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誤字報告ありがとうございます(*´▽`*)
翌朝、日曜日。
警察官数人が、花壇と墜落したUFO、もといドローンを検分している。
「ただの墜落にしては、燃えた範囲が広いですね」
陽の下で改めて見た花壇は、真ん中がぽっかりと空いて、喪失を如実に表していた。佇む『ハカセ』の元に、スーツをきた男性刑事が近づく。
「瀬川碧人さん。貴方は……元々都心のIT企業の開発部門におられたそうですな?」
ぎょろりとした不健康そうな目で『ハカセ』を見上げて、刑事は続けた。
「先日、ラーメン工場を襲ったドローンと似てるんですよ。プロペラのない最新型。アンタなら、無人のドローンを正確に件の工場まで飛ばすのだって、できるんじゃありませんか?」
どうやら刑事は、『ハカセ』を疑っているようだ。
「何がおっしゃりたいんですか」との『ハカセ』の声音は、今まで聞いたことがないほど低い。
「ご存知でしょ。世間は誤作動で揺れてる。アンタどうしていい仕事をやめて」
「やりませんよ」
きっぱりと、『ハカセ』は刑事の目を見つめて言った。
「そんなことをするために、私はここにいるんじゃない」
『ハカセ』の怒りはもっともだ。一番の被害者は『ハカセ』なのに。技師というだけで、疑いをかけるなんて。
「じゃあ教えて下さいよ。なんのために仕事をやめたんです?」
刑事の問いには答えず、『ハカセ』はこちらに歩いてきた。
その顔は強張っていて、冷たい。昨日の笑顔が嘘のようだ。堪らず、ユキは『ハカセ』の正面に回りこみ、両の手で包みこむように冷たい頬に触れた。
(演算装置、手を温かくして)
温度を分け与えるように。
じっとされるがままの『ハカセ』の顔を見つめる。
(昨日はどうしたら笑ってくれた?)
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表情を再現します
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真剣な表情。けれど、カメラに写る『ハカセ』に、へにゃりとユキの眉が下がる。心配……。
「大丈夫」
――ややあって、ポン、とユキの頭をひと撫でして、『ハカセ』は家に入っていった。
その顔は、相変わらずふにゃりと笑っているように、人間の目には見えることだろう。いつもと大差ないと。けれど、AIには恐ろしいほどに以前との落差が、数値として認識できてしまう。
(『ハカセ』……)
なんとか、できないだろうか。
◆◆◆
本日は月曜日。昨日の刑事の車が、素知らぬ顔で道に停まっている。
『ハカセ』は、ここのところ急に増えた仕事で忙しい。
修理ではなく、AIを取り外してくれ、挙げ句処分してくれというものも増えてきた。
手持ちの何でもない家電に恐怖を抱く人が増えている。
AI誤作動は、社会を震撼させた。
農業や畜産業界は、AIが業務の大半を担っていた。そこに誤作動が与えた影響は大きい。
オートメーションに頼っていた食品、例えば卵は、都会ではほぼ供給がストップ。また、大手食品メーカーが同時テロにあったがために、大量生産でコスパを実現していたファーストフード店は臨時休業に追い込まれ。スーパーでは食料品の値段が高騰し、パニック買いも起きている。
『ハカセ』が仕事の間、ユキは昼前からずっと『ヒナちゃん』の相手をしている……のだが。
果たして、愛玩用アンドロイド(成人向け)に、子守は上手くできるのか。
答は、否である。
愛玩用AIにインプットされた知識は、大変に限定的なのだ。
五歳児には、トランプもオセロも通用しない。「わからないもん」「つまらないもん」しか反応がない。むむぅ。
「『ヒナちゃん』は、何をしたら楽しいノ?」
素直に尋ねてみたところ、返ってきたのは……?
①おいしいご飯を食べること
②可愛いペットと遊ぶこと
③お出かけすること
の三つ。
①は毎日やっているし、現に『ヒナちゃん』はニコニコ美味しそうに食べてくれる。②……ペットは飼っていない。③は、お散歩程度なら……。
「お買い物したい!」
……それは『ハカセ』の許可なくやってはいけない。
◆◆◆
Ich liebe dich, so wie du mich,
Am Abend und am Morgen,
懐かしい景色――夢を見ている。
ウェディングドレスを纏った最愛の妻。祭壇の前。
「健やかなるときも病めるときも、彼女を愛すると誓いますか?」
ヴェール越しに碧人を見上げる彼女に微笑み返す。
「誓います」
Noch war kein Tag, wo du und ich
Nicht teilten unsre Sorgen.
穏やかなドイツ・リートが流れる――。
「健やかなるときも病めるときも、電気ショックで目覚ましダヨ?」
「…………は?」
目をぱちくりする碧人。
菜摘が白いレースの手袋を嵌めた両手を掲げた。その手がビリビリと雷を纏い……。
「へ? ユキ?」
花嫁はいつの間にか菜摘ではなくユキに変わって……?
「ユキのォ、ビリビリ目覚まし! ショーーック!!!」
「!!? あ痛ァ!」
文字通り跳ね起きた碧人の目の前には、両手を突っ張るユキと、何やらおめかしした女の子がいた。




