第3話
何もエイリアンや異星人を相手に戦っているわけではない。
琥珀髪の男が敵とする艦隊にも人間が乗り込み、艦隊の指揮をする将官とそれらを補佐する士官たちが大勢乗り込んでいた。
銀河連邦共和国として知られる国の艦隊と軍人たちである。
「エリューセラの成り上がりどもめ……!」
指揮所の中央に設けられた指揮座から腰を浮かせて敵をののしるのは、口ひげをたくわえた恰幅の良い中年男性。
身につけている軍服の装飾からも、彼がこの場で最も大きな権限を持っている人物だということがわかる。
「いつまでもたもたしておるのだ! さっさと食い破らんか!」
苛立たしげに叫ぶその言葉は艦隊指揮というよりももはや怒鳴り声でしかない。
「先撃艦部隊、敵迎撃艦に捕捉されました」
「そんな事は言われんでもわかっとる! 制圧艦は何をしている!」
報告してきたオペレーターを叱りつけると、口ひげの男は別のオペレーターに報告を催促する。
「間もなく支援につきます」
「遅い!」
何もかもが気に入らないとばかりに怒鳴り散らす口ひげ男を、横から落ち着きのある声がなだめた。
「少将閣下。あくまでも本命は電子戦による敵旗艦の制圧です。攻勢はそれまでの時間稼ぎですから、敵にこちらの意図を悟られなければ問題はありません」
「むぅ……」
となりに立っていた副官からそう進言され、少将と呼ばれた口ひげ男はようやく当初の作戦を思い出して怒りを静める。
睨むように大型スクリーンを見ていた少将は刻一刻と変化する戦況に不満げな表情を見せると、近くに座るオペレーターのひとりに状況を確認する。
「電子戦の状況は?」
「戦闘開始直後に敵の防壁を突破しかけましたが、あと一歩というところで再展開されてしまいました。現在は膠着状態です」
それで返ってきたのが作戦の失敗を予期させるような報告であれば、再び少将の苛立ちがあらわになるのも仕方ないことだろう。
「なんだと! 電子戦技官どもは何をやっている! 五艦隊分に相当する電衛艦を配備しているのだぞ!」
八つ当たりのように少将の矢面に立たされた不運なオペレーターへ副官が助け船を出す。
「敵の電子戦技官はかなり優秀なようです。少々手間取っているのは確かですが、現在再攻勢に向けて敵防壁の解析を進めておりますので、三十分後には突破できるかと」
副官の言葉を聞いて落ち着きを取りもどした少将は、それでも言葉をとがらせて念を押す。
「失敗するなよ。これだけの電衛艦を引き連れておいて、もし電子戦で負けるようなことがあれば……。地球に帰ったとき、いい笑いものだぞ」
スクリーンに映し出される敵味方の立体モデルが次第に距離を詰めていく。
口は噤みながらも、指揮座の足場を踵で踏み鳴らし、肘掛けの上へ人さし指を途絶えることなく打ちつけるその様子は、少将の苛立ちを言葉以上に表していた。
「制圧艦部隊、先撃艦に追いつきました」
戦果と損害の報告が矢継ぎ早に飛ぶ中、ようやく状況が味方へと傾いてくる。
それからまたしばらくして、ようやく少将が待ち望む報告がもたらされた。
「電子戦の攻勢準備が整いました」
「よし、全面攻勢だ! 一気に決めろ!」
その報告を耳にするなり、少将は立ち上がって麾下の艦隊へ命を下す。
指揮所の中は今まで以上に忙しなく言葉が飛び交いはじめた。
電子戦専任オペレーターが不可視の領域で繰り広げられる戦いの推移を伝える。
「敵防壁突破。旗艦の中枢制御装置へアクセス」
数分後、同じオペレーターが声を弾ませて電子戦技官たちの戦果を報告してきた。
「敵旗艦の中枢制御装置制圧に成功しました!」
この戦いが始まってから最も喜ばしいその報告に、少将が満面の笑みを浮かべる。
「勝ったな」
「……ずいぶんとあっけない気もしますが」
手応えのなさに少将の横へ立つ人間が疑問を呈す。
最初の攻勢を撥ね返した強靱さからは考えにくい結果であった。
だがそんな副官の言葉を少将は笑い飛ばす。
「電衛艦の数が違うのだ。当然の結果だろう」
「そう……、でしょうか」
副官の懸念も勝利を確信した少将には届かない。
「敵の指揮権を乗っ取れ! 快勝だ、快勝! はっはっは!」
「承知しました。敵無人艦の指揮権を書き換え――――え?」
ご機嫌な少将からの指示を受け、電子戦専任オペレーターが敵艦の制御を奪い取ろうと試みて、そこで初めて異変に気付く。
「どうした?」
副官が説明を求めると、途端に慌てた様子でオペレーターが目の前にあるパネルを操作しはじめた。
「し、指揮権の書き換えができません! あ……、ネットワークから遮断されました!」
オペレーターの顔が血の気を失う。
このタイミングでミスをすることなど、許されないと理解しているからだろう。
オペレーターは見るからに狼狽した様子で必死に状況を把握しようと手を動かし続ける。
それが余計に少将の心象を害したようだった。
「どういうことだ!? 制圧したのではなかったのか!」
「制圧には成功しています! ただ敵無人艦への接続が拒否されています! これは…………まさか囮!? やられた!」
上官へ返答しながら対処に追われていたオペレーターの口調が、途端にくだけたものになる。
もはや言葉遣いに気を配る余裕もないのだろう。
それにあわせたかのようなタイミングで他のオペレーターからも悪い報告が次々と上がりはじめる。
「通信障害発生! 各操督艦との連絡が取れません!」
「無人艦の制御率、低下しています! 半数近くの艦に命令が届きません!」
何が起こっているのか理解できないまま、少将は最悪に近い凶報を受けることとなった。
「左後背上、敵の攻撃です!」
「方位二二七の三六、距離二十五! 先撃艦を中心とした高速部隊です! 数、およそ百隻!」
「な……! 後ろだと!?」
思いもよらぬ敵の出現に一瞬呆然とした少将だったが、すぐさま意識を切り替えると索敵担当のオペレーターを叱責する。
「そんなに近付かれるまで何故気付かなかった!」
「敵が恒星の陰から出てくるのとほぼ同時に通信障害が発生したため、補助観測システムに切り替えたタイミングを突かれました!」
おそらく通信障害が発生していなければ観測機からの情報によりもっと早く敵の接近を察知できただろう。
しかし観測機からのデータが届かないのでは、いくら不十分な情報の分析をしたところで敵に気付くはずもない。
観測機のデータに頼らない補助観測システムへの切り替えには多少の時間がかかってしまう。
それも普段であれば致命的な問題を発生させるほどの隙にはならない。
だが現実にはそのわずかな隙にあわせて敵は恒星の陰から出て攻撃を仕掛けてきたのだ。
偶然だと言い切るにはあまりにも敵に都合の良すぎる結果だった。
「まさか狙ってやったとでもいうのか……!」
少将がおぞましい怪物でも見たかのように顔を青くする。
「恒星をわざわざ回り込んできた? 電衛艦を増やしたことで観測機の展開数が減っていたとはいえ、ここまでの接近を許してしまうとは……」
副官が苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。
電子戦での優位性を確保するために電衛艦の数を増やした結果、中枢制御装置の処理能力を電衛艦の統率に多く割かざるを得なかった。
結果、観測機の制御数にしわ寄せが行き、索敵能力が通常よりも落ちることは避けられなかったのだ。
もともとそれを承知の上で今回は艦隊を編制している。
全ては電子戦での圧倒的な優勢を活かし、一撃必殺で敵の中枢を仕留めるはずだった。
その狙いが脆くも崩れ去ってしまった今、味方は後背から敵の別働隊に襲われ窮地に陥っていた。
「閣下、ご指示を!」
「ぐ……、迎撃艦を回せ!」
「間に合いません! すでにこちらは射程に捉えられています!」
副官に促されて少将が指示を出すも、士官のひとりが状況的に不可能であることを告げる。
「防護艦に止めさせろ! 迎撃艦が展開するまで時間を稼げ!」
「閣下! 先撃艦相手に防護艦だけでは無茶です!」
その無謀な試みを副官が止めようとするが、それは少将の怒りを買うだけの結果に終わった。
「ならば他に手があるのか!」
「うっ、それは……」
すぐさま有効な策が思い浮かばず、副官は言葉を詰まらせる。
その後ろではオペレーターが自軍の苦境を次々と報告する声が響いていた。