再びイソクサムーンへ
「ねぇ三次。今日ヒマ?」
安らかな眠りの最中に尋ねられた。
ハカイダナデシオで釣り講習をして疲れ切っていた俺は、微かに聞こえる声をBGM代わりに更なる深い眠りに……。
次の瞬間、額に激痛が走った。あまりの痛さに飛び起きると、ラムがコップを片手に立っていた。
……君に問いたい。
この星に弁護士は居るのかな。もし居るなら紹介して欲しい。暴行事件として告訴するから。
「イソクサムーンに行かない?」
「ああ、海洋研究所か」
「スペシャルイベントをやってるの」
「へぇ~。どんなイベント?」
「水中遊泳が出来るんだって」
「……モレモレドボンか」
名前の響きだけで恐怖を感じるのは俺だけだろうか。行きたくないと泣き叫ぶもう1人の俺を心の金庫に押し込め、ズキズキする額を押さえながらクルマイスに乗った。
相変わらず馬鹿の一つ覚えみたにすっ飛ばす。
この星の者たちは瞬間移動が出来る。思った場所へ瞬時に辿り着ける能力を持つ者にとって移動時間は無駄でしかない。1分ですら気の遠くなる時間に感じられるだろう。
気持ちは分かる。ただ、大気中にある水分が結晶化するまで飛ばさなくてもいいだろうに。顔中に張り付いた水滴がガッチガチに凍ってしもやけになりそうなんだが……。
時速1000キロを超えマッハの世界を体験しつつ、イソクサムーンの入口へ無事到着した。
その後、地底3000メートル以上を1分くらいで駆け下りるカプセルに乗った。鼓膜がピキーンと腫れあがり、耳の穴から黄色のヤバイ液体が流れ出した頃、ようやく目的地へ辿り着いた。
「すっごい楽しみ」
「ああ」
「お金持って来た?」
「ああ」
「ちょっと貸して」
「あああ、あ?」
これまで様々な所へ行き、その度に何度も貸している気がする。
しかし一向に返してくれる気配はない。
余談だが、俺はチージョ星で数々の難問をクリアーして来た。その度に色んな人から謝礼や金一封を貰った。
この星のマネー相場は分からないが、My倉庫にある丸型ケースの中身は、数枚の着替えとチージョマネーが詰め込まれている。
一度ラムに聞いた事がある。
「これって、どのくらいあるの?」
「す、凄い。三次ってお金持ちね」
「そうなの?」
「私のお小遣いの3年分くらい」
その日以来、彼女の俺を見る目つきが♡から¥に変わった。
日頃から世話になっているので奢ってやらん事もない。チージョマネーを持っていても使い道がないので貸してもやる。
ただ、奢って貰ったら「ありがとう」くらい言え。そして、貸したモノは返せ。さらに、釣り銭を自分のポケットに仕舞うんじゃねぇよ。
感じ悪いだろうがぁぁぁーー。
気が振れた。話を戻そう。
前回ここに来た時はガシャポンカプセルに乗って海中遊泳を楽しんだ。浅瀬から深海生物が存在する場所まで移動した記憶がある。(第三部 イソクサムーン海洋生物研究所 参照)
今回は宇宙服的な物を着て水中を歩きながら楽しむ手筈らしい。
受付でお金を支払った際、セミロングにカチューシャをした俺好みのお姉さんから渡されたモレモレドボンを着てみた。
ハカイダナデシオで見た時は「重そうだな」と思ったが、実際に着てみるとダウンを着ているような軽さだった。動きも滑らかで意外にも快適であった。
諸々の準備を整えて扉の前に立った。
「それでは海底探索をお楽しみください」
アナウンスが流れた後、プービビィッとおならみたいな音が鳴った。
俺はラムの顔を二度見した。
内容は前回と変わらず。カプセルか徒歩かの違いである。
カプセルは遠くから眺めるだけだった。徒歩の方がより魚と間近で接する事が出来るため、楽しさ的にはこちらの方が数倍面白い。
頭上から3つの太陽が降り注ぎ、差し込める光を受けて海中がキラキラ輝いていた。光を浴びた色鮮やかな熱帯魚がチョロチョロと駆け回る姿は、心の芯まで揺さぶられる美しさであった。
「可愛いぃぃ!」
ラムの側に小さい熱帯魚が集まって来た。
「もう抱きしめたいくらい可愛い!」
「カプセルよりもこっちの方が断然面白いな」
「うん。こんな間近で見れるんだもん」
「ホント。触ろうと思ったら触れるな」
「触っちゃダメだよ。ビックリして逃げちゃうから」
「分かってるよ」
「見るだけ」
「見るだけでお触りはなし……か」
その後もラムは「もう、永遠に見てられる!」と言って好きなエリアへドンドン進んで行った。
水族館の時もそうだったが、ラムは本気で魚好きだった。
特に大物系が大好きらしく、鮫やエイを見て目を輝かせていた。イルカショーに至っては狂喜乱舞するほどの大騒ぎで、「イルカに乗りたい」と駄々をこねた。あまりにもうるさいので「少年しか乗れないよ」と言うと、「今から少年になる」と狂った発言をしていた。
終いには「イルカの調教師になりたいから俺んちに居候させろ」と命令形で絡んで来る始末であった。
俺らは未来ある中学生。どんな夢を見ようと自由である。彼女が望むならその道を信じて突き進めばいい。
ただ、俺を置き去りにして勝手に先へ進むんじゃねぇよ!
海中遊泳を堪能しながらしばらく進んで行くと、ピーブリッとおならが聞こえた。ラムの顔を二度見した。
「えっ、もう終わり?」
「そうみたいだな」
「まだ全然物足りないんですけど」
「でも、これ以上は進めないよ」
「ええっ、なんか納得出来ない」
「仕方がないよ。そういう仕組みだから」
「間近でジジモレクージを見たかったのにぃ」
カプセルと違い、徒歩での海中探索は危険も付きまとうため遠くへは行けないようになっていた。これ以上先は深いエリアに入る。いくらモレモレドボンの性能が良くても素人だけでは危険だ。大好きなクジラ系を見る事が出来なくて不満そうな顔をしていたが、何よりも安全第一である。
神秘な海底を満喫しながら出口へと向かっている時だった。
頭上に何やら黒い魚影が現れた。その影はゆっくりと俺の周りを回遊し、真横にピッタリとくっ付いて来た。
「ん?」と思い、魚影を確かめると……。
びぎゃぁぁーーー。
顔が猫で体がムカデ。某アニメに登場する奴にそっくりな生物。その名はブヒブヒモザブー。
海中の最も深い場所に生息する深海生物で、目からサーチライトのような明るいビームを発射してニカッと笑っていた。
彼の特徴として目から光線を発射するのは愛情の印だとか。
「な、なぜお前がここにいる!」
奴は深海生物でクジラ系よりさらに奥深い場所で生息している。ここは鯛やヒラメが泳いでいるエリア。深海に住む生物はやって来れない場所である。
「相変わらずブヒブヒモザブーに好かれているわね」
「そんな事より、こいつ深海生物だぞ」
「ほら。目から光を放っているもの。大好きなのよ」
「大好きって言われても……」
奴はのそ~っとした動きで俺に近づき、腕や足に絡みついてゴロニャンしていた。
「いいわねぇ~。愛されてて」
「良くないわ!」
「深海生物だけに愛が深いのよ」
「お前は落語家かっ!」
淫靡な表情で先へ行ってしまった。
おい、お前。ゴロニャンは許容する。なつくのも良しとする。だが、背中に圧し掛かって来るのはやめろ。重すぎて身動きが取れないんだよ。
俺をこのまま深海へ引きずり込むつもりかぁぁ!




