猫の手を借りた母
「あーいそがしいそがし」
「何が忙しいん?お母さん」
「あんたの体操服のゼッケンつけなアカンやろ?それから山ほどあるプリントのチェックして洗濯もん取り込んでアイロン。あー!?豚肉買うん忘れてもーた。お好み焼きできへんわー」
りさの母親は、いつも「いそがしいそがし」が口癖である。
「よし、今日は宿題も終わったことやし、私がお母さんの手伝いをしよ」
りさは腕まくりをしながら母親に声をかけようとリビングに降りて行った。すると、なんと猫が和室で洗濯物をたたんでいたのだ。りさは呆然となって立ち尽くしたまま動けなかった。猫の隣で母親がゼッケンをつけながら、「みーちゃん、ワイシャツはいつものようにスチームつけてアイロンしてくれたらいいで」と話しかけている。そして猫は言われた通りやっている。
”うちは猫なんて飼っていないし、いったいどこから?いやいや、猫がアイロンするなんて聞いたことないよ”と、りさ心の中で思いながら半信半疑で猫を見ていた。
「みーちゃん手伝いに来てくれてホンマうれしいわ。いつもありがと」
母親がみーちゃんとやら猫にお礼を言っている。
”あれは私の本当の母なのか…?”
りさは恐る恐る母親に声をかけた。
「お、お母さん…さっきから誰に喋ってんの?」
「ん?誰ってみーちゃんにやけど」
「みーちゃんて、ね、猫?」
りさは猫の方に目線を移した。
「そうやけど?みーちゃんはウチがいそがし時、助っ人で手伝いに来てくれんねん。助かるやろー。あれ?知らんかった?」
「は?なんで猫が?どっから来たん?」
「知らん。ウチが猫の手も借りたいぐらいいそがしわって言ったらみーちゃんがどこからともなく現れんねん。すごいやろ」
「いや、ちょっとおかしいから」
「みーちゃん、ちょっと来てみ?娘紹介するわ」
”にゃーん”
猫はアイロンをしていた手をとめて、りさの方に寄ってきた。茶色と黒の模様がある一見普通の猫だ。
「みーちゃん、娘のりさやで。よろしくな」
”にゃーん”
「ほら、あんたも挨拶せんとな」
「あ、あの。はじめまして。りさです。母がお世話になっています」
りさは混乱していたが、ごく普通の挨拶をした。
「みーちゃんありがと。これからウチ、豚肉買いに行ってくるから、アイロンの続き頼める?」
”にゃーん”
この会話いったい何なんだろう…とりさは思っていた。
「あ、ちょっと待って!お母さん?買い物行くってことは、私はこの子と留守番?」
「そやで。この子じゃなくてみーちゃんやで。ほな!」
母親はスーパーへ行ってしまった。
りさはアイロンをやっているみーちゃんにそぉーっと近寄ってみた。すると、
「あんたもアイロン手伝ってくれる?」
と、しれっと言ったのだ。
「しゃ、しゃ喋った!さっきまでにゃーんやったのに何で?しかも関西弁?」
「アタイはな、あんたのお母ちゃんを助けるために猫の手として貸してあげてんのやで。それにはじめましてとちゃうで」
「意味わからん意味わからん…」
「まぁええわ。これ、たたんでいって」
りさは首をかしげながらこの状況を理解できなかったが、言われるがまま、みーちゃんがアイロンをして、りさがたたんでいく作業を無言でどんどんやっていった。
「やっと終わった!」
「まぁ、今日は洗濯もん多かったからな。時間かかったけどお母ちゃんの助けになれてよかったわ」
「あ、あの。なんで助けてくれるんですか?」
りさは恐る恐る聞いた。
「ん?さっきも言ったけど、猫の手を必要としてくれるからや。深い意味はないで」
「いや、深い意味あるよ」
”ガチャ”
母親が買い物から帰ってきた。
「ただいまー。豚肉タイムセールで半額!ラッキーやったわ。おいしいお好み焼き作るわ」
「お母さん、洗濯物片付いた。み、みーちゃんが大体やってくれたけど」
「そらありがとさん。はい、ご褒美のアイス。みーちゃんは鰹節な」
”にやーん”
「にゃーんってかわいい猫みたいな鳴き声出して…いや猫か」
と、りさは独り言を言っていた。
りさはアイスを食べながらお好み焼きの準備をしている母親に聞いた。
「なぁ、みーちゃんて妖精なん?」
「は?猫やろ」
「でも猫やのに家事手伝うっておかしいやん?」
「猫はな、いそがし時助けてくれる立派な生きやで。あんた今まで知らんかったん?」
「知らんわ!」
「あんたが今着てるワンピース、みーちゃんがミシンで縫って作ってくれたんやで」
「はぁーー!?」
りさは、やっぱり母親の言うことについていけなかった。もしかして…母こそ猫?猫の生まれ変わり…まさか…ないない。りさはまたぶつぶつ独り言を言っていた。
鰹節を食べ終えたみーちゃんはいつの間にかいなくなっていた。
夜になり、母親とりさはお好み焼きを食べ始めていた。
”ガチャ”
「ただいまー」
父親が帰ってきた。
「お好み先食べてるでー。りさ、お父ちゃんのお皿とか取ってきて」
「私もお好み焼きひっくり返したり、焼いてる途中なんやから、食べてるだけのお母さんが取ってくればいいのに…あーいそがし」
りさはそう言いながら食器を取りに席を立った。その時、りさにスッとお皿とコップを手渡してすぐに消えた何かが見えた。
「もしかして、みーちゃん?」
と、りさが言った。
”にゃーん”
と言う返事がかすかに聞こえた。
「ありがとう!」
と、りさは大きな声でお礼を言った。
「今の?みーちゃんか?」
手を洗っている父親がりさの方を見て言った。
「え?お父さん、みーちゃんのこと知ってたん?」
りさが驚きながら聞いた。
「知ってるも何も。りさのおむつ替えしてくれてたわな?お母ちゃん」
「あ、そうそう、そうやったな。みーちゃんには長年感謝してんのやで」
「いったいこの家族、どうなってんの?まぁでも、猫の手を借りたいほどいそがし時に、ホンマに助けに来てくれる猫がいるっって素敵」
と、りさは嬉しそうに言った。
楽しくお好み焼きを焼いて食べていると、母親が冷蔵庫へビールを取りに席を立った。その時、りさは、一瞬母親のお尻に何か長いものが付いていたのを見たような気がして驚いた。それはもしかして、猫の尻尾だったのかもしれない。りさは、父親のお尻と自分のお尻も確認した。そしてりさはフッと微笑んだ。
「やっぱり」
りさは核心に触れ、自分もそうなのだと悟った。
最後までお読みいただきありがとうございました。日常を題材に、ペットとしてではない猫が家事を手伝うというおもしろおかしく書いてみました。笑える部分があれば笑っていただけると嬉しいです。