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地域ボランティア

「理子ちゃん。清掃活動って興味ない?」

 いつものように、委員会の当番で椅子に座りぼーっとしていると、隣にいた美世先生が突然話しかけてきました。

 「清掃活動ですか?」

 「うん。近所の公園とか、通学路のゴミ拾ったりするの」

 「あー……あまり考えたことないですね」

 私は苦笑いが出てしまいました。

 「それもそうよね」

 美世先生は、腕を組んで目を閉じます。

 何か考えているようです。いつもほわんと笑っているので、悩んでいる姿は珍しい気がします。

 「何かあったんですか?」

 私は、美世先生に尋ねました。

 「実はね、来週の週末に、地域貢献とボランティア精神を育むということで、学校側で地域の清掃活動をしようってことになったのよ」

 「へぇー、私知りませんでした」

 「大体の生徒は知らないと思うわよ。参加は希望者のみだし、下駄箱近くの掲示板に張り出されているだけだからね~」

 そういわれると、掲示板はあまり見たことがありませんでした。

 部活動の勧誘ポスターが張られているというイメージです。

 「でね、担当が私なのよ~」

 「なるほど」

 「それが、嫌とかじゃないんだけど…あまり人が集まってないのよね~」

 うーんと言って、美優先生は座っていた椅子の背もたれに体を預けました。

 自由参加の活動は、高校に入ってからも、中学生の時も何回かありました。私はあまりそういうのに積極的に参加する方ではなかったのですが、担当の先生がこんなに悩んでいるとは思いませんでした。

 私は、話を聞いて疑問に思ったことを口にします。

 「何人集めなきゃいけないってあるんですか?」

 「ううん。自由参加だからからそういうのはないんだけど……」

 「はい」

 「人数が少ないとあまり広い範囲はできないでしょ~。一人一人の負担が多くなるし、参加する生徒達のモチベーションも上がりにくいし~」

 「あー…そうなると、クラスから一人は参加してっていうのは……」

 「出来ないのよね~」

 人数が集まらなかったら、私が言ったように、クラスから最低何人参加してくださいというような方式にできたはずです。しかし、そうはせずに自由参加にしているのは、生徒の自主性を重視しているのでしょう。そうでなければ、担当の先生が、参加する生徒のモチベーションまで考えないと思います。

 「最初はね、強制参加にしてもいいんじゃないかって職員会議でも話にもなってたのよ。でも、それだと地域貢献はできるかもだけど、ボランティア精神が育たないでしょ~」

 「むしろ、嫌になっちゃう子も出てきそうです」

 「そうそう。だから、強制参加はだめですっていうのを…私が言っちゃった」

 それが担当になった理由でもあるんだけど…と小声で付け加えました。

 なんというか、何でも生徒のことを一番に考えているあたり、生徒想いの美世先生らしいです。

 「今のところ何人参加するんですか?」

 「いろいろと声をかけているからこれから増えるかもしれないけどね。今は8人」

 「少ないですね…」

 今日まで知らなかった私が言えたことではないのですが。

 美世先生が担当だと知ったら、人が集まりそうな気がしますけど、なかなか難しそうですね。

 「理子ちゃんもよかったら参加する?」

 どうしましょう。参加すること自体は嫌ではないのですが、誰がいるか分からないと、正直参加しづらいですね。

 「考えておきます」

 すぐに返事ができたらよかったのでしょうけど、私にはできませんでした。

 友達が1人でもいればいいんですけど…

 「うん。ありがと~」

 美世先生は笑ってくれました。

 それからは、最終下校のチャイムが鳴るまで、2人で図書委員の仕事をしました。

 

 翌日、私は登校するなり、掲示板を見に行きました。

 上履きに履き替え、まっすぐ歩けば正面に掲示板があります。場所としては悪くないとは思うのですが、いまいち目に留まりにくいです。登校してきた生徒は、そのまま教室に向かうために廊下曲がっていきますし、下校するときは、掲示板に対して背を向けることになるのですから。

 久しぶりに見た掲示板には、思った以上にたくさんの紙が貼られていました。部活勧誘に、学校新聞、さらにはどの部活が大会に出て何位だったのかなど。

 その端に、見つけました。

 

 ≪地域ボランティア≫

 今月の第二金曜日 通学路や近くの公園の清掃をします。

 興味のある人は、下の応募用紙をとって担当の貝苅美世先生のところまで持ってきてください。

 

 書かれている言葉通りに、応募用紙が一緒についてました。やっぱり、あまり減っておらず、そこにはまだたくさんの応募用紙が残されていました。

 私は、どうしようかと考えます。私自身は参加してみるのもいいかなと思いますが、誰がいるか分からないとなると少し気が引けてしまいます。一応、今日優里奈ちゃんと愛花ちゃんにも聞いてみようとは思いますけど…

 愛花ちゃんには部活がありますし、優里奈ちゃんはこういうのに積極的に参加するタイプではありません。

 私がそうしてずっと考えていると、後ろから声をかけられました。

 「理子」

 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには、登校してきた優里奈ちゃんがいました。

 「あっ優里奈ちゃん。おはよう」

 「おはよ。どうかした?」

 「実はこれを見てたの」

 私はさっきまで見ていた、ボランティアな髪を指さします。

 「地域の清掃ねー。こんなのあったんだ」

 優里奈ちゃんは珍しそうにまじまじと見つめていました。

 「うん。私も昨日知ったんだけど」

 「参加するの?」

 「うーん…どうしようかなって考え中」

 この日は放課後予定もないですしちょうどいいんですけど。

 「担当美世ちゃん先生なんだ」

 優里奈ちゃんもそこに気が付きました。

 「そうなの。昨日の当番の時に美世先生、人が集まらないって言ってて。だから、やってみてもいいかなって思ってるんだけど、1人だと不安で」

 「確かにね」

 私の性格を知っている優里奈ちゃんはすぐに納得してくれました。

 「担当が美世ちゃん先生なら参加してもいいかな…」

 優里奈ちゃんが、おもむろにそんなことを言い出しました。

 「えっ!」

 私は以外で少し大きな声を出してしまいました。

 近くにいた他の人たちの視線が一瞬私に集中します。私は恥ずかしくなって顔を伏せました。

 「そんなに驚くこと?」

 優里奈ちゃんは私の反応が面白かったのか、顔がほころんでいます。

 「いや、その、なんていうか…優里奈ちゃん、こういうの興味ないと思って……」

 「まぁ、興味ないのは事実だけど。美世ちゃん先生好きだし、理子もやるつもりだし、この日は予定もないからいいかなって思って」

 そういって優里奈ちゃんは応募用紙を手に取ります。

 私もそれに続いて一枚とりました。

 二人して紙をもつと、ここにいてもしょうがないので、教室に向かいます。

 「ありがとね、優里奈ちゃん」

 「いいよ。暇だからね」

 優里奈ちゃんは、クールな印象で間違われやすいけど、友達想いで優しいです。さりげなく私の気持ちを察して、こうして協力してくれます。

 「あとは、愛花だね」

 「愛花ちゃん部活あるから…」

 「ちょっと厳しいかなー」

 自由参加なので、特別に部活が休みになることはありません。

 毎日のように、放課後になるとすぐ部活へと行く愛花ちゃんが、参加するのは難しいと思います。

 できれば3人でやれればいいんですけど…

 その思いは優里奈ちゃんも同じようです。

 「一応、聞いてみよっか」

 「うん」

 ちょうど教室に着きました。

 私たちはそれぞれの机に荷物をおろします。

 それからしばらくして、朝練終わりの愛花ちゃんが教室に入ってきました。

 クラスのみんなにおはよーと挨拶をして自分の席に着きました。

 私の前が愛花ちゃんで、右前が優里奈ちゃんの席です。前に席替えがあって、偶然3人近くになれました。

 「おはよ!」

 愛花ちゃんが私たちに手をあげながら、挨拶します。

 鞄から必要なものと出して、席に着きます。

 準備が終わるのを待って隣の席の優里奈ちゃんが、さっき掲示板から持ってきた応募用紙を出して、愛花ちゃんに話しかけました。

 「愛花、これに参加しない?」

 「ん?なになに……」

 優里奈ちゃんから差し出された紙をまじまじと見ます。

 「あー!これね!」

 すると何か知っている風に、愛花ちゃんが言いました。

 「愛花ちゃん、知ってるの?」

 私は、てっきり優里奈ちゃんと同じ反応が返ってくるのを想像していたので、驚きました。

 何だか今日は驚いてばかりですね。

 「知ってるよー!私、参加するもん!」

 愛花ちゃんの言葉を聞いて、私と優里奈ちゃんが顔を見合わせます。

 私たちが誘う必要がなかったようですね。

 「でも、愛花部活は?」

 優里奈ちゃんが聞きます。

 私も聞こうとしていました。そもそも、2人で話していた時も、愛花ちゃんは部活があるから無理そうと話していたのですから。

 何か理由があるのでしょうか。

 「大丈夫大丈夫。もともと、その日は部活が休みだったのだよ」

 愛花ちゃんはなぜか誇らしげに、指を立てて答えました。

 「まぁ、ボランティアがあることを知ったのは、仲のいい先輩が友達と一緒に参加するって言ってたからだけどね」

 苦笑いしながら言いました。

 私はその言葉を聞いて、納得していました。

 この学校では、特別に部活に力を入れているわけではありません。時々、どこかの部活が大会でいい成績を残しているところがありますが、いたって普通の高校です。

 体育会系の部活は、朝練をして、放課後も下校時間ぎりぎりまで練習しているのがほとんどです。それはテニス部の愛花ちゃんも違いありません。現に、今も朝練を終えてきています。きっと、放課後になったら今日もすぐに部活に向かうでしょう。掲示板は目にも入らないはずです。

 そんな愛花ちゃんが、私でも昨日まで知らなかった、掲示板に張り出されているこのことを知っていたのは不思議に思っていました。

 考えてみれば、私みたいに、クラスの子ぐらいしか関わることのない人よりも、部活で学年関係なくたくさんの人と会っている愛花ちゃんの方が、情報が入ってきやすいのは当たり前の事ですね。

 私がそう考えていると、愛花ちゃんに優里奈ちゃんが顔を近づけていました。

 「愛花、なんで私たち誘ってくれなかったのよ」

 優里奈ちゃんはそう言って、私と自分を交互に指さして言いました。

 言葉のトーンだけ聞いていると怒っているように聞こえますが、口元をよく見てると、少し笑っています。

 「ごめんごめん!」

 愛花ちゃんは片手を顔の前に持ってきて軽く謝罪します。

 それを見て、優里奈ちゃんもくすっと笑いました。私もつられて笑ってしまいます。

 「でも、まさか優里っちから誘われるとは思わなかったよ」

 しばらくしてから、愛花ちゃんはそんなことを言い出しました。

 「絶対興味ないと思ってたもん!」

 まだ笑いが残っている愛花ちゃんとは対照的に、冷静に優里奈ちゃんが答えます。

 「興味ないのは事実よ」

 「じゃあ、なんで参加なんて?」

 愛花ちゃんは不思議そうに首をかしげます。

 優里奈ちゃんが私の方に視線を向けました。それにつられるようにして、愛花ちゃんも私の方に振り返ります。

 「私が、掲示板の前にいるときにちょうど優里奈ちゃんが来て…」

 「理子が参加したそうに、これを見てたから、一緒にやろうかってことになったってわけ」

 「あー、なるほどなるほど」

 それで納得がいったのか、うんうんとうなずいています。

 そして、ふとにやっと笑って、優里奈ちゃんを見ました。

 「なによ」

 視線に気づいた優里奈ちゃんは、少し照れたように横を見ます。

 頬がほんのり赤いような。

 「相変わらず優しいですな~優里っちは」

 「うるさいわね……」

 優里奈ちゃんは完全に照れてしまい、そのまま前を向いてしまいました。

 すると、タイミングよくチャイムが鳴り、担任の先生が入ってきます。

 椅子に横向きの座っていた愛花ちゃんも前を向いて、朝のSHRが始ました。

 

 放課後になって、私は職員室に向かっていました。

 美世先生に応募用紙を渡しに行くためです。国語の授業があれば、その時にでも渡せたんですが、あいにく今日はありませんでした。

 優里奈ちゃんも一緒に来れたら心強かったけど、今日は放課後に予定があるみたいで、すぐに帰らないといけないと言っていました。だったら、私が美世先生のところに出しに行くと、優里奈ちゃんの応募用紙も今手元にあります。

 職員室なんて滅多に入らないところなので、すこし緊張します。

 私たちの高校には、職員室が3つあります。

 第一職員室、第二職員室、体育職員室の3つです。

 第一職員室は1階昇降口のすぐ横にあり、ほとんどの先生がここにいるので、授業以外で先生方に用事があるときは、ここを訪れることになります。

 第二職員室は3階にあるパソコン室の隣にあります。ここには情報の授業を担当している先生方がいます。授業で分からないことを聞きに来る生徒に早く教えられるように、パソコン室の近くになっているようです。

 体育職員室は、文字通り体育の先生方がいる場所ですね。体育館の下にあります。学校の体育館は高床式のようになっていて、下は吹き抜けのスペースになっています。ここに、多目的室と体育職員室があり、残りのスペースは雨の日に外で活動する部活動の練習場所として主に使われています。各部活ごとに、使用できる順番が決まっているため、かぶることはないと前に愛花ちゃんが言っていました。

 そうこうしているうちに、第一職員室の前まで来ていました。

 職員室というのは高校生になっても入りづらいですね。独特の緊張感が扉から漂ってきます。

 「失礼します……」

 ドキドキしながらも扉を開けて中に入ります。

 私はすぐに美世先生を見つけることができずに、きょろきょろしていました。

 「誰か探しているのかい?」

 すると、近くにいた先生が私に声をかけてくれました。

 その先生の顔は見覚えがありましたけど、名前までは分かりません。優しそうな先生だったのでほっとしました。

 「あの…美世…じゃない、貝苅先生っていらっしゃいますか?」

 危ないところでした。いきなりの事だったので、いつものように美世先生と呼びそうになりました。

 身体に冷や汗がでます。

 「あそこにいるよ」

 先生が美世先生を見つけて指をさして教えてくれました。

 美世先生は私が思っている以上に、扉から遠くの机でした。ちょうど背中を向けている状態だったので気づきませんでした。

 「はい。ありがとうございます」

 「いえいえ」

 私は教えてくれた先生に感謝をして頭を下げます。

 笑顔で私に返事をして、その先生は仕事に戻られました。

 先生方の邪魔にならないように気をつけながら、美世先生のところまで歩きます。

 美世先生は何かの作業中なのか、私が近づいても気づきませんでした。声をかけます。

 「貝苅先生」

 「…ん?」

 身体を机の向けたまま、顔だけ振り返ります。

 「あら、理子ちゃんじゃない」

 私の姿を見ると、美世先生は椅子ごと身体を私に向けました。

 「珍しいわね。どうかした~?」

 ニコニコな笑顔で私を見ます。

 ちょっとピリッとした空気の職員室の中でも、美世先生は変わらずほんわかとしていました。

 「これを渡しに」

 応募用紙を、私と優里奈ちゃんの分の二枚、手渡します。

 「え!これ…」

 「はい。友達と一緒に参加します」

 「ありがとう」

 二枚ともをしっかりと確認して、机の引き出しからファイルを取り出してしまいました。

 そのファイルには、割と多くの紙が入っているように見えます。

 「結構人数集まったんですね」

 ポロリと思っていたことが口から出てしまいました。

 美世先生は私がファイルを見て言っていることだと分かったようで、あーこれねと言って、ファイルを持っている手を動かします。

 「そうなのよ。いろんな子に声をかけてみたら、やるって言う子が多くてね~」

 美世先生は何ともうれしそうに顔をほころばせました。

 声をかけてこれだけの人が集まるのは、美世先生だからというのが大きいと思います。中には、美世先生だからやってもいいと思っている人もいるはずです。この活動から、もしかするとボランティアに興味を持つ子も出てくる可能性があるかもしれません。

 そう思うと、生徒と壁を感じさせない美世先生が適任だったのではないでしょうか。

 もしかすると学校側もそれが狙いだったりして……

 「助かったわ~」

 人数が集まってほっとしているのか、美世先生は安堵の声を漏らしました。

 「よかったですね」

 私が言うことではないかもしれませんが、本当に安心した美世先生の顔をみていたら、自然と口に出ていました。

 「理子ちゃんもありがとう。私はてっきり参加しないんじゃないかな~って思ってたのよ」

 美世先生から素直な感想が出ます。

 「昨日の理子ちゃんが考えておきますって言った時の顔、あんまりよくなかったから」

 私は昨日のことを思い出します。

 確かに私一人だと参加しづらいなとは思ってましたけど、顔に出ているとは思いませんでした。

 「ごめんなさい…」

 美世先生に謝ります。

 「ああ、私の方こそ変なこと言っちゃったね。ごめんね!」

 私が謝ったので美世先生は、慌てました。

 「でも!こうやって理子ちゃんは私のところに、この紙を持ってきてくれた。友達の分も含めて。それだけで、先生嬉しいわ」

 気まずくなった雰囲気を変えるように、美世先生は明るい声をあげました。

 すると、突然美世先生は何を思ったのか、私にもっと近くに来るように手招きをします。

 私は不思議に思いながらも、美世先生に従います。

 「本当はこんなことしたらダメなんでけどね…」

 そう声を殺して、応募用紙の入ったファイルの中から一枚の紙を取り出しました。

 「じゃじゃーん。これなんだ~」

 私は先生が見せてくれたその紙を見ました。

 クラスを買う枠があって、その下に名前を書く枠があります。私は名前のところを見て視線が止まります。

 「これって……」

 そこには、2-B 平津幸也と書かれてありました。

 「実は、幸ちゃんも参加するのよ~」

 美世先生がまるで自分のように喜んでいます。

 私はやったと言いたいという気持ちをぐっと抑えました。

 口角が上がるのは、抑えることが出いませんでしたけど。

 「あらあら、嬉しそうね~」

 「はいっ」

 どうにも嬉しい気持ちが抑えきれません。今から楽しみになっています。

 元々、嫌だったわけではないのですが、好きな人が一緒と分かると、友達と一緒の楽しさとは少し種類が変わってきます。とにかく一緒のところにいるだけで幸せと言いますか……

 「まぁ、幸ちゃんも理子ちゃんと同じように、友達と一緒に参加するみたいだけどね」

 美世先生は私が平津先輩と話せないことを心配しているようです。

 確かに知らない人が周りにいると、話しかけられないのは、私が一番よく分かっています。残念ではありますし、出来れば会話をしたい気持ちはあります。

 でも、そんなことは問題ではありません。

 「知れただけでも嬉しいですよ。今から楽しみになってきました」

 この時の私の顔は、恥ずかしいぐらいに笑顔だったと思います。

 「教えたことは内緒ね」

 美世先生は悪戯っぽく笑いました。

 「はい」

 私も同じように笑います。

 「ちょっとごめんねー」

 突然後ろからそう声がかけられました。

 はっとして振り返ると、隣の机の先生が足元の引き出しに手をかけて困っていました。

 どうやら、美世先生と話しているのに夢中になりすぎて、私の身体が隣の机の引き出しを邪魔していたようです。

 私はすみませんと言い、慌てて身体を動かしました。

 それでここが職員室だということを思い出します。

 こんな話を聞かれていたらと思うと、少し恥ずかしいです。周りをぐるっと見渡します。

 しかし、他の先生方は仕事が忙しいのか、せわしなく動いていて私たちのことを気にした様子は微塵も感じられませんでした。

 私はそれを確認してほっと胸をなでおろします。

 少し心が落ち着いたところで、壁掛けの時計が目に入りました。

 時間を確認します。私がここにきてそれなりの時間が経っていました。

 これ以上長居しては、美世先生の仕事の邪魔になってしまいます。

 私はそろそろ失礼する意向を美世先生に伝えます。

 「私はそろそろ帰りますね」

 「うん。ありがとうね。気をつけて」

 「はい。失礼しました」

 美世先生と挨拶を交わして、入ってきた扉に向かいます。

 扉を開けて、出る前に振り返り、もう一度、今度は職員室の全体をを見て、

 「失礼しました」

 頭を下げます。

 扉を後ろ手で締めたあと、一息はきます。

 すると、緊張が解けたのか、中では極力抑えていた気持ちが溢れてきました。

 「うふふ」

 自然と笑みがこぼれてしまいました。

 参加すると決めてよかったです。

 優里奈ちゃんありがとう。

 私は浮足立ったまま家路につきました。

 

 いよいよ、当日がやってきました。

 集合場所のグラウンドに、3人で向かいます。

 軍手やごみ袋など必要なものは学校側が用意してくれるため、これといった持ち物はありません。ゴミを拾い終わったらまた学校の方に戻ってくるので、ほとんどの生徒は鞄も教室においたままです。

 私たち3人も何も持ってきてはいません。

 「はたしてどれぐらい人がいるのやら」

 階段を降りていると愛花ちゃんがそんなことを言い出しました。

 「少ないと思うけどなぁ」

 優里奈ちゃんが素直に言います。

 「だよねー。今どきこういうのに積極的に参加ようとする子の方が少ないだろうしねー」

 愛花ちゃんがもっともなことを言います。

 確かに、ボランティアのようなことをするのは、恥ずかしいという雰囲気があるのは事実です。真面目にやるのはカッコ悪い。そんなことをするぐらいなら、部活をしたり、友達と遊ぶ方が有意義と思うのは高校生にとっては仕方ないことなのかもしれません。それがいいとは思いませんが。

 実際私もボランティア自体に興味があるから参加するわけではないのですから。

 「でも、人数は心配ないみたいだよ」

 私はこの前の職員室での、美世先生との会話を思い出していました。

 「美世先生、参加してくれる子が増えて助かったって言ってた。それに…」

 それに、平津先輩もいるみたいだし……

 私が1人でドキドキしていると、2人がこちらを見ていました。

 「それに?」

 突然私の言葉が途絶えたことに、疑問に思った愛花ちゃんが言葉の先を促してきます。

 私はしまったと思いました。美世先生との会話を思い出した時に、平津先輩のことも思い出してしまい、つい口が滑ってしまったようです。

 「な、なんでもないよ!」

 私は慌てて否定します。

 全身の温度が上がりました。

 「そんなことよりも、早く行こ!」

 話題を逸らすために、私は階段を足早に降ります。

 「えー?なんか怪しい」

 「まぁ、いいんじゃない?」

 2人のそんな声が後ろから聞こえてきました。

 

 クラスの下駄箱で靴に履き替えて、グラウンドに出ます。

 そこには私たちと同じように両手に何も持たない生徒がたくさんいました。ほとんどの生徒が制服の中、体操服の子もちらちら見えます。ざっと見て20人はいるかもしれません。

 私は純粋に驚きました。前聞いたときは8人だったと思うと、美世先生が嬉しくなるのも分かります。

 想像以上に多いです。

 「思ったより全然いるね」

 「ほんとにね。驚いた」

 愛花ちゃんも優里奈ちゃんも同じような感想でした。

 「美世ちゃん効果すげー」

 愛花ちゃんはなぜか少し楽しそうにそんなことを言いました。

 とりあえず私たちも集団の端に入ります。

 遠くに友達がいたのか、愛花ちゃんは手を振っていました。

 開始時間までまだ少し時間があります。

 クラスによってSHRの終わる時間が違うため、開始は少し遅めです。

 その間も私は、周りを見るのをやめられません。

 平津先輩をついつい探してしまいます。

 私と平津先輩は、あれから移動教室の時にすれ違うとお互い挨拶をするぐらいで、図書館で会った以降、しっかりとした会話はする機会がありませんでした。

 学年が違うので仕方のないことですが、やっぱり話したいです。

 今日も無理かもしれないことは分かっているけれど、早くこの目に入れたいという思いが抑えられません。

 しかし、いくら見渡しても姿が見えないです。

 どこにいるんでしょうか。

 すると、こちらに手を振ってこちらの歩いてくる一人の女子生徒がいました。

 その人は、長い黒髪を後ろで結わえて、ポニーテールにしています。背は平均よりも少し高いでしょうか。大きな目が特徴的で、常に笑っているように見える唇と相まって、とても活発でもあり親しみやすい印象を感じさせます。

 「香奈せんぱーい!」

 その女性に向かって愛花ちゃんが手を振り返しています。

 どうやら愛花ちゃんの知り合いみたいですね。

 香奈先輩はそのまま愛花ちゃんの前まで来て止まりました。

 私の予想通り、すらっとした女性でした。

 すると、突然香奈先輩は、愛花ちゃんに抱き着きました。

 「はぁ~!相変わらず愛花は小さくてかわいいわね!」

 さっきまでの大人びた雰囲気はどこへやら、今は愛花ちゃんに思いっきり頬ずりしています。

 「やめてくださいよう。背が低いの気にしてるんですから~……」

 愛花ちゃんも香奈先輩をほどこうとはせずに、されるがままです。

 その光景に圧倒されて、私は言葉が出ませんでした。

 隣の優里奈ちゃんも何も発せずにいます。

 ある程度すると、香奈先輩は満足したのか、愛花ちゃんから離れました。

 「満足!」

 そう言って今度は私と優里奈ちゃんの方に体を向けます。

 私たちは何をされるのかと身構えました。

 「いやーごめんね。びっくりさせちゃったね」

 あっけらかんとして香奈先輩はいきなりのことを謝ります。

 「い、いえ、大丈夫です」

 優里奈ちゃんが戸惑いながらも答えました。

 私はどうしていいのか分からず何も言えませんでした。

 「それで、香奈先輩?どうかしたんですか?」

 愛花ちゃんが不思議そうに聞きます。

 「友達と一緒に参加するって言ってたのに、1人ですよね?」

 周りを見ても、香奈先輩の近くに友達のような人は見かけません。

 愛花ちゃんに気づいて、こっちに手を振っていた時も、1人でした。

 「そうなのよ!まだ来てないみたいでね」

 困ったようにあたりを見回す香奈先輩。

 「相変わらず、マイペースなんだから」

 香奈先輩は校舎の方を見て、まだ来ない友達に向かって呆れたように視線を送ります。

 友達の方が来る気配が感じられなかったのか、視線を私たちの方へ戻しました。

 それからお互い自己紹介みたいなことを軽くしました。

 倉本香奈(くらもとかな)先輩。私たちの1つ上で、高校二年生。愛花ちゃんと同じテニス部に所属していることが分かりました。うすうす気づいていましたが、愛花ちゃんが言っていた仲のいい先輩とは香奈先輩ことでした。

 しばらく香奈先輩を交えた4人で話していると、美世先生がやってきました。

 「みんなごめんね~」

 そう言って美世先生は生徒の前に歩いてきます。

 美世先生の声を聞いて、みんな話すのをやめて前を見ます。

 私もみんなと同じように美世先生の方に視線を移して、そして、美世先生の後ろに2人の男子生徒がいることに気が付きました。

 1人は、背が高くて遠くから見ても目立ちそうです。丸坊主にしていて、無表情で少し怖そうな感じがします。体格が良くて、制服越しからも筋肉があることが分かります。

 隣にはもう1人の男子生徒。私は目を離せなくなっていました。

 そこにいたのは平津先輩でした。

 美世先生の手伝いをしていたようで、2人とも手には軍手やごみ袋を持っています。軍手の方は数が多かったのか、籠に入っていました。

 いくら私が見渡しても見つけられないはずです。

 あまりにも見つけられなかったので、もしかしたら来ないんじゃないかと思ってしまうところでした。

 「なんだ、みっちゃんの手伝いしてたなら、そう連絡してくれればいいのに」

 香奈先輩はそんなことを言いました。

 私はその言葉を聞いて驚きました。てっきり女性が来ると思っていたので、まさか待っている友達が男性だとは思ってもいませんでした。

 少しもやもやとした気持ちが私の中にわきます。

 平津先輩に女性の友達がいるかもしれないのは予想できたはずなのに、私はそのことを考えてもいませんでした。もしかしたら香奈先輩が待っていたのは、背が高い人の方で、平津先輩ではないかもしれません。でも、香奈先輩の視線は2人に送られているような気がします。

 私がそのことを香奈先輩に確認しようとしたところで、前にいる美世先生が話し始めました。

 「今日はみんな参加してくれてありがとね~。これからやることを説明するね。掃除する範囲は、正面の校門から最寄りの駅までの道と、その途中にある公園のゴミを中心に拾っていきます。清掃なので、ゴミだけじゃなくて、道に広がる落ち葉や枝なども拾ってね。とにかく、いつも通っている道などを綺麗にしようって気持ちを持ってやってくれれば大丈夫だから」

 美世先生は全体を見て説明します。

 「1人で黙々とやるのもいいし、友達と一緒にやるのもいいわ。それはみんなにまかせます」

 にこっと笑ってそう言いました。

 「軍手とかゴミ袋、あとトングなんかもあるから、各自で必要なものを持って行ってね。軍手はちゃんと人数分あるから安心して」

 美世先生がそう言って、自分の横に立っている2人の持っているものを手で指して言います。

 「さっき言った範囲を外れて、ゴミ拾いしても構わないから。あまり遠くには行かないでね。大体、1時間くらいしたらまた、ここに戻ってきて。それじゃあ、始めましょうか!」

 その言葉をかわきりに各々が、道具を取りに行きます。

 私たちも流れに乗って取りに行きます。

 1人1人軍手を取ると、ゴミ袋は1枚にしました。3人でやるので、ゴミ袋は3枚もいりません。

 「さてと、どこやる?」

 愛花ちゃんが聞いてきます。

 私はそれよりも香奈先輩が気になって仕方ありません。

 香奈先輩は私たちと一緒に道具を取りに行くと、そのまま手伝っていた2人と話し始めていました。これで、平津先輩とも話して仲良く話しているので、2人のことを待っていたことが分かりました。

 愛花ちゃんと優里奈ちゃんも気になっていたのか、3人して視線は香奈先輩の方へと向いています。

 「まさかだねー」

 愛花ちゃんの口から言葉が漏れます。

 私は何とも言えない表情になりました。仲良く話しているのを見ると、友達なのは分かります。けど、見てると仲が良すぎるような気がして、関係が気になってしまいます。

 「いっそ、香奈先輩たちと一緒にやる?」

 そんな私を見ていたのか、愛花ちゃんが提案してきました。

 私はどうしようか迷いました。平津先輩とできるのは嬉しいけど、正直に言って、丸坊主の人は少し怖いです。香奈先輩もいるから問題ないとは思いますけど、それでも気乗りはしません。

 でも、平津先輩と香奈先輩のことが気になってしまうのも事実で……

 「いいんじゃない?そこら辺はまかせるって、美世ちゃん先生も言ってたし」

 優里奈ちゃんが賛成しました。

 「理子もこのままだと気になって何もできなさそうだしね」

 私の気持ちを察したのか優里奈ちゃんが言います。

 「うん……」

 「じゃあ、私が声かけてくるよ!」

 愛花ちゃんはそう言って、香奈先輩たちの方に歩いていきました。

 私も優里奈ちゃんと一緒に愛花ちゃんの後をついていきます。

 「香奈先輩」

 「ん?なに?」

 「私たちと一緒にやりませんか?」

 愛花ちゃんは後から歩いてきてきた、私たちも踏まえて3人に聞きます。

 「私はいいよー」

 香奈先輩は承諾してくれました。

 平津先輩たちはどうでしょう。

 「俺も問題ないよ。この3人なら顔見知りだしね」

 「オレも構わん」

 平津先輩は私たちとは、移動教室の時に挨拶をするので、お互いに知っています。

 「なに?幸くん、いつのまにこんなかわいい子たちと知り合ってたの~?」

 香奈先輩はからかうように平津先輩の顔を覗き込みます。

 「ま、まぁ、たまたまね」

 平津先輩はここで経緯を話すと長くなると思ったのか、はぐらかします。

 「移動教室の時にこの3人とはよくすれ違うんだ」

 丸坊主の方が端的に付け加えます。

 その言葉で、私は平津先輩とよく話して教室から出で来る相手が、この人だったことに気づきました。

 お恥ずかしい話、平津先輩しか見えてなっかったです。

 そう思うと、さっきから抱いていた、怖そうだという印象が少し薄れてきました。

 愛花ちゃんと優里奈ちゃんの態度は変わらなかったのを見ると、気づいていなかったのは私だけだったようです。

 「とりあえず、さっきもしたけど、一応自己紹介しとこっか」

 香奈先輩たちが順番に自己紹介していきます。

 「私は倉本香奈ね。よろしくー」

 2度目なこともあり、香奈先輩は軽くで終わらせました。

 「オレは石井智弘(いしいともひろ)だ。野球部に入っている。よろしく」

 石井先輩は短くそれでだけ言うと、平津先輩に順番を渡しました。

 「俺は平津幸也って言います。あらためてよろしくね」

 平津先輩の後の、私たちも順番に言っていきひとまず、全員の名前は分かりました。

 「そろそろ移動するか」

 石井先輩が軍手をはめながら言います。

 「だねー」

 香奈先輩の返事とともに歩き出しました。

 

 「どこやりますか?」

 駅までの道を歩きながら、愛花ちゃんが尋ねます。

 「道はもうきれいだからねー」

 香奈先輩が先に続く道を見ています。

 私もさっきから見てますけど、先に行った人たちのおかげか、ゴミはおろか落ち葉もほとんど落ちていません。

 「だったら、公園にします?」

 優里奈ちゃんが道を見ながら言いました。

 「それもそうだね。昨日は風が強かったから、落ち葉とかも多いかも」

 平津先輩がそれに答えます。

 ということで私たちは公園に向かいました。

 公園に入ると、ところどころに生徒が見えます。

 平津先輩に言ったように、思っていた以上に落ち葉や枝が落ちていました。まだまだ、無くなる気配は見えません。

 「オレ達は奥の方に行くか」

 入り口近くは他のグループが多くいたので、私たちは奥の、生徒があまりいないところに行きました。

 「これはまた」

 「やりがいありそうね」

 目の前の状況を見て平津先輩と香奈先輩は思わず声をあげます。

 まだ誰も手を付けてないので、入口のところよりもだいぶ多く落ち葉がありました。

 全員が軍手をはめて作業に取り掛かります。

 私も、足元の落ち葉を拾っては、ゴミ袋に入れていきます。

 みんなが黙々と作業をしていて、数十分後にはゴミ袋の半分まで溜まってきました。その場所も始めた時よりもきれいになってきてはいました。

 しかし、1つ問題が発生しています。

 最初は順調だったのに、私たちが落ち葉を拾い集めて数分で、昨日と同じように風が強く吹いてきたのです。拾えど拾えど、新しい落ち葉がまた出現します。増えはしないのですけど、減るスピードが遅くなってきました。

 「う~…どんどん落ちてくるよ~…」

 愛花ちゃんが木を見ながら嘆きました。

 それを聞いてその場にいた全員が手を止めます。

 「体力的には辛くないが、精神的にしんどいな」

 石井先輩は自分の汗を拭きながらぼそりと呟きます。

 公園を掃除している生徒のほとんどが同じ気持ちなのか、ここから見える生徒も、私たちと似たように手が止まっていました。

 流石にこれは辛いですね……

 「箒でもあればいいのに」

 優里奈ちゃんがそんなことを言いました。

 確かに箒があれば一気に集められて、楽になります。でも、美世先生が持ってきた道具の中に、竹箒はありませんでした。

 「思い出した!」

 優里奈ちゃんの言葉を聞いて何か考えているように見えた香奈先輩が、突然声をあげます。

 「確か、この公園に箒ってあったよね?」

 平津先輩と石井先輩に向かって聞きました。

 「…?」

 石井先輩は思い当たることがないのか、眉間にしわを寄せて首をかしげます。

 平津先輩は、顎に手を当てて、考える素振りを見せた後、目を見開きました。

 「あー!小学校の時、今日と似たようなことやったっけか」

 「そうそう!その時って確か、最後の方は先生が竹箒で集めてたと思うんだけど」

 「うん。これは楽だなって思ってたもん」

 「……確かにそんなことあったな」

 石井先輩が顔をあげて呟きます。

 「でも、どこから持ってきてたのか分かんないんだよね~…」

 香奈先輩は必至で記憶を探っているのか、斜め上を向いています。

 「いつの間にか、先生が持ってたからな……」

 平津先輩も考えるように、うーんと言いました。

 私は先輩3人のような経験がないので全く思い当たりません。

 もしかしたらと思い、愛花ちゃんと優里奈ちゃんを見ると、2人とも心当たりがないらしく、首を横に振ります。

 どうやら、地道に集めていくしかないと思った時、

 「遊具倉庫の近くだ」

 ポツリと石井先輩が言いました。

 「ほんとに!?」

 その言葉に即座に反応した香奈先輩が、嬉しそうにします。

 「ああ。今まで忘れていたが、所々、細かい部分思い出してきてな」

 石井先輩が一泊おいてから続けました。

 「オレ、当時体育委員だっただろ?だから、終わり際に担任に言われて取りに行ったんだ。かけ傍記があそこにあるからってな」

 遊具の方をさしながら石井先輩が言います。

 指さされた方を見ると、確かに遊具から少し離れた所に、小さな倉庫らしきものがありました。

 「やった!ちょっくら取りに行ってきますか」

 石井先輩の言葉で元気を取り戻したように、愛花ちゃんは意気揚々と倉庫に向かって歩き出します。

 そのあとを続くように香奈先輩も一緒に行こうとしていました。

 私はふと疑問に思ったことを口に出します。

 「勝手に使っていいんですか?」

 私の声で歩いていた2人の足が止まります。

 「あんまりよくはないかもね」

 優里奈ちゃんが自信なさげに言いました。

 「ああ。それにあの時は担任から鍵渡されたからな。まず、言ったところで扉開かないだろうな」

 その言葉を受けて、愛花ちゃんと香奈先輩はがっくりと肩を落として戻ってきます。

 「そういうことは早く言いなさいよ」

 「なんかどっと疲れました……」

 「すまん」

 うなだれる2人を見て、石井先輩が軽く謝ります。

 1度希望が見えてしまうと、それがなくなったときにこれまでの疲れが一気に押し寄せてきてしまいます。それを如実に感じた2人に影響されて、空気が少し重くなります。

 それを打開しようと平津先輩が口を開きます。

 「貝苅先生が来たら聞いてみるよ。みんなの様子を見て回ってるはずだから、いずれ俺らのところにも来るだろうしね」

 平津先輩はぐるっと公園内を見渡して貝苅先生の姿を探しました。

 私も同じように見える範囲で先生を探します。

 見えるのは生徒ばかりで、その中に、先生の姿はありませんでした。

 平津先輩も見終わったのか、みんなの方に視線を戻します。

 「とりあえず、来るまでこの罰ゲームみたいなのをしてよっか」

 平津先輩は苦笑いしました。

 それをきっかけに私たちは作業に戻ります。

 話していた最中も風は吹き、落ち葉は増え続けています。

 地面を見ると、さっきまで集めていたのが嘘のように、ここに来たときと同じようになっていました。

 

 「やっほ~」

 あれから少し経ったとき、不意に後ろから声が聞こえてきました。

 振り返ると、そこには、こちらに手を振る美世先生の姿がありました。

 待ちに待った先生の登場に私たちから安堵の息がもれます。

 「美世ちゃーん!!」

 愛花ちゃんが嬉しそうに、美世先生に手を振り返しています。

 全員が全員疲れてきていたタイミングだったために、誰もが嬉しそうな顔をしていた思います。私もほっと胸をなでおろしました。いくら集めても減らないことにそろそろ限界だったのです。初めこそ、沈んだ気持ちを奮い立たせるために意識して話していましたが、だんだんと口数も減っていき、誰も彼もが、心で先生早く来てー!っと思っていたと思います。

 そんなことは知らない美世先生は、私たちの様子に気づくことはありません。

 ゆっくりとこちらに歩いてきます。

 「は~い。調子はどう?」

 愛花ちゃんに手を振り返して、全員を見ます。

 「ん?どうかした?」

 その場にいた全員からある種、熱視線のようなものを受けて、少し不思議そうにしています。

 「あら、ずいぶん集めたわね~」

 首をかしげながらも、私たちの真ん中におかれた2つの袋を見て、感心したように声をあげました。そこには、半分まで落ち葉などで埋まったゴミ袋が並べられています。

 もちろん、これは私たちで集めたものです。

 一気に集めることができないため、少しずつ手で持ってはゴミ袋に入れて行かなければなりません。その間に風が吹いて落ち葉が落ちてくれば、振り出しに戻ってしまいます。

 「みっちゃん!聞きたいことがあるんだけどさ!」

 美世先生が感心していると、待ってましたとばかりに、香奈先輩が声をあげます。

 さらに、この場から逃がさないためか、先生の身体をつかみました。

 「ひゃ!……なに?」

 香奈先輩の突然の行動に驚き、美世先生は身体をびくつかせます。

 「この公園に竹箒があるはずなのよ。使ってもいいかな?」

 「……?」

 いきなり思ってもみなかったことを言われたためか、美世先生は目をぱちくりさせます。

 「この落ち葉を一気に集めたいんだよ。手で取っててもよかったんだけど……」

 平津先輩が美世先生に説明していると、タイミングを計ったように、風が吹き、木から葉っぱが落ちてきました。

 「この通りな有様で」

 風が吹き、落ち葉が降りと、何度も見ている光景が広がります。

 その光景を見て美世先生も状況を把握したようでした。

 私も困り顔で美世先生を見ます。

 「そういうことだったらいいわよ」

 美世先生は困っている私たちを気遣うように、にっこりと笑いました。

 まるで天使のように。

 「……」

 愛花ちゃんなんてその笑顔に見とれているのか、美世先生から目を離せないでいました。

 「ほんとに!?」

 香奈先輩は嬉しそうに美世先生に顔を近づけます。

 「ええ。場所分かる?」

 「あそこの倉庫ですよね?」

 石井先輩が言います。視線で倉庫の方を見ながら。

 「そうそう。智ちゃんよく知ってたわね」

 「小学校の時に同じようなことがありまして、その時に教えてもらったんです……」

 美世先生に智ちゃんと呼ばれたのが恥ずかしいのか、そっぽを見きながら石井先輩は答えました。

 「でも、智弘が言うには、その時は鍵を渡されたって言ってて」

 平津先輩がさっき問題にしていたことを言います。

 「それなら問題ないわよ。老朽化で鍵が壊れて、そのままにしてあるそうだから」

 「そうなんですか?」

 思いのほか美世先生がすらすらと説明したので、私は驚いて聞き返しました。

 「こんなこともあろうかと、事前に管理人のに連絡して、許可取ってたのよ」

 えっへんというように、胸を張る美世先生。

 その光景に誰も反応しなかったので美世先生は不安げになります。

 「……説明しなかったっけ?」

 自信なさそうに私たちに聞きました。

 『うん』

 『はい』

 一斉に美世先生の言葉を否定しました。

 「あはは…ごめんね」

 私たちの視線を笑顔で受け流す美世先生。

 「美世ちゃん先生って時々抜けてるところありますよね」

 私の隣にいた優里奈ちゃんが面白そうにしています。

 「そんなとこないわよ~」

 それを聞いて美世先生は頬を膨らませます。

 「いや、あるだろ……」

 平津先輩が即答しました。

 さらに、石井先輩も香奈先輩も同じようにうんうんと頷いていました。

 「幸ちゃんひどい!」

 一連の流れのように、先輩方と先生はクスッと笑いました。それにつられるように、私、愛花ちゃん、優里奈ちゃんの3人もクスリと笑い声が漏れてしまいます。

 

 「取りに行ってくるよ」

 「オレも着いていく。もしかしたら2本あるかもしれん」

 平津先輩と石井先輩が、竹箒を取りに倉庫に向かいます。

 場が和んだことにより、今まで感じていた疲れが取れたように感じます。これも美世先生のおかげかもしれません。

 そんな美世先生は、あの後すぐに、

 「他の子の様子見てくるから、それじゃあね。もうすぐ終わりだから、ある程度区切りがついたら、ゴミ袋持って学校の方に戻ってね」

 と言って、歩いていきました。

 その姿を見送ると、平津先輩がさっきにように言って、石井先輩と2人して竹箒を取りに行きます。

 「香奈先輩。ちょっと聞いてもいいですか?」

 すると優里奈ちゃんが香奈先輩に話しかけました。

 「いいよ。なに?」

 「いや、その、先輩たちとあと、先生含めてなんですけど、すごく仲良いですよね。仲良すぎるっていうか。どんな関係なのかなって気になって」

 「それ私も思いました!美世ちゃんも、幸ちゃんとか智ちゃんって言ってたし!」

 さっきのやり取りをしていたのを見て、優里奈ちゃんと愛花ちゃんは4人の放つ独特な雰囲気を感じ取ったのか、香奈先輩に理由を尋ねます。

 「あーそのことね。実は、私たち4人って幼馴染なのよ」

 香奈先輩はこともあっさりと答えました。

 「全員の家が近くにあってね、物心ついたときから一緒。だから、年の離れたみっちゃんはみんなのお姉さんって感じなの」

 「そうだったんだー」

 愛花ちゃんは少し驚いたように声をあげます。

 「それで、先輩方がちょっと子供っぽかったんですね」

 優里奈ちゃんは納得したようにしていました。

 「そうかな~」

 香奈先輩は照れたように自分の頬をかいています。

 私も内心驚いていました。前に、美世先生と平津先輩が幼馴染なことは聞いていたので、何も知らなかった2人よりも声にではしませんでしたけど、まさか、香奈先輩と石井先輩もそうだったとは思いませんでした。そうなると、あれだけ仲がいいのは頷けます。

 少し香奈先輩に対するモヤモヤが薄れました。

 「あったよー」

 すると、倉庫の方に行っていた、平津先輩と石井先輩が戻ってきました。2人の手には1本ずつ竹箒を持っています。

 「おー!よかった」

 2人の姿を確認して、香奈先輩が安心したように声を出しました。

 さっきの驚きが消えないのか、愛花ちゃんが先輩3人を見つめていました。

 「どうした」

 それに石井先輩が反応します。

 「確かにこう見ると、3人ともタイプが違うなと思いまして」

 「なんだ急に」

 突然な態度に石井先輩が困惑します。

 平津先輩も不思議そうな顔をしていました。

 「さっき、香奈先輩に美世ちゃん先生含めて幼馴染って聞いたんですよ」

 優里奈ちゃんが捕捉します。

 「なんだ、そういうことか」

 平津先輩が納得したように呟きます。

 「聞かれたから答えたけど、ダメだった?」

 「別に隠してるわけじゃないからな」

 石井先輩は香奈先輩の問いに、端的に答えます。

 平津先輩も何も言いませんでした。

 「そういえば、理子はあんまり驚いてないね」

 会話が一区切りしたのを確認すると、優里奈ちゃんが囁きました。

 「私はその、前に、美世先生から平津先輩とは幼馴染って聞いてたから」

 「なるほどね」

 「でも、香奈先輩と石井先輩もだとは知らなかった」

 「驚きよね」

 「うん。少し安心したかな」

 「よかったね」

 優里奈ちゃんが微笑みます。

 私が香奈先輩のことを気にしているのは、優里奈ちゃんも分かっているので少ない言葉数でも理解してくれました。

 それから終わりの時間も近づいてきたこともあり、とりあえず、ゴミ袋がいっぱいになるぐらいに落ち葉を集めたところで、学校に戻ることにしました。

 竹箒をもとの場所に返そうとしたところで平津先輩が言います。

 「みんなは先に戻ってて」

 そう言って竹箒を1人で2本持ちました。

 「俺はちょっと他の人たちのところによってから戻るよ」

 「わかったー」

 「おう」

 香奈先輩と石井先輩は当たり前のように返事をします。

 私は足元の2つにゴミ袋を見ます。

 ゴミ袋は落ち葉や枝などでパンパンになっていて、片方は最後の方に詰め込んだこともあり想像以上に重たくなっていました。

 これをもって学校まで戻るとなると少し大変なこともあり、この中で一番体力がある石井先輩が持っていくことになっていました。私でも持とうと思えば持たないことはないのですが、そこは香奈先輩に止められました。

 香奈先輩ももう一つの方を持っていくつもりのようで、軽い方の袋を持ち上げます。

 「えっでも」

 私は困惑しながら平津先輩を見つめます。

 竹箒を2本も持って歩くのは大変そうです。片手で持つには竹箒は重いはずなのに、平津先輩は1人で歩き出そうとしています。

 「あれ?平津先輩は一緒に行かないんですか?」

 さっきまでトイレに行っていた愛花ちゃんは、その様子を見て驚きました。

 「うん。ちょっと他の人のところよってこようと思って」

 「何でです?」

 「他にも俺らと同じよう困ってるかもしれないからさ。竹箒いるか聞いてくるよ」

 「なるほどです」

 愛花ちゃんが納得して、会話が終わりと思ったのか、そのまま平津先輩は歩を進めようとします。

 私は何も言えないままでいました。

 「平津先輩、2本も1人で持つの重くないですか?」

 すると優里奈ちゃんがそう声をかけました。

 「確かに重いけど、気にするほどでもないよ」

 「手伝いますよ」

 「いやいや、大丈夫。これは俺がやりたいだけのことだから気にしないで、戻って休んでてよ」

 私たちのことを気遣うように平津先輩は、優里奈ちゃんの提案をやんわりと断ります。

 香奈先輩と石井先輩はそれを黙って見ているだけです。

 何か言うつもりはありません。

 さっきも平津先輩の言葉に驚くこともなく、返事を返していたのを見ると、こう言うのが分かっていたのかもしれません。

 しかし、優里奈ちゃんは引きませんでした。

 「いえ、そういうわけにはいきません。さっきから理子が気づかわしそうに平津先輩のこと見てるんですから」

 「へ?」

 言われた平津先輩よりも私の方が驚きました。

 優里奈ちゃんはそう言うと、私の肩を押します。

 私と平津先輩の距離が縮まります。

 鼓動のスピードがどんどん速くなります。

 私は優里奈ちゃんに振り返ります。

 優里奈ちゃんはただただ微笑んでいるだけでした。

 愛花ちゃんも声には出さないものの、口ががんばっと動いたのが分かりました。

 「えっと……」

 「私もいきます!」

 緊張で声の調節が出来なくなっているのか、自分でも思った以上に大きく出てしまいました。

 言ってしまったらもう後戻りはできません。

 「でも……」

 平津先輩はそれでも渋っています。

 私も含めてみんなが疲れているのが分かっているためか、自分のことで迷惑をかけたくないと思っているのでしょうか。その優しさは嬉しいのか素直に嬉しいですが、優里奈ちゃんが私にくれた機会を無駄にするわけにはいきません。

 そう思うと少し落ち着いてきました。

 「大丈夫です。これは私がやりたいことですから」

 さっき平津先輩が言ったように、同じこと言います。

 「そう…?」

 自分が断るために言ったことを、私が言ったことにより、平津先輩はそれ以上渋ることはしなくなりました。

 私は勢いに任せて、平津先輩の手から、竹箒を1本取ります。

 「オレ達も行くぞ」

 「幸也ー。理子ちゃんのことよろしくねー」

 石井先輩の言葉を合図に学校に向かって歩いていきました。

 香奈先輩も手を振ってから石井先輩の後に続きます。

 愛花ちゃんと優里奈ちゃんも、香奈先輩と並んで歩いていきました。愛花ちゃんは優里奈ちゃんの事を、ニヤニヤしながら肘でつついていました。

 私も優里奈ちゃんに心の中でありがとうと言います。

 「私たちも行きましょうか」

 「そうだね」

 みんなとは反対の方向に並んで歩きだしました。

 

 私たちが、他に公園の掃除をしていた生徒たちのところを回ると、ほとんどの生徒は戻っている後でした。

 それでも困っている人たちの所に行くと、みんな助かったとばかりに顔を輝かせます。その人達も私たちと同じように疲れ果てた顔をしていました。

 何人か手伝った後、もう公園に生徒がいないと確認して、倉庫に片付けに行きます。

 本当に壊れているらしく、扉はいとも簡単に開きました。

 よく見ると錆びて鍵穴が使い物になってはいません。

 「びっくりしたよ」

 急に平津先輩がそんなことを言いました。

 「何がですか?」

 私は何のことかわからずに首をかしげます。

 「いや、新菜さんっておとなしい印象があったから。あんなに積極的に来るとは思ってもみなかったよ」

 平津先輩は、私が一緒に行くと言ったことに対して驚いているのが分かりました。

 「その、あれは、私もびっくりしたと言いますか……」

 あの時は、とにかく必死で、優里奈ちゃんの想いに応えたい気持ちもあったので、積極的になれたのでしょう。もう一度できるとは思えません。

 「ありがとう。おかげで助かったよ」

 「いえ、私も楽しかったです」

 「そう?疲れたんじゃない?」

 「そんなことはありません。平津先輩と一緒なら何でも嬉しい…」

 言いかけて私は慌てて続く言葉を飲み込みます。

 平津先輩と2人だということが嬉しくて、つい言ってしまいました。私は今言った言葉を頭の中で反芻して顔が赤くなるのを隠すように俯きます。

 「本当に。そう言われると素直に嬉しいな」

 平津先輩は何か気にした風な感じはなく、純粋に喜んでいました。

 ちょうど平津先輩が竹箒を倉庫に入れている最中だったので、私が顔を赤くしているのを気づくことはありません。それが今は助かります。

 「じゃあ、そろそろ戻ろっか」

 私はなんとか平静を装って、一緒に学校まで歩きました。

 その間も心臓はドキドキしっぱなしでした。

 

 どうやら私たちが最後だったようで、美世先生が私たち2人が戻ってくるのを確認すると、終わりの挨拶を始めました。

 「今日はお疲れさま~。公園を重点的にやってくれた子もいれば、学校の周りのゴミを拾ってくれた子、駅近くを特に綺麗にしてくれたりと、それぞれが真面目に取り組んでくれて先生は嬉しかったわ~」

 疲れている参加者全員に美世先生は微笑みます。

 「それじゃあ、みんなも疲れていると思うし、これで解散にするわ。今日はありがと~。気をつけて帰ってね」

 その言葉で各自思い思いに散っていきます。

 教室に荷物を取りに行く子もいれば、そのままどこかへ向かっていく子もいます。

 私と平津先輩はとりあえず、みんなと合流することにしました。

 どこにいるのか探すと、

 「おーい!」

 愛花ちゃんの声がしました。

 声のした方に行きます。全員私たち2人を待っていてくれたようです。

 「お疲れさまー2人とも」

 香奈先輩が迎えてくれます。

 「結構戻ってくるの早かったね」

 「ほとんどの生徒がいなかったからね」

 「あー…まぁ、やめたくなるよね」

 自分たちのことを思い出して、香奈先輩が苦笑いしました。

 私たちは、竹箒という発想が生まれたので、あれだけ続けられたのだと思います。それがなければ、場所を変えていたはずです。

 公園に残る理由はありません。

 そう思うと、最後まで残っていた人たちには、すごいなと素直に思いました。

 「今日は一緒にやってくれてありがとうございました!」

 愛花ちゃんが先輩3人にむかってお礼をいいます。

 私と優里奈ちゃんも続いて言いました。

 「こっちこそ誘ってもらって嬉しかったよ」

 「ああ」

 「ありがとう」

 3人もそれぞれにお礼を言います。

 「それで、理子ちゃんと幸くんが帰ってきたから、2人にひとつ確認したいことがあって」

 「はい?」

 それで解散になると思っていたら香奈先輩が声を出します。

 私は心当たりが何もありませんでした。平津先輩も同様に、香奈先輩のことを疑問に思いながら見ていました。

 「2人を待っている間に、話していたことなんだけどね。これも何かの縁だし、連絡先交換しあわない?」

 香奈先輩はポケットから携帯をだして、画面をこちらに見せました。

 そこには、今や当たり前にようにほとんどの人たちが使っているメッセージアプリが表示されていました。チャットのように気軽に会話ができることや、無料で電話もできることから、根強い人気を誇っています。やっていない人の方が少ないほど、主流になっています。

 「私はいいですよ」

 私ももちろん使っていたので自分の携帯を取り出し、香奈先輩と交換します。

 「よし。これでオッケー」

 私の連絡先が合っているか確かめるように、一度メッセージを送って、私に届いたことを確認すると、満足げに頷きます。

 その時にちらっと、香奈先輩のトーク履歴が見えました。そこには私と同じ内容が優里奈ちゃん宛に送られていました。数分前になっていたのを見ると、すでに交換していたことが分かります。

 元々幼馴染同士だということもあって、香奈先輩の携帯には石井先輩と平津先輩の連絡先はすでに入っていて、愛花ちゃんとも部活が同じなのでトーク履歴にはいくつかの会話履歴が残っていました。

 私は香奈先輩から来たメッセージを確認すると、友達登録というところをタップします。

 これで、お互いに交換が成立しました。

 「ほら、智弘も」

 香奈先輩は石井先輩も呼んで、同じように登録します。

 「幸くんもしておきなよ。こんなに可愛い子3人の連絡先知ることできるなんて、今逃したら一生ないかもよ」

 香奈先輩は茶化すように言いました。

 「俺は構わないけど、いい?」

 控えめに私と愛花ちゃん、優里奈ちゃんを見て聞いてきます。

 「いいですよー!」

 「はい」

 「お願いします」

 それぞれが肯定の返事をしたの聞いて、平津先輩は1人1人と携帯を向かい合わせていきます。

 「ふふ……」

 平津先輩のを友達登録して、私は嬉しさのあまり声が漏れてしまいます。

 幸い誰も気づいた様子はなくて助かりました。

 「じゃあ、オレは少し部活に顔出してくる」

 石井先輩はそういうと手をあげて、グラウンドの野球部が今も練習している方へと歩いていきます。

 それをかわきりに、私たちの中にも解散の空気が漂い始めます。

 「私もちょっとテニス部の様子見に行こうかな」

 「あっ私も一緒に行きますー!」

 香奈先輩と愛花ちゃんは2人してテニスコートに向かって歩いていきました。

 取り残された私たちはどうしようかと目を見合わせます。

 「帰ろっか」

 優里奈ちゃんがそう言って平津先輩の方を見ました。

 「先輩も一緒に帰ります?」

 話の流れで当たり前のように聞きます。

 「その誘いは嬉しいんだけど……」

 そう言って、平津先輩はゴミ袋などの片づけをしている美世先生の方を振り向くと、

 「手伝わないと後で何か言われそうだし、貝苅先生のとこ行ってくるよ」

 「そうですか」

 「それじゃあ、またね。お疲れ」

 「お疲れ様です」

 「はい!ありがとうぎざいました」

 平津先輩はそのまま美世先生のに向かいました。

 美世先生も平津先輩の姿を見ると、笑顔で2人で持つものを分担して校舎の陰に消えていきました。さりげなく重いものを平津先輩が持っていったように見えます。

 その姿を見て私はなぜか嬉しくなりました。

 「私たちも行こっか」

 優里奈ちゃんが私にそう言ってきました。

 「うん」

 「なんか、理子嬉しそう」

 「へ?」

 「平津先輩と一緒に帰りたくなかった?」

 優里奈ちゃんが私の表情を不思議に思って、そんなことを聞いています。

 「違うよ!帰れたらすごく嬉しいけど、なんか平津先輩らしいなって思ってって」

 困っている人にはためらいなく手を差し伸べる。自分の事よりもそっちを優先させる。そんな優しい先輩が私は好きなんです。

 「そっか」

 「うん」

 それから私と優里奈ちゃんは教室に鞄を取りに行き、学校を後にしました。

 

 いろいろとありましたが、最後に平津先輩の連絡先を知ることができた。

 今日は参加して本当によかったです。

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