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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
最後の夏は温泉で
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人並外れたバカの本領発揮

 自宅へ戻った俺は爆睡した。疲れていたのか、現実逃避か。飯も食わずに眠り続けた。たぶん、丸1日は寝てたと思う。

 目が覚めると夜中の3時だった。ついでにカレンダーを見ると、夏休みも残り3日になっていた。本来はこんな事をしている場合ではない。地獄の宿題をこなさなければ先生に怒られる。生真面目な性格としては心が痛む。



 冷蔵庫にあった残り物の冷や飯を食い、キンキンに凍らせた2リットルのペットボトルを持って自転車またがった。

 辺りはまだ真っ暗でシーンと静まり返っていた。外には人っ子一人歩いていない。この時間に住宅街をウロついているのは、ネコか新聞配達員くらいのものだろう。それ以外で歩いているとしたら妖怪系である。

 頭に装着したヘッドライトを照らし、周り近所に迷惑がかからないよう、そ~っと出発した。

 真夜中なのに気温は既に28度に達している模様。軽く動いただけで汗がしたたり落ちてくる。特に湿度の高い日本はジメジメしていて、Tシャツが体に貼り付いて気持ちが悪い。同じ気温でも湿気のないチージョ星は爽やかである。

 ベタベタになった体をタオルで拭きつつ、商店街を抜けていつもの河原を上流へ進んだ。

 この河原の水は、これから向かう標高400メートルくらいの小さな山でから流れて来る。ちょうど真東に位置し、山の向こうから太陽が昇るため、地元では日が昇る山という事で「太陽さん」と呼んでいる。

 この山を越えた向こう側に目的地の温泉街がある。


 ペダルを漕ぎ続けて1時間。景色が徐々に明るくなり始めた。峠の入口に着いて空を見上げると太陽が薄っすら輝いていた。

 ここからが勝負所である。

 平坦な道なら鼻歌交じりで走ってればいずれ到着する。体力もほぼ使わずに辿り着けるだろう。しかし山道となるとそんな余裕はない。

 水を一口飲んで心を落ち着かせ、気合を入れて。


「ドリヤァァーーー!」


 パワー全開で登った。

 10分、20分。まだまだ体力は有り余っている。日頃からママチャリ1つで海や町を爆走している俺からしたら、こんな坂道は屁でもない。エネルギーが満ち溢れている思春期の男子に「疲れ」という言葉はない。1日に4回という新記録を樹立した事だってある。気合全開で朝日に向かって爆走し続けた。

 さらに1時間かけて中腹くらいに差し掛かると、今度はつづら折れの道が登場した。

 今まではある程度まっすぐな上り坂だったが、ここから先は標高も高くなるので道がグネグネしている。上り坂一直線ならまだ希望が持てる。曲がりくねったつづら折れは、もはや地獄の入口に立った気分だ。

 ここが最大の難所で、これを超えさえすれば目的地は手中に収めたも同然である。

 避難場所で水分補給をし、自分で握った特大おにぎりを一口食べた。栄養補助食品的なモノを頬張り、10秒チャージを絞り飲んで、地獄へ真っ向勝負した。


「ガフッ、ギギギッ、ク、クソォォォォ!」


 漕いでも漕いでも前に進まない。カーブを越えたら目の前にカーブ。それをクリアしたらさらにカーブ。永遠に続くのでは?と思うほど先が見えない。


「ここで諦めたら、け、計画が台無しに!」


 既に足はガクガク震え、ペダルに力が加わらない。電動アシスト付き自転車なら簡単にクリアできる。しかし俺の愛車はホームセンターでイチキュッパの代物。動力は己の脚力しかない。

 まだまだ早朝だというのに太陽がやる気を出し、暑さと体力消耗で意識は朦朧としている。太ももはパンパンでハンドルを握る握力は低下。腕と肩のスジが痛い。

 でも、チージョ星のため。ラムの喜ぶ顔。そして目的達成のため……。


「ま、負けるかぁぁぁ!」


 地獄のロードをひたすら昇り詰めること1時間。気力体力はとうに限界を超え、根性だけで頂点へ辿り着いた。

 ついに登り切った。ここまで来れば後は何とかなる。

 頂点にある見晴らしのいい広場のベンチでゼイゼイ言いながら横になった。

 目はチカチカする。太ももはピクピク痙攣している。心臓と肺がバクバクと唸りを上げ、ちょっとでも咳き込むとゲロってしまいそうだった。

 口に含んだ水をゲホゲホと吐き出し、息が整うまで休憩所のベンチで死体のように転がった。


 時計を持っていないのでよく分からないが、太陽の加減から6時半だと思われる。自宅を出発してから3時間で頂上に到着した事になる。

 早朝だからこの程度で済むが、真っ昼間だったら熱中症と脱水症状でぶっ倒れているだろう。道端で息も絶え絶えの俺を見つけた山猿が「可愛そうだから」と言って土産物屋でかっぱらってきた食材を分け与えてくれるかもしれない。

 夜中に行動して正解である。

 ペットボトルの水は半分以下になっていて氷は溶けていた。峠の店はまだオープン前で静まり返っている。裏口でこっそり水をいただき、再び自転車へ乗り込んだ。

 これが最後の勝負である。たぶん、ここから1時間足らずで到着するはず。下りだから体力は使わないで済むし、風を受けるから涼しいだろう。

 頬を2~3回ビシバシ叩いてペダルを回した。


「おーし、行くぜぇ!」


 上りと違って下りは快適だった。ペダルを漕がなくてもガンガン前へ進んで行く。スピードも体感で50キロは出ているかも知れない。前傾姿勢で空気抵抗を最小限にし、ツールドフランスの自転車選手のように快走した。

 途中何度かブレーキングを間違え、崖に突っ込みそうになったが……。


 しばらく走ると簡易休憩所があった。そこでトイレへ寄った。

 空を見上げると太陽が照り始めていた。朝からツクツクボウシがやかましく鳴き、今日も暑くなりそうな予感がする。出来れば太陽が真上に登りきる前に到着したい。ここから温泉街までは3~40分くらいだろう。

 すっ飛ばせば8時頃には到着する。

 残ったおにぎりを胃に放り込み、温くなった水をがぶ飲みして再度走り出した。




 ようやく地獄の山越えを達成して長閑な町へ降り立った。あとは川沿いを真っすぐ走れば目的地である。雄大に広がる河原の景色を横目にペダルを漕ぎ続けた。

 時間にして約5時間。朝8時過ぎにようやく温泉街へ到着した。

 体の節々が悲鳴を上げていたが達成感はハンパじゃない。アドレナリンが脳髄を刺激して疲れ知らずの無敵超人になったようだった。

 現地に到着した俺は、早速、基地になりそうな場所を探した。

 この辺は山と川と自然に囲まれた地形なので基地探しはそう難しくはなかった。人目に付かない場所で温泉街から近く、森の中に囲まれていれば上等である。同化が使えるので細かい事は気にしなくていい。

 辺りの森をグルグル探索し、宇宙船が停泊できそうな空間を見つけた。そこへアイノデリモンクーをセットして放射させた。緑色の光がシュッと上空へ伸び、木々や空気や空と同化して見えなくなった。


 次に待ち受けていたのは温泉施設の交渉だった。


 この温泉街へ決めたのには訳がある。

 家族と毎年のように訪れて定宿として慣れ親しんでいるから。というのも理由の一つだが、実はこの温泉街は俺の親父の故郷だった。

 温泉街にあるホテル群の1つ「グランドリバーミヤモト」。そこは親父の兄が経営しているホテルであった。要は、親父の実家。本宅は別にあるが、まあ大雑把に言えば自宅である。

 鼻垂れ小僧が他のホテルで宿泊交渉など無理である。入口に入った途端「ちょっと君」と止められ、首根っこをつかまれて外へ放り出されるだろう。そして「もう二度と来るな!」と怒鳴られ、俺は玄関先で「ああぁっ、そんな殺生な!」そう言って涙を流すだろう。

 相手が叔父さんであれば話くらいは聞いてくれる……はず。

 ホテルへ到着した俺は、フロントで事情を説明して叔父さんを呼んでもらった。

 しばらくして、親父と同じ顔の叔父さんが現れた。


「おお、三次。元気だったか」

「お久しぶりです」

「今日は親父と一緒か?」

「いいえ。1人で来ました」

「は? 1人? どうやって?」

「自転車で」

「……バカなのか、お前」


 イニシャルDの如く峠を攻め、自転車で山1つ越えてやってきた甥に呆れ果てた顔をする叔父さん。


「ま、立ち話も何だからこっちへ来い」


 そう言われて支配人室へ通された。

 用意されたお茶と温泉まんじゅうを頬張りながら一部始終を説明した。


 とある地域で温泉源が見つかった。温泉施設を建設しようと試みたが、素人にはどうやっていいのか分からなかった。その時、叔父さんの顔が浮かんだ。

 叔父さんみたいな有能で腕利きのオーナー経営を見せてやれば、彼らの勉強になるのではないか。視察も兼ねて温泉を見学する事で新たなアイデアが生まれるかも知れない。頭脳明晰、容姿端麗な叔父さんだったら最高のアイデアを提供してくれるはず。

 さらに、このホテルは従業員の教育もしっかりしているし、お客様の為に細部まで気を使っている。内装デザインも洒落ていて美的センスもある。これもひとえに叔父さんの人徳のお陰だ、と。


「お前、口が上手くなったな」

「俺、ウソはつかないよ」

「可愛い甥っ子のためだ。人肌脱いでやるか!」


 上機嫌で協力を約束してくれた。

 親父といい、叔父さんといい。褒められると調子に乗るクセがあるからな。そういうのを単純って……血筋か?


 夏の終わりは観光客も減って、ここから秋の紅葉シーズンまでホテル業界は閑散期に突入する。丁度いいので一部屋取ってもらう事にした。

 お金は無料でいいよね。端正な顔立ちの立派な叔父さん!


「ところでお前、帰りはどうするんだ?」

「自転車で帰ります」

「……まったく、しょうがねぇな」


 呆れた叔父さんは、自転車を車に詰め込み自宅まで送ってくれた。


「ありがとうございました」

「じゃあ、部屋を取っておいてやるから」

「分かりました」


 そう約束すると、叔父さんは温泉街へ帰って行った。


 叔父さん、あともう一つ。親父にはナイショで!





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