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第4話

 その頃、もう一方の艦隊では琥珀こはく髪の男がタリア大尉と呼ばれていた女性士官から報告を受けていた。


「ミンスター少佐の別働隊が攻撃を開始しました」


「各部隊へ攻勢に出るよう伝えろ。降伏の申し出は受け入れるようにとも」


 指揮座に腰掛ける琥珀髪の男が言ったそばから、タリアは遠慮もなく意見を具申する。


「電子戦で指揮権を奪った方が早いのではありませんか?」


 別働隊が敵艦隊の背後を突き、戦況は自軍に優位な形で推移している。

 おそらくこのままでも勝ちは揺るがないだろうが、一方で電子戦の方は圧勝ともいえる状況であることをふたりとも承知している。

 そのまま相手方旗艦の中枢制御装置(CCU)を制圧した方が、より短い時間で勝利を得られるだろう。

 人命はもちろんのこと、膨大な資源とエネルギーを無駄に浪費するだけの行為はあまり褒められた話ではない。


 それは琥珀髪の男も十分理解している。

 だがいくら圧倒的優位にあるとはいえ、敵旗艦の中枢制御装置(CCU)ともなればその守りを簡単に崩せるとは限らない。

 悪質なトラップが仕掛けられている可能性も考慮すれば、電子戦に参加している士官たちの安全は必ずしも担保されているわけではないのだ。


 一方で宇宙空間の戦いはその大部分が無人の艦船によって行われている。

 それらを指揮する操督艦そうとくかんには生きた人間が多数乗艦しているが、この状況に至っては味方の人命が危険にさらされる心配はほぼないと言っていい。


「万一ということもある。勝ち戦で不要な危険を冒したくない。各部隊の指揮官にも可能な限り後方へ下がるよう伝えろ。あとは無人艦にやらせればいい」


「はっ」


 今度は上官の判断に異を唱える事もなく、タリアは小気味よい返事と共に敬礼を返すと命令を各所へ伝えるべくパネルを操作しはじめた。






 反撃の機を今か今かと待ち受けていた傷の男は、自らが座乗する操督艦そうとくかんでその報告を受け取った。


「司令部より入電。『全部隊攻勢に移れ。ただし操督艦そうとくかんの前線突出は控え、可能な限り後方へ下がること。なお降伏の意思を示した敵艦への攻撃は禁ず』とのことです」


「まあ今さら危険を背負ってまで前に出る必要は確かにないな。命令受領のシグナルを返しておいてくれ」


 傷の男は指揮所ブリッジの中央に浮く指揮座へ腰掛けたまま、通信オペレーターに向けてそう告げた。


 指揮所ブリッジとは言っても琥珀髪の男がいた旗艦のように広くはない。

 部隊指揮を行う操督艦そうとくかん指揮所ブリッジはせいぜい大きめのリビングといったところだ。

 正面のスクリーンも幅は十メートルに満たず、指揮座の彼から見える人員も二十名ほどしかいない。


 指揮座の周囲を小さな物体が三百六十度回り続けていた。

 彼の思考を読み取って、丙種ネットワークに接続する為のMA受信体だ。

 五つのMA受信体は惑星の衛星軌道上を回る人工衛星のように縦横構わず指揮座へまとわりつく。


「さてと、じゃあ遠慮なく暴れるとするか。先撃艦せんげきかんがないのはちと寂しいがな」


 傷の男は指揮座の背もたれへと体をあずけ、目を閉じて集中する。


 視界が閉ざされる代わりに脳裏へと様々な情報が直接差し込まれてきた。

 艦の内外を問わず、操督艦そうとくかんの保有するあらゆる情報が男の要求に応えるべく浮かび上がる。


 傷の男は意識の範囲を拡大して部隊全体を見渡す。

 麾下の無人艦は百二十艦。

 先撃艦せんげきかんのない編制は突破力に難があるものの、面制圧という意味での火力に不足はない。


 左右からは同僚士官の指揮する部隊が前進しつつある。

 前衛部隊として敵の攻撃を受け止めていた男の部隊は、攻勢に転じた時点で中央部隊としての役割を求められていた。


「勢いが弱いな」


 敵艦隊から受ける圧力が弱まっているのは、彼らの後方をミンスター少佐の別働隊が脅かしているからだろう。

 敵先撃艦(せんげきかん)の動きに不自然な点を見つけ、男は敵艦隊の混乱を見て取る。


「正面から押すだけで崩れるか」


 傷の男は脳裏に浮かんだ麾下の制圧艦せいあつかんを三列横陣になるよう並べ替える。

 男の思考をMA受信体が読み取って操督艦そうとくかん中枢制御装置(CCU)へと伝送し、中枢制御装置(CCU)はその情報を丙種ネットワークに乗せ各無人艦の制御を行う。


 MA受信体が思考を読み取るのに〇・〇二秒、中枢制御装置(CCU)への伝送に〇・〇〇一五秒、丙種ネットワークを用いて各艦へと伝わる時間は環境要因や距離にも左右されるが、平均して〇・〇四秒。

 およそ男の思考から〇・〇六一五秒後には無人艦が動きはじめる。

 この技術こそが現代の戦争を支える最も基本的で最も重要なものであった。


「脆いもんだな」


 男の脳に浮かび上がるイメージ映像は、櫛の歯が抜け落ちるように崩れていく敵艦隊の姿を映し出していた。


 人間の意思を直接反映して艦隊行動を取る無人艦同士の射撃戦が繰り広げられる。

 敵艦隊の中でも抵抗の激しい箇所を見つけ、男は指揮下にある艦のうち四割をそちらへと差し向ける。

 抵抗の激しさはつまり、そこに人の乗っている艦――操督艦そうとくかん――が存在する何よりの証拠であった。


 先撃艦せんげきかんの速度には劣るものの、麾下の迎撃艦げいげきかん制圧艦せいあつかんが最大戦闘速力で急行する。

 敵艦がこちらの艦を寄せ付けまいと弾幕を張った。


 傷の男がそれに気付いた瞬間、考えるよりも早く回避の指令が無人艦に伝わる。

 姿勢制御スラスターを全開にして味方の迎撃艦げいげきかんが急激に進路を変えた。

 機関全開の状態から行われるベクトルの変更はもはや人間が乗艦して耐えられるものではない。

 艦隊戦が無人艦の遠隔操作によって行われるようになった最大の要因である。


「三隻くらいなら!」


 男の脳裏に味方の被弾状況が浮かぶ。

 回避に失敗した無人艦が三隻、戦線から脱落していく。

 男は感覚的に損害状況を理解しながら、敵の中心にいる動きの遅い操督艦そうとくかんへと攻撃を集中させる。


「悪いな、戦場なんだ」


 次の瞬間、敵操督艦(そうとくかん)の船体が無数のエネルギー弾で貫かれる光景が男の脳裏に浮かんだ。






 旗艦の指揮所ブリッジ

 琥珀髪の男は悠然と構えて各部隊からの報告に耳を傾けていた。


「敵右翼部隊壊滅」


「第七部隊、態勢を立て直すため一旦後退します」


「第五部隊、第七部隊の戦闘区域を引き継ぎました」


「敵上翼部隊後退を始めました」


 敵に比べて味方の損害は少なく、また通信も確保されている。

 敵は混乱し、無人艦の半数近くが機能不全に陥っている上、通信障害により連携も取れていない。


 戦いは徐々に収束しつつあった。


 このまま何事もなければ勝利は間違いないだろう。

 もちろん何が起こるかわからない戦場でのことだ。

 そういった油断が命取りになることは、琥珀髪の男も理解している。


 オペレーターからもたらされる報告とスクリーンに映し出される情報の分析に注力していた琥珀髪の男は、後ろから近付いてくる足音に気付く。

 独特の軽い足音から人物を特定し、琥珀髪の男は首だけで振り返ると労いの言葉を投げかけた。


「ご苦労さま。あっちはもういいのか?」


「はい。もはや攻勢に出る必要はありませんし、敵の逆撃に対する備えだけであればあのふたりに任せても大丈夫です」


 やってきたのは先ほど電子戦の指揮を任せた黒髪の女性補督(ほとく)であった。


「そうか。じゃあタリア大尉は持ち場に戻っていいぞ」


「はっ、失礼いたします」


 琥珀髪の男がそう告げると、代理として補佐の任についていたタリアは教本通りの敬礼を残して持ち場へ戻っていった。


 代わりに男のとなりへ黒髪の女が立つ。

 すでに戦いは終わりつつあり、現在は残敵の掃討に移っている状態だ。


 ふたりして大型スクリーンに映し出された状況を見ていると、補督が何気なく疑問を口にした。


「降伏はしてこなかったの?」


「……こっちも鬼じゃないんだから、降伏してくれば受け入れるのにな」


 上官に向けるものとは思えない女性補督の言葉に、琥珀髪の男は音波キャンセラーが起動していることを確認すると、軽い口調で答えを返す。


「一度くらい降伏勧告してみるべきだと思うけど」


「勧告されたくらいで降伏してくるなら、もうとっくに白旗を上げているだろ」


 女性補督のくだけた口調も気にせず琥珀髪の男は他人事のように答える。

 とても艦隊を率いる指揮官とその補佐役とは思えない会話だが、ふたりの間に流れる空気は穏やかで互いに気負いも感じられない。


「そうやって決めつけるのがあなたの悪いところね。世の中には他人から促されないと決断できない人間だっているのよ」


「そういうくだらないプライドにこだわって死ぬなら、そいつはそこまでの人間だって事だろう?」


 ふたりがただの上官と部下ではなく、個人的にも遠慮のいらない仲であることが雰囲気からはうかがえた。


「指揮官は自業自得かもしれないけど、その部下たちは可哀想でしょ」


「わかったわかった。そう怒るなよ」


 やや剣呑な光を浮かべはじめた女に押し切られる形で琥珀髪の男は自ら折れた。

 周囲に他の人間がいないからこそのやりとりである。


 琥珀髪の男は軽く息を吐くと、指揮座前方の何もない空間へと話しかけた。


「アイリス、聞いていたな?」


 男の問いかけに反応して若い女の姿をしたホログラムが現れる。


「肯定します」


 中枢制御装置(CCU)の擬人化された外部インターフェイスが微動だにせず答えた。


「残っている敵の操督艦そうとくかんに向けて降伏勧告してくれ。降伏の意思があるなら機関を停止して電子防壁を解除するよう伝えるんだ」


「命令受領。残存の敵操督艦(そうとくかん)全てに向けて、降伏勧告を送ります」


 アイリスと呼ばれたホログラムの女がそう答えた瞬間に、敵の操督艦そうとくかんへはこちらからの降伏勧告が届いたことだろう。

 もちろんそれを受け入れるかどうかは敵次第だが、やるべきことはやったとばかりに背もたれへ体をあずける。






 それから十分も経たずに敵の残存艦艇が壊走しはじめた。


 味方は無人艦を差し向けて追撃をしながらも、深追いはせず味方の損害を減らすことを重視しているようだ。

 琥珀髪の男は満足そうに頷くと、擬人化された中枢制御装置(CCU)のインターフェイスへ話しかける。


「アイリス、損害状況を」


「報告。味方の損害は無人艦の消失三十二隻、大破十四隻、中破十七隻、小破四十三隻、操督艦そうとくかんの損害はありません。人的損失はゼロです。エネルギー充足率は十二・七ポイント下がって現在六十四・一パーセントです」


 瞬時に中枢制御装置(CCU)が乙種ネットワーク経由で全艦隊の損害状況を集計して報告する。


「敵の方は?」


「推測値ですが、敵艦隊の二十・六パーセントにあたる約百八十隻を撃沈、三十四・五パーセントにあたる約三百隻へ損傷を与えることに成功しています。戦場から離脱した艦船は約四百九十隻と推測します。人的損失は操督艦そうとくかん三隻を撃沈したため、二百人ないし三百人と推測します」


 敵は壊滅と言っていいほどの状況に陥ったようだ。

 これだけのダメージを被ればもはや戦域から撤退するほか選択肢はないだろう。


「わかった。生存者の救命活動に移れ。並行して部隊を再編する。二十分後に各部隊の指揮官と幕僚を集めるよう手配してくれるか?」


「二十分後ではミンスター少佐の出席が困難と結論付けます。三十分後の開始を提言します」


 タクマ・ミンスター少佐の麾下は最も激しい戦いを行った別働隊である。

 乱れた艦列を整え、麾下の部隊を落ち着けるまでには少々時間がかかるというアイリスの判断だった。


「じゃあ三十分後で」


「命令受領。各部隊の指揮官と幕僚を三十分後に召集します」


 琥珀髪の男があっさりと提言を受け入れると、中枢制御装置(CCU)のホログラムは姿を消した。

 ようやく肩の荷が下りたとばかりに表情を緩めた男へ、黒髪の女が気遣わしげな視線を送る。


「少し時間があるし、休憩したら? その間は私が見ているから」


「お前だって疲れているだろう?」


 逆に男の口からも部下を思いやる言葉が出てくる。


「ふふ、あなたもそういう気遣いができるようになったのね」


「……お前は俺のことをなんだと思っているんだ?」


 楽しそうに笑う黒髪の女へ、琥珀髪の男は不快そうな表情で訊ねた。


「心から敬愛するかけがえのない上官」


「嘘くせえ」


 芝居がかった口調で答える女へ、彼女の上官は顔をゆがめて粗野な言葉を返す。


「あら、この真摯な想いが伝わらないなんてとても残念ね」


 そう言って女性士官はまた笑う。

 じゃれあうような言葉のキャッチボールに妙な満足感を感じながらも、実際思考の鈍化を自覚しつつあった男はさっさと白旗を上げることにした。


「まあ、そういうことなら甘えさせてもらおうか。十分経ったら起こしてくれ」


「十分と言わず、二十分は寝ていてもいいわよ?」


 指揮官を集めて行う会議に先立って、部隊の編成案を作り、進軍ルートも再検討しなくてはならない。

 それには中枢制御装置(CCU)のサポートがあるとはいえ、どうしても十分程度の時間がかかってしまう。


 会議十分前まで休んでいてはその準備が整わないにもかかわらず、その時間まで寝ていろと女は言う。

 それはつまり、自分が代わりに準備を進めておくという意思表示なのだろう。


「そこまで負担はかけられん」


「私が好きでやるんだから気にしないで」


 こうしている間にも時間は過ぎていく。

 目の前の部下がこういう状況では頑として譲らなくなると知っている男は、再び降参して彼女の厚意をありがたく受け取ることにした。


「まったく……、俺には過ぎた相棒だ。会議が終わったらシーナも少しは休めよ。これは上官命令だからな」


「了解。じゃああとは任せて」


 にこりと笑って崩れた敬礼をみせる女が、まぶたの向こうに消えていく。

 目を閉じた琥珀髪の男は、思った以上に重くのしかかってくる睡魔へ抗うことなく意識を手放す。


 感覚が薄れゆく中、耳元でささやくシーナの声が記憶の尻尾をそよ風のようにかすめていった。


「お休みなさい、ロイ」


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