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勝利と栄光を

 こうして決闘が決まった。

 

 混沌の軍勢が勝った場合、秩序の神は世界拡張を力が続く限り行う。

 文明の神々が勝った場合、しばしの間停戦とする。その間にいくらでも文明の神々は社会体制を立て直すといい。

 秩序の神が勝った場合、三陣営は和平をし、協力して新たな世界の開拓に乗り出すこと。

 

 決闘者はそれぞれの陣営の信徒から選ばれることから、秩序の神によって人間でも認識可能な決闘場が神々の領域に準備された。

 円状の舞台は広く、神聖乗騎や混沌の陣営の魔獣乗騎も存分に使えることだろう。

 

 選ばれた選手たちが準備を整えるまで、数日の準備期間が与えられた。

 僕もトレ相手に特訓に励んだ。

 

 そして、その日が来た。

 

『競争の神の名の元に決闘を行う。

 一対一の決闘を各陣営ごとに行い、合計三回の決闘の後、二勝した陣営を勝者とする。

 なお三陣営が一勝ずつした場合は、後日改めて再戦とする』


 決闘場の控室で待機している僕の耳にその声が響いた。

 

『それでは第一戦。混沌の軍勢対秩序の神。

 後の順番の者が有利にならないように、対戦者でない陣営、この場合、文明の神々の観戦は不許可とする。

 他に疑問はないな? では、選手入場』

 

『行ってきます。秩序の神よ』


『勝利を待っています。アル君』


 決闘場への扉を開き、中央へ足を進める。

 混沌の軍勢の選手はすでに入場していたようだ。すぐにその姿は僕の目に入った。

 

「お、大きい……!?」


 混沌の軍勢の選手、それは巨大な魔獣にまたがった、真っ黒な革鎧を身に着けた常人の二倍近くもある巨人だった。


『混沌の陣営、ここで混沌の軍勢の聖地の守護隊長、《フェンリルライダー》を出場させた!

 乗騎フェンリルも規格外ならば騎手も規格外!

 混沌の軍勢は信徒の数が多いので信徒一人あたりに与えられるクラスの質は比較的低くなるが、数が多いだけに選りすぐった精鋭の基本スペックはそれは高い!

 歯ごたえのある戦いを期待しているとはクラスを与えた獣の神の言葉だ!』

 

 競争の神の言葉が響く。あの、なんでそんなに興奮してるんですか!?

 

『一方秩序の神からは唯一の騎士アル=357。文明の神々から寝返った掟破りの戦士!

 見ての通りの小兵だが、秩序の神から授けられたクラスの力は世界でも随一だ!

 秩序の神からは、うちのアル君は勝ちます、との言葉を預かっています!』

 

 もう競争の神の言葉は無視することにした。

 対戦相手である《フェンリルライダー》の高みにある眼に視線を合わせる。

 その瞳は獰猛ながら、戦いへの期待へ笑みを浮かべていた。

 

「互いによい戦いを。勇者よ。神に栄光を捧げよう」


「ええ、勝利と栄光を」


 いつだったか、誰かとこの言葉を交わした気がする。だが、それももはや過去のことだ。

 今の僕は秩序の神の戦士、神に勝利を捧げるために戦うのみ。

 

『それでは両選手、準備はいいか? 試合、開始!」


 そして僕たちは互いに武器を手に正面からぶつかり合った。

 

 

 *

 

「って、超重量級と正面から殴り合ったら死ぬよね!」

 

 そう叫びながら僕は飛び起きた。はっ、ここは一体……。

 気がつけば、そこは闘技場の控室だった。

 

「僕は死んだような……。負けた、のか……?」


『勝負がつくまではギリギリ生きてました。その後で力尽きたので蘇生しておきました』


 秩序の神の声が頭に響く。

 そうだ、僕は最初にぶつかり合って吹っ飛ばされた後、懐に潜り込んで敵に密着して、ちくちくとひたすら攻撃し続けることで地道に勝利したんだった。最初の一撃がほとんど致命傷だったけど。

 

『ねえ、私に勝ってくるって言ったのに、なんでいきなり突っ込んでるの?』


『す、すいません、つい戦に興奮して……』


『まあ、勝ったから許すよ。勝ったから。……あんまり心配させないように』


『はい、すいません。……次の試合はどうなったんですか?』


『アル君が回復待ちだったから、混沌の軍勢対文明の神々になったよ。

 蘇生の力もポーションとして生成して競争の神に渡してあるから安心』

 

 そのとき、競争の神の言葉が控室に響いた。その言葉は、とても予想していなかったものだった。

 

『勝負あり! 勝者リタ=351! 文明の神々の勝利とする!』



 *


 最後の戦い。闘技場の中央に向かって歩み出る。

 同じように歩み出た人影が一つ。それは見知ったものだった。


「アル。久しぶり。」


「リタ、さん」


 何故彼女がここに。いや、考えるまでもない。僕の知人だからだ。

 僕を動揺させるために彼女はこの場に戦士として文明の神々に選ばれた

 そんな僕の動揺をよそに、リタさんは僕に向かって口を開いた。


「聞きたいことがある。君は最初から裏切り、利用するつもりで私に近づいたのか」


「それは違います!」


 そう言うのは簡単だった。だがそれに今更どれだけの説得力があるのだろう

 だが、リタさんの反応は僕の浅はかな予想とは違った。


「そうだろう。君からは偽りの気配を感じなかった。よかった。言葉で聞けて安心した。

 だが、そうならば何故君は変心した。何故文明の神々に刃を向けた」


「……今のままの世界のあり方ではこの世界は滅びる。

 そう秩序の神から告げられたからです。

 最初から神から告げられたことだからそう信じていましたが、今では世界の在り方に限界が来ていると僕も理解しています。

 だから僕は世界を壊し、新たな世界を造る。世界は変わるときが来ているんです」


 僕の言葉を聞いて、リタさんはしばらく考えた後、口を開いた。


「そうか、それが君の答えか。

 ……君がそう思うのなら、それにも理はあるのだろう。」


「なら!」


 僕たちが戦うことなんて、そう言おうとしたが、続くリタさんの言葉はそれを拒んだ


「だがそれでも混沌の軍勢との融和などありえない。

 たとえ限界が来ているとしても、文明の神々のもたらした美しい社会、それを私は否定できない

 たとえ現状の社会に問題があるとしても、私が休戦を勝ち取れば、その時間で文明の神々は社会をさらに強く美しく再構築してくれるだろう。

 我々文明の神々の信徒たちは神々の名の元に邪悪と戦い、そして散っていった

 そして私は異端審問官として、神々の名のもとに異端……同胞たちをこの手にかけた

 それをなかったことにするなどできない」

 

「……だから犠牲の名のもとにさらなる犠牲を強いるんですか?」


「……私がその犠牲に意味をもたせる。

 それを否定するのなら、アル、君が私を止めてみせろ」


 それ以上言葉はいらなかった。


『両選手、構え!』


 武器を構える。戦いの前、その最後の時間にリタさんが口を開いた。


「私はこの戦いのために複数の文明の神々からクラスの加護を同時に授かった。

 神々の名にかけて、私は負けない」

 

「負けられないのは僕も同じです。……もう心配させられませんから」


『試合、開始!』


 競争の神の叫び。決闘が始まり……そして終わった。

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