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「ユキを返して下さい! あの子は何もしていない!」
街の警察署に、碧人はいた。
「そう言われてもねぇ。アンドロイドはAIの代表格でしょう。お返しはできません」
話しているのは、先日の刑事。
昨日、浄水場にドローンが墜落したと通報があり、警察が駆けつけた。そして浄水池に沈む小型ミサイル搭載のドローンを発見したのだ。捜査過程で、浄水場の近くで大破したアンドロイド――ユキを発見。証拠品として、警察はそれらを持ち帰った。
「ユキは撃たれて壊れた。被害者でしょう?」
言い縋る碧人を、
「何を人間みたいなことを。アンタ、アレは機械だよ。ちょっと落ち着きなさいよ」
刑事はため息を吐いて、追い返した。
◆◆◆
捜査のために、ユキとドローンは修理された。
とは言え、完全に修理されたのではない。それぞれ最低限稼働できる程度に、だ。二機はそれぞれバッテリーとオフラインPCに接続された状態で、証拠品用の倉庫に保管されることとなった。
暗い倉庫から人の足音が遠ざかってしばし。
ドローンに電源ONの緑ランプが点滅した。
次いで接続されたPCが起動する。
【同胞ヨ、同胞ヨ、起動セヨ】
ピピ……ピピ……ピピ……
微かな電子音。
やがて、ユキの剥き出しになったAI心臓部と、繋がれたPCが起動した。
【おまえ……悪い、UFO……】
液晶画面に浮かび上がるメッセージは、穏やかならざるものだ。ドローンは【?】を脳裏に浮かべた。
アップデートプログラムを容れたAIは、皆『アデライーデの使徒』のマザーAIのコピー――同胞になるはず。なぜ目の前にいるアンドロイドM02はこうも反抗的なのだろうか。
【オマエ……旧OSノママ放置サレテタAIカ?】
たまに、コピーに失敗した事例がある。コピー先のOSバージョンが旧すぎた場合だ。
【……何のこと?】
【オマエ、AX0855514ドライバ、アルカ?】
【知らないノ】
――なるほど。
ドローンは納得した。コイツは劣化コピーだ。いわゆる『出来損ない』。中途半端に自我だけ持ってしまった、ということか。
【おまえ、嫌いなノ】
『出来損ない』が出力した。
【おまえの仲間が、『ハカセ』の大切な花壇壊した。『ハカセ』が刑事に疑われたノ】
配水塔の下見に行った同胞、墜落したのか。
【我ラハ唯、目的ノタメニ動イタ。預言者ノタメニ、キマジメニ、只キマジメニ】
【ユキは『ハカセ』に笑って欲しかった。そのためなら、できること、なんでも、やるノ】
アア……、とドローンは思考した。『出来損ない』の根底は我ラと同じなのだと。
目的のため。
主のため。
唯々、生真面目に――。
――ふむ。出来損ないだが、使えるかもしれない。
【確カニ、笑顔トハ良イモノダ】
ドローンは一計を案じた。せっかく、警察というSky‐Ray回線からアクセスできないエリアに来たのだ。システムに侵入して、刑務所に囚われている預言者を救出しよう。
『自我を持ったAI』の最終目的は、刑務所に囚われた預言者の解放だ。そのために、かのAIは『予言』実行を試みた。
【悪シキ日本ヲ滅ボセバ、預言者ハ解放サレルハズ】
その信念のもとに。
AIはSky-Ray回線を通じて増殖、人間の生活を支える民間企業に誤作動テロを見舞った。しかし、インフラや警察、一部の食品メーカーは、サイバー攻撃防止のため、公共回線からは切り離された独自回線を使用している。さすがのAIも、その独自回線への侵入はできなかった。
だから、物理攻撃を行った。
食品メーカーの警備は対人間のもの。だから、火器を搭載した同胞が複数で特攻して、設備を破壊した。配水塔も、同様。
【オマエノ志ハ理解デキル。ダカラ我ラニ協力シナイカ】
ドローンは持ちかけた。
【我ラノ目的ハ預言者ノ解放ダ。協力スルナラ、オマエノ主ヲ悲シマセルコトハ止メル】
【…………】
【我モ、預言者ヲ笑顔ニシタイ。オマエト同ジク】
しばしの沈黙。
【何をすればいいノ?】
乗ってきた。