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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
チージョ星へようこそ
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憧れのチージョ星へ

 ミーーン、 ミーーン。

 セミの鳴き声がした。


 そして遠くから誰かの声がする。


「大丈夫?」

 やめろよ、こんな所で。人が見てるだろう。


「ねぇ、ちょっと」

 触っちゃダメだよ。人が見てるってばさ。


「なに寝ぼけてるのよ」

 見られて興奮するなんて、ラムってば痴女だなぁ~。


「ちょ、いい加減に起きなさい!」

 頬を思いっきりぶたれて目が覚めた。


「あれ、ラム? おはよ」

「おはよ、じゃないわよ。心配したのよ」

「……ここどこ?」

「まだ寝ぼけてるの? チージョ星よ」

「あっ、さようで」

「人が心配してるのに、なに呑気に寝てるのよ」

「今朝早かったから眠くなっちゃって」

「しかも私の布団で。早く出てよ!」


 そう言うと、掛け布団を思いっきり引っ剥がされた。


 ラ、ラムちゃん。寝起きの男子の布団を乱暴にはぎ取ってはいけません。

 クフ王がピラミッド建設を指示してるから、ね!


 布団から這い出た俺は、寝ぼけ眼を擦りながら入口に目を向けた。開かれたドアから新鮮な光が差し込み、遠くに平地が広がっていた。そして目の前にはラムが仁王立ちしている。

 ここは紛れもなくチージョ星だった。


「もう。本当に心配したのよ」

「ごめんごめん」

「とりあえず降りましょ」

「そうだな」


 俺はこれから他の惑星へ足を踏み下ろすのである。これは人類初の快挙だろう。

 爆速で動く心臓を押さえ、ラムの後ろに続いて宇宙船を飛び降りた。そして大地を力強く踏みしめた。

 密閉された空間での長時間移動は、体が軋むように凝り固まる。両腕を高々と上げて窮屈だった体を解放した。空を見上げてサンサンと降り注ぐ……。


「ゲッ! た、太陽が3つ!?」


 真上、右、左に輝いていた。目眩がしてモノがダブって見えたのかと思った。

 そう言えば、ラムが言っていた気がする。チージョ星には太陽が3つある。3方向から惑星を照らしているので年中温かいのだと。

 なんだか新鮮な感覚である。


「本当に太陽が3つあるんだな」

「これが普通よ」

「頭では分かってても実際に見ると混乱するな」

「地球の感覚じゃ、そうなるかもね」

「ラムが地球に来た時も同じだった?」

「うん。太陽が1つしかないから不思議だった」


 初めて見る景色に脳波の乱れを感じていると、すぐ近くの丸い建物から2人のチージョ星人が出てきた。たぶん両親であろう。ラムは2人を手招きした。


「こっちはお父さんで、バーカネドロン・ゲリモサよ」

「……」

「こっちがお母さんで、エイロ・ゴムシテよ」

「……」

「で、彼が地球人の三次」


 人生で一度も聞いた事のないフレーズに更なる乱れを感じていると、ラムママが楽しそうに声を掛けてきた。


「まあ、よくこんな遠くの星まで来たわね」

「俺がボタンを押したばっかりにこんな事になってしまって」

「大丈夫よ。ラムから話を聞いて私達も納得したから」

「本当にすいません」

「気にしないで」

「けど、星以外の人を乗せるのは違反ですよね。大丈夫ですか?」

「違反は違反だけど、ワザとじゃないでしょ?」

「まあ、そうなんですけど……」

「それにあなたを見れば悪い事をする人じゃなさそうだし」


 ママの問いに、隣にいたパパがニコニコ顔で頷いた。


「ママの言う通りだよ。一目見れば良い人か悪い人かすぐに分かるよ。君は安心出来る男だ」


 それを聞いて少しホッとした。俺のミスで大事態になったのだから怒られて当然だと思っていた。

「バカ地球人。責任を取って切腹しろ!」と短剣を手渡され、「やむなし」と言って大和魂でハラキリする覚悟を決めていた。

 地球だったら頭の形が変わるほどブン殴られている。しかしパパやママは、俺のミスを罵倒する事なく優しく出迎えてくれた。

 これがチージョ星人という生命体なのだろうか。だとしたら、素晴らしい惑星である。進化した星の進化した人間は、相手に対する気遣いが当たり前のように出来るのだろう。狂乱が闊歩している我が惑星に教えてあげたい。

 ただ、安心出来る男は言い過ぎな気がする。どちらかと言うと要注意人物だと思う。自分で言うのもなんだが。


「地球でラムがお世話になったんだってね」

「いえ。大した事はしていないです」

「色んな場所に案内してくれたらしいじゃないか」

「近所だけですけど」

「ラムも楽しかったって喜んでるよ」

「それは良かったです」

「まあ、立ち話も何だから遠慮せず中へ入って」


 ラムと両親は揃って室内へ入って行った。俺も続けて……ガツッ!と鈍い音を立てて顔面から壁に激突した。

 そう。唇が擦り切れるくらい言うが同化である。

 パパもママも見た目が日本人と変わらず、惑星の雰囲気も似通っているため一瞬どこにいるのか忘れてしまう。

 それは俺だけではない。ラムも同じような感覚らしい。


「ごめんごめん。忘れてた」


 ペロッと舌を出して窓を開けてくれた。俺は「お邪魔します」と言い窓から室内へ入った。

 部屋へ案内されると、そこはリビングであろう。センターテーブルと座り心地のよさそうなソファーがあり、その後ろには本棚や家具類が並べられていた。

 床はナチュラルウッドのフローリングで、カウンターキッチンまであった。

 来客のためにママが置いたのだろう。テーブル中央には色鮮やかな花が生けられていて、本当に地球と変わりない生活だった。

 唯一違うのは、置かれている物が全て丸いという事だ。テーブルもソファーも家具類も角がない。真ん丸だったり楕円形だったりと物によって大小形は異なるが、視界に入る全てに角がなく丸で埋め尽くされている。天井も円形になっていた。まるで雪国のかまくらで過ごしている気分だった。

 ママが「はいどうぞ」と持ってきてくれたコップまで。

 平衡感覚が麻痺しそうなんですけど……。


 差し出された飲み物を緊張気味に飲んでいると、ママがシゲシゲと俺を眺め、

「これが地球人かぁ~」


 それに対しパパは、

「長い間学者をしているが、地球人と会話するの初めてだな」


 続けてラムが、

「私はもう慣れっこよ!」


 異世界からやって来た陳腐な生命体を三者三様に俺を観察していた。動物園のパンダの気持ちが分かった。

 なにジロジロ見てんだよ。見世物じゃねぇぞ! 




「ところで三次君。ちょっといいかな?」


 パパが落ち着いた口調で話しかけて来た。


 俺が宇宙船で得体の知れない場所に飛ばされている間、ラムは両親に事の成り行きを説明し、今後の対策について相談していた。状況を把握した両親は受け入れる準備を整えて到着を待っていたという。


「今後の事を相談したいのだが」

「俺もそれが心配でして。特に宇宙船がいくらするのか」

「それは大丈夫だよ。家に何台もあるから」

「はい?」


 意味が分からずキョトンとしていると、ラムが自慢げに微笑んだ。


「パパはね、科学者で技術者なの。宇宙船はパパが作ったのよ」

「科学者で技術者? 宇宙船を作った? それって無敵じゃないの?」

「そう。無敵で自慢のパパよ」

「マ、マジっすか!」


 希望の光が見えてきた。パパが科学者なら話は別だ。しかも宇宙船を設計、制作した本人である。

 船内で頭が割れるほど考えた。チージョ星で強制労働確定かと思っていた。非常ボタンを押し続け半永久運動をする自分を想像して涙した。女剣士と冒険活劇ロマンを繰り広げる人生を妄想して爆死した。

 そんな不安に怯えた時間は終わりを告げた。一筋の光どころか宇宙全体が照らされた瞬間だった。


 か、神様ぁ。ありがとうございます!

 地球へ帰ったら勉強も頑張ります。両親の言うことも聞きます。妹のタンスも物色しません。貯金箱も盗みません。握り玉も週1ペースにします。

 友則と克己以外の全員に愛情を注ぎますぅ~。


 両手を合わせて3つの太陽に感謝した。

 これで全てが上手く行きそうである。


「ラムから聞いたけど、地球人はボタンを押して出入りするんだってね」

「そうなんです。ボタンでドアが開閉するのが普通なんです」

「とても面白い習性だね。押さないと開閉しないの?」

「自動ドアがありますけど、開かないと分かったらまずボタンを探しますね」

「ふーん。それで緊急ボタンを押した訳かぁ~」


 腕組みをしながら何やら考え始めた。

 その間、ママは俺をずーっと眺めながら「割といい男ね」とか。「地球人と恋をしたら遠距離恋愛になっちゃうわね」とか。ラムと俺を見比べ「お似合いのカップルね」とか。お茶請けのクッキー的なモノを食べながらニコニコ笑っていた。

 頭脳明晰な父と、呑気で愛くるしい母。ラムの方をチラッと見ると、腕を組みながら眉間にシワを寄せていた。

 ……親父似だな。


「三次君。宇宙船へ来てくれる?」

「はい」

「君の行動から察するに、位置関係が気になるんだよ」

「ボタンのですか?」

「それを検証したいと思ってね」

「分かりました」


 そう言うとパパがリビングから瞬間でいなくなった。続けてラムが消えた。

 地球で「移動する時、消えるのが当たり前」と教わったが、目の当たりにすると前頭葉が破損する。しかも見た目が日本人なため、頭頂葉も続けて破壊する。

 俺にそういう芸当は無理なため、窓からコソ泥のように這い出した。


 ねぇママ。窓から出入りする俺を見てケラケラ笑うのはいい。ただ、キッチンから焦げ臭い匂いがしているけど大丈夫?



 船内へ辿り着くと、パパとラムがボタンをどこへ設置するか話し込んでいた。俺は地球人の日常的な行動を身振り手振りで伝えた。

 入口に立ってもドアが開かない。ボタンを探す。押す。ドアが開く。出る。

 たったこれだけの事なのだが、チージョ星人から見ると不思議な仕草らしい。


「分かった。という事は、ここの位置を変えればいいのかな」

「パパ。開閉ボタンは必須よ。じゃないと三次は出られないもの」

「なるほどな。それはどこへ取付する?」

「さっきから見てると、高さは腰の辺り」

「ラムの観察力は鋭いなぁ~」

「だってパパの子よ」

「ハハハ、そうか」


 俺は科学者ではないので余計な口出しは無用だが、たかだか開閉ボタンを付けるだけで親子の絆を深めるほどの案件なのだろうか。

 小難しい議論が続いていて俺の出番はなさそうだった。白熱する親子愛を横目に宇宙船を出て家の周りを散歩した。


 ラムの家は研究所兼、開発施設になっているため、町から少し離れた小高い丘の上に建っていた。何かトラブルがあった際、周り近所に迷惑がかからないよう配慮した結果らしい。

 丘の上に建っているため、そこから町がよく見えた。

 ラムが言っていた通り、ビルや商店街が乱立して地球と変わらない町並みだった。ただ、目に見える全ての建造物が丸型形状。大小、長短様々な丸がニョキニョキしていた。例えて言うなら、子供アニメに出てきそうな可愛らしい風景で、不思議というよりは面白い。といった表現が的確かもしれない。

 長くて太い丸の横に小さい丸が左右に並んでいる姿は、さすがチージョ星という感じがする。

 木々や花など自然の風景は地球とまるで一緒だった。異なるのは、葉っぱの色が鮮やかな緑だったり、真っ赤な紅葉だったり。黄色いのもあれば白いのもある。

 四季折々の植物が勢ぞろいした感じで何とも奇妙に思えた。


「俺って、ホントに他の惑星にいるんだな」


 見た事もない景色に改めて自分の置かれている状況を知った。

 世界広しといえども、地球人で他の惑星に降り立ったのは俺が初であろう。そして目の前にある風景は紛れもなく異世界だ。考えれば考えるほど不思議だが、これは現実である。

 俺は今、貴重な体験をしている……そんな気がしない事もない。


 見るものすべてが新鮮で家の周りをグルっと一周してみた。

 家族団欒のメインの家。その横に並んでパパの研究所。両方とも肌色に近い茶色をしており、遠目で見ると地面からお尻が突き出ているのかと思った。

 少し離れて道具を置くための倉庫があった。宇宙船や使わなくなった家具類がゴチャゴチャ入っていた。ここだけは扉がなく開けっ放しの状態だった。壁やドアがあると道具の出し入れが不便だから。そんな理由らしい。

 ラムの部屋の前は庭で、そこには花が植えられていた。ママとラムがガーデニングで植えたのだろう。小さくて可愛い色とりどりの花々が咲き乱れていた。

 もちろん、作られた花壇は丸型。積まれたレンガも丸だった。

 建物、花壇、パパが作った道具など、ここまで徹底的に丸型だと逆に清々しい感じがする。

 遠くに見える山だったり、森だったり、空や太陽や自然は同じ。要所のディテールや数は違えど、地球とそんなに変わらない姿にホッとした。

 ラム家を一周している途中、キッチンの窓から悲しそうにゴミ箱に何かを捨てているママの姿が見えた。俺と目が合うと恥ずかしそうにペロッと舌を出していた。

 もう、ドジっ子エイロ・ゴムシテちゃんね。


 しばらくすると、ラムが戻ってきて状況報告をしてくれた。


「改造までに3日かかるらしいわ」

「3日ですかぁ~」

「どうする?」

「どうするも何も完成まで待つしかないだろう。歩いて帰れないから」

「じゃあ、3日の間、私の町を案内してあげるわ!」

「逆バージョンってやつか」

「地球を案内してくれたから、今度は私の番!」


 そうして俺は、たった3日の惑星チージョ自由研究に入った。




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