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鏡に移して

「ふぅん。何にせよ、城には彼の作った魔術道具がわんさか遺っているんだろうな。……売ったらいくらになるのか」


 と、大変罰当たりなことを小声で付け加えているが、しっかり聞こえているからな。ただ、怒る気にはなれない。なぜなら、売り飛ばすなんて不可能だと知っているから。


「わんさか……だとよかったんだがなぁ」

「ないのか?」


 俺は腕組みして答える。


「正確には"分からない"。結界装置とか王族専用の識別装置とか通信装置みたいな、王城に置いてるヤツは今でもきちんと管理されてる。なんなら研究もされて、品質は劣るけど量産もされてる。でも、その他については誰も見たことがないんだ」


 目録もないから、大魔術師がどんな道具を作っていたのかも定かじゃない。どうやら彼は、研究成果を発表する場をあまり設けなかったらしい。功績に無頓着とも言えるし、見方を変えると魔術の発展に積極的でなかったとも言える。何を考えていたのか、今となっては分からない。


「お前のさ、姿と気配消せる魔術道具。あれ使って色んなとこ忍び込んできたじゃん。でも、それっぽいのはどこにもなかった」

「なんだ。お前、私の手伝いをするふりして、自分のお宝を探していたのだな?」

「だって、こんな機会逃したら二度とないと思ったから」

「ちゃっかりしているな。言えば付き合ってやったのに」

「うわっ!」


 そう言って、女盗賊は俺の頭を両手でぐりぐりと撫で回す。素早い動きに逃げることができず、意外と強い力に抵抗もできない。

 な、なんつう馬鹿力だ。年が離れてるといっても、この差はないだろ。


「何すんだよ、やめろよ!」

「ふふ、子供だ。子供がここにいるぞ」

「当たり前のこと言ってんじゃねぇよ、離せ!」

「いやだね。補充だ、補充」

「なんの!?」


 顔を両側から挟むようにして、わしゃわしゃと激しくこめかみを掻き回される。自然と女盗賊の整った顔が目の前に迫ることになったので、不本意ながら頬が熱くなるのを感じた。薄い暗がりなので、バレてはいないだろうけど焦る。


 こいつは時々、こんな風に俺を弄ぶことがあった。そんな時は決まって優しい顔をしているので、嫌な気はしないのだが少々複雑な気持ちになる。こんな母親なら良かったのになんて、死んでも口に出せない。年齢を考えると母よりも姉に近いんだろうけど、姉や兄というのは嫌な生き物だと知っているから。少なくとも母親は、俺に関わろうとしない分マシだ。

 人によっては、たぶん、無視されるよりマイナスな感情でも向けてくれた方が嬉しいと感じるのだろう。だけど、あいつらは俺の大好きな魔術で甚振ってくるから最低だし、大嫌いだ。魔術が人を傷つける道具にされるのは、単に殴られるよりずっと痛い。


「あっそうだ! 塔!」


 なんとかして逃げようと叫ぶと、女盗賊はわしゃわしゃする手を止めて器用に片眉を上げた。


「なんだって?」

「だから、塔だよ。大魔術師が暮らしてた塔が離宮ここの北にあるんだ。そこになら彼の魔術道具があるかも!」


 俺が住んでいるこの離宮も、北か南かで言えば北なのだが、大魔術師の塔はここよりさらに北にある。城から見ると北西だ。


「ま、どちらにしても行くのは無理だけどな」


 俺は女盗賊を振り切るために纏っていたテンションを脱ぎ捨てて、肩を竦めてみせた。それを見た女盗賊は、俺の頭から手を離すと片膝を立てて座り直す。


「なぜだ? 私の〈鏡移し〉を使っても行けない場所か?」

「あの魔術道具、そんな名前なんだ? ――とにかく無理だよ。塔は森に囲まれてるんだけど、その森全体に大魔術師の魔術がかけられてる。侵入者を塔に近づけさせないための幻惑の魔術だ。許しの印を持ってる人間と、その近くにいる人間じゃなきゃ森を突破できないんだよ」

「大魔術師は三百年前の人間だろ? それなのに、まだ魔術が働いてるのか?」


 目を瞠る女盗賊の様子に、俺は少し良い気分になって背筋を伸ばす。


「ふふん。凄いだろ。魔術師の魔力には、意思が宿ることがあるんだよ。意思っつっても、勝手に動き出したりするわけじゃないらしいけど」


 詳しくは知らないが、普通なら時間の経過で拡散するところ、意思が宿った魔力はその場に留まる傾向にあるようだ。個人が持つ魔力は総量が決まっているので、拡散して術者に戻らない分、魔術師の魔力上限値は常に減った状態になるが、継続して魔力を注がなくて済むため掛け直しの手間がかからない。

 だけど狙って起こせる現象ではないから、実用性はほとんどないんだそうだ。


 女盗賊は顎に指をかけて少し考えたのち、口を開いた。


「その印、今は?」

「言い伝えじゃあ壊れたことになってる」

「なってる?」

「この離宮にまつわる曰く。出るんだってさ……」

「何が?」


 ふっふっふ。食いついたな。

 俺はわざと薄暗い表情を作って、にやりと意味ありげに口角を上げる。


「三百年前、唯一許しの印を持っていた大魔術師の母親の霊。晩年、ここに住んでいたらしいよ。溺愛していた息子を失った悲しみがあまりにも強くて、輪廻に戻れないんだってさ……。曰く、月のない夜、血まみれのドレスを来た王妃の霊が離宮内を彷徨い歩き、『行かなくちゃ……行かなくちゃ……』。彼女はどこに行こうとしているのでしょうか……?」

「いや、なんかそれっぽい雰囲気作ってるけど、いきなり過ぎてこっちは付いていけてないからな?」


 ちっ。なんだよ、ノリ悪いなー。ちょっと恥ずかしいヤツじゃん。


「まあ諸説あってさ。壊れたとか、奪われたとか、鳥が咥えて持ってったとか。ぶっちゃけ謎」

「そうか」

「俺はさ、なんか誤魔化してるような気がするんだよな。本当は王家が持ってて、隠してるとか。その事実は次期国王にしか知らされないとか」

「妄想力逞しいな」

「だって暇だし。考える時間だけはたっぷりあるんだ」


 そう言って、俺はベッドにごろんと仰向けになる。内装だけは豪華で、天井には落ちたら確実に怪我するシャンデリアがぶら下がっている。未だ使ったことのない俺にとっては、ただの飾りだ。魔術が使えないから、明かりを灯すには操作して床に降ろさなきゃならない。そんなの面倒だろ? 俺には自然の光とカンテラの小さな炎で十分だ。幸い、まだ視力は良好なまま。


「じゃあ、行ってみないか? どこにも無いなら、そこにあるかもしれない。魔術道具も、私が探している黒い鍵も」

「え?」


 何のことか咄嗟に分からず、俺はベッドに転がったまま女盗賊を見上げる。

 女盗賊は形のよい唇を歪め、ニヒルな笑みを浮かべた。悔しいことに、さっきの俺の比じゃないくらいさまになっている。


「塔へ。暇なんだろ?」


 俺は続けて、ぽかんと間抜け面を晒していた。

 塔? 塔って、今話していた大魔術師の住まいのことか? こいつ、一体何を聞いていたんだ。


「いや、だからさ。入れないんだって。無駄足になるよ」

「試したことあるのか?」

「無いよ決まってんじゃん」


 俺は慌てて上半身を起こすと、ぶんぶんと頭を振りつつ否定する。

 魔力無しの俺が、稀代の大魔術師の塔に特攻したなんて知られたら嗤われる。そういう思考が染み付いていたからこその、無意識の反応だった。

 だけど女盗賊こいつは、俺の憧れを嗤ったりしないのだ。届かない星に手を伸ばすことを、無様だと斬り捨てたりしないのだ。そういう意味では、この世で最も信頼できる。


「だったら、やるだけやってみても構わないだろう? どうせ暇なのだし」

「…………」


 女盗賊の男らしい言葉に、心が揺らぐのを感じた。

 断る理由は――ない。


「分かった。じゃあ、行く」


 女盗賊は俺の挑戦的な眼差しを受けてひとつ苦笑し、懐から小さな鏡を取り出す。大きさは掌に収まるくらい。もう何度も目にした魔術道具だ。〈鏡移し〉という名は初めて聞いたが。由来はおそらく、鏡に映した人間の"認識される力"を封じ込める能力からだろう。姿も音も臭いも、そして気配という漠然とした感覚すらも絶ってしまう。泥棒なら喉から手が出るほど欲しい品に違いない。

 この魔術道具の珍しいところは、先程説明した"意思ある魔力"が宿っている点。つまり、魔力なしの俺たちでも扱える。能力と併せて考えると、ある意味凶悪な魔術道具だ。


 女盗賊が〈鏡移し〉を俺に向けて使用する。何も映っていなかった光沢のある表面に、若い男の姿が映し出される。

 銀色の髪に空を溶かしたような碧眼。運動をしないせいか、線が細くなよっとした体。何度見ても憂鬱になる。

 続いて女盗賊は、自身にも鏡を使う。男の隣に、少しだけ背の高い黒髪黒目の女が並んだ。

 これで、鏡に封じられたお互いを除いた他人からは、一切の認識ができなくなった。試したことはないが、もう一人くらいは行けそうだ。


 俺たちは声を出さず目線だけで相槌を打つと、靴音を立てずに歩きはじめた。

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