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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
第二部 夏休み終了のお知らせ
33/96

殺人レインと悲しき地球人

 朝起きたら雨が降っていた。


 チージョ星に来て初めての雨である。運が良かったのか、今まで雨に当たった事がなかった。

 ただ、何て言うのだろう。「本当に大丈夫?」というくらい激しく降っている。

 ザーッとかバシャ-とか生易しい物ではない。


 ドザーーー、スザッズサッーーッ! ビシッバシッ。ガスッ!


 槍が大量に降り注ぎ、家や地面に突き刺さっている感じだった。

 倉庫の真隣にある研究室。普段なら外壁に止まっている虫すら見える距離なのに土砂降りの雨のカーテンで影も形も何一つ見えない。

 地球では降水量80ミリを越えると猛烈な雨で「記録的な豪雨です」とTVショーが自慢げに騒ぎ立てるが、これは200ミリを軽く越えていると思われる。

 大きく開いた入口から外を見ると、目の前が真っ白で視界は0%だった。


 惑星に来て初めての雨。ちょっとワクワクしたので試しに手を出してみた。


「ウギャーー。い、痛ぇー-」


 ザックザクッと手の平に突き刺さった。痛いってものじゃない。穴が開くかと思うくらいの衝撃だった。

 こんな殺人兵器が空から大量に降ってきて家とか大丈夫なのか心配になる。倉庫の屋根に穴が開いたらシャレにならない。体中粉々になりそうである。

 倉庫入口で大量に降り注ぐ雨に怯えていると、


「おはよー」

「ギョエェェーーー」


 真後ろからラムが現れた。

 油断してる背中越しに声をかけるんじゃねぇ。ただでさえ雨の恐怖に怯えてるんだから!


「あれ? 学校は?」

「今日はお休み」

「この間休まなかったっけ?」

「今日は雨だからお休みなの」

「な、にぃ!?」


 チージョ星では雨が降ったら全ての施設や企業が休みなのだそうだ。

 この雨は1か月に1回降る特殊な雨で、町の浄化や食物の成長、給水補給など、惑星の様々な方面に役立つ恵みの雨なんだとか。

 月1回の雨でこの星の全てを賄い、あとはひたすら晴れ。メリハリが凄い。

 それと同時に月1で風も吹くそうだ。台風の数百倍の速度らしい。これまた町を綺麗にしたり、植物の種を飛ばしたり、星の成長を促しているんだとか。


「雨も凄いけど、風も凄いわよ」

「へぇ~。一度見てみたいな」

「たぶん来週くらいかな?」

「その時、学校は?」

「お休み」

「う、羨ましい」


 雨が降ったらお休みで、風が吹いてもお休みで。

 まさに南の島の大王レベルである。

 余談だが、カメハメハではない。ハメハメハ大王って知ってた?


「こんなに雨降って大丈夫なのか」

「何が?」

「地面が水たまりになったり、家が壊れたりとか」

「見て」


 ラムはそう言って地面を指さした。

 雨量の凄さに目を取られていて気付かなかったが、大量の雨は地面の下へ吸い込まれていた。水滴が地面に到達した次の瞬間、消えてなくなる。星全体がスポンジのように水分を吸収しているみたいだった。


「地面の下に吸い込まれて、それが星全体に広がるの」

「それで1か月を賄うのか」

「そういう事ね」

「さらに見て!」


 今度は家を指さした。


「何も見えませんが?」

「でしょ? 何故でしょうか?」

「……」

「ここはどこでしょうか?」

「痴女星」

「チージョ!」


 同化である。人、建物、この星にある全てのモノが自然と同化している。

 雨もまた同じ事。反発するのではなく溶け込むので、どんな暴風雨でも壊れたり傷ついたりする事がない。

 要は、家と雨は同じ種類で同じ物質なのだ。家自体が見えないのはそのせいらしい。

 誰か頭痛薬持ってない? 頭痛くなってきちゃった。


「こんな雨じゃ外にも出れないね」

「出ようと思えば出れるけど、どこも休みだから出掛けてもしょうがないしね」

「出ようと思うって、体中削り取られるぞ」

「移動は簡単だから」

「確かに」


 忘れてた。ここはチージョ星だって。


「退屈じゃない?」

「別に。他にもやる事いっぱいあるし」

「やる事って?」

「お勉強」

「……さいですか」


 これまた忘れてた。彼女は真面目だって。


 そうこうしているうち、ママが「お昼よ」と呼びに来た。

 ラムとママはキッチンへ移動した。


 ……で、俺はどうするのよ。

 まさかこの土砂降りの中、自力でキッチンまで辿りつけというのか?

 一歩踏み出した瞬間、肉も骨も粉々に砕け散るぞ。ここに昼飯を持ってきてくれ。もしくは、どこでもドアを!





 雨は止まない。ラムの話では丸1日降り続くんだとか。


 朝からずっと薄暗い倉庫で外を見たり、倉庫内の宇宙船をカンカンと叩いて反響を楽しんだり、座禅を組んで瞑想してみたり。

 もしラムが成長してボンキュッボンになったとしたら……まあ、無理だろうな。

 そんな事を考えていた。


 ハッキリ言ってメチャメチャ退屈だった。この星にはTVもゲームも漫画も娯楽というモノ自体がない。

 普段なら雨の日は家で漫画を1巻から読み直し、ゲームのレベルを99まで上げる作業をしてヒマを潰していた。夜は何度もお世話になったブツを読み返し、同じページで興奮するという己の性癖を堪能していた。

 ここには、そういった人間界の娯楽が1つもない。

 雨の日には雨を満喫し、晴れた日には太陽を堪能する。風が吹いたら風を感じ、自然をありのまま捉える毎日。まるで修行僧のような生活だ。

 煩悩が服を着て歩いているような俺には苦行以外なにものでもない。

 ヒマなのはまだ許容できる。妄想したり眠ったりしてしまえばやり過ごせる。腹が減ったとしても1日くらいなら根性で何とかなる。

 問題はトイレである。こればっかりは根性でも精神力でも不可能だ。槍の雨が降りしきる中、母屋のトイレに行くのは自殺行為である。

 窓から入って窓から出て、ダッシュで倉庫へ戻る。この行為を1日に何度も繰り返さなければいけない。通常なら庭の木陰で立ちションすれば済むが、今日外に出る行為は、ハゲているおっさんに「あなたハゲてますね」と言うくらい勇気がいる。

 先ほども我慢しきれず、入口から外に向けてそ~っと電波塔を出してみた。


 うぎゃぁー-。い、いてぇー--。


 狂った騎兵隊が電波塔に集中攻撃をしてきた。そぎ落とされるかと思った。

 しかし、だからといってこのまま我慢することは無理である。放物線をうまく利用してなんとか用を済ませた。

 普段何気なく使っているが、無くなってその有難みが分かる。トイレって意外に大切で必要不可欠なのな。



 ……で、現在、俺は最大のピンチを向かえている。


 そう。巨大なマグマが尻の穴で沸々と煮えたぎっているのだ。先ほどは小だから何とでもなるが大となると、大問題である。


 命がけで母屋まで走り込むか?

 走る時間1分。窓から出入りする時間2分。ダッシュで戻る時間1分。単純計算でも4分もの時間が必要だ。窓の出入りに戸惑ったら5分以上はかかる。

 この殺人的な雨を5分間受け続けるにはアストロンを唱えるしかない。

 ただし漏らすがな。


 全裸になって、外で一気にやっつける?

 仮に長引いた場合、雨に打ち砕かれた俺はチージョ星の肥やしとして庭に綺麗な花を咲かせるだろう。母屋に走った方がマシである。


 倉庫の片隅に?

 一番現実的で建設的だと思う。匂いと物体を我慢すればいいだけ。朝になって悲しい顔でそれを片付ければいいだけ。トイレットペーパーはパンツを利用すればいいだけ。朝になって泣きながら外水道で洗えばいいだけ。


「よし、決めた」


 すでに腹は尋常ないくらい暴れて全身に鳥肌が立っている。

 俺はパンツを外に出し、雨にぬらして簡易ウォシュレットを作成。倉庫の奥は後片付けが大変なので入口付近の最も外に近い部分にターゲットを絞った。

 一歩でも間違えて外に出たら槍の雨で尻の穴が6つになる可能性もある。慎重に庭先と倉庫入口のギリの部分を狙ってしゃがんだ。

 まさにギリギリの攻防戦である。

 そして涙を堪えながらムリムリしていると、ちょうどそこへ夜食のおやつを持ってラムが現れた。


「キャ、キヤァァァーーー!」


 宇宙史上でも類を見ない低能ぶりを目の当たりにしたラムは、惑星に響き渡る声で叫び、持っていたお盆を放り投げて消えて行った。

 決して見られてはいけないマニアックなプレイをガッツリ見られた俺は、ギリギリの攻防戦だということを忘れ、ビックリして尻を外へ突き出してしまった。


 し、尻がぁぁぁーーー。


 羞恥心と傷心を殺人レインに貫かれた。


 悪い事は何一つしていない。生理現象を鎮めようと思っただけだ。

 同化も瞬間移動も出来ない悲しき地球人に、チージョ星はあまりにも無慈悲で過酷だった。

 文明が進化すればするほど人類も合わせて進化しなければいけない。取り残された者は嘆き、悲しみ、そして駆逐されていく。進化を遂げるには日々の努力。努力でダメなら行動力でカバー。行動力が無いなら頭脳。

 俺に足りないのは頭脳だけだ。


 簡易ウォシュレットパンツを外水道に放り投げ、床にバラまかれたクッキー的なモノを拾って食べつつ、


「意外と美味いな、これ」


 そう思った。




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