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「めっ! 食べたらいけない……ノッ!」
庭の一角。植栽の柔らかな芽や蕾をつつきに来た雀やツグミたちに、ユキが怒っている。
ユキのタスクには、害鳥対策も含まれる。
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害鳥【スズメ】:14羽
害鳥【ツグミ】:6羽
害鳥【ハト】:2羽
害鳥【シジュウカラ】:3羽
【その他鳥】:1羽
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レーダーが感知した【害鳥】、しめて25羽。
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パワーチャージ完了
安全確認中……
完了
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「『ハカセ』の大事なお庭を荒らす害鳥ドモッ! お仕置きダヨ!」
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カウントダウン……3、2、1、
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「ハルマゲドーーン!!!」
◆◆◆
ヒナちゃんは今、パソコンで子供番組を見ている。しばらくの間、アレは彼女のものになりそうだ。代わりに小さなタブレット端末で、碧人はニュースを視聴していた。
メディアは、AI誤作動の話題一色。
何せ、原因がわからないのだ。誤作動を起こした機器を分解すれど異常は見つからず、やれ未知のウイルスだ、OSの欠陥だと、専門家は憶測に忙しい。
そこに今朝はラーメン工場襲撃の記事も加わった。どうやら国内の複数の大手食品工場との同時襲撃だったらしい。
『同時多発テロ』――。
被害にあった企業は、いずれも国から『災害時食糧支援協力企業』に認定された大手食品メーカー……。
襲撃したのは液体燃料を積んだドローン――同一犯と判明。犯人は見つかっていない。
タブレットの画面から顔をあげて、コーヒーを一口。何気なしに外を見た碧人の眼鏡を、白く眩い光が突き刺した。
「ハルマゲドーーン!!!」
「なっ?! なんだ?!」
衝撃波にタブレットを床に落とし、
「アッツッ!!」
拾おうとしてコーヒーを膝にぶちまけ、
「あ痛っ!」
熱さに驚いて椅子から転げ落ちた。
「ユキ?!」
光が収束した中心に、ユキが佇んでいる。愛玩用なのに、攻撃プログラムがあるのか?!
未だチカチカする目を擦り、ぶつけた腕と濡れたズボンを気にしながら、碧人はよろよろと庭へ。
「害鳥ドモ! もう来ちゃダメヨ!」
朝露輝く花壇の前、腰に手を当て仁王立ちするユキ。害鳥ドモ??
…………。
…………。
ユキ曰く、庭を荒らす害鳥ドモを必殺技『ハルマゲドン』でお仕置きしたのだという。と言っても、必殺技に殺傷能力があるわけではなく、単なる光の目潰しと人体に無害な衝撃波なのだが。
「アハハッ! 面白い機能がついてるんスね!」
「……他人事だと思って。肝が潰れたよ」
腹を抱える配達員を、碧人はジトッと睨んだ。
後ほど『ガイド機能』で確認したところ、『ハルマゲドン』は『ロリメイド』の目玉機能らしい。
「そういや碧さん、これ、ぬいぐるみか何かですか?」
ヒナちゃんにチラと視線をやって配達員が指さしたのは、テーブルに伏せてある、ザル。
中に水色の羽根に黄色い顔の小鳥――セキセイインコが一羽、横になっている。
「……本物。ユキの『ハルマゲドーーン!!』で気絶してたんだよ」
猫にやられたら可哀想だから、ここに置いているのだと説明した碧人に、
「うわっ。ウケる……くくっ」
配達員は肩を震わせた。
それからしばらくして目を覚ましたインコは、ヒナちゃんが掴んで庭にポイ……逃がしてやった。
◆◆◆
ランチを食べた後のこと。
「ヒナ、お出かけしたい!」
『ヒナちゃん』が言いだした。くりくりした目が期待に輝いている。
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今日は依頼が数件入っています
家を空けてはいけません
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演算装置が指摘する。
AI誤作動ニュースに不安を感じた人々から、手持ちのAI搭載機器の検査をしてくれと頼まれているのだ。
「じゃあじゃあ、お姫様ごっこやりたい! 髪結って?」
「……へ?」
『ヒナちゃん』のお願いに狼狽える『ハカセ』。いつもの落ち着きはらった表情が揺らいでいる。困った顔が、なんだかかわいい。ユキは無意識に、頬を緩めた。
◆◆◆
ユキの手で『ロリメイド♡ツインテール』にしてもらったヒナちゃんに、庭に引っ張っていかれた。
初夏の庭――菜摘の花壇は今が花盛り。色とりどりの薔薇が大輪の花を太陽に向けている。
ヒナちゃんは一心にクローバーの花を摘んでいる。
草の匂い、穏やかな陽射し――。
シャツの裾を風がふわりと持ちあげる。
庭は菜摘のテリトリーだった。
見れば、ユキが薔薇の前に屈みこんでいる。
「虫取りかい?」
菜摘もしょっちゅう、ああやって害虫を摘まみとっていたっけ。懐かしい……。
ヒナちゃんは、拙い手つきで懸命に花冠を作ろうとしている。
しなやかな茎に苦戦中……。
「ほら、こうやって……」
妻の手つきを思い出して。束ねて編み込み、白い花冠を――。
クローバーの向こうに、ラベンダーの穂が揺れる。そう言えば、菜摘はアレでリースを作り、ドライフラワーにしていたっけ。今、それを思い出した。
「ハカセ。花冠作るの、楽しいノ?」
器用に花冠を編む碧人の手許を注視する、ユキ。その顔が妙に真剣で。碧人は思わず噴きだした。
ああ……。こんな穏やかな気持ちになったのは、いつぶりだろう。