ミーソ・クーソ所長に釣り講習
ハカイダナデシオへ戻った俺は、さっそく釣竿を見せた。
生まれて初めての物体に不思議そうな顔をする所長。
「どうやって使うの?」
「ええっとですね」
毎度の事ながら面倒くさい。釣りのイロハから竿の使い方まで順を追って逐一説明しなければならない。地球で竿を渡せば「ああ、釣りか」で終わる案件である。
サオ、リール、糸、針の順で事細かく説明するのは骨が折れる作業だ。
カーボン仕様の未知なる棒に興味津々の所長に釣竿を手渡して使い方を説明した。
「魚を……釣るの?」
「そうです」
「初めて聞く言葉だね」
「地球では普通の事なのですが」
「釣り上げるという発想が前代未聞で面白そうだね」
「……はい」
チージョ星では生き物系を食べる習慣がない。
魚を食べるという文化がないため、当然の如く捕り方も知らない。魚は見て楽しむ娯楽なのである。
説明を聞いた所長は面白がって釣り糸を垂らした。アドバイスがてら俺も一緒になって釣りに興じた。
「こうやって釣り糸を垂らしてれば魚の方から寄ってきます」
「なるほど。こっちからではなく向こうから来るのか」
「そうです」
「まさに逆転の発想だね」
「まあ、この星ではそうかもしれません」
「地球という星は進んでるんだね~」
「いえ。チージョ星の方が進んでいるかと」
並んで釣り糸を垂らしている姿は、じーちゃんと孫が一緒に釣りに来ているようでほのぼのする。
日曜日の平和な一コマみたいに座っていると、所長の竿に微かな当たりが来た。
「さ、三次君。何かピクピクしてるよ」
「いま魚がエサを食べようと触ってるんです」
「どうすればいいの?」
「慌てずゆっくり。食いつくまで待ってください」
「分かった」
所長は言われた通り静かに待っていた。すると、竿先が2~3回上下に振れ、次の瞬間グッと弓なりにしなった。
「来ました!」
「お、おおっ。凄い引きだね」
「引きに負けないようにリールを巻いてください」
「くっ、な、なかなかの手応えだよ」
「頑張って!」
初めてのヒットに所長は焦りを見せていたが、アドバイス通り懸命にリールを巻き続けた。ここで油断してはバラしてしまう。最後まで気を緩めず魚の動きに合わせるのがコツだ。
しばらく巻き続けていると水面に魚影が見えてきた。
「もう少しです」
俺は網を片手に湖の縁まで近づいた。
「もっと巻いてください」
「こ、これは……お、重い」
所長は力いっぱい巻き続けた。だが魚もそう簡単に釣られる訳にはいかない。竿をビョンビョンしならせて全力で逃げようとしている。
「う、腕が……」
「あと一息です」
さらにリールを巻き続け、完全に姿を現した所で網を入れた。
「よっしゃー。ゲット!」
網に上がった魚は20センチくらいの大きさで銀色に輝いていた。
……これってアジじゃないのか?
「おおっ、ついにやったぞ」
「結構大きいですね」
「よし。早速調査だ」
所長はゼイゼイ言いながら部下らしき人を呼んだ。彼らはすぐさま水槽に入れて消えていなくなった。
腕が痺れているのか手をブラブラさせていたが、その表情はご満悦だった。
「三次君のお陰でサンプルが取れたよ」
「所長。初めてにしては上手いですね」
「そ、そうかぁ~」
「釣りの才能があるんじゃないですか?」
「釣りって楽しいモノなんだね」
「そうですね。ハマると抜け出せなくなりますよ」
「既に虜かも。ハハハッ!」
2人で笑い合った時、俺の竿にヒットが来た。すかさずリールを巻いた。
小学校の頃に親父から教わった腕前を披露である。
釣り好きの親父は休み事に川や海に出掛けていた。後を付いて行った俺は、その影響で釣り好きになった。親父は徐々に冷めていき、俺はますますのめり込んだ。小学校の時は夏休み中釣りをしてた記憶がある。
その後、例の奴らと出会い、ナイスバディーに目覚めた俺は釣り人生に幕を降ろした。
魚の代わりに女性を釣る……なんちゃって。
そんな俺が生まれて初めて釣りをした新参者に負ける訳にはいかない。
全身全霊で巻き続けていると水面から魚が飛び出した。赤っぽい色をした50センチクラスの大物である。
「これ、鯛じゃないのか!?」
鯛を釣りあげるのは初めてである。そう思うとさらに力が入る。
強力な引きに体が持って行かれ湖に落ちそうになった。ここは踏ん張りどころである。腰を落として両足を根っこのように張り巡らし、竿とリールと力加減を調整しながら慎重に引き寄せていった。
鯛はもう目の前まで来ており、諦めモードに突入している。
「よし。今だ!」
俺は竿を直角に立て網を入れた。「よし。ゲット」と思った瞬間にパワーを取り戻した鯛は、水面から大ジャンプした。竿がスッと軽くなり、奴が再び水の中に潜ろうと躍起になった時、今度は尋常じゃない強烈な引きになった。腕が千切れて体ごと持っていかれそうである。
弓なりになった竿を両腕で支えて耐えたが、鯛はブルブルと頭部を振るわせて糸を断ち切った。
「なっ……くそっ!」
油断した。あと一歩という所で気を緩めてしまった。魚もバカではない。力が緩んだ所を狙って大ジャンプしたのだろう。
逃した魚は大きいというが、これは非常に悔しい。真剣勝負で逃げられたのなら諦めも付く。魚とのタイマンで「勝った」と思った一瞬の隙をつかれ、ちょっとした気の緩みからの取りこぼしは通常の倍くらい腹立たしい。
逃げた鯛は目の前を余裕綽々で泳いでいる。まるで俺をあざ笑うかのように。
「な、なめんじゃねぇー」
頭に来た俺は、躊躇せず湖に飛び込んだ。
「さ、三次君。死ぬよ!」
所長の叫び声など耳には入らない。
魚が速いか。俺のスピードが勝るか。勝負はここからだ。逃げた野郎を追いかけて水中を駆け巡った。
……が、水の中では一日の長。奴に軍配が上がるのは自明の理である。
「くっそぉぉ。取り逃がした!」
湖から顔を出すと、その場にいた全ての人が驚きの表情で俺を見ていた。
「体、大丈夫なの?」
「何がですか?」
「だって湖に……」
「……」
「地球人って鋼鉄なの?」
「……ま、まあ」
塩水は地球人には当たり前過ぎて返答のしようがなかった。
その後、他の人たちにも竿を渡して使い方を説明した。部下たちは一斉に釣り糸を垂らした。
その姿は、ハカイダナデシオで釣り大会が始まったようであった。
「三次君ありがとう。これで湖にどのくらいの種類が生息しているか調べる事が出来るよ。さすがバーカネドロン博士の助手。頼りになるね」
釣りだけで全ての海洋生物を取るのは至難の技だと思うが、所長も他の人も気に入ってくれたなら良しとしよう。
心地よさ満開でラム家へ戻った。




