最後の晩餐
「三次君。もうそろそろ完成するよ」
心の中で「どっち?」と思ったが、この言い方だと宇宙船の方だろう。
「言われた通り、入口付近に移動したよ」
「ありがとうございます」
「ただ、全体との取り合わせで見えにくくなってしまったけど」
「どの辺ですか?」
「食べ終わったら見に来てくれる?」
ピーナッツクリーム色の液体をパンに塗って「すっぱ!」と口をすぼめて食べた後、宇宙船へ行った。
「ここに取り付けたんだけど」
「なるほど」
開閉ボタンの横に小さな緊急用ボタンが設置されていた。パッと見ただけではどこにあるのか分からなかった。さらに両方共に船本体と同じ白色なので余計に分かりづらい。
「確かに分かりづらいですね」
「船室の関係上、ここが一番最適なんだよ」
「色も船体と同じで見えにくいですね」
「うーん。そこが問題でねぇ~」
宇宙船内は何もない真っ白な空間である。開閉ボタンも緊急用ボタンも白。要するに、「真っ白な壁に埋め込まれた白いボタンを探す」というウォーリーを探すより難解な事になっていた。
「だったら、色を付けたらどうでしょうか」
「色付け?」
「例えば、ドアボタンは緑。緊急用は赤にすれば離れていても分かりますよ」
「おおっ、三次君。ナイスアイデア!」
「いや、至って普通のことですが」
「私には思いつかなかったよ。君は天才だね!」
ボタン自体がないから「色分けする」という概念がないのは分かる。たかだがそれだけで天才扱いって……大丈夫か? チージョ星人。
その他にもドアを閉める時の秒数も変更してもらう事にした。
以前までは押した瞬間に扉が閉まるので脱出困難な状況だった。近くに緊急用ボタンを取り付けた所で、瞬間で閉じたのではどうにもならない。下手したらドアに手を挟まれたまま宇宙船が出発するかもしれない。
いくら俺がアカシックレコードにギネス記録を打ち立てたスーパーマンだとしても、酸素のない宇宙空間を10万光年旅するのは不可能だ。その前に大気圏で燃え尽きる。
ボタンを押してから5秒後に閉まる。という設定にしてもらった。
我ながら良く閃いたと思う。もし、この事を伝えてなければ瞬間でドアが閉じ、俺は再びチージョ星に強制送還されるだろう。総合計距離60万光年という新記録を樹立すること請け合いである。
時間的にはたった2時間弱なんだけど、ね。
これで全てが整った。果てしないエンドレスの旅も終わる。
ラムが地球にやって来て1週間。俺がチージョ星に来て明日で1週間。地球的な時間では2週間経っている事になる。
時空を越えると時間は無意味な存在になるらしい。それでも体感として2週間は意外と長い。
過去と未来を行き来する映画を見て「時空を超えるってせわしないな」と思っていたが、実際にやってみると本当に大変である。心安らぐヒマがない、とはこの事だ。
あれってマジなんだな。
ラムと別れるのは寂しいが俺は地球人だ。
帰る場所は地球なのだ。
チージョ星最後の野菜飯を食べた後、家族全員パパに呼び出された。
「みんな。これを見てくれ!」
庭先に出ると中央に丸型筒状の物体が置かれていた。
完成したらしい。
「どうだい? 三次君」
「遂に完成しましたか」
「結構手間取ったけど、自信はあるよ」
「苦労してましたものね」
「じゃあいくよ!」
パパは自慢げに導火線に火をつけた。ラムはサッと後ろに隠れて俺を専用シールドにした。
モジャチンカ山で地面に大穴を開け、岩を木っ端みじんに吹き飛ばしたダイナマイト花火である。あのとてつもない破壊力を見せつけられては用心もするだろう。
ラムに腕をガッチリ抑えられて身動きできない俺は、ドックンドックンと脈打つ心臓を抑えながら筒を見つめた。
しばらくすると、軽快な音と共に火花が上がった。黄色一色だったが紛れもなく花火だった。天まで届きそうな勢いで火花が夜空へ舞い上がる。地球から持ってきた物より遥かに高くふき出していた。
「うわぁーキレイ!」
4人とも上を向いて声をあげた。
時間にしてたった2分程度だったが、忘れられない永遠の長さに感じた。
花火のない世界に花火を持ち込み、それがチージョ星に伝わったのかと思うと感無量の気分だった。
花火が終わった後、ラムと少しだけ話をした。
「明日で本当に最後だな」
「そう言って、またヘマをやって戻ってくるんじゃない?」
「いつもヘマしているみたいに言うな!」
「アハハハ」
寂しいといえば寂しい。辛いといえば辛い。しかし以前の別れとはちょっと違う気がする。
「なんかさ、ラムとはまた会えそうな気がするんだ」
「私もそう思ってた」
「繋がってるっていうか、何と言うか」
「もしかして、三次と私って運命で繋がってるのかな?」
「10万光年の?」
「そう、10万光年でね!」
そう言うと俺にピッタリくっ付いてきた。チージョ星特有の挨拶で。
これがこの星で最高のおもてなしで信頼の証でもある。
日本には「郷に入っては郷に従え」ということわざがある。チージョ星にいるからには、そのルールに従うのが礼儀だ。
俺も真似をしてラムをギューっとした。
「三次、楽しかったよ」
「俺も最高に楽しかった」
「また来てね!」
「ラムもヒマになったら地球に来いよ」
「うん」
チュッ!
キスされた。
これは挨拶の続きなのだろうか。それとも特殊な関係性を示唆する謎のメッセージなのだろうか?
俺はいま、無性に帰るのがイヤになっているのだが……。
次の日。今日も朝から3つの太陽が盛大に光っていた。
俺は大きく伸びをし、最後の空気を思いっきり吸った。
「色々お世話になりました」
「地球に帰っても私たちの事を思い出してね」
「はい」
ママが近づいてきてギューッとしてくれた。続けてパパがムギューっとしてきた。
「また来なさい。一緒に新しい物を開発しようじゃないか!」
「分かりました」
最後にラムが力いっぱい抱きしめてくれた。
「じゃ三次、またね」
「おう。またな」
名残惜しいがいつまでも留まっている訳にはいかない。「またね」の挨拶は再び会う約束の言葉である。
いつかどこかで再び会える日を夢見て緑のボタンを押した。
「それじゃあ、帰ります!」
笑顔の3人に手を振った。
フィーーン、フィーーン。
警報らしき音が鳴り響いた。
シュパッ!と宇宙船は迷うことなく地球へ向かった。
2時間後。
ミーーン、 ミーーン。
セミの鳴き声がした。
ようやく地球に着いた、かも。
前回、確実にヤバそうな場所に飛ばされた経験があるので慎重になる。しばらくの間、耳をダンボにして外の音を聞き分けた。
微かではあるが小鳥の声がする。セミの鳴き声も聞こえる。心拍数がヘビーメタルを刻んでいたが意を決してボタンを押した。見慣れた風景。いつも遊んでいる河原が飛び込んできた。
「ち、地球だ。しかもMy故郷!」
1週間分の疲労がドッと出てその場へ座り込んでしまった。
長かった。ここにたどり着くまで本当に色々あった。故郷がこんなに懐かしいなんて感じた事がなかった。いつもの河原がこんなに安心するなど当時の俺では考え付かなかった。経験は人を成長させるというが本当である。
俺は船外に出て大きく息を吸い、改めて地球の素晴らしさを噛みしめた。
今日は何日の何曜日なのだろう。時間はどのくらい経過しているのだろう。もはや浦島太郎にでもなったかのようだ。
「まあ、家に帰れば分かるさ」
パパに作ってもらった録画機能付き双眼鏡メガネと、アイノデリモンクーをリュックにしまい込んだ。
「おっと、宇宙船返さなくっちゃ!」
ここで失敗しては永遠の旅路の繰り返しになる。ただでさえ二度ほどやらかしているので失敗はできない。今度失敗したらラムが「ほれ、みたことか!」と笑って俺を小バカにするだろう。
体を半分以上外に出し、いつでも脱出できる体制を整えて慎重にボタンを押した。
フィーーン、フィーーン。
シュパッ!とチージョ星へ帰って行った。
ようやく帰って来た。やっぱりここが一番だ。
なんてったって俺は地球人なんだから。
さて、今度こそ家へ帰ろう!




