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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
最後の夏は温泉で
39/96

モジャチンカ山でストライク

「ほら三次。行くよ」

「ふんがぁ~」


 無理やり叩き起こされた。


 10万光年を移動しただけでグッタリなのに、これから会う相手はココの親戚であると聞かされ、疲れは既にピークだった。

 ココ自体に不満がある訳ではない。顔はそこそこ可愛いし、性格も単純明快で分かりやすい。付き合ってみると案外いい奴なのも知っている。

 問題は彼女の思考回路である。

 言葉の使い方が独特で読み取るまでに数秒かかる。会話が成立しない事もしばしばだ。それに加えておしゃべりである。

 興味のない事に対しては、見向きもしないどころか人の話さえ聞かない。だが、興味ある事柄になるとマシンガントークが炸裂する。

 以前、「チージョ星の若者は何をして遊んでいるのか」という質問をした。すると、自分の趣味や好きな事を永遠と語り続けた。こちらが欠伸をしようが無視しようがお構いなし。約3時間にも渡って熱弁していた。

 読み取りが難解な言語で3時間も話を聞かされてみ。途中でイーッてなるから。


 これから待っているのは、可愛いけれど若干難あり娘の親戚である。再び質問攻めに遭うかと思うと気分は大寒波である。言い出しっぺが自分である以上断る事も許されない。

 眠い目を擦って渋々ツムーリゲバロンに乗った。

 いつもならラムが率先して運転するのだが、彼女にまかせると激走したうえに俺の手をツネリまくる。その度にツムーリゲバロンから落っこちそうになる。しかも運動音痴のクセにスピード狂だからタチが悪い。

 今回は色々疲れているだろうから、俺が代わりに運転してやるよ。的な事を言ってハンドルを握った。

 男前の行動に瞳を潤ませるラム。本音は地獄のドライブが嫌なだけだが。


 ラムを後ろに乗せ、快適ドライブでモジャチンカ山を目指した。

 大草原をひたすら直進するのは何度経験しても心地いい。特にモジャチンカ山への道は建物がなく広々している。夏風に吹かれてサワサワ揺れる木の葉、雄大に広がる草原風景。青い空とそびえる山々を遠くに眺めてのドライブは、普段のイヤな事やストレスが吹っ飛ぶようだ。

 日頃から狂った輩に絡まれて徒労感満載の俺には、持って来いの発散方法である。


「いいなぁ~。この何とも言えない長閑さは」


 辺りを見渡しながらのんびり走っていた。

 後ろにチョコンと座り大人しく乗っていたラムだったが、次第にイライラが募ってきたのだろう。俺のTシャツを手綱のように引っ張り始めた。


「ちょっと遅いわよ」

「何言ってるんだ。これくらいが丁度いいんだよ」

「待ち合わせ時間に遅れるじゃない」

「少しくらい遅れたってどうって事ないだろ」

「遅れたらダメでしょ」

「君には心の余裕はないのかい?」

「もう、ちょっと貸して!」

「貸してって、運転してるのにどうやって入れ替わるのさ」


 戯言など無視し、フンフンフフンッと鼻歌を奏でていると。

 後ろのラムが姿を消した。次の瞬間、俺の前に現れた。


「ギャッ、な、なんだ!?」


 驚いている俺を邪魔者扱いして自らハンドルを握りしめた。目つきが戦闘モードになり全身が炎に包まれた。


 ズギューーン! 


 カタツムリはマッハで加速した。


「ウギャァァーー。ち、ちょっと待て!」

「もう待てないわよ!」

「は、速いんだだだ。もうすこすこスピードをを」

「あんなスピードじゃ明け方になっちゃうわよ!」


 尋常じゃない加速に腕が千切れそうだった。強烈な向かい風が全身にビシバシ当たり、ラムから俺を引き離そうと躍起になっている。少しでも気を抜くと落下しそうである。

 こんな所で人生終わらせる訳にはいかない。命を懸けてしがみ付いた。俺の恐怖など気にも留めないラムは、さらにスピードをUPした。

 視界が真っ暗になり、意識を失いかけてダラ~ンと舌が出た時、目の前に黒頭巾を被って大鎌を持った奴が姿を現した。奴は大鎌を野球選手の素振りのようにブンブン振り回し、「そろそろこっちへ来る?」そう言ってニッコリ笑った。


 いやぁぁぁー-。ごめんなさいぃぃ!


 意識が朦朧として体を痙攣させた頃、ようやく現地へ辿り着いた。そして何の前触れもなくビタッと急停車した。激走からの急停止で体ごと持って行かれた俺は、空中を華麗に舞って岩場を小石のように転がった。


 おいスピード狂。今まで死に直面した事あるか? 俺はこれで3回目だが、今回はマジで死ぬかと思ったぞ。

 いいか、もう二度とやるなよ。手首にチョップをするのだけは!



 死神にチッと舌打ちされ、傷まみれで立ち上がると、洞窟付近に女性の姿を発見した。彼女はしゃがみ込んで何かを調べている様子だった。

 あれがココの親戚だろう。後ろ姿を見る限りでは割とイケてる感じがする。

 あまり期待しても外れた時のショックが大きい。こういう場合は期待薄がセオリーである。

 ラムは彼女を見つけると大きな声で手を振った。


「クリミルク・オパーイジルさ~ん」


 そして小走りで近寄って行った。


「遅くなってごめんなさい」

「あっ、ラムちゃん。わざわざ来てくれてありがとう」

「いいえ、こちらこそ。遅くなってすいません」

「今日はよろしくお願いね」


 2人で何やら話をした後、こちらへ近づいて来た。俺はゆっくり歩み寄ってくる彼女を脳の全てを使って観察した。

 スタイルはなかなかいい。髪はセミロングでウェーブ。大人の女性という雰囲気で全然OK。歩き方もしなやかでちょっとエロい感じ。パンツ姿でウエストがキュッと絞られ、胸とお尻が強調されていた。メガネはかけてる。

 期待と緊張感が高まり、下半身メトロノームが静かに揺れ出した。

 徐々に近づいて来る彼女をつぶらな瞳で捉え、顔がハッキリ見える位置まで来た時、俺のハートは撃ち抜かれた。

 めちゃくちゃ美人だった。メガネをかけた知的美女である。

 上から90 59 89。海やプールで数々の女体を観察してきた俺の目に狂いはない。モデルなど軽く凌駕する程のレベルで、顔もスタイルも抜群。しかもチージョ星特有の透き通った肌質が相まって目を疑うほどの美しさだった。

 メトロノームがビーンと音を立てて真上に振り切った。


「こちらはココちゃんの親戚で、クリミルク・オパーイジルさんよ」


 ラムから紹介を受け、緊張気味に挨拶した。


「は、はじむまそて」

「はじめまして。クリミルク・オパーイジルです」

「ボキは、み、宮本三次です」

「地球人って初めて見たけど私たちと変わらないのね」

「お陰様でそのように出来ておりますです。はい」

「今日はよろしくね」

「こ、こちらこそ。よろしこだす」


 美人に話しかけられると緊張する。しかも超絶好みの女性だから、より一層ドキドキする。

 あ、頭が上手く回らない。


「それじゃあ宮本君。早速案内してくれる?」

「み、宮本君!?」


 人生で初めて呼ばれた。大人の女性に苗字で呼ばれるのは悪くない。

 なんかこう、心を弄ばれてイタズラされそうな感覚を覚える。体中が溶けだしてアメーバーみたいにデロンデロンになりそうだ。


「お、お姉さんの事は何とお呼びしたらいいですか?」

「好きに呼んでいいわよ」

「それじゃあ……」


 そこまで言いかけると、ラムが鬼のような形相で「ダメ!」と言った。


「……ミルク?」

「そうね。そうしましょ」


 チェッ! 頭で呼びたかったのに。仲良くなったら「ちゃん」付けで。



「ラムちゃんから聞いたんだけど、ここに温泉っていうのがあるの?」

「はい。そこの洞窟の中です」

「少し質問していい?」

「あっ、はい」


 この辺はさすがココの親戚という感じがする。知識が豆なので難しいことは聞かないで欲しい。

 ミルクさんの質問は単純明快だった。


「温泉とは?」


 お風呂を大人数で入れるように設計された娯楽施設。入口は1つだが内部は男女別々になっていて、 脱衣所で服を脱ぎ、裸で入るのが基本である。

 温泉にはキズを癒したり、疲労回復だったり、さまざまな効能がある。それは種類や場所によって異なり、それぞれの特徴を生かした作りになっている。

 我々日本人は家族旅行や友人と遊びに行くなどの身近で楽しい娯楽スポットとして利用している。

 かなりザックリではあるが、温泉の大まかな概要を説明した。


「要約すると皆で楽しめるスポットって事ね」

「そうです。老若男女問わず楽しめる所です」

「この町にもそういう施設があったら大勢の人が喜ぶわね」


 美人で頭がいい。そして優しそうな笑顔。これは温泉よりも大発見かもしれない。


「じゃあ、早速案内してもらえる?」

「はい。こちらです」


 俺は先頭に立って2人を洞窟内へ案内した。

 以前よりも硫黄の匂いがツンとくる。たぶん、岩盤を破壊した時に空いた小さなヒビから少しずつ漏れ出しているのだろう。

 奥へ進むと足元に湯気の上がった水がチョロチョロ流れていた。


「ここですね」


 俺はそう言って前回叩き割った部分を指さした。ミルクさんは指ですくい、匂いを嗅いでヌメリを確認した。


「なるほど。ちょっとヌメリ気があって柔らかい感じね」

「先ほども言いましたが温泉の種類にもよります」

「これをお風呂に溜めて入浴する訳ね」

「お風呂というか、まあそうですね」


 ニュアンスは合っているが何か違う気もする。

 手触りを確認した後、ミルクさんはポケットから小瓶を取り出した。持ち帰って効能を調べたいのだろう。だが、足元にチョロチョロ流れているだけなので小瓶だけだはすくいづらい。


「もう少し噴出してればいいんだけど……」


 その言葉を聞いた俺は、ダッシュでツムーリゲバロンに戻った。そしてシートをパカッと開け、そこから小型ドリルを取り出した。

 前回の掘削に使ったドリル。俺は勝手にゲッタードリルと呼んでいるが、万が一のためにパパから借りて準備していた。

 ほら、いい女の前では出来る男だから。俺って!

 余談だが、カタツムリのシートの部分は開閉式で荷物が入るように作られている。原付のメットインだと思えば分かりやすい。

 意味不明のレバーを取り付けたかと思えば、便利な荷物入れを作る。パパの奇想天外さが伺える一品である。


 わき道にそれたので話を戻そう。


 ゲッタードリルを持って洞窟へ舞い戻った俺は、ヒビを少しだけ広げようとドリルを当てた。岩石は相変わらず硬く、なかなか手ごたえがある。一気に崩すと地下に溜まった温泉が吹き出すため、少しづつ頃合いを見て削り取らなければいけない。

 ガガガッ、ガリガリっと慎重に割れ目を大きくしていった。


「結構大変な作業なのね」

「地下に溜まった源泉は勢いが強いですから」

「水流の力は侮れないわ。全てを飲み込んでしまうから」

「確かにその通りです」


 俺が何を言いたいのか即座に判断する辺りは、さすが大人の女性という感じがする。物事の道理をわきまえている分、一から十まで説明は必要ない。

 削っては確認、確認しては削る作業を繰り返していると、ガキッ!と硬質な岩を砕く音がした。


「やべ、やり過ぎたか!」


 次の瞬間、ブシャーッと噴水のように温泉が湧き上がった。吹き上がった温泉は天井に当たって四方八方に飛び散った。洞窟内はお湯の雨がビタビタ降り注ぎ、湯けむりで真っ白になった。


「キャーーー、熱い!」

「いやぁぁ。あ、熱い」


 天井から降り注ぐ50度以上の雨に驚いた2人は速攻で瞬間移動をかまし、その場から消えてしまった。俺を残して……。


「ウギャァ、アッ熱っっ。た、確かに温泉だこりゃ」


 激熱のお湯が降り注ぐ中に取り残された俺は、放り投げられた小瓶に温泉の元を詰め込み、大きめの岩で割れ目に蓋をした。

 そして全身からホカホカの湯気を立てながら洞窟の外へ出た。


「三次、大丈夫?」

「宮本君。ケガはない?」


 なあ、そんなに心配するなら俺を置いて逃げるな!

 チージョ星の連中って、意外と薄情かもしれん。



「はいこれ。温泉の元です」

「ありがとう。宮本君って頼りになるわね」


 ミルクさんに温泉の入った小瓶を手渡すと、効能を調べるため飛んで行った。

 一仕事終えた俺は、ビショビショのままラムの後ろにつかまった。


「なんかクサい。鼻が曲がる匂いがする」

「……」

「ちょっと、クサいからあんまりくっ付かないでね」

「……」


 好き放題の罵声を浴びせられ、心と腕に無数のアザを抱えて岐路に着いた。


 僕はもう疲れたよ。





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