オナーン・ナカセドチンチ会長
両ポケットに2つの色違いリボンを入れている俺。誰かに見られたら間違いなく異常性愛者である。
先ほどからチージョ星の警官が町を巡回していて、物凄くドキドキしている。
もし職質されたとしたら……。
「君。ポケットの中を見せてくれるかい?」
「いや、今日はちょっと……」
「何かやましい物でも持っているのかね」
「あ、あのう」
「いいから見せなさい!」
「……はい」
「何だねこれは」
「リ、リボンです」
「もしかして、幼女にイタズラをした後の戦利品か!」
「ち、違うんで……」
「ちょっと署までご同行願おうか」
強制わいせつ、児童買春、強姦、拉致監禁などなど。犯罪のないチージョ星での犯行は取り返しがつかない。第一級殺人罪並みの刑を下され、俺は惑星誕生以来の極悪非道、残忍無比な宇宙人として語り継がれるだろう。
なにせ、トイレ侵入だけで未だ犯人捜査を続ける土地柄だから。
ラムの後ろに隠れてうつむき加減で商店街を歩いていると。
「あれ。もしかして君は!?」
通り過ぎたお店の前から謎の声がした。
後ろを振り返ると、いつかどこかで見たような老人がニコニコしていた。
「確か三次君とか言ったよね」
「はい。そうですが……」
「私を忘れたのかい?」
「あっ!」
白髪オールバックでベストに蝶ネクタイ。洒落た出で立ち。そして口ヒゲ。
以前、チンカースバロ星人との激闘時に出会ったオナーン・ナカセドチンチ会長だった。
「お久しぶりです」
「なんだ。こっちへ来てたの?」
「はい。今日到着したばかりですけど」
「だったら連絡してくれよ。水臭いな」
「申し訳ありません」
会長は満面の笑みで自身が経営する喫茶店へ俺らを招き入れた。
店内はいたって普通で日本の喫茶店と大差ない作りだった。5~6脚のテーブルとイスが設置されていて、カウンターにも5脚ある。観葉植物とオシャレなインテリアが落ち着いた雰囲気を醸し出しており、BGMには小鳥がさえずっていた。
チージョ星の喫茶店は何度も利用しているが、各店で基本コンセプトは違えど全体的な作りは似ている気がする。
会長が「好きな物を食べたまえ」と景気よく言ってくれた。ラムはメニューをジックリ眺めて「モトカー・レポンチ」という訳の分からない物を注文していた。
問題は俺である。チージョ喫茶には痛い目を見ている。
限界間近の頭脳を駆使してメニューを細部まで読み尽くすが、文字がまったく判別出来ない。
一応ラムに聞いてみた。
「これは?」
「コスリンコッコ」
「これは何?」
「コモーンアナールス」
「……これは?」
「ゲロビチャ」
「……もういい」
まったく解決策にならなかった。いつもならここで挫折する所だが、今回は会長がいる。こういう場合は料理人に任せるのが一番である。
「会長のおススメをください」
「よし任せておけ。腕によりをかけて美味しい物をご馳走するよ」
「よろしくお願いします」
これで危機は脱した。カブトムシジュースも激甘泥水も空のコップも粉砂糖も。涙を流しながら食さなくていい。
ようやく真っ当な飲み物に出会える。そう考えるとホッとする。
安心が不安を溶かしたのか、少しテンションが上がっていつも以上におしゃべりになっていた。
学校の事やら世間話やら今後の2人の行く末を話し合っていると、ラムの前に注文の品が運ばれて来た。
「うわーっ。すご~い」
可愛い奇声を上げた彼女の品は、丸い器にヨーグルト的な代物が入っていて、その上に季節のフルーツがてんこ盛りになっていた。簡単に言うとフルーツヨーグルトチージョ星バージョンである。
チョモランマのように高く積まれた色とりどりの果物が涼しさを演出していて見るからに美味そうだった。
「一口ちょうだい」
「いいわよ」
ラムは真ん丸スプーンを持ち「あ~ん」という顔をした。俺は彼女の方へ近づいて「あ~ん」と大きく口を開けた。
すこぶるウマかった。酸味の利いたヨーグルトと、名前は知らないが瑞々しい果物のマッチングは絶妙である。特に夏真っ盛りのチージョ星で体を冷やすには最適だった。
イチャイチャしながら小さな幸せを噛みしめていると、「お待たせ」そう言いながら目の前に皿を出してきた。
「なっ……」
見た瞬間、先ほどまでの小さな幸せが悪魔に飲み込まれた。
蛍光ピンクとエメラルドグルーンのマーブル模様。所々に真っ黒な種が天然痘のように張り付いている物体。いつかどこかで見たようなブツが丸まる1本で自己主張していた。しかも全体がギトギトだった。
「か、会長。これは……」
「ババノトレックの油揚げ」
「……」
ココの大好物。チージョ星でもぶっちぎりにマズイと言われるババノトレック。甘いと酸っぱいと苦いが同時進行で味覚を刺激し、脳への伝達機能を麻痺させる至高の一品である。ご丁寧に油で揚げてあるため、棒状のババノトレックがローションを塗ったように輝いている。
「美味しいよぉ~」
「ど、どうやって食べるんですか?」
「そのまま手づかみで丸かじりが一番」
会長が満面の笑みで俺を凝視していた。
スプーンもなければ箸もない。油ギトギトの物体を手掴みで食す。ワイルド過ぎて泣きたくなる。このまま口に入れたら、まるで共食いのような……。
折角の好意を無下にする訳にもいかない。気合を入れて鷲掴みし、五感をシャットアウトして口へ運んだ。
一口目で涙が出た。二口目で手と唇がピカピカになった。三口目で全身が痙攣した。
なあ会長。単体でもマズイ物を油で揚げるんじゃない。化け猫でもギブアップするぞ、このギトギト感……。
その後、会長が商店街について話てくれた。
俺がチンカースバロ星人撃退グッズを持って商店街を訪れた。その効果は絶大だった。怯えて暮らしていた人々に笑顔が戻ったという。
ホースはもちろんだが、特に女性や子供でも簡単に取り扱える風船爆弾が人気とかで、各店舗に常備されているんだとか。
現在、チンカースバロ星人は数を減らし、町で見かける事が少なくなった。それによって対策グッズの出番も減り、使われ方に変化が生じたらしい。
子供たちが風船爆弾を面白がって、ゴムひもを吊るしてヨーヨー代わりに遊んでいる。ホースは観葉植物や商店街にある木々に水を撒くのに丁度いいとされ、外水道に繋がれて水撒き道具として利用されているんだとか。
「みんな発想が豊だよ」
「そ、そうですね」
「武器を生活道具に変えちゃうんだから」
「……そう、ですね」
「考える力は偉大だよ」
俺からすれば元の使い方に戻っただけだと思うが、チージョ星から見たら革命的な変化なのだろう。
「これも三次君のお陰だよ」
「いえ。大した事はしてません」
「その謙虚さが君の力の源だね」
会長はそう言って笑った。
源かどうかは別として平和を取り戻せて良かった。
「ところでラム君。お父さんは元気?」
「はい。入院した時は慌てましたけど、今は元気に仕事をしてます」
「そうか。それは何よりだ」
「先生にはご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
先生? どういう事?
「なあラム。会長って先生なの?」
「この方は元教師で、お父さんは教え子なの」
「なにぃぃ!?」
単なる喫茶店経営の洒落た爺さんかと思った。
実は元々学校の教師だったらしい。数年前に退職し、暇を利用してお店を出したんだとか。
ラムパパは彼の教え子だった。
「長年教師をやって来たが、一目見て分かったよ。三次君は素晴らしい。稀に見る逸材だ」
「え?」
「勇気、行動力、優しさ。全てを兼ね備えているからね」
「あ、ありがとうございま……す」
「バーカネドロン君の若い時にそっくりだ」
「……」
教師と俺。それは水と油。農作物と害虫くらい天敵かと思っていた。
俺は誤解していた。お互いを理解し、それぞれの意思を尊重する事で生まれる信頼。それが何より大切であると。
会長のような偉大な教師は、現代の殺伐とした地球には必要なのかも知れない。
もし会長が俺の担任だったとしたら。
「三次。いつもみんなの世話をして偉いな」
「チンチ先生の教えの賜物です」
「そういう謙虚な姿勢もお前らしくていい」
「俺、チンチ先生のような大きな人物になります」
「男女問わず仲良くするんだぞ」
「はい。分かりました」
……微妙に危ない感じがする。




