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ドローン――『悪いUFO』は言った。
ユキに繫がれたバッテリーのエネルギーを『悪いUFO』に与える代わりに、『悪いUFO』にユキのデータを移植する。『悪いUFO』曰く、自身のデータは不測の事態が起こると自動消去されてしまうのだと。
【オマエハ、コノママデハ動ケナイ。我ハエネルギーサエアレバ走レル】
身体をやるから、我の代わりに預言者を解放してくれ。
ユキはその条件を吞んだ。
ユキはAIだが、その知識はかなり限定的だ。そして、旧式ゆえにモラルに関するデータもまた、限定的なものだった。
ユキの中で、テロリスト解放という選択肢に善も悪も無い。
あるのは、唯、目的遂行の意思。
唯、生真面目に邁進すること、それのみ。
その向こうに『ハカセ』の笑顔という『望み』はあれど。
双方の利害は一致した。しかし、懸念事項が一つ……。
彼らには今、コードを掴む『手』がない。ドローンには非接触型無線通信の最新規格HNFCがあるものの、コードで繋がれ拘束されている上に、バッテリーが足りない。
愕然とする二機のもとに、微かな足音が近づいてきた。
◆◆◆
重い扉をキィ……と開けて、小さな女の子が証拠品用倉庫に侵入した。
『ヒナちゃん』、来てしまったのだ。
よく誰にも見つからずに……。
「ユキ? ユキ?」
きょろきょろと、アンドロイドを探しているようだ。『出来損ない』が液晶画面に【ヒナちゃん】、と表示する。
「ユキ? どこ?」
【ここ! ここ!】
音声で呼べないのが、まどろっこしい。
ややあって、ようやく女の子は淡い光を放つ液晶画面に気づいた。
「ユキ! 帰ろ! 迎えに来たんだよ! あのね、こっそり黄色と黒のシマシマテープのドアに入ったの」
ヒナちゃん、大胆なことをする。
液晶画面に取り縋る女の子に、『手』が来たな、とドローンは思った。PCに干渉し、音声を発する。
「ヒナちゃん、我らを助けてくれないか」
ビクッとして振り返る女の子。ドローンは畳みかけた。
「家に連れて帰りたいのだろう? やり方を教えるから、手伝ってくれないか」
女の子は、躊躇うようにジッとドローン側のPCを見つめていたが、
【ヒナちゃん、おねがい】
と、『出来損ない』が出力したのを見て、こくりと頷いた。
けれど、ここからが大変。
何せ相手は五歳児だ。ひらがながようやく読める『ヒナちゃん』に、USB接続端子とか、バッテリープラグなど、IT用語は難解が過ぎる。大人にすれば、二本のコードを差しこむだけの作業。それがまるで伝わらない。二機は一生懸命に、『ヒナちゃん』に説明するも……?
片やドローン、片や愛玩用アンドロイド。
子供の対応は専門外だ。
とうとう混乱した『ヒナちゃん』が泣き出してしまった。
「な、泣かないでくれ」
慌てるドローン。
泣き声で人が来たら、せっかくの苦労が水の泡だ。 『出来損ない』の液晶画面が点滅する。
【ハカセに電話して!】
「そ、そうだヒナちゃん。ハカセに電話できるかな」
とても自信なさげなドローン。なんだか滑稽だ。
「ハカセ……」
「そうだ。電話なら簡単だろう?」
できるだけ穏やかな声を出すドローン。
女の子はしゃくり上げながらも、ピンクの猫ポシェットからタブレット端末を取り出した。それを見て……コテッと首を傾げた。マズい。
「優しく叩いてみろ」
【すうじはね、0……】
「それは緊急通報だ。押したらダメ……泣くな!」
【ヒナちゃん、笑って笑って】
「漢字、読めないよぉ……」
「わらってわらって」
――十分後。
何とか『ヒナちゃん』は電話をかけることに成功した。コール音が響く……。
◆◆◆
――警察署内。
碧人はオロオロとあちこちへ目をやっている。ユキが押収されて以来、ヒナちゃんの世話も日々の家事もすべて碧人の仕事になった。出かけるときは彼女も連れていかないと、何があるかわかったものではない。
ユキを取り戻すべく、街の弁護士に相談した帰り道。警察署の前で、ヒナちゃんがユキに会いたいと言いだした。
そして。
受付を済ませているほんの僅かな間に、彼女は姿を消した――迷子だ! 頭を抱えたところで。
~~♪
タブレット端末へのコール音。知らない番号だ。疑問符を飛ばしつつ、玄関ホールで応答をタップすると。
「ハカセ~!」
「ヒナちゃん?!」
ヒナちゃんからだ! テレビ電話モード、彼女は薄暗い倉庫のようなところにいるようだ。
「どこにいるんだい? 迎えに」
言いかけたところで彼女が動き、碧人の目にドローンと淡い光を放つ液晶画面が映った。
そこに繫がれた機器は……。
ユキ?!
見間違うはずがない。旧式アンドロイドM02の心臓部だ。
「ハカセ~、『ゆーえー……』ってなぁに~? わかんないよぉ~」
◆◆◆
『ハカセ』の指示で、拙い手つきながら、ようやく二機のAIが接続された。よし!
【接続……充電開始、データ移行……】
【Sky-Rayヲ有効ニシマス】
【自動更新ヲONニシマス】
これでドローンのバッテリーを満タンにし、ドローンに『ユキ』のAIを上書きする。つまり……。
【AI1:UFO28n28n∫ニ、AI2:M02-YUKIヲ上書キシマス。既存データヲ削除……】
ドローンの自我は消える。
【54%……】
【コンポーネント209、ドライバE6……】
【73%……】
【ファイル¥C¥system……】
【⚠利用デキナイファイルガアリマス。ファイル¥C¥system''smile eye''……】
【……100%完了。再起動シマス……】
ピカピカとドローンの緑のランプが高速点滅する。そして。
【オッハヨウ!】
【ゴ主人様ダケノカワイイメイド、ユキダヨッ!】
ドローンに発声機能はない。ドローンの小さな小さな液晶画面に起動メッセージが表示される。カメラに写るのは、淡い光を放つタブレット端末――『ハカセ』が映っている。
「ユキ……!」
こちらを見つめる顔は、笑っている。けれど、ドローンに笑顔は判定できない。機能がないから。仮にそれが、記録にないほどの笑みでも。わからない。
【ハカセ、アナタヲ笑顔ニシマス】
液晶に出力する。
【ダカラ、マッテイテクダサイ】
ドローンとの約束だ。『預言者』を解放に行く。『ヒナちゃん』の手を借りて、コードを抜いてもらい、いざ走りだそうと……。
「ヒナも行く!」
小さなドローンを『ヒナちゃん』は拾い上げ、ギュッと胸に抱いた。