宇宙からのプレゼント
「階段は大丈夫だな。屋上は……」
奴らと別れた俺はビルの中で確認作業をしていた。
このビルはもうすぐ取り壊しになるらしく、現在は放置プレイになっている。電気は既に止められているためエレベーターは作動しておらず、屋上までの道のりは己の脚力しかなかった。5階建ての階段を上がるのはふくらはぎに堪えるが、目的達成のためなら仕方あるまい。
実は 「川の水に真っ裸で浸かる刑」に処されている時、河原の反対岸にこのビルを見つけた。そしてこの河原は、明日行われる花火大会の会場になっている。対角線上のちょうど良い位置にあり、屋上に上がれば花火の絶景ポイントになるのではないか。そう推測した。
新しい街づくりとして数年前から開発が行われ、老朽化した建物はドンドン取り壊されている。昔の古き良き思い出は影も形もなくなりつつある。
建物が乱立して人口が増えれば増えるほど、今は水遊びができる綺麗な川も数年後には汚染されてしまうだろう。
ラムが言っていた「自然との共存」は地球人にとっては難しいのかもしれない。
などと真面目な事を考えつつ、屋上に到着した。
思った通りだった。ビルの屋上からは河原が一望できた。大会本部が何やら忙しく設置準備を始めている所まで丸見えだった。
本部が見えるという事は、確実に花火が見える。しかも人の出入りはないので誰にも邪魔されずゆっくりと花火が堪能できる。
「よし。ここにしよう!」
確認作業を終えた俺は、立ち入り禁止の看板を潜り抜けて大通りへ戻った。
通りは奉納祭の真っ最中だった。一目見ようと沢山の見物客が詰めかけていた。笛や太鼓の祭囃子に合わせて子供たちが威勢の良い掛け声で手綱を引く。巨大な龍が左右へ蛇行しながら進んでいく姿は、まさに暴れ龍である。目の前を通り過ぎるたびに拍手喝采が巻き起こっていた。
町中を練り歩いた後、神社へ戻って祈祷が行われる。その際、「龍神様に触るとご利益がある」と言われ、皆こぞって触れていた。
俺は尻尾をナデナデし、ついでにお菓子を貰って大喜びしている子供たちをナデナデして帰宅した。
家へ帰るとタイミング良くラムがやって来た。ドキドキしながら花火大会が行われる旨を告げた。返事は「行きたーーーい!」だった。
両手を上げて子供のように喜ぶラム。彼女との思い出がまた1つ増えるかと思うと各部位が時空を超えて目覚めるようだ。
「明日は祭りのクライマックスだからな」
「花火って言うんでしょ」
「そうだ。凄く綺麗だぞ」
「楽しみだなぁ~」
「凄い迫力だから驚くなよ」
「ところで、花火ってな~に?」
盆踊り大会と同様、これまた説明が難しかった。今までの人生で花火を解説した事など一度もない。盆踊りは体で表現可能だが、花火を言葉で表すのは至難の業である。特に言語能力が壊滅的な俺には重労働だ。
さすがに、ピューっと上がって、ドーンと鳴って、パーっと開いて、ジャジャジャジャーン。などと言ったら、配線が2~3本緩んだ哀れな男として優しく抱きしめられるだろう。
「夜の大空に咲く花……かな」
「凄いねそれ。空に花が咲くの?」
「火薬を使って打ち上げるんだ。するとそれが空で爆発するんだ」
「爆発すると花になるの?」
「花というよりは、火花が花みたいに見えるんだよ。だから花火っていうんだ」
「うーん。想像がつかないなぁ~」
「実際に見た方が早いかな」
「そうね」
「何百年も前からあるんだよ」
「地球って凄いんだね」
地球自体に思い入れはないが、生まれた星を褒められて悪い気はしない。逆に貶されたからといって腹も立たない。宇宙規模で会話をしていると感覚が曖昧になる気がする。
「そうそう。そういえば三次にプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
「いつも案内して貰ってばかりだから、お礼よ」
ポケットから取り出したのは指輪だった。一瞬、龍神様のご利益かと思ってドキッとした。
「あのう、俺まだ中学生なんですけど」
「はい?」
「プロポーズには早いかと思われ」
「はい?」
「た、確かに君の事は好きだが、心の準備が……」
「なんか勘違いしてる?」
彼女は地球の風習を知らない。指輪は好きな者同士で交換し合う愛の証みたいなものだ。しかもそれは大人になってからの話。ついさっき産毛から本格的で見込みのある奴らが揃い始めたばかりの中坊には遠い夢の物語である。
これは伝えるべきなのだろうか。
「これはね。アイノデリモンクーっていうの」
「愛の文句?」
「アイノデリモンクー!」
「なにそれ?」
「空に字が書けるの」
「な……んですとぉ!?」
ラムは指輪について説明し始めた。
「これは光を集中増幅させる物で、光の熱で空中にある水分を瞬間的に……」
まるで宇宙人と会話をしているくらい意味不明だった。とりあえず最後まで話を聞いてみた。……が、これっぽっちも分からなかった。
「要は、空に字が書けるって覚えておいて」
マヌケな顔をしているのを見て要約して説明するラム。バカにされてるのは明白だが反論のしようがない。
肝心の使い方は、指輪をはめて空中で振るとレーザーみたいなのが出る。その光の先で絵や字を書くんだとか。
「マジで?」
「ただし、人に向けたり直接光を見たりしないでね。目が溶けるから」
「と、溶けるぅ」
「そう。三次の目が溶けちゃうの」
「も、物凄く危険じゃない、それ?」
「取り扱い注意よ」
そう言ってニヤッと笑った。溶けるのがウソかホントか分からないが、こんな物を発明出来るんだから素直に凄い。花火を自慢してる場合じゃない気がする。
もしチージョ星と宇宙戦争をやったら地球など一瞬で消滅するだろう。
彼女が侵略者じゃなくて良かった。
ラムが帰った後、俺は指輪を眺めていた。
「スゲーよな。こんな装置を開発出来るんだから、宇宙からみたら地球なんて石器時代くらいにしか見えないだろうなぁ~」
指輪をクルクル回しながら改めて宇宙の偉大さを痛感していると、いきなりレーザーが放出された。そして直接見てしまった。
グハッァァ--。溶ける。め、目が溶けるぅぅぅぅ。
どうやって止めたらいいんだよ。使い方だけで止め方を教わってねぇぞ!
ダメだ。全部溶けちゃうよぉぉぉーー。




