アイデアは無限大
次の日。ミルクさんが大慌てでやってきた。
「宮本君。大発見よ!」
「何がですか?」
「あの後、鉱物とか水質に詳しい博士に分析をお願いしたの。そしたらね……」
ミルクさんの話では。
モジャチンカ山はチージョ星の歴史の中で最も古い地層で、惑星誕生時から存在している山なんだとか。以前、学者がここに入って地質を調べた所、山全体の地熱が異常に高い事が分かった。それにより、この山が草木の生えない瓦礫の山になっているのではないか。という所まで調査は進んでいた。
だが、肝心の原因が分からなかった。表面上を調べたが、穴を掘って地中を調査するという単純な行動まではしなかったらしい。
今回、地下からお湯が湧き出したという事で、学者たちは「もしやこれが原因なのでは」となり、鼻の穴がフガフガしてしまった。そして、「これは町をあげて更なる調査に踏み切るべき」という方向で話がまとまったらしい。
事が大げさになってきた気がする。
地球なら利権の奪い合いで壮絶な足の引っ張り合いになりそうだ。チージョ星人にはそんな野蛮な種族ではないので大丈夫だと思うが、たかだか温泉からこんな大掛かりなことになるとは夢にも思わなかった。
俺、触れてはいけないモノに触れたか?
肝心の泉質は、硫黄泉で切り傷や皮膚病、糖尿病など様々な病気に効果があるらしい。疲労回復、栄養補給のドリンク的な要素がふんだんに詰まっているんだとか。
これに関しては医療機関などと連携し、詳しく調べたうえでチージョ人に喜んでもらえるような施設作りを検討するらしい。
「大発見も大発見。みんな大騒ぎよ」
「それは良かったですね」
「宮本君のお陰で面白い施設が作れそうよ」
「いやぁ~、それほどでもありませんよ」
「ありがとう」
そう言うと、ミルクさんは俺をギューッとした。
あんっ! 当たってるの、何かが俺の胸にぃぃ!
その後、ミルクさんに温泉について色々質問された。この辺はオタク娘の血筋である。
俺は出来る限り詳しく丁寧に説明したつもりだったが……、ミルクさんも傍で聞いていたラムもチンプンカンプンの様子だった。見た事の無い物を想像するのだから頭の中は「?」でいっぱいだろう。
実際に体験すれば納得いくと思うが、ここは異国の地である。しかも発見されたばかりのホヤホヤでは入浴する事も出来ない。体験する場所さえない。
「話を聞いただけじゃ想像しにくいわね」
「俺の説明が下手ですいません」
「宮本君のせいではないわよ」
「もう少し知識があればいいのですが、なにせ素人なもので」
「そんなに落ち込まないで。説明は分かりやすかったわよ」
「は、はい」
「あらかた概要は理解できたから」
「……」
ミルクさんの悩んだ姿と躍動感溢れるボディーを見ると、俺の中に潜んでいる「人並外れたバカ」がプルプル震え出した。同時に不埒な計画が脳を電光石火に切り裂いた。
「お、温泉に行ってみませんか?」
「え?」
「言葉で説明しても分からないと思うんです。だったら地球に来て実際に体験した方が早いのではないかと。そうすれば、ミルクさんも他の人たちに説明しやすいのではないかと」
「確かにそうね。温泉を知らなきゃ説明ができないものね。でも……」
「でも?」
「地球って遠いでしょ?」
確かに遠い。朝起きて「今日は日帰り温泉でも行くか」というような距離ではない。計画を練って下準備をして、いざ当日よっこいしょと重い腰を上げるよりも遥かに遠い。10万光年である。時間的には2時間弱だが。
「慣れれば平気です。三次みたいに無神経になればいいんです」
「……」
何度も地球を訪れているラムは自慢げに言った。しかしミルクさんは初めての地球。時間的な感覚が分からないようだった。
「10万光年は長いわね」
「ラムの言う通り初めは長いけど慣れれば楽です」
「うーん……」
「気が重いでしょうけど、何事も体験だと思います」
「そうね。新しい事を始めるにはチャレンジね」
「俺なんて10万光年を日帰りしましたから」
「……凄い。宮本君って精神力のある人なのね」
「違いますよ。単なるバカです」
即答していた。
テ、テメェー。その始末の悪い口を塞いでやろうか。
得体の知れない何かで!
「じゃあ、いつにする?」
「早めの方が調査もスムーズに行くと思うのですが……」
ミルクさんの問いかけにしばらく悩んだ。
我が町にも温泉施設はある。「ゆーゆーゆーのOh! You」という人を小バカにした名前の温泉施設だ。幼稚園児に命名依頼をしたのか?と思うくらいふざけたネーミングである。
この施設、温泉成分が著しく薄い。初めの頃は本物が出たらしいが、少しづつ量が減ってきて今ではボイラーマンのお世話になっている。近所のじーさんが「あそこの温泉に入ると目がシバシバする」と言っていた。たぶん塩素的なモノで消毒しているのだろう。それでも町唯一の施設なのでヒマな連中で賑わっている。
そんな所に連れて行っても何の勉強にもならない。むしろ「温泉ってこんなモン?」と呆れられるだろう。
出来れば本物の温泉に連れて行ってあげたい。
自宅から車で1時間半くらい走った所に雰囲気も景色もいい温泉街がある。シーズンを通して人気で、特に露天は、花見風呂、新緑風呂、紅葉風呂、雪原風呂と、四季折々の景色が楽しめる。
家族で何度も訪れた場所で俺も好きだし地理感もバッチリだ。
ただここで一つ問題がある。
俺が大人なら車で連れて行き、美女2人としっぽり濡れるだろう。もちろん全額自腹で。しかし俺は夢見る中坊。免許もなければ金もない。連れて行きたくても手も足も出ないのが現状だ。
宇宙船で現地に降りられれば手っ取り早い。だが、意識下で動く宇宙船で知らない町や土地へ行くのは至難の業である。俺の町に降りるのが精一杯であろう。
仮に俺の町に降りたとして、温泉までの交通手段と交通費はどうするのか。温泉代は誰が払うのか。ミルクさんは働いているのでお金は持っているかもしれない。けれど、日本円に替える裏技が絶対的に存在しないのだ。チージョマネーで支払ったら速攻で警察行きだろう。人生ゲームのおもちゃのお金で払った方が頭の弱い子として気の毒がられるのでマシである。
さあ、どうしてくれたものか。
「すいません。いい方法が見つかるまでしばらく考えていいですか?」
「焦らなくても大丈夫よ。こちらもまだ決定という訳ではないし」
「なるべく色んな方法で考えてみます」
「私の方も色んな角度から考察してみるわ」
ミルクさんはそう言うと、再び俺をギューっと抱きしめて消えて行った。
くふぅぅ! クセになる柔らかさだぜ、クリ……ミルクちゃん。
鼻の下をデロデロ伸ばしながらミルクさんに別れを告げた。
それを見ていたラムは、眉間にシワをよせながら、
「いやらしい!」
ゲス扱いされた。
これからお前のアダ名は、ペッタンコちゃんだ!
ミルクさんが帰った後、俺はパパにある事を尋ねた。
「パパさん。宇宙船って目的地を選べないんですか?」
「一度行った事がある場所なら大丈夫だけど、新たな場所となると難しいね」
「そう、ですか」
「三次君は意識をコントロールできないでしょ」
「はい」
「ラムは温泉の場所を知らないので意識を飛ばせないんだよ」
「な、なるほど」
「三次君がコントロール出来れば話は別だけどね」
「……」
脳波が底辺でピーっと鳴っているが言わんとする事は何となく分かる。
新たな場所へ行くためには意識操縦が重要ポイントだ。以前ラムが俺んちの住所を知らなくても自宅を割り出した能力。意識の周波である。
ミルクさんは地球に降り立った事がなく、ラムは河原に到着するのが精一杯。俺は意識をコントロールなどという人間離れした技は使えない。
宇宙船を目的地へ飛ばすためには正確な場所を把握しなければならない。一歩間違えば、得体の知れない場所に飛ばされた俺状態になる。温泉へ行きたいだけでジャングルクールーズ体験をしたい訳ではない。
他に何か方法はないものか。そう考えながら庭先をウロウロしていると、キッチンからママが顔を出した。
「どうしたの? 考え事?」
先ほどの出来事をママに説明した。
「ふーん。何か難しそうね」
「そうなんです。なかなかいいアイデアが浮かばなくて」
「そういう時はシャワーでも浴びたら? サッパリするわよ」
「そうですね」
ママの言う通りシャワーでも浴びてサッパリしたら良い考えが浮かぶかもしれない。
俺はいつも通り外で全裸になり、おもいっきり窓を開けた。
「キャァァァーー!」
「な、何? ぺ、ペッタンコ!?」
ラムが入っていた。
いきなり窓を開けられ焦ったラムは、シャワーを全開にして熱湯を浴びせてきた。
「アッツ、アチィーー。な、なにすんだよ!」
「それはこっちのセリフよ!」
タオルで体を隠しながら窓を勢いよく閉めた。
容赦なく熱湯をかけられズブ濡れになった俺は、ビシャビシャのまま服を着て倉庫へ戻った。
途中でママが、「ごめん。ラムが入ってた。テヘッ」と舌を出していた。
ママ、色んな意味でありがとう。
「昨日といい今日といい、熱湯コマーシャルだな。こりゃ、一回地球へ帰った方がよさそうだ」
俺はリュックからアイノデリモンクーを取り出し宇宙船へ向かった。
「……ん? これって、確かナビの役目を果たす代物だったよな。これに情報をインプットすれば可能なんじゃないか?」
すぐさまパパの所へ飛んで行った。
「パパさん。アイノデリモンクーを利用できないですか?」
「可能だけど、正確な位置が分かる?」
「住所とか郵便番号とか、ですか?」
「違うよ。緯度と経度」
「……分かりません」
考えてみれば、住所をインプットしても何の役にも立たない。それどころか、何県何市の何番地と入れた所で作動するはずもない。
まして緯度と経度なんて分かってたまるか!
己の浅はかさに落胆していると、パパが続けてこう言った。
「アイノデリモンクーが2つあれば可能かな」
「2つ?」
アイノデリモンクーを2つ用意する。お互いを共鳴させ合い、それに沿って移動するという画期的な方法である。
1つは地球の目的地へ設置する。もう1つは宇宙船へセットして地球から発する光へ向けて進んで行く。簡単に説明すると、地球とチージョ星に線路を引いたようなものである。アイノデリモンクーの光は同化によって人間の目には見えない。どこへ設置しても悟られる心配がない。
「パパさん。それ、ナイスアイデアかも」
「ただ、これには事前の準備が必要で、それが結構大変だと思うよ」
「準備ですか?」
俺が1回地球へ戻り、現地へセットしてアイノデリモンクーを放射させる。その後チージョ星に戻って来て、もう1つのアイノデリモンクーを宇宙船へセットする。
そして温泉へレッツゴー。超短期間で30万光年を往復しなければならない。所要時間約6時間。地球人から見ても「ちょっと長いな」と感じる時間である。
さらに。
地球へ帰ったとして、俺んちから温泉街まで車で1時間弱。距離にして50キロくらいはあるだろう。通常の道ならばママチャリで3時間もあれば到着すると思う。
だが、温泉街へ行くには峠を1つ越えなければいけない。山越えとなると……。あくまで予測だが5~6時間はかかると思われる。
地球~チージョ往復6時間。自宅~温泉往復12時間。総合計18時間の移動距離である。
この時点ですでに嫌気が差した。見切り発車という俺の特技が仇となった。
余計な事を言わなきゃ良かったと後悔しつつ、とりあえず一度地球に帰る事にした。
思いついたまま発言するもんじゃねぇな。
何度も忠告するが、バカとか言うな!




