所長の正体
ブヒブヒモザブーの愛の告白を振り切って生還した俺は、入口付近にある喫茶店でグッタリしていた。
以前ここで飲み物を注文した時、砂糖を固めた空のコップが出てきた。歯が折れるくらい硬くて口の中を血だらけにしながら食べた記憶がある。
ラムに聞いても謎の言語を発するだけで参考にはならない。
「これは?」
「チコーン・スコーン」
「……これは?」
「カスダー・マリ」
「……これは?」
「メドコモーン」
「……ありがとう。参考になるよ」
「いえいえ。どういたしまして」
「……」
己の直感をフル稼働させ、メニューを細部までジックリ眺め、慎重に慎重を重ねて注文した。
しばらくして。ラムの元へ運ばれてきたのは、鮮やかなオレンジ色をした柑橘系ジュースだった。瑞々しくて見るからに美味しそうである。一口貰ったが激烈にウマい。甘酸っぱさが口に広がる心落ち着く飲み物だった。
喉がバッサバサの俺の元へ運ばれてきた品は、取れたて新鮮な砂糖の粉だった。
思わず「うがぁぁ」と奇声を上げた。
「三次って名物ばかり注文して凄いわね」
「これのどこが名物だ!」
「だって海に来てるんだもん」
「周りを見ろ。誰一人注文してないだろうが!」
「砂糖はチージョ星の源よ」
「チージョ星のエネルギー源は砂糖かも知れないが、俺の源はキンキンに冷えたジュースじゃぁぁ!」
折角注文したのに捨てるのは勿体ない。水に溶かして激甘砂糖水を飲んだ。コップに涙が落ちてちょっと塩味がしたけど、な!
味気も素っ気もない甘ったるい水を飲んでいると。
「あれ、三次君?」
後ろから呼びかけられた。
振り返るとボサボサ頭のヒゲ面オヤジが笑っていた。
「所長!?」
「偶然だね。どうしたの、こんな所で」
「友達と遊びに来まして」
「そうか。楽しんでくれたかい?」
「それより所長こそどうしたんですか」
「説明するのを忘れてたね。実は、私はここの責任者なんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
納得いくような、いかないような。
ハカイダナデシオで部下に指示を出したり、妙に海洋生物について詳しかったりと、只者ではない雰囲気を醸し出していた。
防衛長官が敬礼している姿を見て「偉い人なのかな」と思ったが、まさかイソクサムーンの所長とは意外だった。
「三次君のお陰で湖の解明にスピード感が出そうだ」
「それは良かったですね」
「ハカイダナデシオの調査はこの星の歴史を変えるかも知れないからね」
「そんなに重要なんですか?」
「何せ塩という未知なる物質が発見されたんだから」
「……そう、ですか」
「感謝するよ」
「はぁ」
「それじゃ私はこの辺で。ゆっくりしていってね」
所長は手を振り立ち去って行った。
俺と所長が話をしている姿を見ていたラムは、大きな目をさらに大きくしてこちらを見た。
「ねぇ三次。あの人と知り合いなの?」
「知ってる人なの?」
「知ってるも何も、あの人はこの国の元首よ」
「げ、元首ぅ!?」
「最高責任者よ」
ミーソ・クーソ所長はチージョ星の国家元首で最高責任者なんだとか。同時に海洋生物学の第一人者でイソクサムーン海洋生物研究所は彼が作った施設だという。
まさか元首とは思いも寄らなかった。ボサボサ頭の冴えない老人かと思っていた。
子供の頃、「人は見かけで判断するな」と教わったが外見も大事だと思う。それによって印象も変わるから身だしなみは重要であろう。
所長の意外な一面を垣間見た気がする。
「凄い人と知り合いなのね」
「……そう、ね」
というか、ギャップが凄すぎて脳が混乱してるんですけど……。
名物の砂糖の粉を無理やり胃に流し込み、所長の正体に恐れ戦きながら施設を後にした。
外に出ると、相変わらず綺麗な夕焼けが広がっていた。3つの太陽がそれぞれの方向へ沈むため、木々や町が本来の色を失い真っ赤に色づく。惑星が赤以外の色を持たない時間。地球では絶対に見る事が出来ない大自然の芸術である。これを眺めるために10万光年を往復してもいいかな、そう思った。
「さて、そろそろ帰るか」
「そうね」
仲良く手を繋いだ2人を雄大な自然が愛くるしく照らしていた。




