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第2話

 命令を待ち焦がれていたかのように麾下きかの艦が一斉砲撃を開始する。


 敵が第一射を放った時と比べ、すでに敵と味方の距離は二十分の一にまで縮まっていた。

 これだけ距離が近付けばエネルギー兵器と実弾兵器の着弾偏差を気にする必要はない。


 横倒しにした円錐えんすい形、あるいは円筒形を基本に設計された艦船が互いに一定の距離を保ちつつ隊列を組んでいる。

 敵艦隊へと向けられた艦の先頭部から複数の弾頭が解き放たれて一直線に目標へ飛んでいった。


 漆黒の宇宙空間をまばゆい光の一条ひとすじが貫く。

 光速の十二パーセントにまで加速されたエネルギーの束が、遮るもののいない真空を突き破る。


 同時に他の艦からも放たれたエネルギー弾が連なり、ほんの一瞬だけ真空を彩る光のカーテンを出現させた。

 もちろん広大な宇宙のスケールから見れば、それも黒い有機ガラス板についたほんの小さなかすり傷にすぎない。

 艦隊の側で輝く赤色矮星せきしょくわいせいの暴力的な熱に比べれば、惨めになるほどちっぽけな力である。


 だがそれでも人の作り出した宇宙艦艇を破壊するには十分な力だ。

 無数の光が敵の艦隊に吸い込まれていき、一瞬遅れていくつもの丸い光が浮かび上がった。

 被弾した敵艦の中で、運悪く機関部へ直撃を受けたものたちだろう。

 炉の緊急停止が間に合わず、膨大な熱と光を暴走させて宇宙の塵と消えていったであろうことがうかがえる。


 当然相手も黙ってやられているわけではない。

 返礼とばかりに敵艦隊からもエネルギー弾と質量弾が浴びせられる。


 現在の距離ではほとんど回避不可能といえるエネルギー弾が味方艦の障壁シールドを貫かんと襲いかかった。

 そのほとんどは障壁シールドに阻まれて熱と光を無駄に放出しただけに終わったが、運悪く複数のエネルギー弾を局所的に受けた艦が守りを貫かれて被弾する。


 敵味方双方の艦隊で時折輝く光の球体。

 資源とエネルギーを無駄に消費し続ける生産性の全くない行為が続く。

 唯一の救いは、その輝く光の中で人の命が消費されていないであろうことだけだった。






 艦隊の中心に位置するひときわ大きな宇宙艦艇の指揮所では、椅子から立ち上がった琥珀こはく髪の男が指示を出していた。


「このまま指示があるまで各個に撃破。前衛部隊の様子は?」


 続く状況確認の言葉に、オペレーターのひとりが答える。


「時折局所的な攻勢に出つつも、全体としては後退中です」


「よし、そのまま敵を恒星との間に引き込め」


 刻一刻と変わるスクリーン上の立体モデルを睨みながら、琥珀髪の男が追加の指示を出そうとしたその時、スクリーンの一部が警告色に変化して問題を知らせる。

 同時にオペレーターが口頭で報告を行った。


「敵艦隊の一部に急激な動きあり! 先撃艦せんげきかんによる突撃と推定!」


防護艦ぼうごかんを下がらせて迎撃艦げいげきかんを前に! 食い止めろ!」


 すぐさま琥珀髪の男が対応方針を声に乗せて飛ばす。

 そこへ重なるように新たな警告色がスクリーンへ表示された。


「旗艦の電子防壁、侵食を受けています! 負荷増大! あと三分で許容値を突破します!」


 それは目に見えない戦場でも戦端が開かれたことを知らせる報告だった。

 予想よりも早い敵の動きに、琥珀髪の男は誰にともなくつぶやきを口にする。


「敵の電子戦技官が意外にやるのか、それとも電衛艦でんえいかんの数が多いのか……」


 味方の防壁は並の攻撃で突破できるほど脆くない。

 先ほどの会議でタクマが口にしたように、琥珀髪の男が最も信頼する補督ほとくによって構築された防壁だからだ。


「迎撃にあたります」


 先ほどの会議で横に座っていた女性補督(ほとく)が、言葉少なく対応を口にした。

 対する答えはさらに短い。


「任せた」


 これ以上無く端的たんてきな返答は、なによりも相手に対する信頼の証である。

 黒髪の女は教本通り一分の隙もない敬礼を向けると、その場にいる三人の女性士官へ指示を出す。


「タリア大尉は私に代わって提督の補佐を。マーガレット少尉とラン准尉は私と一緒に潜りなさい」


 三人からそれぞれ返事を受けると、黒髪の女性士官は麻くず色の髪をした士官だけをその場に残し、ふたりの部下を引き連れて歩き出そうとする。


「三人で足りるか?」


 その後ろ姿に向けて、首だけで振り向いた琥珀髪の男が気安い声色で訊ねた。

 黒髪の女が立ち止まり上半身だけで振り向く。

 肩口までの長さで切りそろえられた漆黒の髪がふわりと空気をはらんで流れ、左耳の少し上に飾られている翼を模したヘアピンが照明を反射して光った。


「あら、心配してくださるのですか?」


 緊張を全く感じさせない口調で楽しそうに問いかけてくる女へ、琥珀髪の男は苦笑を浮かべながら答える。


「まさか」


 首の向きを前に戻して片手を挙げると、男はその手をひらひらと漂わせて会話を終わらせた。






 淡く光る壁に包まれた、殺風景な部屋の中。

 時折ノイズが走ったように壁が歪み、音のない状況もあわさって妙に浮き世離れした印象を与える光景の中、三人の女が立っていた。


 ひとりは先ほど琥珀髪の男と言葉を交わしていた黒髪の女性補督。

 その前に並んで直立しているのは長い赤髪の女と、栗色の髪をしたショートヘアの女である。


「ふたりとも準備はいい?」


「はい」


「はい」


 黒髪の女がふたりの部下へ方針を告げる。


「まずはこちらへの侵入を試みている敵の攻勢を排除します。並行して敵艦隊の機関部へかせをつけて足を止めましょう」


「敵前衛を止めるのですか?」


 マーガレット少尉と呼ばれていた赤髪の女性士官が確認をする。


「いいえ、足を止めるのは操督艦そうとくかんだけで十分です」


「通信の撹乱は?」


「現時点では不要です。ミンスター少佐が到着して攻撃を開始するタイミングで撹乱を行います。その後は戦況に応じて判断します」


「承知しました」


 疑問を解消したマーガレットへ黒髪の女が具体的な指示を下す。


「敵への攻勢準備はマーガレット少尉に任せます。操督艦そうとくかんの場所と艦数を早急に調べて侵入口を開いておきなさい。敵電衛艦(でんえいかん)の数が多いかもしれないので、無理はしないように。危険だと判断したらトラップをバラ撒いてすぐに引き返して構いません」


「はい」


 命令受領を言葉と態度で表したマーガレットの姿が薄れ、すぐに消え去る。


 姿が見えなくなっても存在が消えてしまったわけではない。

 仮想的な空間において、視覚へ映し出す姿形はあくまでも便宜上のものであり、たとえ形を成していなくてもそこへ存在していることには変わりがなかった。

 マーガレットは受領した命令を速やかに実行すべく、作業へ取りかかったにすぎないのだ。


「ラン准尉は私と一緒に敵攻勢の排除を。多少の欺瞞ぎまんは見られますが、おそらく敵の狙いはアイリスでしょう」


 残った栗色髪の女性に向けて黒髪の女がそう告げる。

 ラン准尉と呼ばれた女は驚きを顕わにして個人的な感想を口にした。


「いきなり本丸を狙ってくるとか、ちょっと大胆ですね」


「それだけ自信があるということでしょう。事実、あらかじめ張っておいた防壁にひびが入っています」


 時折部屋の壁がノイズで歪んでいるように見えるのは、黒髪の女が戦闘開始前に構築した防壁に攻撃が加えられているからである。


「とか言いながら、片手間にその防壁を修復する上官の恐ろしさがハンパねー」


 候補生気分の抜けていないラン准尉が、まだ軍艦の空気に染まりきっていない初々しさを悪い意味で発揮する。

 独り言とはいえ、上官を前にして不用意な発言をするなど、普通は良くて叱責、悪ければ再教育プログラム行きである。

 トップのおかげで他に比べると開放的な雰囲気のあるこの艦隊だからこそ、許される発言であった。


 黒髪の女はラン准尉の失言に触れず、苦笑を浮かべただけで話を続ける。


「まずは電衛艦でんえいかんの八番を准尉の制御下に」


デコイにするんですね?」


 上官の意図をすぐに悟るあたり、能力的には決して無能ではないらしい。


「ええ、マーガレット少尉の準備が整うまで敵の意識を逸らしておきましょう。八番艦のシグナルパターンをアイリスに同調させて偽装し、敵の攻勢を誘引します」


「はい!」


 ふたりの周りを囲むように色とりどりのパネルが出現して宙に浮き上がる。

 敵からの攻勢圧力、その侵入経路、現在の防壁強度と破損箇所、様々な情報が視覚化され、表示された数値がめまぐるしく変わり続けていた。


 黒髪の女は手をかざし、そのひとつへ干渉しはじめる。

 敵の主攻勢プロセスだ。


 思った以上に敵からの攻勢圧力が押し寄せてきているが、逆に言えば予想よりも強いという()()で対応できなくなるほどではない。

 圧力は強いが技術的にはそれほど見るべき点はなかった。

 おそらく相手の力量が高いのではなく、単に電衛艦でんえいかんの数が多いだけなのだろう。


 防壁につけられる傷をひとつひとつ丁寧に修復しながら、同時に相手をあざむくための罠を構築していく。


「一時間以内に勝負をつけます」


 ふたりの部下と自分自身に向けて黒髪の女が宣言した。


 宇宙空間での戦場は琥珀髪の上司に任せておけばいい。

 黒髪の女が彼に全幅の信頼を寄せるのと同じように、彼も部下である自分を頼み、もうひとつの戦場において勝利を疑わずにいてくれる。


 自分を信じてくれる上司のために、全力でこの戦場を支配下に収めてみせよう。

 固い意思と共に、黒髪の女性補督は自らの戦場へと身を投じた。


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