ツムーリゲバロンの練習
ラムの命令により執事とご主人様の関係になった俺は、再びチージョ星で過ごす事になった。
「今日も相変わらずいい天気だなぁ~」
カラカラの快晴に心地よい風を全身に浴びながら外水道で顔を洗っていると、すぐ隣の研究室からパンパンパンと連続音が聞こえた。続けて「のわぁ~!」という叫び声がした。
パパ、それ爆竹だよ。というか室内でやらない方がいいと思うぞ。
ラムは学校へ行き、ママはお洗濯。他に何もやる事がない俺は、庭でツムーリゲバロンに乗る練習をしていた。
この乗り物、完全にカタツムリをモチーフにした形状である。
殻の部分がシートになっていて、前方から細長い首が突き出ている。そこから2本のツノが生えており、これがハンドルになっていた。右ハンドルの先にレバーらしき物が装着されていた。たぶんスピード調整だと思われる。
イメージ的には巨大なカタツムリに人間が乗っている。そんな気持ち悪い姿を想像すると分かりやすいと思う。
奇妙な形はさておき。
乗りこなす前に1つだけ問題がある。何度も言うが、ここは角のないチージョ星である。家も家具もコップも星にある全ての物が丸い。当然、ツムーリゲバロンも丸型形状のためツルツル滑るのだ。
殻のシートは円形で尻を安定させる事が出来ない。ステップ台はカタツムリの胴体みたいな所で、これまた丸みを帯びていて足を固定出来ない。
モジャチンカ山へ行った際、ラムはいとも簡単にバランスを取っていた。運動音痴の彼女が余裕で運転出来るのなら、運動神経だけ発達している俺には造作もない事。そう思っていた。実際にまたがってみると座るどころか立ってバランスを取る事さえ難しかった。
チージョ星人の足と尻は特殊形状なのだろうか。
座る事も立つ事も出来ない代物だが、俺は何でも器用にこなせてコツをつかむのが早い。自転車も2~3回練習したら乗れるようになった。スケボーも5回くらいで軽いジャンプまで出来るようになった。あのラムでさえ簡単に乗りこなせる代物である。この三次様が乗りこなせない訳がない。
自信満々で殻にまたがり、レバーを手前に倒してハンドルを握った。
シュン!と音も立てず駿足で飛び出した。そしてトップスピードのまま目の前の木に激突した。
「がっ、痛てぇぇぇ。な、何だよ今の速さは!」
驚くヒマも与えないほどの出足だった。
ツムーリゲバロンにタイヤは付いていない。反重力で浮き上がって進むという未来的な乗り物だ。エンジンを使わないので音もしない。スッと浮き上がると地面を滑るように加速するのである。
スタート直後からやる気全開で滑り出すカタツムリ。操作方法を間違えたのだろうか。普通に考えれば、レバーを手前に倒すとローで反対側に倒すとハイだと思う。
「もしかして逆なのか?」と思い、今度は反対側に倒してみた。
シュパーーン!と加速して猛スピードで草むらに突っ込んだ。草花が生い茂る中をボールの様に転がり、昨日洗ったばかりの白いTシャツが葉っぱ汁で緑に染まった。
殻にまたがりハンドルを握った途端、狂ったスピードで発進する。まるでカタパルトでも付いているかのように一気に飛び出すのだ。
「発進じゃなく発射だろ、これ」
何度か試してみたが結果は同じ。真っ白なTシャツが緑汁に薄汚く染まって終わりだった。
とにかくスピードが速すぎる。スタート直後にトップスピードで走られては運転どころではない。まずはのんびり練習したい。
バイクならスロットル、自転車ならペダルで調整できる。自分のさじ加減で如何様にでもなる。だがこのカタツムリには、肝心のスピード調整が見当たらなかった。
俺は一旦降りて全体を隈なく調べた。
先ほどから何度も試したがレバーは違う。ハンドルにスロットルも付いていない。ギア的なモノもなければ、他にそれらしきスピード調整は見当たらなかった。
木や草むらに何度も突っ込みながら1つだけ覚えたのは、ハンドルを握った途端にミサイルのように飛び出す。握らなければツルンとしたカタツムリ……。
想像以上にムズイ乗り物である。
ラムが余裕で乗っていて俺が乗れないのは何だか悔しい。運動神経さえラムより劣るとなると、俺の良い所は何もなくなる。彼女が学校から帰って来るまでに練習して、「三次って凄い。運動神経いいんだね」と褒められたい。
既に全身が悲鳴を上げているが、悔しいので再度チャレンジしてみた。
一気に加速したカタツムリは直線的に進み、目の前にある巨大な木にラグビー選手のようなタックルをかました。
「がふぅう。い、今のは痛いぞ」
乗りこなす前にケガをしそうである。ただ、先ほどよりスピードは緩かった感じがする。俺は再度カタツムリと睨めっこした。
で、とある事に気付いた。
ハンドルを握ると急加速する。手を放すと急激に止まる。軽く触ってみたらどうだろうか。人差し指と親指でソーっと触ってみた。カタツムリはゆっくり動き出した。
「なるほど。こういう仕組みか!」
柔らかくソフトに、女子の胸へタッチするように触るとのんびり走り出すのだ。
コツさえ分かれば何とかなる。後は慣れである。
尻の割れ目で殻を挟み、踵で全体のバランスを固定した。ガニ股でハンドルを優しく触ると、トコトコ亀の歩みで動き出した。見た目はイキがったヤンキーだがスピードはシルバーカーを押しているばあちゃんくらい。
覚えてしまえばなかなか心地いい。そのまま家の周りを4週くらいし、慣れた所でもう少し力を入れてみた。途端にシュパーン!と速度が上がり一気に加速した。
「な、なに!?」
そんなに力を入れた覚えはない。我が子を優しく愛でる程度に触ったつもりだ。だがカタツムリは、フィニッシュに突入して止まらなくなった右手の如く走り出し、家の周りを壊れたメリーゴーラウンドのように周回した。
スピードが速すぎて手が離せない。しかも焦って力いっぱい握りしめたため加速がドンドンUPしている。
俺がカタツムリと戯れていると思ったのだろう。家の周りを猛スピードで周回している姿をニコニコ眺めるママ。
冗談じゃねぇんだよぉ。目がぁ、目が回るぅぅーー。
大怪我覚悟で両手を放すとカタツムリはビタッと急停車した。俺は体ごと放り出され空中を舞った。そしてクルクル回転しながら草むらへ飛ばされた。
ちょうどそのタイミングでラムが帰宅し、宙を舞っている俺を見て、
「何やってるの?」
呆れた顔で言い放った……。
その後、ラムから説明を受けたが1ナノも納得いかなかった。
確かにハンドルの力加減でスピードは変わる。ただ本格的なスピード調整はカタツムリの頭を何回撫でるか、という超難問の答えだった。
分かるか! そんなもん!
「ところで、このレバーは何?」
「それは飾り」
「か、飾りぃぃ?」
「乗ってる時にヒマになったらこれをイジって遊ぶの」
「レバーを前後にイジって楽しいのか?」
何をどう考えて取り付けたのか制作者に話を聞いてみたい。
ただ現在は忙しいらしく、研究室で「ゲッ」とか「ギャァァ」とか叫んでるから、また今度にしてやるがな!




