こぼれ話 クラス委員の小池君
夢のような異世界から舞い戻った俺は、地獄のような現世界で苦悩していた。
同人イベでコスプレを披露し、その魅力に憑りつかれた友則。一方「ようこそ我が世界へ」と両手を広げてウエルカム状態の克己。あの日以来、右心室と左心室くらい仲良くなった狂乱兄弟は、毎日テンションMAXだった。
学校に来てから自宅へ帰るまでの間、イベントの話題で大盛り上がりだった。給食時間も机を引っ付けて食べる程の仲良しぶりで、傍から見たら激アツカップルであった。
仲が良いのは素晴らしい事なので放って置いたが、周りの友人から「あの2人はデキてるのか?」と何度も質問された。
その度に答えるのは面倒くさい。
「モテなさ過ぎて男に走った」
「夜は互いに慰め合っている」
という噂を流してやった。
お陰で俺に質問する者はいなくなり、2人は誰もが認める学校指定公認カップルになった。
めでたし。めでたし。
そんなある日の事。
狂乱ブラザーズが今日もテンション爆上がりで朝っぱらからギャーギャー騒いでいた。
「おい克己。次のイベはいつだ?」
「来月辺りに隣町で開催されるぜ」
「それには俺の恋人も来るのか?」
「恋人って誰だよ」
「セクシー刑事の加々美樹里」
「いつから恋人になったんだよ」
「愛の狂騒曲からだ」
「ギャハハハ! 何だよそれ」
「今度は彼女と恋のホ短調でもやろうかと」
「短いのは下半身だけにしておけよ」
「短調ホーケー」
「それは三次だろ?」
「グハハハッ」
「ギャハハハ」
こめかみがピキーンと唸るくらいウザい。こちとら宇宙を駆け巡って疲れているのだ。低能な地球人の戯言など聞きたくないわ。
あまりにもうるさいので忠告しようと2人を睨みつけた時。
「ちょっと、うるさいわよ。静かにしてよ!」
クラス委員の小池が苦言を呈した。
「何だよ小池。文句でもあるのか?」
「うるさいから静かにしってって言ってるの!」
「ちょっと頭がいいからっていい気になりやがって」
「それと、うるさいのと、どんな関係が?」
「……屁理屈女め」
小池と友則は犬猿の仲だった。犬猿というよりは、小池が一方的に毛嫌いしていた。目も合わせない。言葉も交わさない。近寄っただけで眉間にシワを寄せて立ち去って行く程だった。
実は、俺らは自宅が近所で幼稚園からの知り合い。いわば幼馴染であった。
元々は仲が良くて一緒に遊んでいた。幼稚園の頃は3人で何度も遊んだ事もある。
その時は2人共仲が良かった。それがある日を境に口も聞かなくなった。2人の間に何があったのか知らない。友則に聞いても口を閉ざしてダンマリを決め込んでいた。
こういう時は、宝の頭脳と言われる直感が頼りだ。
俺の感では、小池が先ほどのように苦言を呈した。頭に血が上った友則は後ろから忍び寄り、彼女のズボンを降ろした。下半身まっぱにされ、みんなに恥ずかしい姿を見られた小池はショックで泣き出してしまった。その姿を見た友則は0.1ミリだけ反省した。
こんなシチュエーションだと推測する。
俺が彼女の立場なら、下品下劣な友則を圧倒的に嫌うだろう。特に俺らエロバカ三銃士は最も嫌いな部類に属する。
友則の立場だったとしても、頭の良さを全面に押し出す彼女を遠ざけると思う。小池の近くにいると己のバカさ加減が如実に表れるから。
「なめんじゃねーよ」
「なめてないわよ」
「ふざけんな、って言ってんの!」
「ふざけてるのはあんたでしょ」
「チッ。貧相な胸しやがって……」
小池の一言で大人しくなったと思いきや、脳みそが鳥の2人はすぐに忘れる。1分もすると再び騒ぎ始めた。
さすがの俺も頭が痛い。ただでさえ疲労困憊な体を引きずって学校へ来ている。少しでも多くの睡眠を取り、明日への活力にしなければいけない。
机に伏せて寝ようとすると、ダミ声の乱舞曲が響き渡る。しかも下ネタオンリーという低能ぶりだ。聞きたくなくても聞こえてきて、その度に神経を逆なでしてイラっとする。
業を煮やし、再び忠告しようと立ち上がった小池を遮るように俺が叫んだ。
「お前らウッセーんだよ。少しは静かにしろやぁぁ!」
本気モードに一瞬だけ躊躇したが、そんな程度で黙る2人ではない。
「なんだぁ~。嫁を突いたら旦那が出て来たぞ」
「三次は、ちっぱいのポニテ好きだからな」
「ああ~ん、三次さん。こんな胸だけど大丈夫?」
「どれどれ。僕が揉んで大きくしてあげるよ」
そう言いながら2人で胸をもみ合った。
あまりにも低俗過ぎて呆れるクラスメイト。俺も小池も唖然とするしかなかった……。
ようやく苦行の時間が終わって帰宅しようとしていた所。
「三次。ちょっと手伝ってよ」
小池に声を掛けられた。
「何だよ」
「これ運んで」
そう言って教壇に置かれた段ボールを指した。
「何これ」
「図書室に寄贈する本」
「ふ~ん」
「重いから持って」
持てと言われれば持ってやらん事もない。たとえ毒女でも、ちっぱい女でも頼まれてイヤな感じはしない。
割と重い段ボールを抱え、小池の後を付いて図書室へ行った。
図書室という言葉は俺の辞書には無い。羅列した文字を読むと眠くなるため、一度も利用した事がなかった。中に入った事さえない。
克己に聞いたら「それは幻だ」と言われ、友則に関しては「旨いのか?」と存在さえ知らなかった。
生まれて初めての体験に恐る恐る入室すると、真面目っ子たちが本を片手に勉学に勤しんでいた。
「そこに置いて」
「グハッ。お、重すぎんぞこれ!」
「情けない。男でしょ」
「重さに男とか女とか関係あんのかよ」
「しーっ! ここは図書室。静かにしなさいよ」
「何だその言い草は。こちとら手伝って……」
「黙れ。三次!」
俺の名前を聞いた途端、その場にいた全員がビクッと体を反応させ、一斉にこちらを凝視した。
まあ、そうなるだろう。この部屋とは最もかけ離れた人物の登場である。しかも俺の悪行三昧は学校中どころか町中にまで浸透している。
近所のババァが「あそこの息子と付き合うとバカになる」と噂しているのを聞いた事がある。次の日から塀に向かって毎日おしっこを引っかけたのは言うまでもない。
そんな低能ハッピーセットが似つかわしくない場所へ来たら誰だって警戒するだろう。
小池が図書委員と何やら話をしている間、敵陣へ乗り込んだ居心地の悪さに動揺し、我が家をモミモミしながら終わるのを待っていた。
超余談だが、男って緊張している時、我が家を揉むと少し落ち着くのよね~。
「ごめん。遅くなって」
「ああ」
「色々打ち合わせがあってさ」
「忙しいんだな。生徒会ってやつも」
「まあね」
「大変だな」
「……」
「何だよ。ジッとこっちを見るんじゃねぇよ!」
「しーっ。静かにしなさい」
「……んだよ」
「じゃあ戻ろうか」
校内の異端児。我が町の厄介者。牙を剝き出しにした野生動物。その珍獣をムチも使わず、しもべの様に従わせている小池に憧れの視線を送る図書室の人々。彼女らの脳裏には「美女と野獣」その映像が浮かんだ事だろう。
教室へ戻って帰り支度をすると、小池がポケットから何やら取り出した。
「はい。これ、お礼」
差し出されたのはアメだった。
「小学生じゃねぇんだ。今更アメ貰っても嬉しくないわ」
「あら、美味しいわよ」
「そういう問題じゃねぇ」
「食べてみたら?」
そう言うと俺の口に放り込んできた。
「どう?」
「ま、まあウマいかな」
「でしょ」
小池はニッコリ笑った。その顔を見て昔を思い出した。
一緒に遊んでいた頃は、よく笑顔になっていた気がする。友則にも同じ表情を見せていたと思う。
小池は常にアメを携帯していて、俺が「腹へった」と言うとポケットから取り出して口に放り込んでくれた。1個しかない時は、自分の歯でカリッと割って半分をくれた。羨ましそうに眺める友則に、俺がさらに半分に割り「ワン、て言え!」と言うと「ワォ~ン」と遠吠えをした。
それを見た小池は屈託ない顔で笑っていた。
幼稚園から小学校、中学まで一緒。いつでも仲良しだと思っていたが、それがいつしか……。
「なあ小池。友則と何があったんだ?」
「え?」
「昔は仲が良かったろ」
「……」
「誰にも言わないから話してみ」
「……じゃあ、また明日ね」
曇り空の表情で立ち去ってしまった。
この問題、相当根深いかもしれんな。




