通勤電車
卒業をテーマにもう一遍、短編を書いてみました。
先に書いた卒業の短編が、自分でもあんまりではないかという事で、少しほのぼのとしたものを書きたくなった次第です。
よろしければ、本日先に投降した「卒業式の赤い花束」と併せて読んでみてください。
私がいつも使う私鉄電車は、始発駅から乗るため、ほぼ同じ席に座っている。
そして勤め先の事務所まではほぼ1時間で着く。
1本で行けるため、比較的恵まれた場所に住んで居ることになる。
同じ職場の同僚には通勤時間は同じくらいでも2回ほど乗り換えるものもいる。
当然座ってこれるとは限らないのだから、朝から疲れは大きいのだろう。
私のことを羨ましがっている。
とは言っても、結構な田舎の私に比べて、彼は都内のマンション暮らしだ。
羨ましがってはいるが、ほのかに優越感を抱いてることも匂わせてくるのだから、そのことで私に絡むのはやめて欲しい。
1時間。
長いようで、短い。
本を読んだり、居眠りをしたり、スマホをいじったり…。
時には乗ってくる人を見ることなく、眺めたり…。
そうすると、決して口を交わすことのない顔見知りが出来てくる。
始発から乗る私は、基本的に席はほぼ同じ場所に座るのだが、2度ほど位置を変えた。
1度は、隅に座っている私の横に立つ人物の長髪が、やけに自分にかかってくることがあり、しかもそれが3度続き、その座る場所を変えた。
もう1度は、その移動した先の座席の近くにいつも座ってくる男の態度が悪く、朝から嫌な気分になり、これも3度続いたことにより、座る車両を変えざるを得なかったのだ。
今の席はそういったこともなく、1年が過ぎた頃だろうか。
一人の少女に気付いた。
この少女は私の職場の最寄り駅の高校の制服を着ていた。
少女はいつも途中の駅から乗車するのだが、席を変えた私の近くの乗車口から乗ってきているようで、よく目にするようになった。
この高校の生徒たちは、よく友達同士でいることが多く、一人で乗ってきて一人で降りるという生徒は珍しい。
この少女はその珍しいタイプの生徒のようだ。
知り合いに逢えば挨拶はかわすようだが、だからと言ってその子たちと一緒にいるという事もなかった。
普通にしていたらそれほど目立つ少女ではない。
脱色や染めた事のない髪を肩くらいまで伸ばし、制服を着崩すこともない。
あまりスマホをいじることも無いようだ。
乗車した時の席の空き加減で座ったり立ったりしているが、基本的には私の席付近の乗車口の近くにいる。
もっともそれはある意味当然で、この乗車口が下車駅の改札に続く階段に一番近いためである。
私がここに座っているのもそのためなのだから。
そういう訳で、気付くとその少女をよく見るようになった。
と言っても、先に私が座っているのだから、これで変質者やストーカー扱いを受けることはなかった。
嫌だと思えば、先に私がやったように乗車口を変えればいいのだから。
とはいえ、乗っている間中、その少女を見ていたという訳ではない。
気付いたときに見る、という頻度だったと思う。
以前、偶然私の横に座った時に、教科書を広げて中を見るようにしながら、泣いていた。
何が彼女にあったかは分からない。
だが、朝の通学時に泣くようなこととは一体何だろうと考えてしまう。
ここで私が20歳くらい若いイケメンででもあれば、声を掛けるところなのだろうが、さすがにそんなことが出来る年ではない。
また、泣きじゃくるようであれば対応を迫られてもいただろう。
だが、彼女はひっそりと泣いていた。
他人に分からないようにして……。
失恋でもしたのかもしれない。
親や兄弟と喧嘩して、酷い事を言われたのかもしれない。
もしかしたら飼っていたペットが死んでしまったのかも…。
流石に近親者に不幸があれば、泣きながら学校に行くという事はないだろう。
そんなことを考えてしまう。
少女は私たちの降りる駅が近づいてくると、鞄からハンカチを取り出し、周りに、特に同じ高校の生徒に見られないように気を使いながら、目元をぬぐっていた。
そんなことがあって私が彼女を気にするようになったのだが、少女はその後は泣くこともなく、また同じ乗車口から乗ってきていた。
泣くことになった原因が何かは解りようもないが、もう変わらずに学校に通っていた。
私にとって衝撃的な光景を目にしてしまったせいか、気付くとその少女を見ていた。
英検2級のテキストを広げている姿を見たときには、少し感心した。
周りのその高校の学生の話している定期テストの内容が、自分の小学生の息子の受験勉強と同じだった。
その中でこの少女は頑張っているのだな、と変な感想を抱いてしまった。
確かに見た目に真面目そうではあった。
違う日には共通テストのテキストを見ている時もあった。
彼女を応援する気持ちが、私の中で大きくなっていた。
彼女の泣き顔は見てしまったが、そう言えば笑顔を見たことがないことの気付いた。
周りの学生は友達といて、よく笑っている顔を見ていたが、ひとりで通学している少女には、私が笑顔を見る機会はないのだろう。
本来なら、泣いている姿はもっと見ることのない顔だったはずだ。
そう思っていると、笑顔というほどではないが、少し和らいだ微笑みを見ることになった。
3月のうららかな日差しの日。
胸に華やかなコサージュを付けた少女が、はにかむように微笑んで空いている席に腰を下ろした。
降りる駅まで、その微笑みが消えることはなかった。
きっといいことがあったのだろう。
今までの頑張りが報われるような。
私の心も晴れやかな気持ちでいっぱいになった。
この日が彼女に逢える最後の日だと、少し悲しむ心と共に…。
少女は明日からこの電車には乗らずに、希望を胸に他の道を進むことなのだろう。
私は心の中で、その名も知らぬ少女に静かにエールを送った。
1日で2遍も投稿してしまいました。
楽しんで頂ければ幸いです。




