第十六話〜第十八話
第十六話
ぼた餅を供える隧道守。これだけ確実な情報なのだからと、ひたすら向かって来たが、さすがに遠過ぎる。
それでもやっとの思いで、新潟市に入り、ここからは国道8号、17号と走って、長岡市を目指した。
途中のコンビニのトイレで着替え、一晩明かしたが、どのコンビニも駐車場が広い。自転車を倒して枕がわりにして休んだ。
地図を確認すると、長岡市に有るとは言っても、隣の市とほぼ近い。
国道17号をそのまま進む事にした。山の中の古志高原を一旦目指す。
中山隧道。
日本一長い手掘りトンネルそうだ。今では、すぐ隣にトンネルが作られて、車道になっているらしい。
小千谷市から東の山に向かう国道291号。
目的地はまだまだだった。延々と続く山道。車が次々と追い越していく。
古志高原の標識がようやく出てきた。しかしまだ距離は有る。
クネクネとした道なりに進む。鯉を模した看板が目に付く。後から聞いた話だと、鯉の養鯉場が多いらしかった。
古志高原スキー場右折の標識を横目に、少し走るとトンネルが見えてきた。
着いたか……と思っていたが、近付いて来ると別のトンネルだった。山古志トンネルとある。
肩を落としたが、気を取り直し、そのまま自転車を進めた。
トンネルを抜けた先の神社で、水筒に水を補充して再スタート。
神社で聞いたところ、この先3、4ヶ所のヘアピンカーブを上がらなくてはならない場所が有るそうだ。
しっかり頑張ってと励まされた。
確かに、来てみれば、心臓破りの坂ならぬ、心臓破りのヘアピンカーブだった。
半分は上がったが、それが限界で、自転車を押して歩いて上がった。
きついカーブは無くなったが、それでも登りは登り。
体力的に自信が無い小次郎には、ゆるい登りもきつかった。
こんな山奥だが、民宿も有った。神社も2ヶ所見付けた。
後に見付けた神社で休憩する事にした。
おなじみのコンビニおにぎりと水筒の水。
米どころ新潟のおにぎりだけに、気分的にも美味かった。
出発の時、鳥居を見上げる。神明神社とあった。
あ、前に見付けた神社も神明神社だった。
(同じ神様を祀っている神社なのかも知れないな。)
そう感じながら自転車に跨る小次郎。
(登り坂に集中しすぎて祠を探している余裕は無かったな……。隧道守の方には会えるだろうか……。)
第十七話
神社から国道に出て1500メートル程走った所にそれはあった。
新しく開通したトンネルと、古い手掘りの隧道の間に、石で作られた小さな厨子があった。小さいながら、扉まで有って立派だ。
中には、お札が有り、手前にはお供え物を置く所。全て石で拵えてある。
ぼた餅もきちんと供えられていたのを見て、小次郎はほっとした。
(ここでも守師の方に会って、お供え前のぼた餅を頂かなきゃ。)
自転車は邪魔にならない様に倒して置き、側の石に腰掛けた。
しばらくスマホを見ながら時間を潰していたが、やはり誰も現れなかった。
今日の夜明かしは神社まで戻って休ませてもらう事にしよう。
自転車を起こし、休憩した神社まで戻る事にした。社務所に尋ねてみよう。何か聞けるかもしれない。
神明神社まで戻ってきた。
もう時間は8時を回っていた。社務所の灯りがまだ付いていたので、ドアチャイムを押した。
ドアホンで応答せずに、玄関先まで出て来てくれた。
「夜分にすみません。急ですが、今晩ここで休ませて頂けないでしょうか?あそこの自転車を倒して寝かせて頂くだけで良いのですが。」
「それは一向に構いませんが、風邪など引かぬ様にしてくださいね。」
「あ、あのそれから、1つ伺いたいのです。中山隧道の脇の石で作られた厨子に供えられたぼた餅についてなんですが。」
「ご覧になったんですか?」
「はい。ぼた餅をお供えする方に会いたくて、日暮れまで側にいたのですが、誰も来なくて、今日はこちらで夜明かしをと伺った次第なんです。」
「主人はここの神主です。妻の私は隧道横の厨子にぼた餅をお供えしています。」
「奥さんは隧道守……ですか?」
2人の会話を聞きつけて、奥から神主さんも玄関先に出て来た。
「こんな時間にどうしたんです?」
「この方が一晩夜を明かしたいと。守師をご存知の様で、隧道の厨子の前で待っていた様です。」
「茨城から守師の方を訪ねて旅してます。ぼ、僕、南沢と言います。」
「ほう。守師をご存知とは。」
「実は、平泉の、ぼた餅の御柱守の藤原さんからお聞きしまして、話が聞けるかもしれないと。」
「藤原……さん。藤原……あぁ私は小林と言います。藤原さんとは、昔向こうの祭りで出会いました。そうでしたか、藤原さんはお元気でしたか?」
「はい。一晩お世話になり、お供え前のぼた餅を頂きました。」
「ぼた餅を?それはまた妙ですね。南沢さん、もしかしてお札の呪いに見舞われてしまいましたね?」
ぼた餅を盗み食いした挙句の事に恥ずかしくなり、俯いたまま言葉に出ない小次郎。小林さんは、それを察してか、
「まだお供えしに行くには3日程早いのですが、明日朝、用意します。召し上がってお帰りください。」
「あ、ありがとうございます。では明日、また伺いますので、今晩はあそこで夜明かしさせてください。」
「いやいや、南沢さん。ここで寝てください。布団の余分が無くて申し訳無いが、寝袋か何かお持ちでしょ?」
小林さんは、応接間の様な部屋を勧めてくれた。
小林さん夫婦はもう休むのだろう、奥へ行ってしまった。
(小林さんから何か聞けるかな?同じ守師を知っていたら紹介してもらおう。場所がどんなに遠くても、それが1番近道な気がする。)
第十八話
翌朝、小次郎は外の鳥のさえずりで目が覚めた。
小林さんがやって来て、
「おはようございます南沢さん。家内がもう少しでぼた餅が出来上がるからと言ってます。顔を洗うのにこちらの洗面台をお使いください。」
小次郎が歯磨きと顔を洗い終わると、小林さんの奥さんがぼた餅を持って部屋へ来た。
「南沢さん。お供え前のぼた餅です。お召しになってください。お札が戻れば良いのですが……。」
ぼた餅を1つ渡すと、残りを持って出て行った。直ぐにバイク(スーパーカブ?)の音。
「頂きます。」
ぼた餅は一般的な大きさ。粒あん(つぶしあん)で美味かった。
それを食べ終わると、またもフラッシュバックだ。
交差点を上空から見ている。パトカーが2台。そこへ救急車が1台やってきて、映像はまた白くなり、元の視界に戻った。
食べ終わって、ボーッとしていたからか、小林さんが声を掛けてくれた。
「南沢さん、大丈夫ですか?残念ながら、お札は戻りませんでしたね。」
「でも、ぼた餅を頂く度に何か分からない、映像が見えるんです。今回で3度目になります。」
「そうでしたか。3度目……。もしかすると、回を重ねればお札が返って来るかも知れませんね。ここへ来る前にも守師がおります。祠守です。川のほとりに有る祠にぼた餅をお供えしている古い方。普段は養鯉場を営んでいます。新幹線を超えたところに、小杉さんという方がいます。向かって右手に有ります。祠は向かいの川のほとりです。お会いできるかも知れませんよ。あと私が知っている守師は……ここからは遠いです。南沢さん、メモ出来ますか?」
小次郎は慌ててスマホを取り出し、メモを開いた。
「すみません、お願いします。」
外でバイクの音。奥さんが戻った様だ。
「詳しい住所は分からないんだが、長野県岡谷市の南、諏訪湖のほとり。水門を代々お守りしている守師の話を聞いた事が有る。釜口水門といって、地元じゃ有名な水門で、祠だかお厨子だかは定かでないんだがね。名前は……おーい。諏訪湖の水門守の名前は何と言ったかな?」
戻ってきた奥さんが答えてくれた。
「確か片山さんだったと思いますよ。」
「そうだそうだ。片山さんという名だ。南沢さん。諏訪湖の北西に有る水門だから分かると思うが、果たして会えるかどうかは保証しかねるよ。水門の北側に緑地が有るが、そこで待つしか……。」
「分かりました小林さん。まずは一旦小杉さんにお目にかかってから、次を決めます。色々とありがとうございました。」
小次郎は社務所を出て自転車に駆け寄る。
小林夫妻が見送ってくれた。
(新幹線を越えてまもなくだ。時間は掛からなくて済みそうだな。コンビニで食料補給して向かうかー。)