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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
最後の夏は温泉で
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不安と期待と希望

 本当はこのまま地球で1日を過ごし、現地で待ち合わせの方が楽である。

 しかし、万年金欠病の俺には現地へ行くまでの交通費がなかった。現在の所持金は30円である。両親にナイショで行動しているため金策も出来ない。妹の貯金箱も当てにならない。再び自転車で地獄のロードを駆け上がるのはごめん被る。

 それならば、いっその事チージョ星に戻って宇宙船で向かった方がマシである。

 筋肉痛と疲労で動かない体を無理やり引きずって宇宙船へ乗り込んだ。


 行ったり来たりを繰り返して、すでに100万光年は越えている。もはや10万光年など近所へ散歩的な感覚になっていた。

 初めはこんな状況になると思わなかった。

 ひと夏の思い出としてラムと青春を謳歌し、秋の訪れと共に寂しい気分に浸る。恋に泣き、愛に苦しみ、人として成長するかと思っていた。

 それが今やチージョ星は第二の故郷として当たり前の存在になっていた。新たな知り合いも出来て彼女らと温泉旅行まで行くのだから、人生何が起こるか分からないものである。

 このまま行けばラムと恋愛関係になり、結婚してしまうかも知れない。

 チージョ星に小ぢんまりした新居を構え、俺はパパの助手として天才的な頭脳を遺憾なく発揮する。惑星のために全力を尽くエリート科学者になる。

 そうなった場合、ラムは俺の事をさらに尊敬の眼差しで見つめるようになる。そしてウットリと濡れた目で「三次の遺伝子が欲しい」と言うだろう。

 2人が育んだ愛の結晶。星に従って命名するのもいいが、やはり宮本家の長男としては苗字を残したい。「宮本サンダーゴールドボルテージパワー」という名前はなかなか味がある。

 うーん。もっと男らしい名前がいいかな?

 宮本桃太郎。いや、宮本卍丸も捨てがたい。でも塾長が最強だからな。


 そうだ。チージョ星に男塾を作ろう。そして男塾名物を……。



 ミーーン、 ミーーン。

 セミの鳴き声がした。


 考え事をしているとあっという間に到着する。

 10万光年、余裕だな!


 船外へ出るとラムとミルクさんが待っていた。


「どう予約取れた?」

「バッチリ!」


 俺は2人にウィンクをした。


「宮本君って、本当にすごい行動力ね」

「いやぁ~。それほどでもありませんよ」

「10万光年を往復よ? 想像を絶する大変さよ」

「チージョ星のみんなが笑顔になれるなら容易いですよ!」

「ラムちゃん。素晴らしい友人ね」


 ミルクさんの言葉にラムは疑いの眼差しを向けていた。

 もう君じゃ物足りない体になっているのよね。全てにおいて!


「温泉って初めてだからドキドキする」


 子供のような笑顔になるラム。


「お風呂の大きいバージョンだと思えば分かりやすいよ」

「みんなで入るんでしょ?」

「そう。地球人の女の人と一緒に」

「面白い習性よね」

「面白い?」

「お風呂って1人で入るものでしょ。大勢で入るなんて聞いた事ないもの」

「友達とは入らないの?」

「うん。だって恥ずかしいもん」


 まあ、確かに言われてみればそうかもしれない。友人はもとより、知らない人と同じ湯舟に浸かり、しかも素っ裸でコミュニケーションを取る文化など日本以外にはないんじゃないかと思う。

 海外にも温泉は存在するが、水着着用だったりして温水プールの延長上みたいなものだ。

 生まれたままの姿を見ず知らずの赤の他人見られるのは、限りなく恥ずかしい事だと思う。人前で裸になるという行為をした事のない種族であれば、その抵抗感はハンパないだろう。和式便所で用を足している時にドアを開けられるくらい顔が真っ赤っかになる。

 俺、友則、克己のように常に裸と共に歩んできた裸族だと何の抵抗もなくなる。むしろ服を着ている事に違和感を覚える風潮だ。

 そういえば以前、昼休みに学校の屋上で3人揃って全裸になり、虫干ししていた事がある。


「三次。暑くなってきた。水をかけてくれ」


 克己がそう言うので、ペットボトルの水をかけてやった。


「どうだ。気持ちいいか」

「ぐはぁ~。冷たくて全身が気持ちがいぃぃ!」


 恍惚の表情を浮かべていた。


「おい三次。俺にも頼む」

「どこに?」

「一部が熱を持っているから、そこを集中的に冷やしてくれ」


 友則の熱されたソレに水をかけていると、屋上の扉がガチャっと開いた。そして女子がキャッキャ言いながら入ってきた。


 ぎゃぁぁぁ~~~!


 全裸で虫干しをしている俺らを見つけるなり恐怖の悲鳴を轟かせ、妖怪でも見たような顔で逃げ帰って行った。

 屋上に裸の3人がいるだけでも発狂モノなのに、1人は水浸し。もう1人は人間花壇に「大きく育てよぉ~」と言いながら水をあげている。最後の1人は水を貰って悦に入る。

 こんなシーンを目の当たりにしたら、女子じゃなくても腰を抜かすだろう。

 その後、担任に呼ばれてしこたま説教を喰らい、校内では「屋上に変態が出没する」という伝説まで作り上げた。


 すまん。隠していたつもりが、変態が溢れてしまった。

 気を取り直して。


 裸も初めは抵抗があるが、慣れてしまえば違和感がなくなる。特に景色の良い露天風呂で自然を眺めつつ入る湯船は、解放感に溢れていて日頃のストレスが吹っ飛ぶくらい気持ちがいい。

 これはやった人にしか分からない快感である。


「初めは恥ずかしいけど、慣れれば大丈夫ですよ」

「うーん」


 俺の話にミルクさんは少し途惑いをみせた。

 俺的には、この解放感をぜひ味わって貰いたい。チージョ星にも同じものを作り、惑星全体で気持ちよさを共有して欲しいと思う。


「女の人だけだから抵抗は少ないと思います」

「まあ、そうね」

「これもチージョ星のためですよ」

「何事もチャレンジね!」


 出発は明日の午後と決め、ミルクさんは飛んで帰った。

 不安と期待が入り混じった中、眠りに着くラム。希望に満ち溢れて興奮が抑えられない俺。これで準備万端整った。計画の5割を達成した。

 残り5割は……明日が来るのが楽しみである。





 そして当日。


「じゃ、行ってきます」


 ラムは両親に挨拶をし宇宙船へ乗り込んだ。

 アイノデリモンクーをセットした。もし失敗したらえらい事になる。それだけは避けたい。俺は願いを込めてボタンを押した。


 フィーーン、フィーーン。

 警報らしき音が鳴り響いた。

 シュパッ!と希望の温泉へ飛び立つ音が聞こえた。


 ここから2時間弱の温泉旅行が始まる。チージョ星人からしたら気の遠くなる時間だが、これはお国のためであり、未来を作る懸け橋なのだ。弱音など吐いてはいられない。

 不安と期待が入り混じる中、ラム、ミルクさん共に口数が少なかった。

 ただ、1人だけペチャクチャしゃべる女が……。


 なぜお前がここにいるんだ。ココ!


 地球の温泉に行くとの旨を告げると、「私も行きたいですぅ」と半ば強引に挙手したんだとか。ミルクさんも忠告したようだったが……。


「これは遊びじゃないの。仕事なの!」

「吾輩を出し抜けとは、ミルクも悪徳業者」

「いきなりじゃ、宮本君だって困ると思うわ」

「三次さんは男の中のビンビカですよ」

「わがまま言わないのっ!」

「ミルクはインランムケムケです!」


 事情を説明しても話を聞かないココは、ヘソを曲げて怒り出したらしい。

 困り果てたミルクさんは、こっそり隠れて行動したらしいのだが、いつの間にか後を付いて来てしまった。という経緯だった。

 まあ、1人増えてもさほど問題はないので構わない。ただ、先ほどからテンション爆上がりでウルサイのですが。


「温泉とは一体何ぞや!」

「地球にはどのくらいの数が現存するのか?」

「それは健康にどう繋がりがあると?」


 宇宙船に乗った瞬間から質問攻めだった。

 見知らぬ土地に行けるというだけで興奮するのは分かる。質問にも出来る限り正確に答えよう。お前のわががままも許容してやる。ただ一つだけ言わせてもらう。

 俺が説明しているのを遮って質問するな!

 これ以上、困らせると脱ぐぞ。そしてアレを頭に乗っけて「チョンマゲ」ってやるぞ。いいのか?


 宇宙船にいる間に出来るだけ温泉のマナーというか入浴方法というか、そういうモノを伝えておかなければいけない。温泉の「お」の字も知らなければ、いざという時に困るであろう。

 俺は分かりやすく、ゆっくりした口調で説明した。


 まず第一。

 温泉は裸が基本。一切の衣類を身に着けず、タオル1枚を持って入浴する。これは他の地球人も一緒で温泉に入っている人全員が裸である。

 その際、タオルを湯船につけてはいけない。お湯に入る時はどこかその辺においておく。


 第二。

 温泉には、内風呂、露天風呂、サウナの3つの施設がある。それはどれに入っても大丈夫。追加料金を取られる事もなく、好きな順番で楽しめばいい。

 サウナの後は水風呂に浸かると体がサッパリして気持ちがいい。


 第三。

 服は脱衣所で脱ぎ着する。それ以外の場所で脱いだら他人に怒られるか警察を呼ばれる。

 洋服はカゴに入れるので、貴重品や大切なモノは風呂には持って行かない。ホテルの部屋の金庫に閉まっておく。


 第四。

 当然だが、浴室内でオシッコは厳禁。たまにじーさん連中が洗い場でジョボジョボしている時があるが、あれは下半身と脳に締まりのない老人なので真似しないように。


 その他……。


 ごく当たり前の一般的な事だが、チージョ星人には初めて聞くルールで3人とも「へぇ~」という顔をして聞いていた。


「何だか難しそうね」

「難しくはないよ。要するに裸で入ればいいだけ」

「それがちょっと抵抗あるのよね」

「全員が裸だから大丈夫だと思うよ」

「うーん」


 悩んでいるラムをよそに、ミルクさんは色々思案しているようだった。


「温泉がどういう物なのか、まずは確認が大切ね」

「ですね」

「そこから地球のいい所を真似して、チージョ星に持ち込めばいいと思うわ」

「ですね」

「チージョ星独自のルールを決めるのもアリだわ」

「ですね」

「ただ、裸になるという点に少し問題が……」

「慣れですよ、慣れ!」


 三者三様それぞれ考えはあるが、共通しているのは「人前で裸」という事だった。

 こればっかりは普通過ぎて説明のしようがない。風呂に入る時は裸が基本。服を着たまま入るヤツはいないから。


 そして最後に、最大かつ最も重要なポイントを説明した。

 それは宇宙人ということを隠す事。


 もし3人が宇宙からの訪問者だと分かれば、想像を絶する苦悩が待っている。人前で裸が恥ずかしい、などと呑気に構えている場合ではない。

 どこかの大国が「研究」と銘打って3人を拉致するだろう。宇宙からの侵略者として体の細部まで調べ上げられ、裸以上の屈辱を味わう事になりそうだ。

 俺は「宇宙人と交流がある輩」という理由で根掘り葉掘り詰め寄られる。真実を語っても信用しない連中は、自分が納得出来る答えを自白するまで地獄の拷問を続けるだろう。

 そうは言っても逃げ足だけは一級品。拷問を受けてもそこから何とか逃げ出し、手土産がてら研究室ごと爆破してやる。なんだったら、友則と克己の2人にも参戦して貰い、メチャクチャのグッチャグチャにする。俺ら3人は国際指名手配犯になって銭形のとっつぁんに追われること請け合いである。

 俺らはそれでいい。指名手配犯だろうがテロリストだろうが、バカ3人で楽しくやっていく。

 彼女らは友好的な種族だ。地球に来て温泉に入って楽しく宇宙へ帰っていく普通の女の子たちだ。そんな子たちを危険な目に遭わせる訳にはいかない。


「絶対に宇宙人だってバレちゃだめだぞ!」


 念を押して説教した。


「ち、地球人とは、そんなに傍若無人なのでしょうか?」

「全員ではない。ごく一部だけだ」

「す、凄く戦慄ですねぇぇ」

「野蛮な人種もいるけど、全体的には優しい人が大半だよ」

「今回の温泉にも要注意人物はいるのでしょうか?」

「いないよ。みんないい人ばかりだよ」

「捕まったらどうしてくれましょうか?」

「大丈夫。その時は俺が守ってやるから!」

「はいぃぃ。ありがとうございますぅぅ」


 ねぇココちゃん。地球へ着いたら大人しくしてるんだぞ。

 じゃなきゃ、連れていかれて体中を調べ上げられちゃうからね。

 地球人って、怖ろしい生き物なんだぞぉ~。




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