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勇者パーティとして役目を終えた賢者のエンドロールは石像のせいで静かに終わってくれないらしい

作者: 紙村滝

まだ剣と魔法があった頃、ある国の目抜き通りから一本入った所に小さな本屋がありました。店長はなんとこの国の英雄勇者の仲間の賢者なのです。店は皆から愛され繁盛店となり店主は大層豊かになったとさ。めでたしめでたしー


「という願望が僕にもありました」


そう呟き、僕ことミコト・ホメロスは薄暗い店内を眺めた。ここは書店『イリアス』王国で数少ない書店である。


しかし壁いっぱいに並ぶ本棚にも店内を二分するように立つそれの前にも生命体は見当たらない。


「寂しいくらいに誰もいないな」


開店してから数時間、誰も来ていない。


まあ本屋なんてね、本が好きじゃない人からすれば空き家と同じなわけで。


店を開いているのに孤独とか。


いかん。涙出てきた。


いやまあしょうがないんだけどね?場所、雰囲気、職種の悪いづくしだから。


過酷な現実から目を逸らすように手元に視線を落とす。暇つぶしに読んでいたありきたりなハッピーエンド。


「良いよなぁ物語の世界は。ハッピーエンドもバッドエンドもみんな生き生きしてる」


一つの目的に向かって全てのキャストが無駄なく機能し活きている。


役目を終えた者は残らない。魔王との和解を実現させた勇者パーティーの賢者としての役目を終えた僕とは違って。


あとは死ぬだけ。魔法も大体は封印しちゃったし。


ただ漫然と余生を消化するのがつまらないから書店を開いたんだけど、


「職業選択ミスったかなぁ」


平坦な文章の上で目を滑らせながらそっと一つため息をついた。


印刷法が確立されたものの未だに高級品である本を商売するなど馬鹿げているのだ。客の絶対値が少なすぎる。そりゃあ儲かるわけない。


嫌な現実に今度は少し強く息を吐いた。


「やりたい。どんなに苦しくても」


好きだから。


いや、一人でこんなこと言ってるとか気持ち悪いな。


物語に触発されて気持ちを新たにしたものの、こう我に返ってみると一人でブツブツ言っているのは、よくて変人、悪くて変質者。それこそ誰も近寄らなくなるような。


まぁ誰もいないから大丈夫だけど。


ー何度も文章に視線が落ちるがあれこれと思い浮かべてしまって読書に集中出来ない。


僕は仕方なく顔を上げた。


相変わらず生気のない店内。


外の様子は逆光でほとんど分からない。


辛うじて入り口横の少女像のシルエットが浮かび上がっているくらい。


僕の身長ほどの、神の啓示を待っているかのようなそれは(一応)この店のもの。路地を少し入ったとこにある店を目抜き通りからわかるように置かれている。何故かはもういいだろう。

とめどない思考に身を任せながら、重苦しいドアを見つめる。すると、路地を歩くものの気配がした。


思わず本を閉じて立ち上がる。客過剰反応症候群という新しい病気を発見したかも。


ドアが開く。


久しぶりのお客にウキウキして大きな声で


「いらっしゃいませ!!」


入ってきた人影の肩が縮こまる。そしてそのまま立ち尽くしてしまった。俯いていてよく見えなかったけど光るものがあった気がする。


あ、やらかした‥


若い女の子が来るなんて思ってもみなかったんだけど‥


えーまぁ普通に対応するのが無難かなぁ。


優しい雰囲気を心がけて彼女へ向き直った。


彼女は白だ。そう形容するのがふさわしいくらい髪から肌、全てが白い。少女は羽織っている白ローブも相まって幽霊なのではないかと錯覚するほど。薄暗い古書店に不釣り合いなくらい神秘的な雰囲気を醸し出しながら入り口付近で固まっていた。


「あ、えと、何をお求めでしょうか?」


「ーー」


声ちっさ。


聴覚をフル稼働させてやっとなんとか何かを言ってることはわかった。


「あの、お客様?もう少し大きな声でおっしゃっていただけます?」


何も言わずにトコトコと近づいてくる。


彼女の身長に合わせて屈んだ僕の耳に顔を近づけて、


「ー地図ありますか‥?」


「後ろの右の棚にありますよ」


手で指し示したが、彼女はたたずんだまま棚を確認しようとしない。


それどころかまだ距離を縮めてきた。


僕も耳を向ける。


「ーありがとうございました」


ローブの下から彼女の腕が伸びる。横を向く僕の視界の端に銀色が光ったような気がした。


「ーどうい、」


息が詰まる。鉄くさい臭いが鼻をつく。


白いローブから飛び出した大理石のような腕は赤くまだらに染まり僕の腹まで伸びて、鳩尾を貫いていた。




「さて、どういうことかな」


彼女はロープとの抗争に夢中になっていて反応がない。少女が身じろぎするたび、縛り付けている棚の本がガタガタとやかましく音を立てた。


「落ち着いてこっちの話を聞いてくれ。何も殺そうってわけじゃない」


彼女の体が落ち着く。


「大丈夫。僕はただ何故こんなことをしたのか知りたいだけだから」


初めて顔を見た。


白磁のような肌に左右対称の整った顔立ちは絵画や彫刻のようだった。


「名前は?」


「‥知りません」


「知らないことはないでしょ。君は精霊なんだから名前が無いと死んじゃうでしょ」


「知りませんよ」


彼女が頑なに首を振るたびシルクのような髪が軽やかに揺れる。


その色味からダイヤモンドダストが煌めいている錯覚を覚えた。


仕草だけ見るに何も話す気は無いみたいだな。


高圧的にならないようゆったりとした口調を心がけて再び僕は問う。


「じゃあ何で襲ったりしたの?」


「ーおかねがなかったから」


短い言葉から察するに地図が欲しかったがお金が無いため強盗を働いたということらしい。


理由が子供っぽいのにやってることはむごいんだよな、、


いつの間にか彼女は抵抗をやめていた。


無駄な力が抜けて神の啓示を待っているかのような格好で色々危ない感じになっていることも気にかけずに、


「もうこれくらいでいいでしょう。私から話すことはありません」


いや、目が逃げる気満々なんだけど、、


あとその格好といい姿といいうちの石像に似てるな。


逃げられないうちに調べますかね。


「じゃあこっちで勝手に調べるからいいよ」


「ーえっ?」


「いや、調べるだけだよ?」


何かおかしい事言ったかな?


徐々に彼女の顔が驚愕に染まっていった。


「どうやって、いやそれもですけど何でそこまで調べるんですか?!気持ち悪い!」


「変な意味じゃ無いから!!」


何でそういう発想になる?!


彼女が勢いよく距離を取ろうとしたせいで本棚すらも僕から離れたようになる。


「じゃあ何でなんですか?!」


甲高い声が耳に刺さる。


大きい声出るじゃん‥


「じゅ、純粋な興味だよ。あと再発防止」


声が刺さったままの耳を押さえながら言ったせいで彼女の表情が分からない。


多分蔑んだ目をしてるんだろうなぁ。


「再発防止?」


「だって地図獲りに他の人襲うでしょ」


目を伏せたまま固まってしまった。


自覚ありかよ。


「もういい?じゃあ調べるね」


「ちょっと!変なことしませんよね?!」


「しないから!僕を誰だと思ってるの?!」

と乗っといて、


右手にこっそり白紙の本を取り出す。


「いや、知らないですっ、」


「隙あり」


あだっ、と頭を押さえようともがいているけど気にしない。


それよりも彼女は何者?何で地図が必要なんだ?


知的好奇心が首をもたげて頭でとぐろを巻いている。


まっさらなページに少しずつ文字が浮かび上がってきた。


スキル『書記』

僕の先天性のスキル。


物体の時間を遡りそれを本に書き出す。

それだけの能力。だけど僕の好奇心を満たす能力。


文字がつながり文章になる。


きた!読める、読める!


「ふふっ、ははっ!あはははは!!」


笑いがこみ上げて仕方がない。


君は誰だ!何で!どうやって!どこで!どのように生きてきたのか!


知りたい!


知れる!今から!全て!


「気持ち悪い!なんていう顔してるんですか!いやぁ!もう逃げさせてぇ!」


このスキル、そこまで便利でないくせに欠点がある。


それは理性が好奇心に飛ばされてしまい、制御が効かなくなってしまうこと。


「君は何の精霊なのかなぁ!何だろうなぁ!」


文章が、完成する。


『名前 ーー

 種族 石像の精霊

 出自 南西部

 個体値 ーー

 固有歴史 ーー』


ほとんど不明の空欄で埋め尽くされていた。


「ーチッ。何も分からないじゃんかよ」


僕は期待を裏切られた憎しみで重くなった視線を精霊に投げかけた。好奇心も肩透かしを食らって消えかけている。


「え、何で私怒られるんですか。最初から言ってたじゃないですか。何も知らないって」


あーそうなるほど。本気で記憶喪失っていうことかい。じゃあ何で消滅しないのだろうか?


「『証人』呼び出すか、、、」


僕は指でそっと固有歴史の欄をなぞっていく。


そしてひとつまみ。


指で触れた箇所に沿って文字が空中に消えていく。


「誰が出てくるのやら、っと」


魔法を発動する。


冷え冷えとした重い空気が空間を満たしただけで何の姿もない。


「ガ、ラテア‥ド、ニ‥」


頭の中を冷たいもので触られている感覚。


話にならないな。


「まず出てきてもらいませんかねぇ!」


浄化魔法で店の空気を一掃する。


空気が軽くなるにつれて目の前に貴族風の服を纏った男が立ち現れてきた。


「この幽霊誰なんですか?」


精霊が器用に本棚ごと僕の隣に来て聞いてきた。


慣れたなこいつ。


「君に縁がある誰かだよ」


「私を知っている人‥?」


彼女が小首を傾げた拍子に石の粉が舞う。


見えた首元には亀裂が入っていた。


案外消滅まで近いのか?だとしたら急いだほうがいいな。


「君、名前は?」


男は立ち尽くしたまま動かない。


浄化魔法で弱り輪郭が溶けているが、はっきりと精霊の方へ顔が向いているのが分かる。


「君も記憶がないのかい?」


もうそろそろよしてほしい。


記憶がない人は一人でいいんだって!


「ガラテア‥オ、ノガラテア‥」


男がもやのような腕を伸ばす。


手に引きずられるように精霊へと近づいていく。


もしかしたらそのまま彼女が襲われるかもしれないが証人として呼んだ幽霊だ。まさかそんなことはないだろう。


男はそのまま精霊を引き寄せようとするが彼女が本棚に縛り付けられているため少しも動かせない。


「何か思い出せそうな気が‥」


「ガラテア‥ナゼシバラレテ‥?」


眉間に皺を寄せて必死に思い出そうとしている精霊を舐めるようにまとわりつく幽霊。


僕はそんなシュールな光景を一瞥しただけで再びさっきの本に目を落とす。


『名前 ガラテア』


新たに書き込まれた文字が神秘的な光を放っている。


「へえ、君ガラテアって言うんだね。ありがとう幽霊君、もう帰っていいよ」


「まだ記憶は戻ってないんですから帰さないでください!」


もやの中でも声出てんなぁ。本当に最初のやつは何だったんだ。


もやの顔が初めてこちらを向く。


「オマエ、オレノ、ツマニ、G、Ghaaaa!!」


怒りの叫びが書店に反響する。その叫びに呼応するかのように大小さまざまな本、棚が不自然な軌道を描きながら僕めがけて飛んでくる。


「ガラテアさあ、この人の妻なんだね。未亡人、っと危ない危ない」


「のんきに話している場合ですか!」


状態が悪くならないことを祈りつつ、一直線に向かってくる本をはたき落とす。


周りを見渡すとぐちゃぐちゃになった部屋の中でガラテアの本棚だけは無傷で残っていた。


要するにガラテアも無傷で戦える。


「ちょっと手伝ってくんない?」


迫り来る本棚を寸前で避け、拘束魔法を解く。


彼女はふわりと着地し猫のようにしなやかな身のこなしで本体へと突っ込んでいった。


「勝手に縛っといてよく言いますねっ!」


上段蹴りから回し蹴り、肘打ちと流れるように技を繰り出していくが空を切るだけで相手には届いていない。


「何で当たらないのっ?!」


「幽霊だからでしょ」


馬鹿なの?


「浄化魔法も併用しているので当たるはずなんです!なのにっ、!」


壁ジャンプからの蹴りを2回。相当修行してるんだな。


「暇なら見てないで助けてください!!」


実際、幽霊はガラテアに集中していてこちらの攻撃はもう来てなかった。


「分かったよ。ー『浄化』」


狭い店内に光が満ちる。柔らかく温かい春の日差しのような光。


そこにはもう重苦しい空気なんて存在しない。


光が消えるともやも幽霊もいなかった。


まるで教会の中にいるかのような静寂がそこにあった。


「終わったんですよね‥」


へなへなとガラテアが座り込む。しかしそこには生命力に満ちた彼女の姿があった。


一応の無事を確認して僕はようやく文章が埋まったガラテアの自伝を眺める。


『名前 ガラテア

 種族 石像の精霊

 出身 南西部

 個体値 シークレット

 固有歴史あらすじ 

 南西部の領主であり彫刻家のピグマリオンによって制作された大理石の像に彼の愛情が惜しみなく注がれたことで発生。20年ほど夫婦として幸せな暮らしを築いていたが死別。その後30年ほど経った今まで放浪の生活を続ける。石像自体はオークションを経て書店『イリアス』が所有。』


ガラテアの謎を全て知った幸福感と行の間から漂ってくる寂寥感に好奇が上書きされていく。

そっと本を閉じ唯一無事だった本棚の左中央に差し入れた。


「やっと全てを知れた。あースッキリしたー」


本棚の上で大きく伸びをする僕を見てかのじょは呆れ顔でため息をついた。

では、お世話になりました。後片付けは一人でやってください」


ガラテアは律儀に本を手で避けながら出口へ向かう。


「どこへ向かうつもり?」


「故郷です。自分の像を見つけなければならないので」


振り返る彼女の瞳には長旅への決意がこもっていた。


精霊は概念をもとにした存在であるから身体を安定させるためにはその元となったものの近くの方が良い。


だが無論それは彼女の故郷にはなく、店の目の前にある。


どうせここらへんに住むことになるならうちの店員として働いてもらうかな。


「故郷にはもう無いよ、それ」


「ーどういうことですか」


僕は無言で扉を指し示す。


彼女は恐る恐るドアを開けた。


目抜き通りの雑音と少し埃っぽい風が店に流れ込んでくる。


ガラテアは見上げたまま硬直していた。


「何年か前にオークションに出てたから買ったんだよね」


硬直から解放され振り返った彼女は何とも間の抜けた顔をしていた。


「え、え?何で、もそうですけどあれ何千万もしますよね?」


「勇者パーティの時貯めたお金で」


「え?え?何者?」


あ、このまま押せばいけるな。


「元賢者と未亡人、物語の役目を終えたもの同士仲良くしましょうか」


呆然に足腰を砕かれてまたへたりこむ。


「もうイヤ‥」


彼女の目から初めて生気が抜けていく。

【重要記述】!

「面白かった!」


「これからも頑張ってほしい!」


と思ったら広告の下の☆☆☆☆☆から作品、作者の応援よろしくお願いします!


★☆☆☆☆でも★★★★★でも大丈夫です!正直に教えて下さい!


ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。


読んでくださりありがとうございました!!

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