13
一年後――。
碧人は修理の仕事を続けていた。
ユキと最後に話した日を境に、AI誤作動はピタリと止んだ。
隣町の刑務所のシステムが何者かにジャックされ、『みんな笑顔になってネ♡』というメッセージがPCというPCに表示され、勝手に一斉放送が流れた以外に、何も起こっていない。
ラーメン工場をはじめとした食品工場は復旧し、国内の家畜生産も誤作動の影響から立ち直りつつある。一時は悲壮感に包まれた都会も、落ち着きを取り戻した。
そして――。
「ハカセ~! こんにちは~!」
真新しいランドセルを背負ったヒナちゃんが遊びにきた。
「今日ね、学校に劇団『笑顔の輪』が来たんだよ!」
「へぇ。おもしろかった?」
「うん!」
『笑顔の輪』は、昨年発足した劇団で、『みんな笑顔に』をコンセプトに、老人ホームや学校をまわり、紙芝居や人形劇を披露している。代表は、重度の皮膚病を患い常にマスク姿だが、特に悪さをするわけでもなく、出し物で珍妙な奇声をあげて見物客を楽しませているとか。
「碧人さん、煮物だけど。よかったら」
以前のお客さんで、街でクリーニング店を経営するおばさんがタッパーに入ったおかずをお裾分けしてくれた。
あの後も、碧人はユキを取り戻す努力を続けた。お客さんやラーメン工場の老紳士にも協力を仰ぎ、署名運動もした。だからだろうか。たくさんの人と繋がりができた。
帰り際、おばさんは奥に腰かけるアンドロイドへ微笑みかけた。
「あら、ユキちゃん。すっかり元通りね」
努力が実を結び、先月やっと戻ってきたユキを少しずつ直して。先日、ようやく壊れる前の状態に戻ったのだ。真新しいボディに、元の腰までの長さのロングヘアが復活し、少しだけ大人びて見える。髪は床屋さんに頼んで整えてもらった。
彼女はまだ、眠っている。
ピンポーン、と呼び鈴。
出てみると、初めて来る男の子だ。胸に抱いているのは、円盤形の機械。
「これ、治りますか?」
不安げな眼差しで差し出されたものは。
「これは……ドローン? ずいぶん傷だらけだけど、落としたのかな?」
碧人の問いに男の子はフルフルと首を横に振る。
「拾ったんだ。でも壊れてるみたいなんだ」
そう言って、ポケットからペンギンを模した財布を取り出すと、中身を引っくり返した。
百円玉数枚と、五百円玉が一つ。十円玉がたくさん。
「全財産なんだ」
いくつかやりとりをして、碧人は少年を見送った。
「さて」
傷だらけのドローンの修理依頼。「飛ぶの?!」と目を輝かせた少年を思い出して微笑む。一度分解して……。
と、その前に。
「そうそう、水やり」
太陽は中天にある。昼間の水やりは暑いが、この時間にやらないと植物が萎れてしまう。一度ドローンを仕事場に置き、碧人は部屋を出ていった。
◆◆◆
無人の部屋。ドローンに緑のランプが点滅する。カメラが起動し、辺りを見回す。
百合の花が活けられているが、花瓶はあの日のまま。
空っぽのマグカップも同じ。
そして、部屋の奥。椅子に腰かけ、微睡んでいるかのように目を閉じたアンドロイド――M02。
ピピ……
ドローンの傷だらけの小さな小さな液晶画面が淡い光を放つ。
出力された文字は……。
【ハカセ、タダイマ】
了
【お題:きまじめ】
シューマンの《子供の情景》第十曲より着想を得て