花火大会開催
その日は朝から忙しかった。早朝に「今日、花火やりますよ」という合図の花火が上がり、俺はやる気十分で会場作りをしていた。
まず小型クーラーボックスを用意した。これにお茶やジュース、お菓子類を入れた。倉庫からキャンプ用の折り畳みイスを2脚。電気系蚊取は使用不可能なため、渦巻き型の蚊取り線香を数個用意。足元を照らすためのライト。いざという時のための爆竹……。それらをリュックに詰め込んでビルの屋上へ運んだ。
いつも遊んでいる河原の対岸一帯は、再開発のため買収済みで人の出入りはない。店も会社も移転しているため、辺り全体が廃墟と化している。通りかかる要素が1つもなく、人っ子一人歩いていなかった。怪しげな中学生が出入りしても誰にも見つかる事はない。例え唐草模様の風呂敷を背負っていたとしても大丈夫だろう。
持ってきた物を絶好のポジションへ配置し、一旦引き上げた。
俺らの花火ポジションは学校の屋上であった。河原から直線上にある学校は絶好の花火スポットだった。邪魔する大きな建物もなく、場所取りで争う事もない。母校なので安心して過ごせた。集合時間は自由。お菓子飲み物持参。それだけなので今回は楽勝である。
彼女の笑顔と男の契りを秤にかけた場合、圧倒的で笑顔が勝る。狂った輩の約束事など道端に落ちているウンコと同義語だ。
股間にタバスコの刑を執行されても、だ。
それよりなにより、ラムは明日帰郷する。偶然の出会いから今日で6日目。滞在期間は1週間程度と言っていた。
星へ帰ってしまったらもう二度と会えなくなる。片道2時間弱と聞くと簡単そうに思えるが、相手は宇宙の子である。空飛ぶ列車でもなければ不可能だろう。名前を鉄郎にしたらメーテル辺りが迎えに来るだろうか?
ま、こればっかりは考えても無理っス!
心が打ち上げ花火の如く爆発している俺は、全ての準備を整えて河原までラムを迎えに行った。
相も変わらず、いつもの場所で空を眺めていた。
「お待たせ」
「今日は本当に楽しみ」
「とにかく凄いからビックリするなよ」
「ドキドキしてきた」
「じゃ、そろそろ行こうか」
「うん。行こう!」
夏の夜空は明るい。18時半でも肉眼で周りの景色が見える。窓から薄い光が差し込んでビルの中も明るかった。しかしここで油断は禁物。相手は可憐な女の子である。何かあっては大変と思い、ラムの足元にライトを向けながら屋上まで案内した。
その間、俺は2回滑って転んだことも付け加えておく。
今朝の段階で屋上のセッティングはバッチリである。俺は蚊取り線香に火をつけてラムの足元に置いた。そしてお茶とカルピスで乾杯し、打ち上るのを待った。
「何時からだっけ?」
「19時半から。あと1時間くらいかな」
「そうかぁ~。ドキドキするね」
「退屈じゃない?」
「ぜんぜん平気」
「待っている時間って長いよな」
「うん。星では「待つ」ってことがあまりないから」
「好きな時間に好きな場所へ飛んでいけるんだもんなぁ~」
「羨ましい?」
「出来ればその能力が欲しいよ」
「ハハハ」
期待して待っている時間は通常より長く感じる。でも、それは相手によりけりだ。好きな人や信頼出来る仲間となら何時間でも苦痛はない。むしろあっという間に楽しい時間は過ぎていくだろう。
今の俺に時間は無意味だ。こうやって2人で待っている間、1時間が1分にしか感じられないから。
辺りが薄っすら暗くなり、大会本部の動きが慌ただしくなった。
「もうそろそろだ」
「うん」
「少し前へ行ってみようか」
「うん」
「よし、始まるぞぉ~」
「すごく楽しくてワクワク……」
ラムが言いかけた時。
ヒューーー。ドォーーーン!
腹の底が持ちあがるようなデカい音と共に花火が打ち上った。
ラムは「キャッ」と言って俺の腕にしがみ付いた。こんな大きな音がする物は彼女の世界にはないのだろう。ドーンという音がするたびに体をビクッとさせていた。
「間近で見るとスゲー迫力だな」
「ホント、音にビックリしちゃった」
「大丈夫だよ。襲っては来ないから」
「うん」
2人の頭上にでっかい花火が咲き誇った。
夜空に咲く色とりどりの大輪がパァーっと周りを明るく照らす。そして一瞬で闇夜に戻る。再び明るさを取り戻すと、少し遅れて地響きのような音が鳴る。
地を切り裂く音と共にでっかい花が咲き、その横で小さい花がカスミソウのようにメインを惹き立てる。
サーっと優しく吹く風が火薬の匂いと煙を吹き飛ばし、そこへ新たな花火が。
「幻想的ねぇ~」
ウットリした表情で花火を見つめていた。
この瞬間、彼女は何を考え何を感じているのだろうか。
俺は花火よりもラムを見ていたかった。隣でこうしていられるのもこれが最後。
もう彼女の横顔を見る事すら叶わない。
大輪の花が咲き乱れるたび、「わぁぁっ! キレイ!」と声を上げるラム。俺は彼女の瞳に映る花火を見ていた。
夏の夜空を彩るエンターテインメントは数々の火花を散らし、しばしの休憩タイムに入った。俺らもイスに座って休憩した。
「花火ってどう?」
「最高!」
満面の笑みで答えるラム。
「私の星にもこんなステキなものがあったらいいなぁ~」
「作っちゃえば?」
「難しいんじゃない?」
「チージョ星は進化した星だろ。花火なんて簡単でしょ」
「でも、材料は確か……か・もく・だっけ?」
「火薬ね」
「そうそう。それが手に入るかどうか……」
「なるほどな。材料かぁ~」
地球とは根本的に違う。チージョ星に花火の素材が星にあるかどうかがポイントだろう。他の物質で代用する手もあるが仕組みを知らないと作れない。
やっぱり地球だから出来る技なのだろうか。
「なあ、ラム」
「なに?」
「明日帰るんだろ」
「うん。そのつもり」
「何時頃の予定なんだ?」
「時間がかかるから午前中には出発するかな」
「あのさ、図々しいお願いなんだけどさ……」
「なに?」
「宇宙船って見せてもらえる? 俺、見たことないから」
「……」
俺の問いにラムはしばし黙った。
「ダメだったらいいよ。見た事ないから見たいなぁ~と思っただけで」
「……いいよ」
「いや。無理しなくっていいよ」
「本当は誰にも見せちゃダメなんだけど、三次だったら……」
「ダメだったらホントに遠慮するよ」
「あのね」
そう言うと、宇宙船について説明してくれた。
宇宙船は技術の結晶である。仮に悪い奴らに悪用されれば、それは惑星だけでなく宇宙全体として大問題になる。
以前「宇宙船を見せてくれ」と言われ見せた所、そのまま乗っ取られてしまい、最終的に破壊兵器に改良された過去があるらしい。
それ以来「チージョ星人以外は入れてはいけない」と決まった。
彼女らの星は、周り近所にある惑星より文明が進んでいる。そしてチージョ星の全員が素直で優しい星族だ。彼女の星に争いはないのだという。
だが、それにつけ込んで悪さを働く極悪星人がわんさかいるんだとか。そして奴らの餌食になり、何人ものチージョ星人が命を落とした……。
話を聞いてるだけで俺の中のエセ正義感が沸々と湧いてくる。
「何だそいつら。俺だったら粉々にしてくれるわ!」
「三次が怒らなくても……」
「クソッ。あったまくんなぁ、その野郎ども」
「……」
「おいラム。今度そいつらが来たら俺に言え。すぐに駆けつけて木っ端みじんにしてやる!」
クスッと笑うラム。
「なに笑ってんだ。大丈夫だ。俺がお前らを守ってやるよ!」
「来るって、10万光年先まで?」
「え?」
……あれ? どこから間違えたんだ俺。
ヒューー。ドォーーン!
第2幕が始まった。
悪だくみしている連中よ。これを見ろ。今度はお前らを打ち上げ花火にしてやるぜ。この三次様がな!
俺の怒りはどこへやら。ラムは再び夜空へ瞳を輝かせた。
パァーっと流れ落ちるしだれ桜に目をウルウルさせて喜ぶラム。ニコちゃんマークに揃って笑い、星型花火に「あれ、私の星」「いや、俺の星だ」などとじゃれ合う。ドーナッツ形で宇宙を感じ、ハート形で何を想う。
色んな種類の花火を2人でじっくり堪能した。
「色んな形があるんだね」
「それは最近の話さ」
「そうなの?」
「俺が子供の頃はもう少し少なかったと思う」
「じゃ、誰かが新しいのを作ったのね」
「たぶんな」
ジャパニーズエンターテイメントは終わらない。夜空はいつにも増して明るく輝いている。
「凄いね。もう何発目?」
「ここは田舎だから、これでも小規模な方だよ」
「これで?」
「すごい所だと何万発とか上がるらしいよ」
「へぇ~、そのうち首疲れちゃうね」
「揉んでやろうか?」
「そんなこと言って、触りたいんでしょ」
君は時々変な事を言うね。俺がそんな男に見えるかい?
まだまだ続く花火大会は、宇宙の全てを超えて心に刻まれる。
出会った時の衝撃。寒さに震えたあの日。海で語った青春。そして戸惑いながらも楽しく過ごした祭り囃子。たった1週間の出来事だったが、生まれて来た事を感謝するほど濃厚な時間だった。
この時がずっと続けばいいと思った。この先も彼女の笑顔を見続けていたいと願った。終わったら最後、町が静寂に包まれると同時に俺の心も闇に抱かれる。
花火のような1週間。隣で煌めく大輪の花は宇宙へと消えていく。会う事すら叶わない遠い彼方へ。
俺は全身全霊でラムの顔を脳裏に焼き付けていた。
続け! もっと長く永遠に!
時は無常である。
夜空に舞い上がった花火は狂ったように叫び、火花を散らし、すべてを照らした。
河原全体が昼間のように明るくなり、最後の大連射が始まった。
「うわぁぁ、すごいすごい、すごー---い!」
花火の反射でキラキラ輝くラム。俺は、ほんの1歩だけラムに近づいた。彼女も少しだけ近づいてきた……気がした。
想いの全てを焼きつくして夏の思い出は終焉を迎えた。空は再び闇夜に包まれた。
「終わっちゃったな」
「……終わっちゃったね」
しばらく並んで夜空を見上げた。
火薬の匂いが風に吹かれて飛んで行く。向こうの河原では見物客が一斉に帰宅へと動き始める。また来年、花火は必ずやって来る。
「そろそろ帰るか」
「うん」
俺は全ての荷物をリュックに詰め込み、再びコソ泥テイストでビルを降りた。
「ねぇ三次」
「なに?」
「さっきの話だけど……」
「さっきって?」
「宇宙船が見たいって話」
「ああ、無理しなくていいよ」
俺の言葉にラムは何かを決意したように言った。
「来ていいよ」
「え?」
「宇宙船見たいんでしょ。特別に見せてあげる」
「ホント?」
「うん。三次だけ特別ね」
たぶん相当悩んだのだろう。法律で決められたのか何なのかは知らない。とにかくチージョ星人以外は厳禁。元来真面目で実直なラムにしたら約束を破る行為自体が心の呵責を生むのだろう。
それでもあえて誘うということは……。
「場所ってどこにあるの?」
「この河原のもう少し先」
「分かった。明日早めに行く」
「うん。分かるようにしておくね」
バイバイと手を振り、寂しさと同時に消えた。
ラムの姿を見送った俺は、その足で河原の人込みへ紛れた。




