チージョ星からの頼み事
「いやだぁ~。三次ったらH」
「いいじゃないか。俺らはもう結婚してるんだから」
「恥ずかしいわ」
「もう我慢できないよ」
「ウフゥ。強引ね」
二人は熱いキスを交わし、互いに愛を確かめ合った……。
体中から変な汗を飛ばして目が覚めた。俺とラムが結婚していた。しかもラブラブ突入目前だった。夢とはいえ、このシチュエーションは胎教に悪い。俺の中の新たな命が産声を上げるようだ。
慌てて布団をめくり、ついでにパンツもめくって確認した。
ギリギリ平穏無事だった。
「何してるの?」
「ギャッ!」
その声は……。
勉強机のイスを見ると、ラムがニコニコしながらこっちを見ていた。
「布団なんかめくって何を見てるの?」
「いや別に」
「あっ。もしかして、おねしょ?」
「……まあ、そんなもんかな」
「いい年して恥ずかし!」
分かってて言ってるのか? それとも天然か?
天然なら男ってものを勉強しろ。知ってて言ってるなら最低だぞ、お前!
「てか、何でここにいるんだよ」
「ちょっと聞きたい事があって」
「聞きたい事?」
断っておくが、君と俺の間は10万光年の隔たりがあるのだ。近所の幼馴染みたいな軽いノリで現れるんじゃねぇよ。設定が狂うだろうが。
「で、何?」
「実はね……」
前回、モジャチンカ山で温泉源らしきモノを見つけた。チージョ星に温泉はないらしいので「作ってみては?」と提案したのを記憶している。
だが、肝心のラムもパパも温泉を理解していないうえ、その道の専門家もいないので話は立ち消えになっていた。
立ち消えといっても俺の中だけだが……。
ある日の事。学校で地質学の授業を行っていた。現地に出向いて実際の地層を調べる校外学習だったらしく、ラムのクラスはモジャチンカ山で授業を受けていた。
教師と生徒で地質についてあれこれ意見を交わしていた時、1人の生徒がとある質問をした。
「洞窟内から水の音がするのは何故ですか」
それに対して教師は、
「星特有の大雨が地下に溜まり、それが惑星全体に広がっている。チージョ星の地下には常に水が流れているから」
パパと同じ回答をしていた。
「でも先生。煙のようなモノも立ち上がっているのですが」
「煙?」
「水は理解しましたが、煙はどうしてですか?」
「……」
地中には水が流れている。惑星住民ならば当然の事と理解している。しかし、地面から煙が出ている説明は付かなかった。
そこで実際の目で確かめる事になり、洞窟内へと入って行った。
しばらく進むと、岩の割れ目から薄っすら煙が立ち上がり、異様な匂いが辺りに充満していた。今まで嗅いだ事のない悪臭だった。匂いを嗅いだ生徒から頭痛や吐き気など、体調不良を訴える者が続出した。
教師や生徒は「天変地異の前触れだ!」と騒ぎ立て、逃げまどうように避難した。
その光景を見たラムは、ふと、俺の話を思い出したらしい。
「前に三次が言ってた話に似てたのよね」
「ああ、温泉の事か」
「あの時は眠くて良く聞いてなかったけど」
「……で?」
ラムが教師に何気なくその話をしたところ、ある人物を紹介してくれた。
その人はチージョ星の観光協会で働いているらしく、日本で言えばお役所的な位置づけである。
話を聞いた人物は温泉という未知なるモノに興味を示し、俺の話を詳しく聞きたい。もし時間があったらチージョ星に来て直接会ってくれないか。と、お願いされたらしい。
「いやだよ。面倒くさいから」
「いいじゃない。三次が役に立つのよ」
「俺、お役所って苦手なんだよな」
「なんで?」
「堅物で融通が利かなくってさ、男も女もツンケンしてるから」
「そんな事はないわよ。すごく気さくでいい人よ」
「うーん。今回はパス」
俺は温泉の専門家ではない。効能に関する知識も施設に関する知識も持ち合わせていない。説明しようにも何をどうしていいのか分からないのが現状である。
ただでさえ言語中枢が破裂しているのに、難しい質問をされると視床下部にある性中枢が刺激され、覚えたてのサルになってしまう。俺の特徴は「人並外れたバカ」なだけだ。
「温泉って、お風呂の大きいバージョンだから、家庭の風呂を巨大化すればいいだけだよ」
「それだけ?」
「ラムんちの風呂を広くして大人数が入れるようにすればいいだけ」
「ふーん。意外と簡単なんだね」
「だから俺なんて行かなくても大丈夫だと思うよ」
「分かった。お姉さんにそう伝えておくね」
そう言って消えようとした。
「ち、ちょっと待ちたまえラム君」
「なに?」
「その人は女の人なのかい?」
「そうよ」
「幾つくらいの人なの?」
「確か27~28歳くらいだったと思う」
「綺麗な人?」
「知的でとっても綺麗な人よ」
「あの……スリーサイズは?」
「知らないわよ。そんなの!」
俺がチージョ星で出会った女性は、ラム、ママ、ココの3人だけ。ラムはおガキ様、ママは奥様、ココはオタク娘と、微妙にそそらないメンツである。ちょうど頃合いの良い適齢期と呼ばれるチージョ女性に会った事がない。町へ行った時にすれ違ったくらいだ。
もしここで俺の頭脳を発揮して彼女に貢献できれば……。
「三次君て頭が良くてステキね」
「いや、それほどでもありません。お姉さんの方がステキです」
「まあ、口がうまいわね」
「僕は今までウソをついたことはありませんよ」
「本当にステキだと思ってる?」
「当たり前じゃないですか!」
「キスして……」
そしてラブラブ突入か?
「しょうがないなぁ。チージョ星のために人肌脱いでやるよ」
「別にいいわよ。無理しなくって」
「ぜひ協力させてくれたまえ、ラム君!」
「なんか変な事考えてない?」
「変な事って何だよ」
「エロい顔してる」
「バ、バカ野郎! 俺がお姉さんのおっぱい……」
「やっぱり。もういい! 連れてかないっ!」
語るに落ちたとはこの事である。
ご機嫌をナナメったラムはプンツカ怒って消えようとした。俺は立ち去ろうとするラムの手を引っ張り、女にフラれてすがりつく女々しい男で懇願した。
「お、お願いします。チージョ星に連れてって!」
フィーーン、フィーーン。
警報らしき音が鳴り響いた。
シュパッ!と、いい女の元へ飛び立つ音が聞こえた。
「三次、本当に変な事しちゃダメだからね」
「分かってるよ。さっきのは冗談」
「ココちゃんの知り合いで、何かあったら私の顔が立たないんだから」
「えっ? ココの知り合いなの?」
「そう。ココちゃんの親戚の人なの」
「先に言えよ。そういう事は!」
状況判断を見誤った。ココの親戚だとしたら、たぶん、ああなって、こうなって、結果メガネオタクか?
今から引き返してくれないかなぁ~。
細胞のナノレベルに至るまでシュンとしている俺がいるから。




