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徐々に壊れていく鎖

 私と平津先輩は学校までの道のりを2人黙ったままで歩いて行きました。

 一度、平津先輩は取り壊されている自分の家を見て立ち止まりましたが、すぐに視線を離すと、私の隣まで来てまた足を進ませ始めました。

 会話はありません。私も平津先輩も話すタイプではないのですが、なんというかいきなり気恥ずかしくなって言葉が出てきませんでした。

 墓地でのことが嘘のように私達の間は静寂に包まれています。

 しかし、不思議と居心地悪いとは思うことがなく、そのまま私達は学校の前までたどり着きました。


「……はっくしょん!」


 隣に立っている平津先輩からくしゃみが出ます。

 忘れていましたが、今の平津先輩は雨に濡れたままで、まだ制服は渇いていません。

 このままにしておくと風邪をひいてしまいます。しかし、ここまで来て日を改めるのも何か違う気がしました。

 一度、美世先生の家に行って着替えてからでも……。

 そう思っていると、平津先輩は学校の校門を通り抜け校舎の方へと歩いて行きました。

 

「保健室によって着替えもらおっか」

「……は、はい」


 私は平津先輩の隣に慌てて並ぶと、まずは2人で保険室に向かいました。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 保健室で予備の制服を貸してもらった平津先輩は、校舎の二階、二年生の教室があるフロアに足を向けました。

 そして、迷うことなくある教室の扉を開けます。

 中には1人の女子生徒がいました。椅子に座り、退屈そうに携帯をいじっています。


「香奈」


 平津先輩はその生徒に声をかけました。

 香奈先輩は平津先輩の声に振り返ると、少しだけ驚いた顔をします。

 平津先輩のお母さんの命日であることを知っている香奈先輩にとっては、お墓参りに行ってそのまま平津先輩は帰ったと思っていたのでしょう。

 なんで学校にいるのと言った顔をしています。

 しかしすぐに香奈先輩は表情を戻すと、平津先輩と、そして私を見てニヤニヤし始めました。


「なにお二人さん。一緒にいるなんて珍しい。デートかなにか?」


 私達をからかうような香奈先輩の発言に、私は少しだけ顔が熱くなります。

 ですが、平津先輩はなにも反応しません。黙ってジッと香奈先輩の顔を見ています。

 たぶんですが、香奈先輩の表情を変化を、今の平津先輩は分かったように思えます。それが自分を気遣ってなのも分かっていると、私にはそう感じました。


「ちょ、ちょっと冗談だって。そんな怖い顔で見ないでよ」


 香奈先輩は慌てたように平津先輩に謝りました。


「……えっ、ああそうか。ごめん」


 香奈先輩の態度に平津先輩は我に返ったように謝ります。


「幸くん。今日ちょっと変だよ」

「……そんなことないって。いつも通り」

「いーや、変だよ。理子ちゃんも一緒だし」

「新菜さんは……まぁ、いいんだよ」

「なにそれ」

「それよりも、智弘は?」

「智弘?それなら部活だけど」

「そうか……何時ごろ終わる?」

「うーんとね……」


 香奈先輩は携帯を確認します。


「早く終わるって言ってたからたぶんもうすぐだと思うけど」


 すると、教室の扉が突然開かれます。

 入ってきたのは部活帰りの石井先輩です。

 教室内の様子を一目見ると、なにも言わず中に入ってきました。


「あ、来た来た。ちょうどよかった」


 香奈先輩に迎えられると石井先輩は香奈先輩の近くに鞄を下ろし、平津先輩に視線を移します。


「なんか、幸くんが話があるみたいなの」

「俺にか?携帯で言ってくれればいいのに。わざわざ学校に来るなんてな」


 石井先輩はそう言いながら、平津先輩の隣にいる私を見ましたが、何も言いませんでした。

 平津先輩は揃った2人を見つめて、話そうとしています。


「あ、あのさ……ちょっと、話が……」


 途切れ途切れの平津先輩の言葉を、2人は黙って待ちました。

 平津先輩の手は震えてしまっています。言葉が上手く出てこないようでした。

 話したい思いはあります。でも、1年の内に凝り固まってしまった感情は簡単には吐き出すことが出来ないのでしょう。

 だから、私が一歩前に出ました。

 そして、震えてしまっている平津先輩の代わりに言います。


「お2人に平津先輩からお話があります。どうか、聞いてもらえませんか?」


 そう言う私の声に、前に立つ2人は頷きました。

 それに満足した私は、一歩下がると平津先輩の隣に立ちます。


「新菜さん……ごめん」

「いいんです。私がいますから、平津先輩は安心して話してください。言いたいこと、たくさんありますよね」

「ありがとう」


 平津先輩は私に笑いかけると、香奈先輩と石井先輩に向かい合います。

 その手はもう震えていません。


「香奈、智弘。今までごめん!」


 平津先輩が頭を下げます。

 突然のことに2人は目を見開きました。


「それとありがとう!俺のことずっと見守っててくれて」


 平津先輩の言葉に、2人はいろいろと悟ったのでしょう。

 平津先輩を見る目は少しづつ潤んできます。


「新菜さんが教えてくれた。俺が泣いてること、無理してること、全部分かってたって。それを分かったうえで、俺のこと黙って見ててくれたんだよな。俺、今日まで知らなくて。なんにも知らなくて、心配かけてさ……ごめん」


 平津先輩は震えた声で、ひたすらに謝り続けました。


「……顔上げろ」


 石井先輩が短く言います。

 それに、平津先輩は従います。


「遅いんだよ。気づくのが」

「智弘……ごめん」

「1人で背負ってんじゃねぇよ。無理してんじゃねぇよ。辛いときは頼ってくれた構わねぇ。だって俺達ずっと一緒だったじゃねぇかよ」

「ごめん。ごめん」


 平津先輩と石井先輩がかわす言葉は短く少ないですが、すべてがその言葉につまっていました。

 平津先輩は石井先輩に泣きついています。まるでこれまで泣けなかった分をここで泣いているかのように。石井先輩の目にもうっすらと涙が浮かんでいました。


「幸くん!!」


 香奈先輩がたまらずといったように、石井先輩と平津先輩に抱き着きます。


「私の方こそごめんね。ごめん。幸くんが辛いの分かっててなんにも言ってあげられなかった。幼馴染なのに、私……」

「ううん。嬉しかったから。俺、1人じゃないって思えた」

「1人なわけないじゃんか。ばか」

「当たり前だ」

「うん。ごめん」

「もういいよ。お疲れさま幸くん。本当に、辛かったね。頑張ったよ」


 香奈先輩は抱きしめる腕にギュッと力を込めます。

 幼馴染3人はずっと抱き合っていました。言葉を交わすことはありませんでしたが、平津先輩を、石井先輩と香奈先輩が包み込んでいるような、温かな空気が教室に充満していました。

 それを見ている私まで、嬉しくなります。

 香奈先輩と石井先輩を縛る鎖は、平津先輩自らの手によって、こうして壊されました。

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