地球と変わらぬ星
「おはよ」
ラムに起こされた。
「どう寝心地は?」
「悪くはないけど、ちょっと落ち着かないかな」
「ごめんね」
「いや、別に謝る必要はないけど……」
俺は宇宙船や機材がゴロゴロ転がっている倉庫に寝ていた。
地球でラムが言っていたが、チージョ星に同化は必須。この能力がなければ星での生活は困難を極める。話を聞いた時は「ふーん。そうなのか」くらいにしか思っていなかった。実際に来てみると確かにその通りだった。
家、部屋、風呂、トイレなど、家の中を見渡してもドアがなかった。入口らしき目印は存在する。上部に◎が書かれていたり、目線の位置に◆だったり。それを見れば壁の向こう側が何なのか分かる仕組みだった。
チージョ人にとっては目印かもしれない。地球人にとっては、マークを理解したところで単なる壁。これを通り抜けないと内部へアクセス出来ないのである。ラム家に限らず惑星全体がこのような仕組みらしい。
仮に客室に寝泊まりしてトイレへ行きたくなった場合。
窓を開けて一旦外へ出る。トイレに回り、窓から侵入する。そして用を済ませなければならない。切羽詰まった状態でそんな余裕はない。2つ目の窓を乗り越える前に漏らすだろう。
全てが同様で、能力のない俺には窓が唯一の出入口となる。
寝ていた倉庫だけは扉がなく開け放しだった。分かりやすく言うと、自宅ガレージのシャッターを開け放した状態である。これならば無能な地球人でも出入りは自由だった。
パパとママは「お客さんだから倉庫に寝かせる訳にはいかない」と気を使ってくれたが、何かある度にいちいち窓から出入りするのは面倒くさい。「大丈夫です。倉庫で十分です」とゴリ押ししてここに寝た。
「ご飯出来てるからキッチンへ来て」
「分かった」
ハプニングで飛ばされた俺は、着替えなど持っていなかった。歯ブラシもタオルも持っていない。起こされて1分という最速でキッチンへ行き、窓から「おはようございます」と挨拶した。その姿を見て大笑いするパパとママ。2人に取り繕った愛想を振りまきつつ、テーブルへ座った。
生まれて初めてのチージョ飯はというと。
この星では肉や魚など動物性タンパク質を一切摂取しない。それらは能力を低下させるため、食卓に上がっている料理は野菜オンリーだった。
色とりどりの葉っぱが挟まっているサンドウィッチ的な物と、ついさっき庭からもぎ取ったばかりの新鮮なサラダ。両方共に味付けはまったくされておらず、野菜の苦みを存分に味わえる一品だった。
傍らにある丸型コップには、エメラルドグリーンの液体が入っていた。鼻を近づけると、草原で寝そべっている匂いがした。
原材料が何なのか分からず恐怖に打ち震えたが、折角の行為を無下にする訳にもいかない。苦み溢れるサンドウィッチを、エメラルドグリーンの激苦ジュースで流し込んだ。
別にマズくはなかったがウマくもなかった。
パパは倉庫で宇宙船に改良を施し、ママはキッチンで何かを焦がし。
俺はラムに連れられてチージョ商店街を案内してもらった。
建造物の姿形を除けば、この土地で生活出来そうな感じがする。両側にズラリと並んだお店は、いつも見ている商店街とほぼ一緒だった。
ポップでオシャレな看板、ウィンドウに飾られた商品。食事処だったり、雑貨屋だったり。様々なお店が軒を連ねていた。
道は丸っこい石畳で趣があり、所々に街灯も存在する。規制の取れていない日本のゴチャゴチャした作りではなく全体的に統一感がある。ヨーロッパかどこかのシックな街並み。そんな感じだった。
スーパーも存在する。無いのは肉屋くらいのものだろう。10万光年の距離とは思えないくらい何もかもが似通っていた。
道行く人も地球人、いや日本人にしか見えない。
「町並みは違うとしても雰囲気的なモノは同じだなぁ~」
「でしょ。私も地球に行った時、そう感じた」
「各店には看板もあるんだぁ~。もっと無機質かと思ってたよ」
「文字読める?」
「まったく分かんない」
「じゃ、あれは何屋さん?」
ラムが一軒の店を指さして質問した。
看板には &%(#$””! と書かれていた。
「パン屋さん?」
「ブブーッ。はずれ。あれは美容室でした」
「美容室もあるの?」
「もちろんよ。身だしなみは大切でしょ」
女の子ならそうであろう。我がクラスの女子も美容室なるものに行き、前髪を数センチ切っただけで5000円とかクレイジーな発言をしていた。チャラい男子も同様で、美容室&ワックスを塗りたくってセットに余念がない。
存在自体が美の化身である俺に身だしなみなど必要ない。いつも近所の床屋の「学生限定500円カット」で適当に済ませている。母から1000円を貰い500円を浮かすという高等テクニックを駆使している。
「じゃ、あれは?」
「うーん。難しいな」
「ヒントは食べ物です」
「ケーキ屋?」
「はずれ。パン屋です」
「……」
なあ、今の質問の仕方、ちょっといけ好かないぞ!
超難問の連想ゲームをしながら町を探索した。
普段は瞬間移動なので町を歩く事はほとんどないという。友達と学校帰りにおしゃべりをして通り過ぎる程度。面白い店を見つけたら立ち寄って、終わったら「じゃあね」と言ってお互い瞬間で消えていく。ラム自体も久しぶりにゆっくり町ブラをしたそうだ。
「ここに入ろ」
「ここは……もしかして喫茶店?」
「正解! 友達とよく通っている行きつけの店なの」
「ほー。それは興味深い」
ラムと並んでその店へ……派手な音を立てて壁に額を強打した。
だ・か・ら。一瞬忘れるんだって。あまりにも日本人だらけだから。ウソだと思うんだったら一度チージョ星に来てみ。
お店の人に話を通してもらい、窓から「いらっしゃいませ」と言われた。長いお店の歴史の中でも初めてであろう。窓から入店した男は……。
喫茶店の雰囲気も地球と同じだった。ただ全ての物が丸でメニューも丸だったのは驚いた。
「何にする?」
「……」
丸型メニューを渡されたが読めるはずもなかった。
日本の喫茶店ではメニュー上部は大体コーヒーとかカフェオレとか、そんな感じのが並んでいると思う。たまに文字をポップなどで囲んでいる時は、当店おススメである事が多い。町も雰囲気も姿形まで似ている惑星である。たぶん思考回路も共通する部分があり、メニュー構成も同じだろう。そう思い、ポップで囲まれている品を注文した。
しばらく談笑していると、ショートカットの俺好みのお姉さんが注文の品を持ってきた。ラムの前に運ばれたのは、綺麗なピンク色のジュースで甘酸っぱい爽やかな香りがしていた。一口貰うと桃っぽい味がして美味しかった。
「それ、サッパリして美味しいね」
「でしょ。私のお気に入りなの」
「俺もそれを頼めば良かったなぁ~」
「真似しないでよ」
「ハハハ……は?」
俺のテーブルに運ばれてきた代物は、透明度0%の真っ黄色に濁った何かだった。この色合いからしてバナナジュースだろうか。念のため匂いを嗅いでみた。鼻腔を貫いた香りが喉の奥に落ちてきて口全体がイガイガした。
何となく人間の飲める一品ではない気がする。
恐る恐る口にすると、キュウリとスイカとニガウリをハチミツで混ぜ合わせた感じで、カブトムシの味がした。
このお店、お客の大半はカブトムシなのか?
涙を堪えてカブトムシジュースを飲んだ後、ラムは夕食の買い物を頼まれたとかでスーパーへ立ち寄った。
俺はどう頑張っても中には入れなかった。裏口に窓はあるのだが、仮に窓から入店したら万引き犯と間違われ御用となるだろう。そこまでしてチージョスーパーを見たいとは思わない。
仕方がないので、すぐ横にある公園で楕円形のベンチに座ってツルンツルン滑りながら待っていた。
この星に来て喫茶店の店員に失笑され、カブトムシの味がするジュースを飲んだ。ベンチで滑っている俺を見て、幼稚園児くらいの子が真似をしてお母さんに怒られていた。スーパーから帰って来たラムに「なに変な事してるの?」と呆れられた。
もしこの町に住んだとしたら職業は大道芸人で決まりだな。
買い物が終わって自宅へ着くと、ママが夕飯の下準備をしていた。ラムは部屋着に着替えてお手伝いをしていた。親子並んで料理を作るあたりまで一緒である。
俺は本当に異世界にいるのだろうか? そう疑ってしまう光景だった。
そして待望の夕食の時間。ママの手料理が並べられた。お客さんが来たから腕を振るってのご馳走だと思うのだが……。
食卓に並べられた全てが野菜で、何かをすり潰して何かを入れたオートミール的な代物。メインディッシュは見た事もない食材が原形のまま皿に乗っていた。
肝心の味は、素材の良さを前面に押し出した苦みとエグ味が際立つ濃厚な味わい。傍に置かれた飲み物は、黄色と緑が分離した脳天を直接刺激するような酸っぱ苦い味だった。分かりやすく言うと、果汁100%のレモンジュースの上に200%の青汁を入れ込んだ感じ。
その中で、唯一パンだけはすこぶるウマかった。
小麦の出来がいいのか、しっとりとしていて、しかも噛み応えもある。素材自体の旨味が密度の高いペースで舌先を愛でてくれる。これでジャム系があれば俺の大好物になるだろう。
「あのうママさん。こっちの世界では、パンにジャムとかバターとか付ける習慣はないんですか?」
たまらず聞いてみた。
「パンはパンだけで食べるのが普通ね。地球では違うの?」
「地球では何かを塗って食べることが多いですね」
「そうなの?」
「パン自体がモサモサして美味しくないからだと思いますが」
「うーん。塗るモノねぇ~」
「あっ、無理しなくていいです。このパン、とても美味しいですから」
するとラムが、
「これなんかどう?」
冷蔵庫から丸いタッパーに入ったモノを持ってきた。差し出されたモノは、ショッキングピンクの何かだった。
日本では桜でんぶを想像するが、ここはチージョ星である。でんぶの可能性はすこぶる低い。けれど色合いからして甘そうな感じがする。
得体の知れないモノを口に運ぶ時くらい勇気のいるものはない。パンの端っこにちょっとだけ乗せてカジってみた。
うぎぃぃぃぃー--。
全身に鳥肌が立つくらい酸っぱかった。
ごめんね。食生活だけはどうも合わない気がする。
この調子で3日間は、想像しているよりも遥かに大変な感じがする。この先一体どうなるのだろうか。
あーあ、焼きそば食いてぇな。




