研究熱心なパパさん
ミーーン、 ミーーン。
セミの鳴き声がした。
2時間たっぷり爆睡した俺は、元気いっぱいで研究室へ行った。
「ただいま」
「お帰り」
「パパさん。買ってきました」
「おおっ、ありがとう三次君」
「いえいえ」
「わざわざ買いに行ってくれるなんて、何という精神力!」
「こんなのは朝飯前ですよ」
「君は本当に頼りになる男だよ」
「いやぁ~。それほどでも」
チージョ星に来てから褒められまくっている気がする。地球では絶対にありえない超常現象だ。褒められる事をしていないのが最大の原因だが、それを省いたとしても2回に1回の割合で誰かに怒られている。
特に例の2人は、毎日がバカ祭りだから怒られる割合は究極を超えている。
いつだったか、克己が牛乳を飲んでいる奴を笑わせた事がある。
「なあ近藤、ちょっと見てくれ」
隣で給食を食べていた近藤という奴の前へ立つと、何の予告もなくズボンを降ろした。そこには、己の息子の上に美少女のイラストが描かれていて、吹き出しで「メソポタミヤ文明」と書かれていた。
唐突に克己のブツを見せられ、訳の分からないメッセージを喰らった近藤は、あまりのバカさ加減に口から牛乳を吹き出した。
通常はこれで終いなのだが、近藤は吐き出す瞬間に横を向き、それが隣の席の今井という奴の顔面に噴射されてしまった。
顔面牛乳を浴びた今井は、「うわっ。きったね」と言いながら咄嗟に体を捻った。運の悪い事に体を捻った際、後ろの席の小野田という奴の側頭部へ今井の肘がカウンター気味に入った。いきなりテンプルを強打された小野田は机にしがみついたが間に合わず、机ごとひっくり返って全身が給食まみれになった。
一部始終を目撃した担任が克己を叱ろうと立ち上がった際、教壇の段差に足を取られてバランスを崩し、給食テーブルに置かれた大鍋に片手を突っ込んだ。
それを見た友則が「バカのフルコンボだ!」と大爆笑し、2人は職員室に呼ばれていた……。
どうしてこういう事をするのか。という質問は愚問である。何故なら、奴らはバカだから。
思い出に花が咲いてしまった。話を戻そう。
地球ではどうしようもないロクデナシだがチージョ星では頼りになる男。実はこれが俺本来の姿なのである。
「色々面倒かけて申し訳ないね。これ少ないけど取っておいて」
ニコニコしながらお金を手渡してきた。
「いや、お金なんていりませんよ」
「花火を買うのだってお金が必要だったろ?」
「まあ、そうですけど」
「私の研究なのに三次君に出させる訳にはいかないじゃないか」
「貰っても使い道が……」
10万光年。時間にしてたった2時間弱だが、それは地球人の感覚。瞬間移動が出来るチージョ星人にとっては気の遠くなるような時間である。そんな果てしない距離を日帰り出張する俺は、彼からすればスーパーマン並みの活躍なのだろう。しかも自分の研究のために走り回ってくれているのだから「何かしらのお礼を」と考えるのは当然である。
その気持ちは凄く有難い。パパのために頑張って良かったなと思う。ただ、俺からしたらこの星のお金を貰ってもあまり意味がない。
ドルやユーロなら両替所があるので日本円に換金できるが、チージョマネーを替えてくれる施設は地球上どこにもない。たぶんこの星にもないだろう。換金できない紙幣は、俺にとってはただの紙切れである。「結構です」と断ったが、「何かの時に使えるから便利だよ」と説得され、とりあえず貰っておく事にした。
手渡されたお金を見てもそれがいくら相当なのかよく分からなかった。この星のマネー相場を知らないため、多いのか少ないのかさえ不明である。しかもお金の形まで丸型だったので、俺にはメンコにしか見えなかった。
形が変わってもお金はお金である。この星に居れば何かと役に立つであろう。
倉庫の片隅に置いてある俺専用の小箱に着替えと一緒にしまい込んだ。
パパに花火を届けるという宇宙指令を全うした。これで今回の役目は終わった。これ以上この星に居ても他にやる事はない。
もうすぐ楽しい夏休みも終わる。溜まりに溜まった宿題を片付け、身の回りを整理整頓し、学校へ行く準備をしなければいけない。こう見えて忙しいのだ。
「ラムの顔を見て帰るか」
庭先で横になり、風に乗って流れる雲をボーっと眺めていた。しばらくするとラムが学校から帰って来た。
「ただいま」
「お帰り」
「ねえ。花火、どうだった?」
姿を見つけるなり気になる様子で聞いてきた。俺は冷静沈着な口調で、「この任務を遂行できるのは俺しかいない」「みんなの笑顔のために一度地球へ戻り再びここに帰って来た」という事をクールに伝えた。
「もう。三次ってカッコいいね」
「ま、まあ……な」
「ホント最高!」
「ひ、人として当たり前の事をしただけで」
「だぁ~い好き!」
ムギューっとされた。
悪くはない。悪くはないのだが、それをやられると脳が考えるという行為を諦め肉体が勝手に走り出してしまうのだ。そして俺はラムのメイドとして「お帰りなさいませ。ご主人様」と口走ってしまうのだ。
「三次、これからどうするの?」
「そうだなぁ……」
そう言いかけた時、
「そろそろご飯よ」
ママからお呼びがかかった。
「いや結構です。もう帰りますから」
「あら、まだいいじゃない。夕飯ぐらい食べていきなさいよ」
「でもご迷惑ですから」
「なに遠慮してるの。三次君らしくないわよ」
「それじゃあ、夕飯をご馳走になったら帰ります」
常日頃からお世話になっているママの頼みである。一生懸命に作ってくれた彼女の気持ちを考えると無下には出来ない。夕飯を頂いた後で「必ず帰る」と心に誓ってご馳走になる事にした。
食卓に着きパパを待っていたが、いつまでたっても顔を出さなかった。
「ママさん。パパさんはどうしたんですか?」
「あの人はね、一度没頭すると周りが見えなくなるのよ」
「あれからず~っと籠りっきりですね」
「好きな事になると、それこそ夢中になっちゃって」
「心配じゃないですか?」
「全然。夢中になれるモノがあるってステキじゃない」
「もしかして、そこに惚れたんですか?」
「あらイヤだ。恥ずかしいわ!」
パパは本当に研究が好きだった。花火を受け取ってから一度も研究室から出て来なかった。
科学者というのはオタク要素が強い。何かに憑りつかれると、時を忘れて夢中になる。時間などあっという間に過ぎるのだろう。
ママの言う通り、夢中になれる物があるのは素晴らしいと思う。まるで女体研究をしている最中の俺のようである。
「ラム。これをパパに届けて」
研究熱心なパパは夕食も忘れて没頭しているようで、ママが研究室へ持っていくよう指示した。
「あっ、俺持っていきますよ」
「お客様にそんな事をさせられないわ」
「大丈夫です。花火を持ち込んだのは俺のせいですから」
「そんな事はないわよ」
「研究の進み具合も気になりますし」
お盆に並べられた夕食を研究室へ持って行くと、「ヒューー、パン!」という音が聞こえ、続けて「な、なんだ!?」という声がした。
多分ロケット花火だと思われる。
それ、部屋の中でやったら確実にパニックだぞ。
夕飯を研究室の片隅に置き、ママの所へ挨拶に戻った。
「ママさん。そろそろ帰ります」
「今から? もう遅いから今日は泊まっていきなさよ」
「それじゃあまりにも図々しいですから」
「明日帰ればいいじゃない」
「でも宿題が……」
「三次君は頭がいいんだから、そんなの簡単でしょ」
「いや、まあ」
「今日は泊まっていきなさい、ね!」
「はぁ」
「ほら、お風呂に入ってサッパリして」
そう言ってタオルを渡された。
夕飯の片付けで忙しいさ中、わざわざ俺の為に風呂まで用意してくれた。そんなママの心意気を無視するのは人として最低である。「1泊だけ」と肝に銘じてお風呂を頂戴した。
風呂から上がるとパジャマ姿のラムが顔を出した。
「ねえ三次。役目も終わったし、地球に戻る?」
「うん。そうしようかと思って」
「パパの研究気にならない?」
「まあ、気になると言えば気になるが……」
「さっき覗いたら「ギャッ!」って叫んでたわよ」
「調合が難しそうだからな」
「三次さえ良かったら、完成までいたら?」
もはやここまで来て完成形を見ないのは不満が募る。地球へ帰ってから「あの後どうなったんだろう」と考えても結果を知ることは出来ない。宇宙船を地球に運べば恐竜クッキーだから。
ただ、こう見えて忙しい身分なのだ。宿題や学校の準備がある。それに先ほどから「帰る宣言」をしている。俺の意思は鋼鉄より硬い。
「いや、そろそろ帰……」
「お願い!」
もふぎゅーーっと抱きつかれた。
承知致しました。ご主人様ぁぁぁ!




