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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
第二部 夏休み終了のお知らせ
26/96

とびっきりのバカ

「やっぽー」

「うぎゃぁぁぁー--」


 目を開けたら目の前に目があった。


「ラ、ラム!?」

「おはよ」

「な、何でここにいるんだ?」

「ウフッ、三次に会いたくなっちゃって」

「はあぁ?」


 60万光年宇宙の旅を終え、無事地球に帰還した。もう二度とラムに会う事はないだろうと歯を食いしばり、拳を握りしめてチージョ星を後にした。

 思春期の恋は甘く切ない物語。出会いと別れを繰り返し、ソーダポップのように浮かんでは弾けて消えていく。そしていつしか成長していく。

 そう思っていたのだが……。

 いま目の前で笑っているのは間違いなくラムである。


「な、なんで? また自由研究なの?」

「違うわよ。三次に用があって来たの」

「用?」

「パパの研究が煮詰まっててね」

「は?」

「それで「三次君を呼んできてくれ」って頼まれたの」

「……はい?」


 まったくもって意味不明である。

 パパの研究が煮詰まったからといって俺に何の用事があるというのか。俺は科学者ではない。何かしらに特化した頭脳も持ち合わせていない。唯一優れているとしたら「とびっきりのバカ」くらいなものだろう。


「パパの研究と俺と何の関係があるんだよ」

「知らないわよ。とにかく呼んできてくれって頼まれたから」

「で、用件は?」

「そんなのパパに聞きなさいよ」

「……」


 最近、ラムの夢をよく見る。

 10万光年の時を超えて再会した2人に言葉はいらなかった。触れ合った手が心を溶かし、重ねた唇が宇宙空間を切り裂いた。誰にも止められない激しい恋の炎に抱かれ、2人の間に狂おしい交響曲が流れた。

 そう。これは夢に違いない。


「なにボーっとしてるの?」

「……」

「ねぇ三次」

「……」

「三次ってば!」

「い、痛ってぇぇーーー」


 背中を思いっきり叩かれた。


「いきなり叩くんじゃねぇよ」

「だって上の空だったから」

「ビックリして心臓止まるかと思ったぞ」

「そんなのどうでもいいから早く着替えて」

「そんなのって……」

「いいからっ!」

「いや、今日はちょっと……」

「ほら早く!」

「だから、今日は無理なんだって!」

「んもう。しょうがないわね」


 ギューっと挨拶された。


 正直に言う。これは卑怯な手口である。

 女体研究は毎日の日課で予習復習は欠かさない。どこをどうすれば己に打ち勝つ事が出来るのか調べまくっている。お陰で自由自在のコントロールが可能になった。

 だがしかし。

 それはあくまで個人プレイであり、他者と対峙した事はない。赤子と同じくらいナイーブなお肌に人肌柔らかいプニプニは我慢の限界を超えて瞬殺される。


「ほら、一緒に行くよ」

「い、逝きます」


 夢は崩れ去り現実へ引き戻された。無理やり着替えさせられ、無理やり手を引かれ、無理やり宇宙船に乗せられた。


「ちょ、ちょっと待て」

「待てないわよ」

「今日は友達とプールに行く約束してんだよ」

「そんなの後でも出来るでしょ」

「男と男の約束が……」

「じゃ、行くよぉ~。しゅぱー-つ!」


 フィーーン、フィーーン。

 シュパッ!と再びチージョ星に飛び立つ音が聞こえた。


 マ、マジかよ!

 今日行かなかったら「炎天下の屋根で全裸腕立て伏せの刑」なんだよぉぉ。





 2時間後……。


 ミーーン、 ミーーン。

 セミの鳴き声がした。


 これ、止めてくれないかな。寝ている最中にセミの鳴き声を聞くと無条件で体が反応して飛び起きるのだ。そしていま自分が何処にいるのか確認するクセが付いてしまっているのだが。


 何の因果か、再びチージョ星へ舞い降りた。


「また来ちゃったわね」

「あれでもうお別れかと思ってたけど」

「運命かしら?」

「……」


 ラムは意味深にほくそえんだ。

 二度と会う事はないと諦めかけていた時の再会は、ガス欠だった心が満タンになるくらい嬉しい。ただし、それは通常の場合に限る。今回のように意味も分からず拉致られ、しかも天才博士のご指名となれば確実に嫌な予感しかしない。


「早くパパの所へ行ってあげて」

「ラムはどうするの?」

「ごめん。私、これから学校なの」

「チージョ星ではもう始まってるのか」

「三次の所はまだ?」

「あと1週間くらいかな」

「まだ夏休みか、いいなぁ~」


 バイバイと手を振り、空中へ消えた。

 俺は見慣れた研究室へ入って行った。


「こんにちは」

「おお三次君。久しぶりだね」

「この前会ったばかりですけど」

「会ったのは1か月も前だろ?」

「ん?」

「ん?」


 俺は時間を巻き戻して地球へ飛んだ。チージョ星にいた1週間から遡り、1週間前の地球へと戻った訳だ。しかしチージョ星ではその間も通常時間が流れている。

 1週間前から1週間が経ち、それから1週間後に呼ばれて……。

 考えるのが面倒くさいから適当でいい?


「用ってなんですか?」

「この花火なんだけど」

「は、花火ぃ!?」

「地球の花火は色んな色が出るだろ? 私の作ったのは一色だけなんだよね」

「……それで?」

「三次君に聞けば分かるかと思って」

「……」


 予感が的中した。大体にして、人並み以下の俺の頭脳を欲しがる時点で胡散臭さ満載である。成績優秀なクラス委員が「三次、勉強教えて」と言っているようなものだ。拉致られる前に気付くべきだった。しかも10万光年という途方もない距離を超えて呼び出すなど、クレイジーとしか言いようがない。


「俺、花火師じゃないので詳しいことは分かりませんよ」

「そう……か」

「火薬に関する知識もないですし」

「花火は地球の物だから、地球人に聞くのが早いと思ったのだが」

「……」


 ラムから聞いたが、最近のパパは花火にハマっているんだとか。

 前回のプチ花火大会でその魅力に憑りつかれた。儚くも華麗に輝く花火に心を奪われたパパは、より美しい逸品を制作しようと研究に勤しむ毎日だった。

 しかし、肝心の基礎と仕組みが曖昧なため暗礁に乗り上げていたという。

 俺が持ち込んだ新しい遊びなのだから、チージョ星を隅々まで調べても花火の「は」の字も見つからないだろう。

 また、ラムやパパはもちろんだが特にココが花火を甚く気に入ったようだった。新学期が始まった早々クラスメイトに花火の凄さを熱く語り、地球の実力は偉大だと自慢して回ったそうだ。さらに「地球人と花火のあれこれ」というテーマで自由研究を追加提出し、クラスで発表したらしい。

 オタク娘の余計な一言で未知なるモノに食いついた友人たちは、興味津々でラムに懇願した。みんなにチヤホヤされて気持ち良くなったのだろう。調子に乗ったラムは、「私に任せて」的な事を口走ってパパにおねだりをした。

 科学者として未完成を披露するのは不本意だったが、愛娘と友人たちの願いとあらば何とかしてあげたいと思うのが親心である。黄色一色の不完全な物であるが自慢の手作り花火を見せた。夜空に空高く噴き上がる火花に驚き、みな一様に歓喜の声を上げて喜んだ。中には感動で目を潤ませた子もいるとか。

 それ以来、ラムのクラスでは花火が話題の中心らしい。

 みんなの喜ぶ姿を見てパパは思った。


「もっと美しく。よりゴージャスに!」


 そして科学者のやる気がみなぎった。

 ざっと、こんな感じらしい。


 生まれて初めて見る花火でチージョ星には存在しない目新しい遊び。こんなの地球人だってワクワクする。特に子供と大人を行き交う若人なら食いついて当たり前である。


「この星の皆にもキレイな花火を見せてあげたいと思ってね」

「そうですか」

「新たな名物が出来れば、沢山の人が喜んでくれるんじゃないかと」

「はい……」

「だから三次君に来てもらったのだが……そうか、分からないかぁ~」

「す、すいません」

「謝る必要はないよ。勝手なのはこっちなんだから」

「……」


 パパの気持ちは痛いほど分かる。仮に地球に花火がなかったとして、あんなにキレイで楽しい物を見てしまっては、「ぜひ自分の所でも」と考えるのが普通だと思う。

 人を楽しませたいという気持ちはどの星でも一緒だ。それは俺だって同じ事。いつでもラムを楽しませたいし、彼女の笑顔が見たい。そのために自分の出来る事は何でもやってあげたいと思う。

 パパだってそう考えるだろう。

 そんな気持ちを察したら今すぐにでも教えてあげたい。でもド素人の俺には手も足も出ない。申し訳ない気持ちと何も出来ない自分に苛立ちを感じて股間を強く握りしめていると、パパがボソッとつぶやいた。


「この間の花火セットがあれば仕組みを解明できるのだが……」

「え?」

「みんな使ってしまったからなぁ~」

「はい」

「研究のために少し取って置けばよかったよ」

「……」

「もはや手に入らないからなぁ~」


 体中が痺れるくらい怖ろしい考えが脳裏をよぎった。

 言ってはいけない一言。世の中にはそういうモノがある。

 だが、俺はとびっきりのバカだ。バカの無双だ。


「か、買って来ましょうか?」


 はい終了~。


 こうして俺は、10万光年を日帰り出張するハメになった。




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