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1.エルマー

name:エルマー

Sex:男

Age:23 /Height:174/weight:62

Blood Type B

ability:身体強化レベル9/重力発生レベル9



 生まれたときから、ゴミ溜めみてーなところで暮らしていた。

 俗にいう、貧民街(スラム)ってやつだ。

 道はそこら中に汚ねーゴミや瓦礫が落ちていて、舗装なんてもちろんされてない。裸足で走ると必ず怪我をした。そのおかげで足の裏の皮は年々厚くなっていった。


 母親はスラムに住む、美人な娼婦だったらしい。

 だが、物心ついたときには、流行病でもう死んでいた。父親は客の誰かだろうが、もちろん分からねー。だから、親はいないみたいなもんだった。


 親がいなくて寂しいっていう、感情はなかった。

 強がってるわけじゃない。マジで寂しくなかったし、必要性も感じていなかった。

 俺みてーな親なしのガキなんて、ここには山ほどいたから、ガキ同士で群れて、大人相手に悪さをして、時には痛い目を見て、けれど楽しく暮らしてたんだ。


 他のガキたちは、金持ちになる夢を見てたみたいだが、俺は興味がなかった。

 このきたねー暮らしが割りと気に入っていたし、誇りを持っていたからだ。

 

 **


 俺は、生まれつきの能力持ちだった。

 身体強化と重力操作のレベル9。

 たまたまスラムに能力の種類とレベルを調べられる奴がいたんで、その事実は幼い頃から知っていた。

 この世界では、まれに異能力持ちの人間が生まれることがある。だが確率は相当低く、レベル9となると、はっきり言って俺以外に見たこともなかった。とんでもなく珍しい存在だったのだ。

 幼少時はその希少さをあまり理解していなかった。能力を使って、食いモンを盗むぐらいのことはしていたが、それぐらいだった。かわいいもんだ。

 だが年を重ねるごとに、俺はその希少さを理解していった。

 

 能力持ちの奴はたまにいるが、レベル9なんて俺以外に見たことがない。

 もしかして俺って、最強なんじゃねーか?

 

 十歳を過ぎたころ、ようやくそれを理解した。

 異能力のレベルは最高で10まであり、実際にレベル10の奴は存在しているらしい。つまり俺より強い奴はいるってことだ。

 だがレベル10は、この世界にたった一人しか確認されていないらしい。

 それも隣国の王様だ。

 他の国のことなんて、俺には関係ねーから、実質俺が最強。そう思っていた。


 自分がとてつもなく強いことを理解した、十二、三歳の頃には、もはや無敵だった。

 喧嘩で負けた記憶がない。

 大人はみんな俺の顔を見て、悲鳴をあげて逃げていく。他の悪ガキ共と一緒に、街へ繰り出しては、金持ちからいろんなモンを奪った。

 

 唾を吐きやがった金持ちのガキのでけー家を、能力でぺちゃんこにしたり、わざと売り飛ばされて、楽しもうとしやがった変態のクソジジイを返り討ちにしたことだってある。


 だが、この能力を使って、成り上がるつもりは一切なかった。

 いざとなりゃ、地位も名誉も手に入れられただろうが、俺はここの生活が気に入っていたのだ。

 それを言うと、仲間のガキ共は「変わり者だな」と笑った。「俺なら絶対に兵士にでもなって、成り上がってる」と口々に言われた。

 だが俺は、小奇麗な服も、名誉も興味がなかった。服なんて着られりゃなんでもよかったし、うまい食いモンなんて簡単に奪えた。

 このきたねー場所で、きたねーガキの俺に、小奇麗な服を着ている金持ち共が俺に畏怖する。

 それが最高の気分だった。

 これ以上の生活はないと思っていた。


 

**

 

 十六歳になった。

 その頃には、スラムを牛耳る存在になっていた。

 肩まで伸びた長い金髪を後ろで一つに結んで、使わねー短刀を腰に下げて、仲間と一緒に街へ繰り出す。

 そんで、羽振りのいい地主やら領主を襲って、理不尽に金を奪った。

 そんな生活をしてたから、そこら中にいる庶民より、間違いなく金はあった。

 この国――プレジュ王国で、俺の名前を知らない奴なんていないんじゃないか。そう錯覚するほどに、俺の悪名はどんどん広がっていった。

 


**


 二十歳になったある日、スラムのアジトに客が来た。

 そいつが姿を現した途端、周りにいた奴らは色めきたった。

 やたら身なりのいい、女のガキだったのだ。

 さらさらのベージュの髪に、宝石みてーな紫色の瞳。肌は透き通るように白い。かっちりした白いジャケットと細身のズボンを着用している。まるで作りモンの人形みてーな見た目をしていた。

 そいつを見て、よくここまで無事に来れたなと思った。

 ここじゃ、顔のいいガキ、特に女はすぐ連れ去られて売られてしまう。

 男の俺ですら、ガキのころは十回以上さらわれかけた。もちろん返り討ちにしたり、さらわれた先でクソジジイの骨を折ったりしていたが。

 みたところ、十二、三のガキだが、売り飛ばすには適齢だ。

 こんな小奇麗な奴が歩いていたら、三秒でさらわれて売られそうなモンだが、奇跡的にここまできたらしい。運のいいガキだ。


「エルレインと申します」


 そいつは顔に似合う、透き通るような声で名前を言って、微笑んだ。

 こいつは王族のガキだ。すぐに分かった。

 立ち振る舞いが違う。周りの人間を引き付けるような、優雅な立ち振る舞い。証拠に、アジトにいる仲間は全員、だらしなく鼻の下を伸ばしてガキを見つめていた。

 すぐにこのガキが嫌いになった。

 俺は基本的に、身なりのいい奴や王族の人間が大嫌いだった。

 いいとこの坊ちゃんが俺を見下しているように、俺も金持ち共を見下していた。何しろ金持ちの奴らは、その恵まれた生活に甘えて根性がない。俺らみたいな反骨精神が足りねーと常々そう思っていた。


「ここに、レベル9の能力者がいると聞いて、お伺いいたしました。どなたですか?」


 エルレインと名乗ったガキは、見る者を引きつけるように微笑みながら、そう言った。

 ガキらしくない、丁寧な口調だ。腹立つ。

 だが、こいつの目的がようやく分かった。

 王族の人間が、俺を勧誘しにきたのだろう。兵士になれとか、王の側近になれとかそういうのだ。

 本来なら、こんな生まれの俺を王宮に入れるなんてとんでもねーことだろうが、レベル9というのは、それほど希少なんだろう。金持ち共どころか、王族が喉から手が出るほど欲しい存在らしい。そのことに悪い気持ちはしなかった。


「俺だが?」


 そっけなくそう言う。

 ナメられたくなかった。周りの奴らみたいに、鼻の下を伸ばしたりもしない。っていうかまだガキじゃねーか。正気かこいつら……。

 エルレインは、俺をじっと見て、それから口の端を上げて微笑んだ。


「あなたと取引をしにまいりました。ここにいるあなたの仲間には、手を出さないでさしあげます。だから、私の(しもべ)になりなさい」


 耳を疑った。聞き間違いかと思った。

 きたねーアジトが一瞬静まり返る。直後、大爆笑だった。

 色めきたった目で、エルレインを見ていた仲間たちも、腹を抱えて笑っていた。俺も笑った。こんなにおかしいのは初めてだった。唾を吐きかけてきた金持ちを返り討ちにしたときですら、こんなに笑えなかった。


「威勢がいいな、エルレインちゃん。もうめんどくせー。お前ら、このガキ街行って売り飛ばしてこい」

「えっ、可哀想じゃないですか……」

「何が可哀想だよ。早くしろ。売った金は好きに使っていい」


 俺は残酷にそう言って、背の低いエルレインを見下ろした。

 エルレインは俯いている。きっと泣いているのだろう。

 まー世間知らずのガキだ。謝ったら許してやってもいい。さすがに俺も女のガキには甘いのだ。


「おいガキ。きちんとごめんなさいができたら、許してやるよ」


 そう言った瞬間、エルレインは顔を上げた。

 不機嫌そうに整った眉根を寄せて、見上げられているのに、見下すような目で俺を見たのだ。


「……誰に、ごめんなさいをさせるですって?」


 エルレインはそう呟いた。

 それで終わりだった。何が起きたのか理解できなかった。

 爆音と共に、アジト内の物が次々を浮き上がり、ものすごい勢いで飛び回る。アジトを破壊していった。

 数秒のうちに、アジトはつぶれて、外観が見えた。

 大勢いた仲間たちは呻きながら、全員倒れている。

 俺は地面に尻もちをついて、見上げていた。

 エルレインは、地面に尻餅をついている俺の肩に足を乗せて、文字通り見下して口を開いたのだ。


「――きちんとごめんなさいが出来たら、許してさしあげますわ」


「す、すまなかった……」


 反射的に俺は謝っていた。

 生まれて初めて会った俺よりも強い人間に、俺の反骨精神はぽっきりと折れてしまったのだ。ちくしょう、これじゃだらしねー金持ち共と変わらねーじゃねーか。


「エルマーさん、うらやましい……」


 倒れているが意識はあるらしい仲間の一人が、ぽつりとそう呟いた。

 殺すぞ。



***


 そうして俺は、エルレインの(しもべ)になった。

 エルレインは、レベル10の能力持ちだった。しかも浮力のレベル10だ。俺は重力のレベル9。天地がひっくり返っても勝てない条件で、思わず歯ぎしりしてしまう。まさか俺より強い奴がこの国にいるなんて……。

 

「隣国のティルナノーグの王宮に、騎士として潜入してください」


 城に連れていかれ、キレーなテーブルの上に出されたよくわかんねー味の茶を飲んでいたとき、エルレインはそう切り出した。

 は? 隣国の王宮? なんで俺がそんなトコに行かなきゃならねーんだよ。


「あなたのお仲間がどうなってもよろしいのですか?」


 顔をしかめてあからさまに嫌そうな顔をすると、すぐに脅しが飛んでくる。

 性格が悪い。俺はむくれた顔を隠さずに、エルレインを睨んだ。


「んなトコで何しろってんだよ」

「ティルナノーグの王宮には、治癒能力者たちが囲われています。情報を収集して、たった一人でもよいので連れ去ることが目的です」


 治癒能力者。

 ……あー、なんかどっかで聞いたことあるな。

 めちゃくちゃ珍しい能力なんだっけか。攻撃系の能力じゃねーから全然興味ねーけど。

 たしか、能力で老いも防げて、不老不死になれるんだったよな。


「んだお前、不老不死になりてーのか?」

「……低俗な発想ですわね。それとわたくしには敬語を使いなさい」


 冷たく言われて、舌打ちをした。

 対面しているエルレインは、優雅な仕草で茶を一口飲んで、カップを置く。

 それから、真剣な表情で俺を真っ直ぐに見た。


「……絶対に、助けたい方がいます」

「助けたい奴?」

「はい。絶対に、死なせるわけにはいきません。あなたの潜入直後、わたくしもか弱い侍女を装って、潜入します。何をしても、必ず治癒能力者を連れ去るつもりです」


 エルレインは強い瞳でそう言った。

 こいつのことは嫌いだ。何せ人質をとって、俺を脅してるクソガキだからな。

 だが、はじめてコイツのことを見直した。

 信念を持ってる奴は悪くない。そういう奴は、心が強いんだ。



***


 そして、騎士として王宮に潜入して三年経った。

 もう年齢(トシ)も二十三だ。

 三年もこんな場所で無駄に生きてる。はぁ、つまんねー毎日だ。

 今すぐ逃げ出したいが、エルレインから逃げられる自信がない。それに、スラムじゃ最強だったが、ここじゃそうもいられなかった。

 俺と同格――いや、それ以上の奴が大勢いた。

 はぁ、マジでつまんねー。治癒能力者なんて、どこにいるのかも分かんねーし、早くプレジュに帰りてーよ。



 そんなつまんねー毎日を過ごしていたある日、部下が出来た。

 やたら愛想のいい、十七、八ぐらいに見える女だ。

 異世界から転移されてきた人間で、能力持ちだったから、王宮に入れられたらしい。あんな弱そうな見た目で、ダンジョンを攻略したらしい。スゲー。


 部下ができたのは初めてじゃない。

 ただ、エルレインとこそこそ動いてるのもあって、テキトーに理由をつけてすぐにクビにしていた。怪しまれたくねーからな。

 コイツもすぐにクビにする予定だったが、なかなか使える奴だ。

 移動能力っていう、瞬間移動できる能力を持っていたのがデカイ。行きたい場所に早く行けるんだ。

 騎士はみんな、移動手段にでけー鳥を使っていたが、この鳥は隠密的な役割がある。だからやはりコソコソ動いている俺は使えなかったのだ。

 

 つまんねー毎日だが、となり街のうまい飯を食いに行けるようになった。

 とりあえず、それだけが俺のちっぽけな幸せになっちまった。

 今日も部下のスズに自分の仕事を押し付けて、俺はソファに寝そべって大きくため息を吐いた。


「はぁ……帰りてー」





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