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冬のおくりもの

作者: 不二、

→各キャラ概要@1

田淵春子(たぶちはるこ)(36)特性は実直

「母性を奪われた女」

→@2

喜多夏彦きたなつひこ(17)特性は探求と逃避

「親友との絆を奪われた少年」

→@3

土山秋一つちやまあきひと(30)特性はカリスマと怠惰

「居場所を奪われた男」

→@補足

鉄冬(25)特性は無。(名前の読み:テツカズ)

「何かを奪われた青年」



 僕は劇的な人間でありたかった。幸福とも不幸ともとれず、環境に体を預ける毎日。歯車なんてもんじゃない。眼を閉じ耳と口を塞ぐ。鼻はそもそも詰まってるからまぁ、そのままで。どくんどくんと音が聞こえる。体の中から単調なメトロノーム。体から逃げ出そうとする囚人達のアンチテーゼ。生きている。ただ生きている。そこに喜怒哀楽様々な感情が溢れ、やがて消えゆく。でもそれじゃあ、だめなんだ。

だから僕は。



 私は母親のようになりたかった。強く気高く、時に優しい。法律なんかよりも圧倒的に正義だった。正しい正しくない、その判断に命を懸けていた。母は検事だった。正義と責任と愛でできている人間だった。一度の失敗でこの世界からいなくなるなんて思いもしなかった。・・・とにかく寂しかったよ。お母さん。私を愛するように自分自身を愛することが出来たなら、結果は違ったのかもしれないと今は亡き風景に問いかける。死にたくはない。

だから私は。



 俺はただ信じてほしかった。ただの言葉でいい。嘘でもいい。なのに君は信じてくれなかった。俺は何もしちゃいない。タクトとは友達だったから。親友だったから。・・・だからなにもしなかった。出来なかった。アイツの家庭事情を知ってるのは俺だけだったから。なら助けろって?ただの子供がよその家庭に口出せるとでも?・・・そんなの俺が一番わかってるよ。俺のせいだ。君にこの事を伝えなかった。三人でひとつの絆だった。脆くなかったからこそ修復不可なんだよな。タクトが死んでから三年が経ったけど、俺はひとりだ。

だから俺は。


 @@@は、何も望まない。

だから@@@は。


 「寒ぃ。」同じ季節の名前を持つ鉄冬はポッケに深く手を突っ込む。クシャクシャになったいつかのレシートが丸まっていた。鉄のような風が吹く季節。ここはイルミネーション色鮮やかな大通り。

・・・ふいに背後から声がした。

「すみません。」

「・・・」

「あの、すみません。」

「・・・はい?」

「道を教えてほしいのですが。」

「道?」

「@@駅までの道のりを。」

「ああそれなら、この道を真っすぐ行くと交差点があって・・・。」かくかくしかじか。

「ありがとうございます。」

「いえいえ。」

「・・・。」

「・・・。」

「メリークリスマス。」

「・・・え?」目の端に捉えていた人影を両目で探しにゆく。そこには何もいなかった。

「・・・あれ?」たしかにさっきまで人がいた。それは声が聞こえるからだけでなく、しっかりと両目で見ていた。会話をした。けれど・・・。

「@@駅なんて、知らねえや。」


キョロキョロと周りを見渡す。今日はやけに人通りが少ない。一組のカップルがべったりとくっ付き目前を通り過ぎる。うっすら聞こえる会話。

「映画良かったねぇ。」

「目がまだ赤いよ。」

「ちょっと!やだ、あんま見ないで。」

「いいじゃんよ。」

目障りな風景に耳障りな会話だなぁ。来年にはもう、別々の女と男連れ歩くんだろう。季節風邪のような恋愛。鉄冬は気味の悪い微笑を口元に浮かべていた。

背後から慌ただしく駆け寄る三人に気づいていない。

「あ、あの!」

「?」

「さっきサンタを見ませんでしたか?」

「は?」

「あいつに何か奪われたでしょ!!」

「はやく追いかけなきゃ!」

「なん、なんですか?」

「あいつは宝物を奪うんです。説明は後で、走りますよ!」

「はぁ?」その三人に急かされるようにどの方向へ行ったか、目的地はどこか聞かれながらとにかく一心不乱に走った。三人はすでにかなりの距離をダッシュしてきたようで呼吸は乱れ足取りも不安定だった。

「・・・はあはあ。何をされました?」

「そ、それがあまりよく覚えていなくて。」

「やっぱりか。はあ。」鉄冬を含めた四人は交差点の赤信号で急停止した。ひとりは腰に手を当てて、宙を見上げる。ひとりは腰を落とし俯いて激しく肩で呼吸をする。ひとりは座り込んでしまう。・・・鉄冬はクエスチョンマークが頭いっぱいに広がったまま、ぼーっと立ちぼうけ。さっき馬鹿にしていたカップルがくすくすと笑いながらこちらを見ている。

「ここからどこへ?」

「えーっと。」

「どこへ行くって言ってました?」

「・・・@@駅。」

「は?」

「え?」

「どこだそれ?」赤が青に変わり、通行可能となる。しかし四人は動けない。


「とりあえず状況を整理しましょうか。」推定三十代の男性が息を整え、そう呟いた。

「この近くにモスカフェがあるんで、そこへ行きませんか?」鉄冬を含めた3人はそれに従う。鉄冬は何か違和感があった。上着ではなくズボンのポッケを探る。あ・・・。

「さ!」他の三人は一斉に振り向く。「?」

「財布が無くなって、ます。」


「すみません、お騒がせして。」場所は変わり、モスカフェ。二階奥の角、テーブル席に四人はいた。店内はまばらに人がいる。少なくも多くもない。年齢のバラバラなこの集団はかなり浮いていた。

「良かったですよ。財布。」

「まさかカバンの中にあるなんて。」鉄冬の勘違い。盗まれたと思うには十分な状況だった。気のせいだった。鉄冬は何も盗まれてはいない。本人の認識範囲のモノは何も。

「・・・それでいったい何なんです?」鉄冬は素直に疑問を投げかける。

「そうですね。まずは我々の紹介から。」登場人物。簡単な紹介。

土山(30)男。話まとめ役。ちゃんとした社会人の服装。ブラックコーヒー飲み。会社員。

春子(36)女。話調整役。ちゃんとした社会人の服装。レモンティー飲み。元保育士。

ナツヒコ(17)少年。黙っている。黒々とした服装。コカ・コーラ飲み。学生。

ちなみに鉄冬はファンタグレープ飲み。

「始まりは僕からでした。」土山が喋る。

「一般的にイメージするサンタクロース。それが街を歩いて僕に声をかけてきまして。」

「とあるバス停に行きたいと。」鉄冬と同じ状況だった。ただ、見た目が赤と白ひげを蓄えたおじいさんであったというのは異なる。はっきりと記憶があるわけではないが、サンタというには役不足な人であった気がする。土山はさらに喋る。

「そのバス停はすぐ近くで、そこを教えると感謝を述べて、最後にこう。」

「メリークリスマス。ですね。」鉄冬はここぞとばかりに声を出した。

「そう。そのあと、ふっと記憶が曖昧になり、何かの喪失を感じたんです。」

「何か?」

「僕は、居場所を失った。」土山ははっきりと、そう答えた。

「・・・居場所って、どういう?」鉄冬は問う。

「家と仕事場、故郷や友人。生活圏の記憶が一切無いんです。」土山は震える手を抑えながら、そう言った。

「そんな馬鹿な。」信じられない。現にこうやって普通に会話できているじゃないか。

「事実です。名前と生きてきた知識はあるけれど、自分が何者でどんな仕事をして、今日ここにいる理由も分からない。ごっそりと抜け落ちているんです。」

「スマートフォンは見ましたか?」

「手元にはないです。」

「なら財布に」

「現金が3万4000円。身分証は無く、ポイントカードなどもありません。」

「現金のみ?」

「ええ。」

「・・・。」言葉が出なかった。

「その直後、僕はサンタ風の男が何か知っていると思いました。」

「・・・。」

「そして目的地のバス停に向かうと彼に出会った。」土山は、視線をナツヒコへ向ける。

「ナツヒコくん、僕が話していいかな?」ナツヒコは頷く。

「彼は彼で道を尋ねられ、それを教え終わった後だった。」ナツヒコは伏し目がちにジュースを飲む。

「僕が近づくや否や、彼は大声で叫んだ。」土山はその風景を皆に伝えても良いか、目で合図する。ナツヒコはこくんと頷いた。

「返せ!とね。」土山の状況再現であっても、解像度は高いと思った。ナツヒコ少年の必死さがひしひしと伝わる。

「ナツヒコくんは何を奪われたの。」鉄冬は聞く。

「・・・・・友達。」なんでも昔からの幼馴染との絆、思い出が無くなったというのだ。

「その友達に連絡は?」聞こうとする鉄冬に土山が代わりに答える。

「色々と聞いたのですが。どうも、その手段が無くなったようなんです。僕と同じで。」

「そこで、僕の居場所もサンタに奪われたことを確信しました。」鉄冬は頭の芯が急激に冷える感覚があった。絶大な宝物を奪われた彼らと同じように、何かを奪われたのではないか。それを知覚していないだけでそれはもう、致命的な・・・。

「あの、大丈夫ですか?」土山は心配そうにこちらを見ている。

「ええ、大丈夫です。」考えても仕方がない。

「ついてこれてますか?」三人目。春子は事態の非現実さに一人置いていってしまう心配をしているようだった。

「ええ、なにせ自分自身も何か奪われている可能性が有りますから。」鉄冬は少し微笑んで見せた。

「俺の・・・大事な友達なんだ。」ナツヒコは弱く声を発した。その目には涙が滲んでいた。この非現実を嘘と呼ぶには覚悟がいる。鉄冬はこれが盛大なドッキリである、という救いを期待しながら話を進める。

「ナツヒコくんが教えた目的地に、次は春子さんがいたという事ですか?」

「そうです。」土山が握っていた会話のバトンを春子が握る。

「私も全く同じ、道を聞かれ答えた。その後、喪失を感じサンタを見失う。」なんだろう。鉄冬は春子さんの会話の中に怒りを感じた。いったい何を、奪われたというのか。

「その、サンタの見た目はどうでしたか?」鉄冬は問う。

「あのサンタです。赤と白い髭のおじいさん。」春子さんはそう答えると、ナツヒコにも同じ質問をした。同じ答えだった。・・・鉄冬だけが異なる風景。これは。

「どうしました?見た目が何か?」土山が鉄冬に問う。

「いえ、気になったもので。そんな人間、注目の的になるだろうに。」

「そうですね。ふっと現れ、ふっと消える。それを見て不思議がっている人はひとりもいないんです。僕たち以外は存在にすら気づいていない様だった。」

「・・・ほう。」鉄冬は脱線した会話を元に戻そうと、曖昧な返事をした。

「それで、春子さんは何を奪われたんです?」こぶしを固く握りしめ春子は言う。

「・・・娘です。」その目には殺意に近い感情が表れていた。ここから先は引き返すことのできない闇を感じる。恐る恐る鉄冬は春子の娘について問う。

「娘さんに関する記憶がない、ですか?」

「ええ、その通りです。」

「名前も、顔も?」

「・・・。」

「父親は?」

「いません。」春子は断言した。ひとりで育てる母の強さを表していた。

鉄冬は情報を整理する。

居場所を奪われた男。

友達を奪われた少年。

娘を奪われた女。

何かを奪われた自分。

道を尋ね、その感謝として宝物を奪うサンタクロース。やはりここが怪しい。それでは逆サンタクロース。なのにサンタクロースだったと、三人は言う。本当に?

「本当に、奪われたんですかね。」ふっと言葉が漏れてしまった。春子さんの顔が険しくなる。失言だった。

「どういうことですか?」怒りがこちらに向く、そんな気がした。

「た、例えば、父親の方に親権が渡って、娘と離れ離れになってその現実から・・・。」

「現実逃避の妄言だと?」いまさら何を言っているんだ自分は。精神病のようなものではサンタクロースの説明がつかない。現に鉄冬も出会っている。

「まあまあ、落ち着いて。ここは状況の整理が目的なんです。」土山が制す。そして。

「春子さんがサンタに教えた場所があなたのいた大通りなんです。あなたはまず誰なんですか?」あ、そういや名前を名乗っていなかった。ボクは・・・オレは・・・ワタシは。

「鉄くずの鉄に春夏秋冬の冬。鉄と冬。それでテツカズと言います。年齢は25です。」

「つかぬことをお聞きしますが鉄冬さんあなたは、性別はどちらで?」

「は?どちらも何も男ですよ。もちろん・・・。」頭にノイズが走る。あれ、なんだ?

「ちょっとすみません。」鉄冬はトイレに行く。少し前の出来事を思い出す。カップルに感じた嫌悪。それがどちらに向けられたものか、正確に知覚できない。そして、言葉を発するさいの一人称がどれでもない感覚。俺でも僕でも、私でも、我でも。奪われたのは。

トイレに鍵をかける。ズボンを下ろす。

「・・・っ!」鉄冬は絶句する。そこには男性器も女性器もどちらも無く、なんというか。

つるんとしていた。


性別を奪われた鉄冬。気がつけば全裸になっていた。

例えるならばウルトラマンのソフビ人形。主なパーツは男性のようだが、不確定要素が多い。

自称の喪失。両性具有ではなく、両性具無。鏡を見る。これが自分?そこそこ整ってる顔。そうじゃない、これは致命的だ。誰なんだいったい。思考が定まらない。考えようにも無いものは無い。ここはあの三人の問題を解決することで自分を取り返すしかない。後回しだ。三人のもとへ戻ると、飲み終えたものを返し、動く準備を終えていた。

「どうしたんですか?」

「いつまでもこうしてるわけにもいかない。」

「@@駅の手掛かりを探しに。」

「・・・。」

「あの、それなんですが。」スマホのマップを見せる。検索結果はありません。

「どうやら、そんな駅無いみたいです。」鉄冬は自分に起こった異変を悟られぬように話す。

「なら、サンタにはもう・・・。」ナツヒコは悲嘆にくれる。

「この辺りをひたすら探すしかないですね。」土山は大人の強がりを見せた。

「・・・・・。」春子は何か言いあぐねているようだ。

「何かありますか、春子さん。」鉄冬は問う。

「ひとつだけ、娘について覚えている事が有るんです。」

「それは?」

「・・・場所です。」それは大事な場所だという。娘との思い出。よく行っていた公園とか、学校ではないかと春子さんは言う。しかし、ここからでは少し遠い。今日は近くのホテルに泊まることにした。それまではこの辺りをくまなく探したが、サンタは見つからなかった。・・・次の朝。目的地へ。サンタに奪われたものを取り返すきっかけを探す。その大事な場所に娘がいれば良いと思った。そう願った。・・・そこは、墓地だった。


「・・・・・。」絶句。周りに人は無く、人工石の整列。墓地。

「・・・あぁ。そんな。」春子さんは何かを見つけて、膝から崩れる。

「大丈夫ですか?」これは予想した中での最悪だった。娘さんはもうすでに。

「・・・嫌ぁ。嘘だ!嘘嘘嘘嘘・・・。だって!」(田中恵之墓)その墓石はまだ綺麗で、艶があり本日晴天も相まって輝いて見えた。鉄冬は春子さんの傍でただじっと現実を見つめるしかなかった。土山とナツヒコは状況を察し、少し離れたところからこちらを見ていた。

「なんていうか、その・・・。」

「・・・。」沈黙。

「思い出せましたか?記憶を。」非情であることは分かっている。しかし聞かなければ、先には進めない。すると、思っていなかった返答が帰ってきた。

「少しは思い出しました。違うんです。これはそういう絶望じゃない。」春子さんは冷静さを保っていた。

「どういうことです?」

「苗字が違うんです。」

「え?」

「だって、私は田淵春子・・・。」そんな中、近づいてくる人がひとり。何だろうと思う暇も無く声が聞こえた。

「あの、田淵先生ですか?」その人は高身長で黒一色の服装ではあるが、清潔感ある大人の男性であった。眼の下にクマがあり、陰りがあった。

「?」春子さんは目をギョッとしたまま静止していた。鉄冬は代理として会話に参加した。

「こんにちは、どちらさまですか?」

「ああ、僕は恵の父です。」

「恵?」

「そちらの・・・。」と、目線を向けたのは例のお墓だった。

「ということは、春子さんの旦那さんという事ですか?」

「・・・それはどういう?」「ああ、違います違います。すいません、変な子で。」春子さんが間を割り言ってきた。・・・変な子って。

「お久しぶりです。田中さん。」春子さんは後ろで手を強く結び、動揺を悟られないようにしていた。

「ええ、そうですね。そちらはご友人で?」

「あ、まあ、そうですね。」

「もうあれから三年ですか。早いものですね。」

「ええ。」後ろ手が震えている。記憶が戻る恐怖を抑え込めない。

「妻とは長らく別居状態でしたが正式に離婚が決まりまして。」

「そうなんですね。」

「田淵先生には大変ご迷惑をおかけしました。」

「・・・いえ。」おぼろげな記憶が浮かび上がってくる。膝がガクガクと震えている。

「三年も経つと、もう誰も覚えていないんじゃないかって。」黒服の男は眼に涙を溜めて口をへの字に曲げている。その顔は大人の強がりとも、子供の面影ともいえる。

「・・・。」春子さんも悲しみが伝染する。

「今日があの子の命日で、そして誕生日だった。」

「・・・。」

「先生には、感謝してるんです。」

「田淵先生だけがあの子をちゃんと見てくれていた。なのに、責任は先生ただ一人に。」

「・・・。」春子さんは輪郭がはっきりしてくる風景に今は恐れていない。

「恵はよく言ってたんですよ。母親は先生が良かったって。」涙がこぼれるように吐き出したその思いは田淵春子の宝物を色付けていく。



三年前の今日。田淵春子は保育士だった。いつも迎えの遅い恵と共に過ごす誕生日。今日は特別な日だからと春子に黙って一人で家に帰ろうとした。それは子供ながらの強がりだったのかもしれない。・・・恵は車に轢かれた。即死だった。田淵春子は責任を問われた。その保護者会において春子の味方は居なかった。春子はそんなこと辛くは無かった。恵を失ったことを超える哀しさなんて無かったから。恵の父親は仕事を夜遅くまでしているため迎えに来れないのは仕方が無かったが、母親は違った。単純な育児放棄。その母親が保護者会の先頭に立ち、泣き真似をしてまで被害者を装う。愛する我が子をどうしてくれるとうそぶく大人に田淵春子は、もうどうでもよくなった。

田淵春子は保育士ではなく、母親でもない。



「・・・そうですか。」春子さんの目から涙がこぼれた。恵の父親も泣いていた。死んでしまったら帰ってくることは無い。これから先も絶対に。大人ふたりが顔をグシャグシャにして泣いているその風景は、何よりも醜くて何よりも「本物」だった。しばらくはふたりきりにしておこうと、鉄冬はその場を離れた。

宝物を奪うサンタクロース。春子さんは宝物を奪われたのではなく、宝物を奪われた過去を奪われた。・・・いや。そもそも奪われていない。過去に触れて、思い出しただけだ。


「鉄冬さん。春子さん大丈夫ですか?」土山が心配そうに聞いてきた。

「ええ。大丈夫です。もう大丈夫。」

「あの男の人は?」

「春子さんの宝物のかけらみたいなものです。」

「はぁ。」

「しばらくしたら、帰りましょうか。」帰る居場所の無い土山が言う。

「そうですね。」「・・・・・。」ナツヒコは何か言いたそうだった。

「ナツヒコ君、どうかした?」

「ここ、来た事ある。」

「ええ?ここに?」

「たぶん、こっち。」そう言いながら、春子さんのいる場所とは少し遠い墓地へ。


「ええ!そうだったんですか。そもそも娘さんじゃなかったと。」道中、田淵春子の話。

「でも、同じくらい大切なものを失っていた。」

「じゃあ、サンタに出会った時の喪失感というのは、一度あった喪失の再認だった?」

「そうかもしれません。」

「なら、思い出したくないほどの喪失を僕たちは持ってるのかな。」

「どうでしょうね。」鉄冬はふと、ナツヒコの宝物を振り返る。友達。

・・・ナツヒコの足が止まる。

「確か、ここ。」と、ひとつの小さな墓石の前に立つ。(加藤家之墓)

加藤家?何をしにナツヒコはここに来たんだろう?

「・・・何かありますね。」土山が見つける。それは、白い型紙に寄せ書きのようなものが書かれている。

「あ・・・。」ナツヒコは固まっている。寄せ書きは真ん中に送る相手の名前が大きく書かれていた。(タクト君へ)寄せ書きには天国へ行っても・・・とか、来世でも友達で・・・とかが書かれていた。どうやら、亡くなっている様だった。

「ナツヒコ君、これ・・・。」ナツヒコの顔を覗く。明らかに顔は青ざめ、目が泳いでいた。そして。

「俺じゃない。俺じゃない。違う違う違う・・・。」このままだと気が触れてしまうほどに首を横に揺らし、ぶつぶつと呟いていた。

「ナツヒコ君!しっかり!」

「落ち着いて!」鉄冬と土山で両肩を支える。ナツヒコの身体は、細かく震えていた。


墓地を離れ、近くの公園へ。そこには三人の子供が砂場で遊んでいた。


「・・・ゆっくり飲みな。」合流した春子さんが温かいお茶を飲ませている。顔に涙の跡があるがすっきりした顔。

「何があったんですか?」春子は問う。

「おそらく友人の墓を見つけたんだと。」

「ナツヒコ君もですか。」春子は心配そうに言う。

「春子さんの方は・・・。」

「私はもう大丈夫です、こう見えても一番年上ですし。」笑ってみせた。

ナツヒコは、その笑顔を受けて話し始めた。

「・・・おれは、親友を殺しました。」



喜多夏彦は中学二年生だった。体は小さく細かった。いじめられたりもした。でも、中学生なんてものはすぐに立場が変わる。一つ上の先輩に気に入られ、いじめる側へ転じた。二人の親友がいた。リョウとタクトだ。小学生からの親友で、立場がどうなろうとも親友だった。いじめが酷い時は本当に助けられた。いじめっ子を復讐のようにいじめ返すとき、彼らとは疎遠になっていた。俺は裏切られた気がした。一緒に復讐に付き合えないなら、もう絶交だ。お前たちなんて大嫌いだ。そんなことを言ってしまった。そんなある日、タクトが屋上から飛び降りた。数日後、リョウは不登校になった。俺の代わりにリョウがいじめられ、タクトの家庭事情が年々悪化していたことも俺は知っていた。辛い時に、助けてくれた親友を俺は助けなかった。裏切ったのは、俺だった。・・・タクトを殺したのは俺なんだ。

現在高校二年生、喜多夏彦に親友はいない。



「だから、だから・・・全部俺のせいなんだ。」ナツヒコは目を真っ赤に腫らしているが、泣いてはいない。ナツヒコは被害者ヅラをやめた。宝物を奪われたのではなく自ら放棄した。

「・・・・・。」春子さんは黙ってナツヒコを抱きしめた。鉄冬と土山は、肩に手を置いた。

しばらくした後、春子さんは提案した。

「会いに行くよ。ふたりに。」

「え・・・?」

「まずは、リョウ君に会いに行こう。」春子さんは本来の明るい性格を過去と向き合い、取り戻しつつあった。取り戻すというか変化だね、これは。

「でも・・・。」ナツヒコはまだ、理解できてない。

「それから、ふたりでタクト君のお墓参りに行く。」

はっきりとした口調。言葉に覇気が宿る。

「・・・俺なんかが。」ナツヒコが弱気になると、すかさず。

「さっさと立て!」春子さんは叫ぶ。砂場で遊んでいた三人の子供が何事かとこちらを見る。

「春子さん・・・そんなに言わなくても。」土山。

「大人ふたり!」春子さんは鉄冬と土山を睨みつける。

「あなたたちは、ナツヒコ君のサポートをお願い!主に交通費。」

「・・・はい。」土山&鉄冬。そうして、田淵春子の強さによってリョウという少年に会いに行くことになった。


ピンポーン。住宅街の一角。引きこもりを匿うには良い家だ。

「・・・はい。」

「あ・・・」

「もしもし?」

「き、喜多。」

「はい?」

「喜多夏彦です。リョウくんいますか。」

「・・・え?ナツヒコ君?あら!」なにやら、インターホンの向こう側でドタドタしている。

「ちょっと待っててね。絶対連れてくから。」切るや否や、大きな声でリョウ!!!降りてきなさい!!!と、家から声が漏れていた。・・・しばらく後、ドアが開いた。

鼻先までギトギトな髪の毛で隠れた少年が現れた。見るからに外出をせず、肌は不健康な白色だった。

「・・・リョウ。」

「・・・。」

「ごめん。」

「・・・。」

「・・・ごめんよ。」

「・・・。」

「え、っと、許してくれとは思わない。」

「・・・。」

「でも、このままは嫌だ。」

「・・・。」

「全部、俺のせいなんだ。都合の良い時だけ仲良くて。余裕が出来たら知らんぷり。」

「・・・。」じっと下を向いたまま。

「・・・一緒に。一緒に。」夏彦は少し離れたところにいる春子さんに目配せする。それに対し、無言で睨みつける。日和ってるんじゃないと。

「一緒に、タクトの墓参りに行こう。」ぐっと距離を近づき言う。真夏のような汗をかいていた。

「・・・。」リョウは涙目で顔を上げた。と、同時にナツヒコの顔を思いっきり殴った。

しかし、それは失敗に終わった。長い引きこもり生活によって落ちた筋力と根っこの心優しさでこぶしは鼻先を掠めただけだった。

「・・・くすっ」

「・・・はは。」二人はぎこちなく笑った。笑ってしまった。

「あはははは!」大きく笑うナツヒコ。

「くくくっ!」控えめに引き笑うリョウ。

三年ぶりの親友。殺意のような憎しみと数えきれないほどの楽しい思い出。ほんのりとした照れや恥ずかしさ。それらが複雑に絡み合い、ふたりの少年は笑っていた。握手やハグとも違う純粋な仲直り。鉄冬は何だか体の温まりを感じ、春子さんと土山さんの二人は30代の汚い泣き方でごまかし泣いていた。・・・大人ってそういうところ嫌だなぁ。

喜多夏彦は親友を取り戻した。

ひとりでは抱えきれないモノもふたりなら。


それから、リョウ君の家で少し休ませてもらい、また墓地へと向かった。ナツヒコとリョウはまだまだ三年の照れは消えず、気まずい空気ではあったが、春子さんが保護者役兼仲介人として話しかけていた。鉄冬と土山、こちらはこちらで仲良くなりつつあった。

現在バスの中。

「土山さん。」

「どうしました?」

「分かりましたよ。」

「・・・何が?」

「サンタが何をしたか。」

「・・・え?」

「サンタという存在は摩訶不思議で理解不能ですがね。僕たちは何も奪われていない。」

「・・・どういうことです?」

「何かを奪われた。そしてそれを取り返す。その想いは奪われたものによって力が増す。」

「ええ。」

「今回の場合。何かは奪われる以前にもう、亡くなっていて。」

「・・・。」

「もう無いものを取り返そうとは思わないでしょ?」

「・・・そうですね。」

「サンタは宝物を奪ったのではなく。」

「諦めた宝物を取り返そうとする動機を与えたんじゃないかな。」

「・・・なら僕は。」

「どうかしました?土山さん。」

「いえ、何も。いやあ、鉄冬くん。その考えで合ってると思うよ。」

土山さんの表情はどこか寂しく、不思議な四人組のお別れを感じざるを得なかった。



土山秋一は中小企業の社員だった。高校を卒業して、大学へは行かず就職した。周りに迷惑をかけずに生きていこうと、それが人として真っ直ぐな生き方だと思ったからだ。しばらくして高校時代の同級生と結婚した。祝福されて幸せだった。四年が経って子供が生まれた。元気な男の子だった。すくすくと育った。この子のためなら、もっと仕事を頑張ろうと思った。それが、周りに迷惑をかけない生き方だと思ったからだ。

そして、ある日。自分の人生に、自分がいない事に気がついた。嫌われないように。祝福されるために。・・・幸せになるために生きてきた。そしてこれからも。

高校時代。僕は演劇部で、色々な役を演じたりした。それは本当に楽しかった。でも、何か評価されるわけでもなく、お金にもならない。だから辞めた。

今演じている自分自身、土山秋一が今までで最もつまらないキャラクターである。

・・・居場所は。そもそも無かった。



ナツヒコとリョウ、田淵春子は二度目のお墓参り。土山秋一と鉄冬は公園待機。喜多夏彦はこれからリョウの家で晩御飯を共に食べるらしい。田淵春子は田中恵の父と会ってこれまでの謝罪とこれからを話すとの事だった。

・・・残った二人。居場所無き男と性別無き人間。

「土山さん。はい。」

「ああ、ありがとう。」自販機のホットコーヒー。両手を温める。

「土山さんは、演劇部だったんですね。」

「ええ、これでも部長だったんですよ。」

「へえ。」同じく鉄冬も両手で包む。

「そういや、鉄冬くんは何を?」

「え?」

「サンタに出会ったでしょう?」

「ああ。ぼ、うーん。自分は。」

「言いにくいなら無理しなくとも」

「いえ、言います。」話の終わりが近づいている。鉄冬は言った。

「性別、です。」

「・・・性別?」

「男なのか女なのか。そもそも誰なのか。」

「それは。」土山は動揺する。サンタは何も奪っていないのならば。無いものを取り返す動機を与えられたとするならば。・・・これはいったい。

「見せましょうか。」

「・・・え?」

おもむろに鉄冬はズボンを脱いだ。その勢いのままパンツも。

「ちょちょ、ちょっと!」

「ほら。」土山はちらっと下半身を見た。・・・何もない。

「あ。」

「なんなら触ってみます?」

「いいです。早くズボンを履いてください。」

「はい。」もたもたとズボンを履き直し、土山の横に座った。


「それって、どういう事なんでしょうか。」

「そういうことですよ。」鉄冬は平然と言う。

「僕たち三人とまた違うサンタが・・・。」

「違います。」

「え?」

「鉄冬はそもそも、人間ではない。」鉄冬自身が断言する。

「いや、性別が無いだけで・・・。」

「性別の無い人間なんていないですよ。」きっぱりと言う。

「同性愛とか、いろんな性別が有るように。」

「あれは立場の問題で、男女どちらも皆無な人間なんていない。」

「じゃあ、君は。」

「・・・・・。」沈黙。

「土山秋一。あなたが居場所を取り返そうとするなら。それはどこにありますか?」

「え?居場所・・・だから、ここから遠い地方とか?」

「そこに居場所が?」

「・・・。」

「あなたは田淵春子、喜多夏彦と根本的に違う。」

「・・・。」

「居場所という抽象的な概念。」

「・・・じゃあ、僕は何でそのようなものを無くしたと?」土山は苛立っている。

「あなたは取り返したいのは居場所じゃない。あなたは過去の選ばなかった、選べなかった選択を取り返したいんじゃないですか。」

「・・・・・!」

「いろんな言い方ができる。夢だとか後悔だとか、余白とか。」

「・・・でもそんなもの。どうやって?」

「そのために、僕がいる。」鉄冬は一人称が定まった。

「だから!どうやって。」

「あなたは人生の中に自分がいないことに気づいたのは何歳だ?」鉄冬は問う。

「結婚した時。」

「それは何歳?」鉄冬は問う。

「25だったかな。」鉄冬は25歳。男。

「その時に気づいたんじゃない。」

「・・・何が言いたい?」

「自分を捨てたのはお前だろう!」鉄冬は叫ぶ。

「・・・。」

「燻る炎が残るなら!」

「心が折れ切っていないなら!」

「簡単に辞めたとか言うんじゃねえよ!」

「・・・・・。」土山秋一は眼を閉じ、耳と口を塞ぐ。鼻は元々詰まっている。

「・・・・・。」土山秋一は蓋をした過去を、もう一度。もう一度。

「・・・・・。」土山秋一はもう、若くは無い。

「・・・・・。」しかし、年老いてもいない。

「・・・・・。」決断の時だ。



「・・・あのさ、まだ間に合うかな?僕みたいな・・・。」眼を開け、耳と口を開放する。

そこに、鉄冬はいなかった。冷めた缶コーヒーのみを残して。


鉄冬テツカズは。土山秋一が高校時代演じたキャラクターの一人である。夢を追う青年、冬のお話。土山秋一の過去である。土山秋一が最も好きなキャラクターである。

鉄冬は人間ではなく、そもそも実在しない。


「寒ぃ。」土山秋一は、冬が苦手だった。寒いと直ぐ鼻が詰まるから。

「えーと。」カバンから財布を取り出す。2,085円。まあ、とりあえず何とかなるか。

これからの事、家族の事、職場。色々恥をかくし愛想尽かすかもしれない。それでも。

「あ。」即座にズボンへ手を突っ込む。さらにパンツへ。

・・・付いてるな。ちゃんと。

ありがとうございました。外は寒くなってまいりましたが、身体に気をつけてお過ごしくださいませ。

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