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 一年後――。


 碧人は修理の仕事を続けていた。


 ユキと最後に話した日を境に、AI誤作動はピタリと止んだ。

 隣町の刑務所のシステムが何者かにジャックされ、『みんな笑顔になってネ♡』というメッセージがPCというPCに表示され、勝手に一斉放送が流れた以外に、何も起こっていない。


 ラーメン工場をはじめとした食品工場は復旧し、国内の家畜生産も誤作動の影響から立ち直りつつある。一時は悲壮感に包まれた都会も、落ち着きを取り戻した。


 そして――。


「ハカセ~! こんにちは~!」


 真新しいランドセルを背負ったヒナちゃんが遊びにきた。


「今日ね、学校に劇団『笑顔の輪』が来たんだよ!」


「へぇ。おもしろかった?」


「うん!」



 『笑顔の輪』は、昨年発足した劇団で、『みんな笑顔に』をコンセプトに、老人ホームや学校をまわり、紙芝居や人形劇を披露している。代表は、重度の皮膚病を患い常にマスク姿だが、()()()()()()()()()()()()()、出し物で珍妙な奇声をあげて見物客を楽しませているとか。


「碧人さん、煮物だけど。よかったら」


 以前のお客さんで、街でクリーニング店を経営するおばさんがタッパーに入ったおかずをお裾分けしてくれた。


 あの後も、碧人はユキを取り戻す努力を続けた。お客さんやラーメン工場の老紳士にも協力を仰ぎ、署名運動もした。だからだろうか。たくさんの人と繋がりができた。


 帰り際、おばさんは奥に腰かけるアンドロイドへ微笑みかけた。


「あら、ユキちゃん。すっかり元通りね」


 努力が実を結び、先月やっと戻ってきたユキを少しずつ直して。先日、ようやく壊れる前の状態に戻ったのだ。真新しいボディに、元の腰までの長さのロングヘアが復活し、少しだけ大人びて見える。髪は床屋さんに頼んで整えてもらった。


 彼女はまだ、眠っている。


 ピンポーン、と呼び鈴。


 出てみると、初めて来る男の子だ。胸に抱いているのは、円盤形の機械。


「これ、治りますか?」


 不安げな眼差しで差し出されたものは。


「これは……ドローン? ずいぶん傷だらけだけど、落としたのかな?」


 碧人の問いに男の子はフルフルと首を横に振る。


「拾ったんだ。でも壊れてるみたいなんだ」


 そう言って、ポケットからペンギンを模した財布を取り出すと、中身を引っくり返した。

 百円玉数枚と、五百円玉が一つ。十円玉がたくさん。


「全財産なんだ」


 いくつかやりとりをして、碧人は少年を見送った。


「さて」


 傷だらけのドローンの修理依頼。「飛ぶの?!」と目を輝かせた少年を思い出して微笑む。一度分解して……。

 と、その前に。


「そうそう、水やり」


 太陽は中天にある。昼間の水やりは暑いが、この時間にやらないと植物が萎れてしまう。一度ドローンを仕事場に置き、碧人は部屋を出ていった。



◆◆◆



 無人の部屋。ドローンに緑のランプが点滅する。カメラが起動し、辺りを見回す。


 百合の花が活けられているが、花瓶はあの日のまま。

 空っぽのマグカップも同じ。

 そして、部屋の奥。椅子に腰かけ、微睡(まどろ)んでいるかのように目を閉じたアンドロイド――M02。


 ピピ……


 ドローンの傷だらけの小さな小さな液晶画面が淡い光を放つ。

 出力された文字は……。


【ハカセ、タダイマ】



【お題:きまじめ】

シューマンの《子供の情景》第十曲より着想を得て

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人とAIを越えた絆を感じました! ステキなストーリーでした。 読ませていただきありがとうございました! ヽ(〃´∀`〃)ノ
[一言]  読ませていただきました。 ユキさんは戻ってきたんですね。 ハッピーエンドだけど、ちょっぴり切ない・・・近い未来こんなことが起こるのかも。 いやあ、面白かったです。  ありがとうござい…
[良い点] 最後の最後、締め方が本当に良かった。 あの一文、何気ない文章ですが震えましたよ。 【ハカセ、タダイマ】 この物語を一気読みしたからこそ、最後のこの言葉が凄く切なく、そして同時に感動も覚…
2020/10/24 20:28 退会済み
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