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お話を書くにあたり、平民のひろろ様にヒントをいただきました。ひろろ様、ありがとうございます。
「水やりかい?」
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151.7Hz……男声、32.15㎝後方――
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キィ……と微かな音をたてて、愛玩用アンドロイドM02『ユキ』は声の主を振り仰いだ。
「はい、『ハカセ』」
エナメルのように滑らかな口角を上げ、『70%の笑顔』に。パチパチと目蓋が二回、瞬きをした。
「もう中へお入り」
ほら、身体が熱くなるのは良くないから。
自身の温度より3.7度低い『ハカセ』の手が、ライトベージュのボディに触れた。
ピピ……ピピピ……
最新のアンドロイドからは決して鳴らない情報処理の電子音が、微かに聞こえる。
まだAIが発展途上だった頃、『ロリメイド』というコンセプトで製造されたのが、『ユキ』。永遠の十歳☆少女型アンドロイド――当時最新と持て囃された『ロリメイド』も、今や過去の遺物。所持しているとしたら、愛好家かスクラップ置き場くらいだろう。
「でも、今の気温……水やり必要なノ。お花、たくさん咲かせるノ」
訴えかけるように、黒くて艶やかな瞳で『ハカセ』を見上げる。
庭に咲く花々――黄色、濃紅、桃色の色鮮やかな薔薇たち。皆『ナツミさん』が植え、育てたものだ。
『ナツミさん』は三年前に亡くなっている。
大切な『ナツミさん』が慈しみ育てた花々を維持する――『ユキ』に設定された、最優先タスクだから。
許しを求めるような瞳に、困ったように眉を下げた――傍目にはふにゃりと笑んでいるように見える――34%の笑顔の三十代半ばの青年が映りこんでいた。
◆◆◆
ユキ――旧式のアンドロイドM02は、壊れた状態で、敷地内に棄てられていた。処分費用と手間を嫌った何者かの仕業だろう。
それが、青年が最愛のパートナーを失った日。
血の気のない容、命のない虚ろな漆黒――どこか重なって見えたのかもしれない。青年――碧人は、スクラップ同然のそれを拾い、まるで気が狂ったのように修理に没頭した。
碧人は自身を『ハカセ』と呼ばせている。
呼び方は好きにカスタマイズできるが、初期設定のままにしてある。なんとなく……名前呼びに抵抗があったからだ。
ユキはアンドロイド。機械仕掛けのメイドだ。
碧人はエンジニア。緑豊かな田舎で、個人客相手に機械の修理を請け負っている。
「50年も昔の犬型ロボなんだが……」
依頼主の老紳士から手渡されたのは、小さな四足歩行ロボット。孫娘の誕生日プレゼントにしたいという。
「動物好きな孫でね」
眉を下げ、孫の話をたくさんして、老紳士は帰っていった。