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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
最高のおもてなし
132/138

人間やめますか

 月曜日の朝。


 俺は机に頭だけを乗っけて、目を見開き、涎を垂れ流しながら全ての痛みに耐えていた。

「おはようさん」と言いながら俺の頭をビシバシ叩いて自分の席に着く不埒者とか。「今日も元気だ股間が痛い」と言い、俺の股間を力強く握りしめる変態とか。

 そんなゲスな攻撃を一心不乱に無視していた。


 こんなに心が痛く、切ない想いは生まれて初めての経験である。

 別れ話を切り出された訳でもない。直接的にフラれた訳でもない。ただ友として抱き合った。その現場を間近で見ていただけである。

 それは惑星特有の挨拶で、ごく日常で起こりうる。星で生活しているうえで欠かせない単なる信頼の証。俺自身も何度も味わった。

 ココにもされた。ミルクさんのボイ~ンも感じた。パパもママも長官も会長も別れ際にはギュッとしてくれた。空気を吸うような自然行動だった。

 しかしそれはチージョ星での話である。

 海外ならスキンシップの一環として抱き合う文化もあるだろう。

 だが俺は日本人。勇ましい大和魂と、奥ゆかしい大和なでしこが生き続ける世界で生まれた侍である。

 抱き合う行為は好きと一緒の事で、愛して止まない2人が秘密裏に進める最高の育み。そう考える大和魂には、チージョ星の挨拶は不埒にしか映らない。

 人前で抱き合うなど言語道断。まして他の男と抱き合うなど……。


「おい三次。どうしたんだ」

「……」

「瞳孔が開いてるぞ」

「……」

「もぬけの殻か……」


 克己が心配そうに話しかけてきた。

 さすが親友。気持ちは凄く有難い。ただ、声を出そうにも上手く出せないんだよ。何かこう、心の深い部分にアーミーナイフを突き刺され、心臓をエグられて塩漬けにされたような感覚なのだ。


「おう三次。昨日6.2回に挑戦したぜ」

「……」

「さすがに世界新はキツイな。摩擦で燃えるかと思ったよ」

「……」

「逝ったか……」


 友則の独特な気遣いも分かる。

 ありがとう親友。だが俺は今、心肺停止状態で思考回路がショートしているのだ。お前の渾身のギャグに付き合えなくてごめん。


「ちょっと2人共、止めなさいよ」


 突然、巨牛が割り込んできた。


「おい巨牛。朝から三次がおかしいんだが、何か知ってるか?」


 克己の問いに巨牛はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「この様子から見るとアレね」

「アレって?」

「女ね」

「女?」

「私の勘からいくと、たぶんフラれたわね」

「マ、マジか!」

「だって最低下劣な男だもん。フラれるに決まってるでしょ」


 その言葉を聞いた途端、2人は大爆笑した。


「ガハハハッ。マ、マジかよ」

「まあ、いつかはこうなると思ってたぜ」

「大体にして、こいつが女にモテる訳ねぇ~よな」

「ホントだ。人類女性の仮想敵国だもんな」

「ざまぁー!」

「三次。ご愁傷様」


 心を失って動けないのを良い事に、3人は俺の頭を叩き出した。


「いい音すんなぁ~」

「頭空っぽだからじゃない?」

「スイカの方が実が詰まってんぜ!」


 ギャハハハ!


 なあ親友+牛。今は瀕死の重傷を負っているから何も出来ない。いつか復活する日を楽しみに待ってろよ。骨の髄までしゃぶり尽くしてやるかんな。


 その後もやる気どころか生きている事さえ苦痛で、廃人のような1日を過ごした。





 放課後。


 こんな日に学校なぞ来るんじゃなかった。と後悔しつつ重く気怠い体を持ち上げた。顔を上げると小池が立っていた。


「三次。あんた大丈夫?」

「……まあ」

「ヨダレ出てるよ」


 そう言うとピンクのハンカチを手渡してきた。


「これって、この間買った新品だろ」

「大丈夫。もう2回使ってるから」

「……そうか」


 手渡れたハンカチで口を拭きながら学校を出た。

 俺も小池も何も言わずに並んで歩いた。別に話す事などない。話を出来るほどの気力もない。というか、何を話せばいいのかさえ考えも及ばない。

 互いに無言のまま商店街まで来ると、小池が決心したかのように声をかけてきた。


「ねぇ。あんたフラれたんだって?」

「……よく分からん」

「千葉奈美があちこちで宣伝してたよ」

「何て?」

「バカの末路はこんなもん。だって」

「まあ、ある意味正解……かな」

「……」


 バカにされても仕方がない。俺だって自分の立場はわきまえている。頭も良くない。顔も普通の下。ガニ股短足で寸詰まり。無鉄砲と無教養が全てを司っている。あえて良い所を挙げるとするなら「お人よしのバカ」くらいだろう。

 そんな俺に彼女が出来るなど奇跡に近い。奇跡は何度も起こらないから奇跡である。もう俺の人生にミラクルはない……。


「元気出しなよ。フラれたくらいで落ち込んでたら疲れちゃうよ」

「まあ、そうだけど」

「世の中には星の数ほど人がいるんだよ?」

「だから?」

「これから素敵な出会いが待ってるかも知れないでしょ」

「だといいがな」

「三次らしくないわよ!」


 小池は笑って俺の背中をバシッと叩いた。


 今の一撃で少し元気が出た気がする。

 星の数ほど人はいる。チージョ星だけが星ではない。宇宙にはまだまだ存在さえ知らない惑星がゴロゴロしている。そして地球だって星の中の1つだ。

 俺は宇宙を駆け巡るサンジー。地球生まれの宮本三次である。


「ありがとな。少し元気が出たよ」

「そう。それは良かったね」

「あっ、そうだ」


 俺はポケットからブルーのリボンを取り出した。

 ラムと買い物をした時、「妹さんに」と半ば強引に買わされた。色んな意味で世話になっているが、仮にリボンを渡したとしても「何企んでるか知らないけど、1万8729円はチャラにはならないわよ」とか言われそうだ。

 そんなこんなで俺がリボンを持っていても仕方がない。


「これ、お前にやるよ」

「え? これって彼女へのプレゼン……」


 手渡れた小池は何かを感じたのか素直に受け取った。


「ありがとう」

「おう、じゃな」

「また明日ね」

「ハンカチ、洗って返すよ」

「別にいいわよ。あんたにあげる」

「そうか。遠慮なく貰っとくぜ」


 ところで小池。俺に何か用でもあったのか?





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