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時の編み手

 メイド、と言っていいのか分からないが、その女が着ているのは確かにメイド用のお仕着せだった。

 袖がふんわりと膨らんだ黒のブラウスに、同じく膝下丈のスカート腰は太めの帯できゅっと締め、後ろで大きな結び目を作っている。控えめなフリルがついた前掛けは、一点の汚れもない白。足元は厚底の編み上げブーツで防御力抜群。

 薄闇の中で分かりにくいが、髪の色は赤っぽい。どこかのお嬢様のようにくるくると巻いているが、もう少しでキレのよい突きを食らうところだった俺からすると、おしゃれな武道家にしか見えない。

 身長は成長期の俺より少し高く、マナーの先生みたいに姿勢がいい。頭の天辺から踵まで、針金が入っているのかというくらい真っ直ぐだ。


 問題は、顔だった。いや、顔というか何というか。


 ――そのメイドもどきは、無骨な石の仮面で顔全体を覆い隠していたのだ。


「え、なんで?」


 思わず声を発した俺を、メイドもどきがじろりと睨む――目は見えないが、確実にこちらを捉えたのが、ピリリとした感覚で分かる。

 俺は緊張に全身を強張らせたが、意地で観察だけは続けた。


 仮面は全体的に白っぽくのっぺりしていて、人間なら左目がある辺りに二重丸の模様――目、視力を表す魔術紋だ――が刻まれている。その二重丸を貫くように、左上から右下へ稲妻のような線が走っていた。これも紋の一つ、接続を意味する。他には何も描かれていないが、仮面の内側は分からない。目が見えないだけなら義眼を使えばいい話なので、おそらく他にも何かあるだろう。

 怪しい儀式に使われる祭具のようで、かなり不気味だった。

 ちなみにだが、先程俺を襲ったのは彼女(?)が手にしたモップである。何故にモップ、と思わないでもないが、その前に刃物の類でなかったことを喜ぶべきか。ううん、まあ、向こうからしたら俺はただの侵入者なんだけど……。

 しばらく俺を睨んでいたメイドもどきが、不審そうに首を傾げた。


「……何者か?」

「それは俺の台詞なんだが」


 答えると、曲げた首をさらに反対側へ。

 なんだよ。このメイドもどき、何かがおかしい。だが、何がおかしいのか分からない。というか、おかしいところだらけでどこに注目したらいいのか分からない。それくらいおかしい。

 そもそもこいつ、なんで塔の中から出てきたんだ?


「少しいいか?」


 俺とメイドもどきが互いに首を傾げていると、横から女盗賊がメイドもどきの手を引っ張って、荒れた庭の方へと連れて行ってしまった。

 あっという間の早業に、俺も呆気にとられて見送るしかない。


 二人が向かったのはあの薔薇の蕾が成る生け垣近くで、小声で話しているのか会話はここまで届かない。こっそりついて行ってみようかとも思ったが、そんなことをしていいのかという不安もあった。

 どちらかと言わなくとも、俺は人付き合いが苦手な方だ。元々はそうじゃなかったと思うんだが、周囲の人間全てに手酷く裏切られた過去があることから、人間自体あんまり好きじゃない。

 女盗賊(あいつ)はそんな俺の唯一の話し相手だ。下手を打って妙な雰囲気になるのはちょっと怖かった。


 ――でも、そっか。もし黒い鍵を手に入れたら、あいつが俺に会いに来る必要はなくなるのか。


 ってか、別に俺に会いに来てるわけでもないしな。

 あいつが毎夜毎夜俺の部屋に侵入してくるのは、黒い鍵を探す協力を得るためだ(と俺は解釈している)。思いのほか息が合って、一緒に城を探検するのが楽しかったりもするけど……楽しいと思ってるのは俺だけかもしれないし。


 わずかばかりの淋しさを感じ、俺はポーチの床を蹴った。小石がこつんと爪先に当たり、開いたままの扉に跳ね返る。


「あ」


 やべぇ。気付いちった。これ、中の様子が見えるじゃん。

 相変わらず暗いけど、星明かりとカンテラの火、それに目が暗闇に慣れてきたこともあって、薄っすらと輪郭くらいは判別できる。

 入りたい。でも、勝手にお邪魔したら、今度こそメイドもどきに突き殺されるよな。見るだけなら許されるかな?


 そっと庭の方を確認すると、二人はまだ何か話し合っている。表情のあまり変わらない(片方は隠れて見えない)二人なので、どんな話なのか予想すらできない。


 よし、今だ!

 俺は自慢の視力を総動員して、扉のギリギリのところから中を窺った。

 だが、その期待は呆気なく砕け散る。

 いくら目を凝らしても、何も見えない。それもそのはず。一枚の壁が目隠しを兼ねた間仕切りになっており、奥が見えないようになっていたのだ。

 ここは家と言っても塔だし、もとより来客を想定していないのだろうから、こぢんまりとしているのは理解できる。だけど、間仕切りは想像していなかった。

 俺はがっくしと項垂れた。


「む、無念……」


 くっ。せっかく森を突破したのに、ここまでなのか。あのメイドもどき、どうにかして説得できないかなぁ。

 うじうじと悔しがっていると、土を踏む音がして女盗賊たちが戻ってきたのが分かった。


「待たせたな」

「別に。何の話してたんだ?」

「許可を取っていた。塔の散策のな」

「……ふうううん」


 おおう、女盗賊が嬉しいことを言ってくれる。でも一番聞きたかったのはそれじゃなくて。


 彼女は隠し事をしている。誰しも秘密があるのは当然だし、俺とこいつの仲で何もかも明け透けに語り合うなんて無茶だというのもその通り。

 だけどさ、気になるだろ。

 無人のはずの塔から出てきたメイドもどき。

 そのメイドもどきの名を知っていた女盗賊。

 一方、女盗賊に気付かなかったメイドもどき。

 お前ら、何者なんだ? 一体どういう関係?

 俺はなぜ森を抜けられた?

 もしかして――――女盗賊(おまえ)がいたからじゃないのか?

 いや本当に、まさかとは思うんだけど。


 どうせ聞いても答えまい。肝心なことは言わないヤツだから。

 知らず知らず、不満が顔に出ていたのだろう。

 俺を見た女盗賊が、マフラーの下でかすかに笑った。


「ほらほら、何してる。お前の大好きな大魔術師殿の家だぞ」

「分かってるよ! 頭ポンポンすんな!」

「だったら動けよ、おちびさん」

「チビじゃねーよ! 平均身長だ!」

「ふふ、そうか」


 このヤロウ……俺より背が高いからって、余裕ぶっこいてるな? 言っとくけど成長期なんだからな! お前の身長なんか、すぐ抜いてやるんだからな!


 俺は心の中でバーカバーカと女盗賊を罵りながら、憤然と玄関の扉をくぐった。案内なんかは受けてないけど、女盗賊に背中を押されたんだから問題はないだろう。後ろから付いてくるメイドもどきも何も言わない。


 デリカシーのない女盗賊に腹を立てていた俺だが、間仕切りの壁をひょっこり通り過ぎる頃にはすっかり怒りを忘れていた。


 そこは居間のような、少し広めのスペースだった。メイドもどきが壁に掛けられた燭台に火を灯すと、橙色の淡い色が室内をじんわりと暖めはじめる。

 居間"のような"と言ったのは、俺の知る応接間ドローイングルームとは随分と様相が違ったためだ。

 ローテーブルにソファ。それは問題ない。しかし通常飾られる絵画等芸術品の類は一切なく、代わりにいくつもの――いっそ恐ろしい程の数の――壁掛時計が、奥の壁に規則正しく並べられている。しかも、ざっと見る限り、その全てが異なる時間を指し示しているではないか。

 背筋がぞっと寒くなるような、深く魅入られるような――何とも言えない異様な感覚。しかし、不思議と不快ではなかった。むしろ、慣れるにつれてなんだかしっくり来るような……。


 窓から漏れ入る月明かりと蝋燭の茫洋とした光が、時計盤に嵌め込まれたガラス板に反射し、青と橙色の幻想的な空気を創り出している。

 それこそ、知られざる名匠に描かれた絵画にも勝る、とても美しい一枚だった。


 別の壁際には暖炉と、作り付けの棚がいくつか。棚にはそれぞれ分厚い本が、マントルピースには天秤の置物と、手作りと思しき指人形の家族が愉快な表情を浮かべている。

 ローテーブルはシンプルな造りで、一人掛けのソファが対面を向いて二つ。一つは大魔術師のものとして、もう一つには唯一森に入る印を託されていたという母親が座っていたのかもしれない。


 大魔術師には、伴侶はおろか婚約者さえいなかった。二十代前半で幕を閉じた彼の人生は、大半が魔術と魔術道具の研究に費やされたのだ。


「ここに大魔術師が暮らしてたんだな」

「少しは身近に思えるようになったか?」

「うん……たぶん」


 ベルフォード国民全ての憧れであり、畏敬の対象である大魔術師。俺にとっては近くて遠く、近いよりもはるかに遠かった存在。それが今は、女盗賊が言うように少しだけ身近に感じられた。

 三百年間、誰一人踏み込めなかった森を突破してここまで来たんだ。これくらいの感傷、許されるよな?

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