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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
第一部 可愛い彼女は宇宙人
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ヤバイ展開です

 ドア付近にあるボタンを押したと同時に、シュイーンというエネルギーが充填される音が聞こえた。


「た、大変。どうしよう!」


 先ほどまでの柔らかい表情が一変し、ラムは真っ青になっていた。状況をまったく把握していない俺は、鼻水を垂らしてアホの子みたいに突っ立っていた。


「なに呑気な顔をしてるのよ!」

「え?」

「緊急用ボタンを押したら、もうコントロールは利かないわ」

「で、その心は?」

「このままチージョ星まで止められないの」

「な……マジ?」


 次の瞬間。

 シュパッ!という音が鳴り、どこかへ移動する音が聞こえた。


「あっ……もうダメね」

「あのう、これからどうなるの?」

「チージョ星まで強制的に……」


 ラムは肩を落としてうな垂れた。落胆する彼女を見て、ちょっとだけ事情が呑み込めてきた。

 緊急用ボタンは、宇宙船に何かしらの不具合があった時、本人たちの能力に問題が発生した場合など、様々な局面の際に無事惑星へ戻って来れるよう配慮された最終手段である。ただし、一度押したら宇宙船のコントロールは不可能。強制的にチージョ星まで運ばれる。

 以上の事から察するに、俺はこれからチージョ星までの2時間弱を旅するハメになった。

 たぶんこんな状況であろう。


「もう、バカじゃないの?」

「バカってなんだよ」

「普通、押す?」

「地球人は入口にボタンがあったら押す生き物なんだよ」

「そんなの知らないわよ!」

「入口付近に緊急用ボタンを作るバカがどこにいるんだよ」

「私たちには入口という概念がないの!」

「それこそこっちの知ったことかっ!」

「お母さんに怒られちゃう」

「俺だって何も言わずに出てきたんだぞ」

「三次のせいだからね!」

「人のせいにするな!」


 別れ際の柔らかく切ない雰囲気が一変。ギスギスのケンカになった。

 確かに俺のせいといえば俺のせいなのだが……。

 しかし、入口付近にそんなボタン作るかね? 


 いくら泣こうが喚こうが、こうなった以上どうする事も出来ない。現実を受け入れて対処法を考えるのが建設的というものだ。

 俺はこう見えて適応能力だけはある。小学校入学初日から友達を作った。100人を目標に富士山の上でおにぎりを食べようと思った。

 最終的に残ったのは2人だけだったが……。

 どこへ行っても誰とでも仲良くなれる。余計な事を考えないので、それが結果的に良いのだろう。バカとか言うなよ?

 そして例の2人と小、中学校含めて5年もの間様々なロクデナシを披露してきた。特に友則の破天荒さに翻弄されながらも、その都度最善の対処法を見つけ乗り越えてきた。あいつらの異常さ加減に比べたら、こんなアクシデントなど取るに足らない出来事である。


「大丈夫だよ。何とかなるさ」

「……」


 俺の問いかけに背中を向けて無視していた。

 チージョ星人以外を乗せるのは禁止されている。法律で決めれているのか何なのかは分からないが、他星人はご法度である。もし見つかった場合、何らかの罰則が待っていると思われる。

 怒られる恐怖と不安。ルールを破った罪悪感と迷惑を掛ける申し訳なさ。真面目で実直な彼女の心の中は激しく動揺しているのだろう。さらに、2時間という果てしない時間を俺と過ごさねばならない。どこから見ても変態を隠しきれていない輩との2時間弱は、うら若き乙女には何よりも恐怖である。

 彼女にとっては気の遠くなる時間でも、俺からしたらちょいとした小旅行。日帰り温泉に行って飯を食って帰って来るくらいの感覚でしかない。


「なあラム。そんなに落ち込むなよ」

「……」

「地球の感覚じゃ、2時間なんてあっという間なんだぜ?」

「いいよ、そんな気を使ってくれなくても……」

「いや、マジなんだって」

「慰めはいい」


 ヘソを曲げたのか。それとも静かな怒りか。俺は女の子と付き合った事がない。恋愛経験が圧倒的に不足しているため、こういう場合の対処法を知らない。

 ただ、近いと感じるのは事実で、それ以上言いようがなかった。

 なんか、だんだん腹立ってきたんですけど?


「ラム、よく聞け!」


 俺は少し強めの口調で言った。


「自分の感覚で捉えるのは仕方がないけど、相手の感覚も理解しなきゃダメだ。地球とチージョ星は10万光年も離れている。同じ価値観で図れるのか?

 日本では「所変われば品変わる」ということわざがあって、いつもは当たり前だと思っている事でも場所が違えば全てが違ってくるんだ。それに、お前は地球を観察しに来たんだろう。だったら地球人の事を理解するのも課題だと思うぞ」


 有無を言わせずまくし立てた。それを聞いたラムは、驚いた表情で、でもハッキリとした視線で俺を見た。


「ごめん」

「なぁ~に、分かればいいのよ」

「三次って強いね」

「まあな」

「私なんか狼狽えちゃって……」

「気にするな。ショックな時は狼狽えるもんだ」


 そんな深刻に考える必要はないと思う。地球に来れたという事は、また地球に戻れるという事。一度訪れた場所であれば今度はそれほど苦労なく行き来が出来る。後は現地で事情を説明して対処してもらえばいい。それほど気に病む事でもない。

 悩んでもダメなら悩まないのが一番。人生楽しくやろうぜ。

 地球~チージョ間の2時間弱の旅を、ね。


「ところでさ、時間の感覚ってどんなもんなの?」

「うーん。流れは一緒なんだけど、感じ方が違うというか……」

「1時間が1日って事?」

「まあ、大雑把に言えばそんな感じ」

「じゃ、地球にいた1週間は1年くらいに感じるの?」

「さっきも言ったけど、時間の流れは一緒。でも受け取り方が……」


 ごめん。サッパリわかんない。俺の腐敗した脳で考えて、知らない所へ行くときは遠く感じられ、慣れた所は近く感じる。そんな感じでOK?


「睡眠ってどうしてるの?」

「今の感じだと、そろそろ寝る時間かな」

「そうか。じゃ遠慮しないで寝ろよ」

「……」

「もしかして寂しいの? 一緒に寝る?」

「もうバカ。スケベ!」


 恥ずかしそうに怒った。その顔はいつものラムに戻っていた。


 ラムがスヤスヤと可愛い寝息を立てている間、俺は「チージョ星に着いたら」というテーマで色々考えてみた。



 向こうに着いたら、まず両親に挨拶をするのが基本だろう。その際、現地の言葉でしゃべった方が好感が持てると思う。「初めまして」ってチージョ語で何て言うのだろう。後で聞くかぁ~。


 状況説明はいいとして、宇宙船が手に入るかどうかが問題だな。一体いくらするのだろうか。技術結晶だから結構高いと思う。現在70円しか持ってないが買える?


 値段によっちゃ向こうで強制労働確定だな。1億円とか言われたらお手上げだ。

 そんな大金を払ってまで地球に戻る必要はないかもしれん。どうせ地球へ帰っても「下品のチョモランマ」と言われてバカにされるだけだし、例の奴らに付きまとわれて辟易するだけだ。

 いっそ地球は諦めてチージョ星に住むか。そしてラムと結婚しちまうか!


 いや待てよ。ラムより可愛い子がいたらどうしよう。しかもナイスバディーだったら……こりゃ迷うな。


 頑張って働いて宇宙船を手に入れるまで何年かかるか。俺が地球に凱旋帰国したら家族も友人もいなかったら……って、俺は浦島太郎か!



 などと、くだらない事を考えているだけで2時間などあっという間に過ぎた。

 チージョ星人には長く辛い道のりだったかもしれない。地球人にとっては、ここから延長するか思案のしどころ。そんな感覚である。

 先ほどようやく目を覚ましたラムは、ホッと一息ついたような、それでいて複雑な心境で到着を待っていた。

 俺はドキドキが止まらなかった。なにせ初宇宙旅行の初チージョ星である。これから降り立つ地は、想像を遥かに超えた前人未到の開拓地だ。見果てぬ宇宙の見知らぬ世界。チージョ星という惑星は如何なる場所なのか。フロンティアスピリッツが祭囃子を奏でる。


 ミーーン、 ミーーン。

 セミみたいな鳴き声がした。


「もしかして着いたの?」

「うん」

「メチャクチャ緊張してきた」

「大丈夫。私に任せて!」

「おう、よろしく頼む」

「じゃ行くよ。心の準備はいい?」


 故郷に帰ったら安心したのだろう。弱気なラムは姿を消し、胸を張って宇宙船から飛び出した。彼女に続いて俺も……。ガンッと鈍い音を立てて船内の壁に思いっきり頭をぶつけた。

 そう。何度も言うが同化の壁である。ラムの姿があまりにも日本人なため、宇宙人である事をすっかり忘れてしまう。しかも船内はザ・女子の部屋で、同級生の家へ遊びに来た感覚になる。宇宙的要素がまったく見当たらないのだ。

 船内に取り残された俺。開かないドアの前にはボタン……。

 何の疑いもなく押した。


 フィーーン、フィーーン。

 警報らしき音が鳴り響いた。


「やべ。これじゃねぇ!」


 宇宙船の外でラムの「あっ」という声が聞こえた瞬間、シュパッ!と確実にどこかへ移動する音が聞こえた。


 おい、痴女星の科学者。お前らバカなのか? 入口付近にボタンを付けるな。

 地球人はボタンを見ると、押しちゃう生き物なんだよぉぉ--!




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