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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
チージョ星へようこそ
19/95

今度こそお別れの時

 ココが双眼鏡メガネを直してもらい、満足した表情で帰って行った。

 帰り際、「地球人はチコンベロンなんですねぇ~」と言っていた。意味が分からなかったのでスルーしたが、たぶん小馬鹿にされているのだと推測する。ラムに聞いたら何も言わず下品な笑いを浮かべていたので、そういう事なのだろう。



 その日の夕飯時。


「三次君。そろそろ宇宙船が完成するよ」

「ホ、ホントですか」

「色々アイデアを出してくれたから、思った以上に早く作れたよ」

「良かったです」

「君の頭脳は素晴らしいね」

「パパの方が素晴らしいですよ」

「ご謙遜を」

「本当の事ですから」

「もはや天才だね」

「いやぁ~。それほどでも」


 必要以上に褒めたたえるパパの言葉に疑問の念を抱くラム。


「役に立つの? 三次が?」

「彼は凄いぞ。我々が想像もつかないアイデアを次々に生み出してくれるよ」

「信じられないんだけど」

「もしかしたら、彼は科学者に向いてるかもしれないな」

「ウソ! だって、気が付くとバカな事ばっかりやってるよ?」

「アハハハ。それは仮の姿かもしれないぞ」

「なんか、納得できない」


 ラム君。まだまだ修行が足りないようだね。お父様を見習って、もっと勉学に勤しむんだよ? いいね!


「ところで三次君。いつ出発するかね?」

「ここに来てもう3日も経つので、家族も心配してると思うんです。もしかしたら捜索願いが出されているかも知れないですし。なるべく早く帰ろうと思います」

「それは大丈夫だよ」

「……はい?」


 続けてこう言った。


「時間と空間は必ずしも同時に動くとは限らない。ある一定の速度を越えると時間が停止し、空間だけが移動し始める。これを元に時空の歪みに入ると空間が時を超えて流れる事によって……」


 パパの説明は凄く分かりやすかった。俺の歪んだ脳みそでも理解できる内容だった。やはり頭の良い人と話をするのは勉強になる。学習が如何に大切か。目上の人の話を聞くのが如何に重要か。身をもって体験出来る。


「……という原理だ。分かったね、三次君」

「はい。勉強になりました」


 ラムをチラッと見ると「ホントに分かったの?」的な顔をしていた。

 なめるなよ。俺は三次元を超える男、宮本三次だ。説明しろと言われれば説明するけど、今日は色々あって疲れているので後日な!


 その後、風呂へ入ってシャンプーを洗い流そうと蛇口をひねったら熱湯が噴き出て「ギャァァーー」という悲鳴を上げ、びしょ濡れのまま窓を乗り越えたら足を滑らせ地面に落下した。もう一度風呂へ戻るのは面倒くさい。庭先の水道で泥だらけの体を洗い流した。

 もうさ、外水道が風呂でよくね?


 風呂から上がった俺は、庭の芝生に寝転んで星空を見上げていた。

 チージョ星は空気が澄んでいて空がよく見える。工場の煙や空気を汚染するモノがないため、町全体、いや星全体が清々しいくらいキレイだった。

 朝日は3か所から同時に上がり、暗い空を一気に青へ染め上げる。昼間は真っ青な空と綿あめみたいな雲が風に流れていく。夕方は空も町もすべてが紅色に包まれる。

 心の底から自然の素晴らしさを感じられる惑星だ。

 地球では何もかもが霞んで見える。空気は汚染されまくって痰が絡むし、車の排ガスで鼻毛が1日1ミリで成長する。建物が急ピッチで乱立するのと比例して、川の水は年月を経るごとに濁っていく。人間の住める環境が秒速で失われている。

 満点の空を眺めながら、最後の夜を心に焼き付けていると。


「今晩は」


 ラムが薄手のTシャツ姿でやって来た。

 その恰好、かなり危険なのですが。角度によっちゃ透けて見えそうですが。

 というか、もう薄っすら透けているのですがぁぁぁ。


「明日帰るんでしょ?」

「ああ、いつまでもここに居られないからな」

「……そうね」

「楽しかったよ。ラムとの時間は」

「私も楽しかった」


 宇宙船は明日完成する。俺がここに居られるのは、あとほんの僅かだけだ。

 長い人生の中の限られた時間。地球で1週間、チージョ星で3日だけだったが、3年分くらいは過ごした気がする。砂糖をつまみにコンデンスミルクをゴクゴク絞り飲むくらい濃厚な時間だった。

 ここに来た時はどうなる事だろうと思った。もはや地球に帰れないかもしれない。ラムと結婚し、チージョ星人として人生を送らねばならない。そう考えた。

 偶然にもパパが科学者で宇宙船を改造してくれ、何とか無事に帰れそうだ。

 先ほどパパが「地球に帰ったら、元の時間に戻っていると思うよ」と言ってくれた。宇宙船でラムとの別れを惜しんだあの日に……。


 今度こそ本当の別れだ。ラムはここにいる。俺は地球に帰る。

 ただそれだけなのに、言葉が詰まって出てこなかった。


「ねぇ三次」

「なに?」

「私ね……」

「うんなに?」

「忘れないよ。絶対に!」


 ラムは振り向きもせず走り去った。俺は夜空を駆け抜ける流れ星を見ながら、色んな意味で「ありがとう」と呟いた。




 次の日も朝から快晴だった。3つの太陽が激しく自己主張していて、今日も暑くなりそうである。


「じゃあ三次君。使い方を説明するね」

「お願いします」


 パパから宇宙船の使い方について説明を受けた。


「……という訳で、これで地球にたどり着くと……思う」

「思う?」


 パパの話だと、意識のコントロールで飛行する宇宙船を無意識で地球に送るのは至難の業だという。距離、方角などを正確にインプットしなければならない。ラムが地球に辿り着いたデータを元に宇宙船を調整したのだが、少しでもズレていると違う場所に到着する可能性もあるんだとか。以前、間違ってボタンを押してしまい、訳の分からない場所へ到着した二の舞になる。


「念のため3回ほど確認したけど確約は出来ないね」

「そうですか」

「確率は90%くらいだと思う」

「うーん……」

「後は三次君の運次第かな」


 地球に辿り着く確率は90%で残り10%が運。俺は中2にして人生をかけたギャンブルに挑まなければならなくなった。


「正確に辿り着くためにはアイノデリモンクーがあればいいのだが。いまちょっと切らしててねぇ~」


 軽~い感じで言われた。

 こちとら人生がかかっているのだ。下手をすれば地球に戻れないばかりか、再び訳の分からない場所へ飛ばされる可能性もある。その「砂糖切らしちゃって」的な軽いノリは止めてくれ。これから旅立つ俺の不安をさらに増幅……。

 アイノデリモンクー? どこかで聞いた事があるような。

 俺は地球から唯一持ってきたリュックを探した。


「もしかして、これですか?」

「おおっ、これだよ。これ!」

「やっぱり」

「よく持ってたね。地球でも売ってるの?」

「ラムから貰ったんです」

「そうか。君は運がいいいよ」

「でも、これって空に文字を書く道具じゃないんですか?」

「そういう使い方もあるが……」


 本来の使い方は、知らない地を旅する際、目的地に照射して道順を知らせてくれる便利グッズなんだとか。地球でいうところのナビの役割である。

 自由移動が楽勝なチージョ星人にとってはナビは必要ない。意識を目的地に飛ばしてコントロールすればいいだけの話である。

 では、なぜこのようなナビゲーション指輪が販売されているかというと。

 まだ瞬間移動を自由に操れない幼稚園児とか、何かしらの不具合で移動困難になった者たちとか、チージョ星に観光旅行へ来た他惑星人とか。そういう人たちの為に考えられたお助けアイテムらしい。

 地球でラムに貰った時、光の増幅で空中の水分がどうたらで、それによって文字が書けると教わった。ラムたちのような好奇心旺盛な若者は、アイノデリモンクーの性能を利用してラブレター代わりの遊び道具として使っているんだとか。

 この星ではさして珍しい物ではなく、その辺の雑貨屋でも売っている。値段は日本円で100円くらい。


 ねえパパさん。そんなお気軽に入手可能な商品なら、いますぐ店へ行って買って来てくれ。100円のために俺の人生を台無しにするつもりかっ!

 この親父、危険人物かもしれん。名前も確かバーカネドロンとか言ってたし。


 パパは指輪を持ってすぐさま研究室に戻り、インプット作業を施して再び宇宙船へ戻って来た。


「これを振るとレーザーが照射される」

「振るんですね」

「そして照射されたらそれをこの部分にセット」

「ここですね」

「後は寝てても地球にたどり着けるよ」


 ようやく地球に戻れる確証が出来た。色んなアクシデントがあったが、今度こそは大丈夫である。後はママとラムに挨拶すれば全てが終わる。

 家の周りをグルっと回ってキッチンの窓を覗いた。


「ママ。そろそろ帰ります」

「あら、もう帰っちゃうの? さっき来たばかりなのにぃ~」

「色々お世話になりました」

「また来てね」

「はい。ヒマがあったら遊びに来ます」


 窓から優しく抱きしめてくれた。

 ママ。ナベが焦げ臭いどころか燃えてるんだけど、それはいいの?


 そしてラムの部屋の窓へ。


「ラム。色々世話になったな」

「……」

「俺、もう帰るけど元気でな」

「……」

「じゃ、またな!」


 返事はなかった。顔も出さなかった。

 彼女が何を思い、何をしているのか。会ったら離れがたくなるのは分かっている。振り返ったら最後。心が強烈に締め付けられ、息も出来ないほどの苦しさを味わうだろう。泣いても叫んでも、どうにもならない現実がある。それを回避するには、全てを思い出に変えて前へ進むしかない。それが成長だ。

 ただ、一目だけ会いたかった。


「じゃ、パパさん。お世話になりました」

「またいつでも遊びに来ていいよ」

「10万光年をですか?」

「近い、近い。10万光年なんてアッという間だよ」

「……ですね」

「じゃ、三次君。元気でね」


 俺はドア付近に取り付けられた開閉ボタンを押して宇宙船に乗り込んだ。

 パパに言われた通りアイノデリモンクーをセットした。


 フィーーン、フィーーン。

 警報らしき音が鳴り響いた。

 シュパッ!と、どこかへ。いや、地球へ移動する音が聞こえた。


 ありがとう。ラム!





 2時間後。


 ミーーン、 ミーーン。

 セミの鳴き声がした。


 ついに我が家へ辿り着いた……たぶん。

 以前の事もあり、ボタンを押すのは度胸がいる。けれど、ここで後ずさっては先へ行けない。勇気をもって一歩踏み出してこそ新たな道を開くキーワードなのである。


「よし。帰ろう!」


 不安を振り切ってボタンを押した。開いたドアから冷静に、慎重に周りを見た。懐かしい風景と懐かしい匂い。いつも遊んでいる河原が眼下に広がっていた。

 宇宙船を降りて大きく息を吸うと、公害で汚れた空気と灼熱で焼けた木々の悲鳴が漂ってきた。間違いなく我が故郷の地球である。

 俺はホッと一息つき、地べたに座って故郷を眺めた。

 空気は汚れ、騒音は年中うるさく、人々はギスギスしている。それでもここは俺の生まれた町だ。家族がいて、仲間がいて、安心できる場所がある。

 いくら他の惑星が素晴らしかったとしても、進化した楽しい場所だったとしても。そこにラムがいたとしても……。


「やっぱここが最高だな」


 自宅へ帰る前に宇宙船をチージョ星に送り返さなければいけない。パパの説明では、入口付近に緊急用ボタンを設置すると再び間違って押してしまう可能性もある。そこで別の場所に「移設した」と言っていた。

 限りなくバカにされている感が否めないが、自分でもやってしまいそうな気がするので移設は有難い。


「確かこのボタンだったよな」


 パパに言われた通り緊急ボタンを押した。

 フィーーン、フィーーン。

 警報らしき音が鳴り響いた。


 これでラムと会う事は二度とない。

 これから先も君の事は決して忘れないよ。


 そう思い、宇宙船を降りようとした時だった。

 シュパッ!と入口の扉が閉まり、再びどこかへ移動する音が聞こえた。


「えっ、なに!?」


 一瞬の出来事に何が起こったのか分からなかった。だが、今のは間違いなく宇宙船が飛び出した音である。扉は閉じられ俺は中にいる。


 これって、また再び!?


 おい、バーカネドロン博士。入口から一番遠い場所に緊急用ボタンを設置してどうするんだよ。押したら一瞬で扉が閉まっただろうがっ!

 マジでいい加減にしろ。

 これは現代活劇で、異世界物語じゃねぇんだぁぁ--。




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