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泥を跳ね飛ばしながら、ユキは全速力でドローンを追いかける。凸凹道にカタカタとボディが振動する。
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振動を検知! 振動を検知!
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演算装置が悲鳴をあげる。
(演算装置、精密機器に『ハルマゲドン』の衝撃波が与えるダメージは?)
ガタピシ ガタピシ ガタピシ
小石が跳ねて、ボディに引っかき傷をつける。
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振動を検知! 振動を検知!
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演算装置は悲鳴をあげながらも答えた。
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計算中……完了
一時的に動きを停めるなら、成功率32%!
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(32%……)
そもそも『ハルマゲドン』に殺傷能力などないのだ。
ガタガタとボディが揺さぶられる。酷い振動に、足首のネジが緩み始めている。締めが甘かったようだ。
夕焼け空の向こう。巨大な円筒形――浄水場の配水塔が見えてきた。ドローンはまっすぐ、巨人のようなシルエットに向かっていく。地上から必死にそれを追う、ユキ。それを、遥か上空から何者かが見下ろしていた。
◆◆◆
家に帰ると、ヒナちゃんが一人で庭にいた。ユキは?
「あのね! あのね! また悪いUFOが来たんだよ!」
碧人を見つけるや、ヒナちゃんが興奮気味にそう言った。
悪いUFO??
ドローン?!
「ユキ、捕まえるって追いかけてったの!」
「え?!」
なんだって?!
詳しく聞こうと碧人が口を開こうとした時、テレビ電話のコールが鳴った。少し苛々しつつも、通話をタップする。
相手は昨日会ったばかりの元同僚だった。彼は焦った声音でこう告げた。
AI誤作動のきっかけがわかった、と。
「例のAIな、Sky-Ray経由して『アップデートの要求』をばら撒いていやがった。応えると、奴のデータ――分身がコピーされる。自我を持ったウィルスだよ」
Sky-Rayは、一昔前のWi-Fiに代わる無線LANシステムで、高速で安全な公共回線として広く利用されている。企業然り、一般家庭然り。
オンライン接続しているAIなら、『アップデート要求』はちょくちょく受取るメッセージだ。管理する人間も、怪しむことなく【YES】をクリックしてしまったと思われる。
血の気がひいた。
ユキはオフライン稼働だ。けれど、無線通信――Sky-Ray電波の受信自体はできる……!
「アップデートシテ! アップデートシテヨ! アップデートシロヨ!!」
「はい?! え?!」
突然の警告音と、アップデート要求には覚えがある。
あの時、碧人は咄嗟に「はい」と言って……。
ユキは自分を元気づけようと『嘘』をついて。
頬を包む温もり。心配そうな眼差し。
機械にしては、妙に『人間らしく』て……。
ドクドクと心臓が暴れる。
元同僚は続ける。
「感染した場合、初期化処理じゃ効かない。HDを破壊しなきゃダメだ」
もしも……もしも『自我を持ったウィルス』にユキが感染しているのなら。
操られてしまう前に、彼女を……壊す?! そんなっ!
それ以上は、頭が考えることを拒んだ。
喪うことが、怖くて。
「そうだ……ユキは……」
彼女に攻撃プログラムなどない。相手はテロ組織のドローンかもしれないのに。
いても立ってもいられず、碧人は家を飛び出した。
◆◆◆
距離8.53m、高さ5.07m……。
(もっと速く! もっと速く!)
ネジが緩んだ右足首が振動に負けそうだ。脱落する可能性が高い。ドローンとの距離は、無理にスピードを出しているせいか、少しだけ縮まった。
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エネルギーチャージ……34%
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人間なら息が切れる、と表現すべきなのだろう。
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警告:バッテリー切れの恐れがあります
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演算装置の警告。充電したのは昨夜。バッテリー残量はわずか!
(でも、でも!)
「あと少しで、射程圏内、なノ……!」
…………。
…………。
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ひとつ、方法があります
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演算装置が言った。
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音響で対象のHDに振動ダメージを与えるのです
ただし
貴女も同じ、もしくはそれ以上のダメージを被ります
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「…………」
ガチャガチャガチャガチャ
右足首が……!
「音響攻撃、やるノ!」
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了解……
音響合成……完了
最大出力、3、2、1、
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「~~~~!!!」
ガチャン!
右足首、脱落……!
ノイズの混じる視界に、グラリと傾くドローンの機体。次の瞬間、ソレはくるりと振り返るや、ユキ目がけて数発の銃弾を発射した。
◆◆◆
被弾の金属音、内部回路が破壊され、白い火花がユキのボディを燃やす。
ユキの音響攻撃は確かにドローンにダメージは与えた。しかし、撃墜はできなかった。ドローンは、燃え上がるユキに背を向け、巨大な配水塔に照準を合わせた。
【人間ヲ滅ボス。水、奪ウ】
ドローンが目標に小型ミサイルを発射しようとした時、ゴン、と上から大きな振動を受けた。
「カァー」
矢のように舞い降りた黒い翼――カラスだ。
プロペラの無い最新型故に、ドローンは上からの攻撃に無防備だった。
ゴン、と、今一度の攻撃。くちばしだ。
ユキの時と同じように、ドローンはカラスを銃撃しようとするも……残念、弾切れだ。
「カァー」
ゴン、とまたも攻撃を受ける。
ユキは不本意とはいえ、カラスにエサを与えていた。よって、カラスはユキを攻撃したドローンを敵と見なした。
【ボディニ亀裂! 攻撃ヲ回避セヨ】
エンジンをふかしスピードアップ。一直線にカラスに突撃して追い払い、ギュイーンと急旋回。再び配水塔へ……。
ペシャッ
奇妙な音がした。
バチッ
火花が散り、ドローンからもくもくと煙があがる。
【ナ……?! コレハ、糞?! クソッ!】
コントロールを失い、フラフラと墜落するドローン。やがて、浄水池の一つに小さな水柱が上がった。