こぼれ話 ハカイダナデシオのその後
チージョ星に塩という物質はない。海で取れるのは砂糖である。
偶然に見つけたハカイダナデシオという場所。そこの鉱石に塩らしき物質の存在を確認した。
平均気温が50~60度に達する灼熱地獄で、酸素濃度がエベレストよりも低い低酸素地獄。要するに地獄である。
ここへ単体で乗り込み、塩という新たな物質を発見した。
……という逸話を紹介したと思う。
(第三部 ハカイダナデシオの破壊力 参照)
その後、惑星中の学者が秘密を探るべく動き出した。
『ハカイダナデシオ その真実に迫る』
TVのドキュメンタリーのような題名が付けられ、様々な人たちが出入りするようになった。
御多分に漏れず、パパもチームの一員として参加した。
ここまでは何の問題もない。
俺がハカイダーと直接対決をした時、湖を泳ぐ奇妙な生命体を見つけた。それは魚であった。灼熱低酸素地獄に生命が存在する。
その事をパパに報告すると、度肝を抜かれた表情をしていた。
「三次君。それって本当なの?」
「実際にこの目で見ました」
「信じられないなぁ~」
「目の前で飛び跳ねましたから、間違いないと思います」
「塩の湖に魚だよ?」
「はい」
「もしそれが事実なら、星の生態系がメチャクチャだよ」
「……」
この星の海で取れる恵は砂糖。そこに生息している海洋生物は砂糖の海で泳いでいる。もし、本当に塩の水に生息する生物がいるとしたら、惑星を揺るがす大事件である。
これを地球で例えると。
誰も足を踏み入れた事のない人里離れた奥地に湖があったとしよう。その湖は、塩分濃度ではなく糖分濃度の高い砂糖水だった。そこに魚が泳いでいるのを発見した。
この事を誰かに言った時点で腕のいい精神科医を紹介されるだろう。
「宮本さん。お加減はどうですか」
「今日は唐辛子の海で泳ぐ魚を見ましたぁ~」
「それは素敵ね。さあ、お薬を飲みましょうね」
「看護師さんは俺の嫁ぇぇ~」
「そんな事を言うと、お注射も追加しますよ」
「エヘヘッ」
という具合になる。
俺が見たのは紛れもなく魚だ。河原で遊んでいる時も海へ飛び込んでいる時もスーパーの鮮魚コーナーでも浴びるほど見ている。見間違うはずがない。
チージョ星の根本を揺るがす事態にパパも困惑気味だった。信用半分、疑い半分である。
「う~ん」
「地球と同じ形でしたから見間違いはないかと」
「三次君がウソを付くとは思えないけど……ねぇ~」
「……」
「科学者として鵜呑みにする訳には……ねぇ~」
「……」
無性に腹が立った。
信用されないのはいつもの事なのでさして気にしない。灼熱と低酸素で脳に酸素が供給されず、幻を見たのではないか。というパパの疑いも理解する。
ただ、14年間生きてきて、今まで一度たりともウソを付いた事がない。例の奴らと砂に埋まって灼熱の水着品評会を開催たり、炎天下の屋根で腕立て伏せをしたり。日頃から脳に酸素は供給されていない。常に低酸素状態で暮らしている。
そんな俺がハカイダナデシオ如きの環境で幻を見るはずがない。
「分かりました。画像を撮って来ます」
「ちょ、ちょっと。別に疑っている訳じゃ……」
「宇宙船を貸してください」
再びハカイダナデシオに向かった。
宇宙船を降りたら、やっぱり地獄だった。
気温は50度を超えていると思われ、汗は瞬時に乾いて塩になる。酸素メットを被っているため、体感温度は70度以上に感じる。降りた瞬間に「来なきゃ良かった」と後悔したが、これには男の意地と名誉がかかっている。
メガネ型双眼鏡&録画機能付きを持って湖のほとりへ座った。後は録画しながら魚が飛び跳ねるのを待つだけである。
3つの太陽がギャンギャンに照り付け、シャツから飛び出している肌が熱いを通り越して痛い。時折吹き抜ける風はドライヤーのような熱風だ。ジッとしているのすら耐え難くなる。
少しでも痛みを和らげるため、湖に浸かってその時を待った。
ちなみに、外気温が高いので水が冷たく感じられるが、たぶん40度以上はあるだろう。ほぼ温泉である。
地獄温泉に浸かりながら改めて景色を見た。これが圧倒的に素晴らしかった。
太陽に照らされた色濃い湖。その周りを真っ白な岩塩が取り囲んでいる。頭上にはどこまでも続く青空があり、これまた真っ白な雲が浮かんでいる。
視界に入る全てが青と白だった。
岩塩で植物は生育せず、熱さで動物もいない。小鳥さえ飛んでいない。流れ出る事のない湖は、風に吹かれて水面が揺れるだけで物音一つしない。耳鳴りがするほど静まり返った異色の世界を眺めていると、薄汚れた俺の心がメキメキ蘇生していくようだった。
「圧巻だな」
そう呟いた時だった。
すぐ目の前を銀色に光る何かが通りかかった。すかさず録画した。水面にレンズを向けて魚影を探していると、チャポンという音と共に魚が飛び跳ねた。
「え? アジ!?」
一瞬の出来事で不確かだが、その姿はアジのようだった。
地球にいる生物がこの惑星にも存在する。そう思うとテンションが上がる。メット脱いで湖へ潜ってみた。
居た。確かに魚が泳いでいた。姿を録画したかったが、水の中に機材を入れたら壊れるだろう。竿も網も持っていないため、素手で捕まえるのは無理だ。
とりあえず確認は出来た。録画もした。証拠としては十分過ぎる成果である。
宇宙船へ戻ろうと湖から這い出した。
「ブハァ。確かに魚……」
ぐわぁぁ。い、息ができねぇぇぇーー。
一連の情報をパパに伝えると、小鼻をフガフガさせて興奮していた。
「す、凄いよ、これは!」
「そうですか」
「惑星を揺るがす大事件だ」
「……ですね」
「早速、各所に報告しなくちゃ」
「これから忙しくなりますね」
「貴重な情報をありがとう」
「いえ。どういたしまして」
「ところで三次君。面白い姿になってるね」
「何がですか?」
「顔が真っ白で首から下が黒いよ」
「メットを被ってましたから」
ヘルメットで顔は保護されている。首から下は直射日光にガンガン照らされている。しかもハカイダナデシオの太陽はTシャツの上からでも容赦なく突き刺してくる。
「テナガザルみたいだね」
「なっ……」
おい、バーカネドロン、その言い草は何だ。お前の疑問を解決するために地獄へ真っ向勝負したんだぞ。
テナガザルはオスとメスで交互に歌い合う習性を持っている。これは家族の絆を深めるデュエットだ。
お前の愛娘とセッションするぞ。激しく狂おしい愛の詩を!




