上がり、露天から身を乗り出して景色を眺めた。


 ケ、ケツ! 目の前にミルクさんのお尻がぁぁ~~。


 ここまで長くて辛い道のりだった。大変だった。苦労した。でも努力は必ず報われる。

 地球~チージョ星を6時間、距離にして30万光年を休みなく移動。ママチャリで山越えをし、途中で何度も挫折しそうになった。坂道でガードレールに激突して崖へ転がり落ちそうになった。頂上でゲロも吐いた。山猿に気の毒がられた。

 モジャチンカ山で50度以上ある熱湯を頭から浴びて火傷しそうになった。ラム家の風呂で窓枠から足を踏み外し、2つの袋に鈍痛の衝撃を受けた。ラムに熱湯を浴びせられた。

 それもこれも今日のため。家族風呂という天国へ向かうため。歯を食いしばって頑張ったのは、この瞬間のため。


 残り5割。俺の任務は只今完了しました!


 いつ死んでもおかしくない状態の俺。そんな俺をよそに、混浴に慣れてきたラムとココは水を掛け合ってはしゃいでいた。


「どう? 慣れてきた?」

「うん。最初は恥ずかしかったけど楽しいね」

「だろ?」


 ココも同じく、初めは恥ずかしくてドキドキしていたが、今は楽しいと言った。


「こうして一緒に入ってると、わだかまりや恥ずかしさが少しづつ薄れていって、そのうち仲間意識が強くなる。地球では「裸の付き合い」っていうんだよ」

「ふーん。裸の付き合いねぇ~」

「隠し事はせず、ありのままの自分で付き合うって意味だよ」

「お互いをもっと詳しく知るって事?」

「まあ、そんな感じかな」


 俺の言葉にミルクさんは、


「裸の付き合いか……確かに一理あるかもしれないわね」


 遠くを見ながら呟いた。


 もしかして彼氏を思い出してるのか? もしかしてフラれたのか?

 だった俺の所へ来いよ。いつまでも愛してやんよ。




「そろそろ時間だから出ようか」


 楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 家族風呂の貸出時間は1時間。もうすぐ俺の極楽浄土は終わりを告げる。


「あのさ、最後に記念撮影しない?」

「えっ? このまま?」

「もちろんタオルを巻いて見えないようにして」

「……ちょっと」


 ラムは戸惑っていたが、ココもミルクさんも「いいわよ」と言ってくれた。俺は小袋から双眼鏡メガネを取り出した。頃合いのいい所へメガネをセットして。


 パシャ!


 弾ける笑顔の記念写真が出来上がった。


 もう思い残す事はない。明日死んでも満足いく人生だ。

 友則、克己、世話になったな。俺は一足先に逝くぜ。

 大人という素晴らしい世界にな!




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