人間やめますか
月曜日の朝。
俺は机に頭だけを乗っけて、目を見開き、涎を垂れ流しながら全ての痛みに耐えていた。
「おはようさん」と言いながら俺の頭をビシバシ叩いて自分の席に着く不埒者とか。「今日も元気だ股間が痛い」と言い、俺の股間を力強く握りしめる変態とか。
そんなゲスな攻撃を一心不乱に無視していた。
こんなに心が痛く、切ない想いは生まれて初めての経験である。
別れ話を切り出された訳でもない。直接的にフラれた訳でもない。ただ友として抱き合った。その現場を間近で見ていただけである。
それは惑星特有の挨拶で、ごく日常で起こりうる。星で生活しているうえで欠かせない単なる信頼の証。俺自身も何度も味わった。
ココにもされた。ミルクさんのボイ~ンも感じた。パパもママも長官も会長も別れ際にはギュッとしてくれた。空気を吸うような自然行動だった。
しかしそれはチージョ星での話である。
海外ならスキンシップの一環として抱き合う文化もあるだろう。
だが俺は日本人。勇ましい大和魂と、奥ゆかしい大和なでしこが生き続ける世界で生まれた侍である。
抱き合う行為は好きと一緒の事で、愛して止まない2人が秘密裏に進める最高の育み。そう考える大和魂には、チージョ星の挨拶は不埒にしか映らない。
人前で抱き合うなど言語道断。まして他の男と抱き合うなど……。
「おい三次。どうしたんだ」
「……」
「瞳孔が開いてるぞ」
「……」
「もぬけの殻か……」
克己が心配そうに話しかけてきた。
さすが親友。気持ちは凄く有難い。ただ、声を出そうにも上手く出せないんだよ。何かこう、心の深い部分にアーミーナイフを突き刺され、心臓をエグられて塩漬けにされたような感覚なのだ。
「おう三次。昨日6.2回に挑戦したぜ」
「……」
「さすがに世界新はキツイな。摩擦で燃えるかと思ったよ」
「……」
「逝ったか……」
友則の独特な気遣いも分かる。
ありがとう親友。だが俺は今、心肺停止状態で思考回路がショートしているのだ。お前の渾身のギャグに付き合えなくてごめん。
「ちょっと2人共、止めなさいよ」
突然、巨牛が割り込んできた。
「おい巨牛。朝から三次がおかしいんだが、何か知ってるか?」
克己の問いに巨牛はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「この様子から見るとアレね」
「アレって?」
「女ね」
「女?」
「私の勘からいくと、たぶんフラれたわね」
「マ、マジか!」
「だって最低下劣な男だもん。フラれるに決まってるでしょ」
その言葉を聞いた途端、2人は大爆笑した。
「ガハハハッ。マ、マジかよ」
「まあ、いつかはこうなると思ってたぜ」
「大体にして、こいつが女にモテる訳ねぇ~よな」
「ホントだ。人類女性の仮想敵国だもんな」
「ざまぁー!」
「三次。ご愁傷様」
心を失って動けないのを良い事に、3人は俺の頭を叩き出した。
「いい音すんなぁ~」
「頭空っぽだからじゃない?」
「スイカの方が実が詰まってんぜ!」
ギャハハハ!
なあ親友+牛。今は瀕死の重傷を負っているから何も出来ない。いつか復活する日を楽しみに待ってろよ。骨の髄までしゃぶり尽くしてやるかんな。
その後もやる気どころか生きている事さえ苦痛で、廃人のような1日を過ごした。
放課後。
こんな日に学校なぞ来るんじゃなかった。と後悔しつつ重く気怠い体を持ち上げた。顔を上げると小池が立っていた。
「三次。あんた大丈夫?」
「……まあ」
「ヨダレ出てるよ」
そう言うとピンクのハンカチを手渡してきた。
「これって、この間買った新品だろ」
「大丈夫。もう2回使ってるから」
「……そうか」
手渡れたハンカチで口を拭きながら学校を出た。
俺も小池も何も言わずに並んで歩いた。別に話す事などない。話を出来るほどの気力もない。というか、何を話せばいいのかさえ考えも及ばない。
互いに無言のまま商店街まで来ると、小池が決心したかのように声をかけてきた。
「ねぇ。あんたフラれたんだって?」
「……よく分からん」
「千葉奈美があちこちで宣伝してたよ」
「何て?」
「バカの末路はこんなもん。だって」
「まあ、ある意味正解……かな」
「……」
バカにされても仕方がない。俺だって自分の立場はわきまえている。頭も良くない。顔も普通の下。ガニ股短足で寸詰まり。無鉄砲と無教養が全てを司っている。あえて良い所を挙げるとするなら「お人よしのバカ」くらいだろう。
そんな俺に彼女が出来るなど奇跡に近い。奇跡は何度も起こらないから奇跡である。もう俺の人生にミラクルはない……。
「元気出しなよ。フラれたくらいで落ち込んでたら疲れちゃうよ」
「まあ、そうだけど」
「世の中には星の数ほど人がいるんだよ?」
「だから?」
「これから素敵な出会いが待ってるかも知れないでしょ」
「だといいがな」
「三次らしくないわよ!」
小池は笑って俺の背中をバシッと叩いた。
今の一撃で少し元気が出た気がする。
星の数ほど人はいる。チージョ星だけが星ではない。宇宙にはまだまだ存在さえ知らない惑星がゴロゴロしている。そして地球だって星の中の1つだ。
俺は宇宙を駆け巡るサンジー。地球生まれの宮本三次である。
「ありがとな。少し元気が出たよ」
「そう。それは良かったね」
「あっ、そうだ」
俺はポケットからブルーのリボンを取り出した。
ラムと買い物をした時、「妹さんに」と半ば強引に買わされた。色んな意味で世話になっているが、仮にリボンを渡したとしても「何企んでるか知らないけど、1万8729円はチャラにはならないわよ」とか言われそうだ。
そんなこんなで俺がリボンを持っていても仕方がない。
「これ、お前にやるよ」
「え? これって彼女へのプレゼン……」
手渡れた小池は何かを感じたのか素直に受け取った。
「ありがとう」
「おう、じゃな」
「また明日ね」
「ハンカチ、洗って返すよ」
「別にいいわよ。あんたにあげる」
「そうか。遠慮なく貰っとくぜ」
ところで小池。俺に何か用でもあったのか?




