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出会いは突然に

今日も私にとって、ドキドキな、そして自分の勇気のなさが分かる時間がやってきました。

 私たちのクラスは3時間目に、選択科目の授業になっています。入学説明会の時に美術・音楽・書道の3科目からそれぞれ受けたい科目を選んで、それをもとに一年生のクラス分けがされています。私のクラスは、美術と書道を選んだ子で半々になっているので、2時間目が終わった後は各々の準備をして専用の教室へと向かいます。

 書道室は校舎から離れたところにあり、美術室は校舎の2階の一番端にあります。

 私は美術を選んでいるため3階のある教室から2階へと向かいます。

 2階は二年生の教室があるフロアなので、よく階段で先輩方とすれ違います。そのおかげで彼を見つけられたので、美術を選んでいてよかったです。

 この日も、授業はいつも通りに終わって、友達の高野愛花ちゃんと友井優里奈ちゃんと一緒に美術室を出ます。

 高野愛花たかのあいかちゃんは、明るくて人懐っこい性格をしていて、私がクラスで初めて話した子です。愛花ちゃんが1人でいる私に話しかけてきてくれて、それからよく一緒にいます。

 友井優里奈ともいゆりなちゃんは、美術の授業で隣の席になったことでよく話すようになりました。クールで大人っぽい子なんですが、話してみると案外話しやすい子です。雰囲気とためか先輩に人気があって、入学してすぐに三年生の先輩に告白されたそうです。

 「理子っち、今日は話しかけれるといいね!」

 前を歩く愛花ちゃんが振り返ります。

 「うん。頑張ってみる」

 「そんなに力まなくても大丈夫よ。もっと力抜きな」

 後ろから優里奈ちゃんに肩を優しくたたかれます。

 2人には、彼を初めて見つけたときに私が立ち止まっていたところ、どうしたのと心配してくれたので、その場で好きな人ができたと言ってあります。もちろん相手が誰なのかも教えました。

 「ほら!彼が教室から出てきたよ!」

 愛花ちゃんが二年生の教室の方を見て言いました。

 私も愛花ちゃんの目線の先に目をやって彼を見ました。彼はいつものように友達と話して笑っています。あの笑顔を見るたびに私の心は跳ね上がります。

 彼のクラスは、この時間移動教室なのか美術室の近くにある階段に向かってこちらに歩いてきます。

 今日こそは話しかけるんだ。いつもそう思っているのに彼が近づいてくるほどに、私の体温は上がって思うように身体が動いてくれません。

 ドキドキと心臓の音しか聞こえなくなります。

 「理子、落ち着いて」

 優里奈ちゃんが私の様子をみて背中を少し押してくれます。

 そのおかげで少し心に余裕が生まれました。

 どんどんと彼と私の距離が縮まっていきます。話しかけるには今が絶好のチャンスです。分かっているのですが口が乾いてしまいます。足も動きません。そのまま彼は私の前を過ぎていってしまいました。

 私はまた話しかけられませんでした。自分の勇気のなさが嫌になります。

 私が溜息をついていると愛花ちゃんが声をかけてくれます。

 「ありゃー行っちゃったね」

 「うん…ごめんね。つきあってもらってるのに私…」

 不甲斐ない自分に協力してくれている2人に申し訳なくなってきます。

 「もう!謝んなくたっていいの!私たちは、理子っちから話聞いたときに何でも協力するって決めたんだよ。ね、優里っち」

 愛花ちゃんは優里奈ちゃんに視線をやります。

 「……」

 優里奈ちゃんからの反応がありません。

 私も優里奈ちゃんの方に身体を向けます。

 優里奈ちゃんは先輩達が降りて行った階段を見つめていました。その横顔は少し笑っているように感じます。

 「どったの?」

 「…うん?ああ、ごめんごめん。何でもないよ」

 愛花ちゃんの声に気づいた優里奈ちゃんが私たちの方に向きます。

 「もう。せっかく私が理子っちに大切なこといってたのに!」

 愛花ちゃんが頬を膨らまして抗議します。

 「ごめんって。それで、なに話してたの?」

 「理子っちが私たちに、付き合わせてごめんって言うから謝んないでいいって。私たちは何でも協力するって話してたところ」

 「そういうことね」

 今度は2人して私に向きました。

 「理子。愛花の言った通りよ。私たちには気を使わなくてもいい。焦らなくていいからね」

 「そうそう!」

 私は感動してしまいました。2人と友達になって本当によかったです。

 「うん。ありがとう」

 そのあとは、3人で他愛もない会話をして教室にもどりました。

 

 「そんじゃ、今日はこんで終わり。みんな気をつけて帰るんだぞー」

 担任の先生がSHRの終わりを告げます。

 その声を聴いたとたん、みんな荷物を片付けて教室から出ていきます。部活に行く人、友達と一緒に帰る人、クラスの違う子もいたりとさまざまな理由があります。

 「理子っち、優里っち、ばいばーい!」

 愛花ちゃんは部活があるため私たちに挨拶をして、扉の近くにいた同じ部活の子と合流し、教室を出ていきます。テニス部に所属しています。部活の話をしているときの愛花ちゃんはとても楽しそうな表情になります。

 愛花ちゃんを見送った後、私も荷物を片付けます。

 「理子、一緒に帰る?」

 優里奈ちゃんが私の席に歩いてきます。

 「ごめん。今日当番なんだよね。図書館行かないと」

 「あーそっか。理子も大変ね~。じゃあ、また明日」

 「うん。また明日ね」

 私は優里奈ちゃんと別れた後図書館へと向かいます。

 今日は前みたいに職員会議がないので、美世先生がいるはずです。先生がいるときは話し相手がいて退屈しません。図書館では私語禁止なんですけどね。

 図書館は別棟の3階にあるため渡り廊下を渡っていきます。本当は2階に降りてから渡るのが普通なんですけど、私の学校では廊下の屋上と言うのですか、そこに柵があって3階からも渡れるようになっています。屋根はないので晴れの日限定です。

 そこを渡っていき、図書館に向かって歩いていきます。

 私が入口に手をかけたところで中から声が聞こえてくるのに気づきました。

 「…貝苅先生これでいい?」

 「うん。ありがとね~。助かるわ」

 中からは美世先生と男の人の声が聞こえていました。

 先生と言っているので、男の人が生徒だということは分かります。

 私は中に人がいることに驚いて扉に手をかけたところで止まっているとまた会話が聞こえてきました。

 「さすが男の子だね。本の整理の時はまた頼もうかしら」

 「それがいいんじゃない。貝苅先生にはきついだろうし」

 「じゃあ、次もよろしくね。幸ちゃん」

 「ちょっ!学校でその呼び方はやめてってば」

 なんだか楽しそうですね。

 私はドアを開けるタイミングが見つからずにいました。

 中ではどんどん話が続いています。

 「いいじゃない。2人しかいないんだし。幸ちゃんも貝苅先生じゃなくて、みっちゃんって呼んでいいのよ」

 「いやいや!呼ばないよ!敬語なくしてるだけで勘弁して。それに、これから図書委員の子来るんでしょ」

 「仕方ない。許してあげる。……それにしても、理子ちゃん来ないわね」

 「理子ちゃんって?」

 「今日当番の図書委員の子。いつもだったら来てるころなんだけど…ちょっと見てくるね」

 そう言って会話が途切れた後、美世先生の足音がドアに向かって近づいてきます。

 美世先生がこの扉を開けてしまえば、私が会話を聞いてしまったことが知られてしまう。

 私は先生がドアを開ける前に自分で開けることにしました。

 「理子ちゃん」

 「すいません。少し遅れました…」

 そう言って私は先生を見て、その奥にいる男の人を見ました。

 「えっ…!」

 男の人を見たところで固まってしまいました。

 さっきまで美世先生と親しげに話していた男の人は、彼だったのです。私の好きな、もう接点がないと思っていた彼です。

 なんでこんなところに。どうして…

 まさかの出来事に私は少しパニックになってしまいました。

 そんな私を見て美世先生は、彼を紹介してくれます。

 「驚かせちゃったかな。この子はね、平津幸也ひらつこうや。理子ちゃんの1つ上の先輩ね」

 「あっと…はい…」

 まだ困惑しているためうまく返事ができません。

 「本の整理手伝ってもらってたのよ。私と理子ちゃんじゃ、大変だからね」

 「そうなんですか…」

 「ほら。挨拶しなさい。先輩でしょ」

 美世先生は平津先輩に言います。

 「うん。えっと…平津幸也って言います。よろしく」

 少し照れたように自己紹介してくれました。

 私もしないといけません。なんとか声を出します。

 「…私、新菜理子って言います。よろしくお願いします」

 それだけ言って、会話は途切れてしまいました。

 何か言わないと。こんなチャンス滅多にないから。話しかけるよりもハードルが低いんだから。今言わないともう言えなくなる。

 私は勇気を振り絞ります。

 「…あの!」

 力が入りすぎて声が大きくなりました。

 先生も先輩も驚いています。

 私は恥ずかしくてだんだんと顔が赤くなります。もうなんでもないですと言ってしまいそうになった時でした。

 「落ち着いて」

 平津先輩が優しく笑いかけてくれます。

 その笑顔で私の心臓の音が跳ね上がってしまいさらに緊張してしまいました。でも、先輩は私が落ち着くまで待っていてくれました。

 深呼吸をして何とか普通に話せる状態になったところで声を出します。

 あの日からずっと言いたかったこと。言えなかったこと。

 「先輩!」

 「はい」

 「あの時はありがとうございました。助かりました」

 私は言います。しっかりと伝わるように。


 「私のこと覚えてますか?」


 心臓がバクバクしています。今すぐにこの場からいなくなりたい。逃げたい。でも、言ってしまってからはもう後戻りはできません。

 覚えていないと言われる可能性も覚悟して答えを待ちます。

 実際はすぐのはずなのに、私には先輩が答えるまでの時間が永遠に続くかのように長く感じました。

 

 「覚えてるよ」

 

 それは私が待ち望んでいた答えでした。なのにこの時、私はすぐに理解することができませんでした。

 「今…なんて…」

 もう一度聞きます。

 「覚えてるよ。雨の日に公園で会ったよね」

 今度はしっかりと理解できました。しかも、丁寧にその時の状況まで説明してくれます。

 間違いありません。先輩は私のことを覚えててくれました。

 私は安堵して、息がもれてしまいました。

 それからは今までため込んできたものが全部口から声となって出ていきます。

 「私、ずっとお礼言おうと思ってて。あの日言えなかったから」

 「そうだったんだ。別にいいのに」

 「いえ。私先輩のおかげで風邪ひくこともなかったですし、本当に助かりました。ありがとうございます」

 私は深く頭を下げました。

 「いやいや、ほんと気にしなくていいから!」

 平津先輩はそんな私を見て、慌てて私を止めます。

 すると今まで黙って見ていた先生が頭をかしげながら私たち二人を見ていました。

 「2人って知り合いだったの?」

 私と先輩はお互いに事で気づきませんでした。

 先輩は自分のことを言うのが恥ずかしいのか、先生の様子に気づいても事情を説明しようとはしません。

 なので私が説明します。

 「あの、実はですね…」

 

 「あらまぁ、そんなことがね」

 話を聞いた先生がニコニコして私を、そして先輩を見ます。

 平津先輩は恥ずかしいのかに先生の視線から逃げるようにそっぽを向きました。

 「うふふ」

 「…なんだよ」

 「ううん。何でもないわよ」

 「だったらその笑顔はなにさ…」

 「あいかわらずだなーって思って。幸ちゃんは本当に優しいよね」

 「別そんなことはない。…それより!幸ちゃんはやめてってば」

 2人が楽しそうに話し始めてしまいました。まるで姉弟のような仲の良さです。

 私はそんな2人の会話に入っていくことができずに、その場で立ちつくしてしまいました。

 「もう、新菜さんがポカンとしちゃってるじゃんか」

 そんな先輩の言葉を受けて美世先生が振り返ります。

 「ごめんね。理子ちゃん。つい盛り上がっちゃって」

 美世先生はてへっとした感じで言いました。

 「いえ、気にしないでください。お二人って仲良いんですね。何だか見てて姉弟みたいだなって思いました」

 「みたいじゃなくて、そうなのよ」

 「えっ!」

 私はびっくりして止まってしまいました。

 すかさず美世先生の頭を後ろにいた平津先輩が小突きます。

 「違うでしょうが」

 「ごめんごめん。でも、姉弟みたいっていう理子ちゃんの言葉もあながち間違ってはないのよ」

 「どういうことです?」

 私はいまいち美世先生の言葉が理解できず、2人に尋ねます。

 「まぁ、簡単に言うと俺と貝苅先生は幼馴染なんだよ」

 「家が隣同士なの。小さいころから知ってるから、もう姉弟みたいな感覚なのよね」

 「なるほど。だから私が言ったことが間違ってないってことだったんですね」

 「そういうことよ」

 きっと年の差があることからお互いが姉、弟という感覚になっているんですね。

 私が納得していると平津先輩が私に話しかけてきました。

 「新菜さん。悪いんだけど、このことは内緒にしてくれないかな。お願い」

 申し訳なさそうに平津先輩は自分の身体の前で片方の手を拝むようにして、私にお願いしてきます。

 「はい。分かりました」

 「ごめんね」

 平津先輩はそう言って苦笑いをしました。

 「別に隠さなくてもいいのにね。…なんかね、私と幼馴染なの知られると恥ずかしいんだって」

 美世先生が私に耳打ちするように、私の耳元でそんなことを言いました。

 もちろん本当に耳打ちしているわけではないので平津先輩にも聞こえています。

 先生の言葉を聞くとすぐに反応します。

 「だって、もし隠してなかったら普通に授業中でも俺のこと幸ちゃんっていうだろ」

 そう言う先輩はまるでお母さんに友達の前で家での呼び方をされた時の子みたいに見えました。

 顔をほんのりと赤く染めて恥ずかしそうに言い訳している姿が特に幼く見えて、かわいいと思ってしまいます。

 ほっこりとした雰囲気のせいか、私は気づかないうちに今思ったことが口から出していました。

 「まるで姉弟じゃなくて親子みたいですね。美世先生がお母さんみたい」

 「えっ…」

 私の言葉を受けて美世先生が戸惑いの声を漏らしました。私に耳打ちするような体勢のままだったので、その小さな声は私にははっきりと聞こえました。

 私は思っていた反応とは違っていたので、先生の顔を見ます。美世先生は目を見開いて固まっていました。

 すると私の正面に立っていた平津先輩が美世先生の顔を覗き込むようにしています。

 「高校生の子供がいるには、貝苅先生は若過ぎでしょ」

 そう言いながら美世先生の顔をつつきます。

 すると固まっていた先生が復活しました。

 「そ、そうよ。私これでもまだ20代なのよ?」

 美世先生は冗談ぽく言います。さっきの顔が嘘のようにその顔は元に戻っていました。

 私はほっと胸をなでおろします。何か気に障るようなことを言ってしまったのではないかと思って少し不安でした。

 「はいはい、変な空気になったからこの話は終わり」

 平津先輩がそう言いました。

 「本整理の途中だったろ。図書委員の新菜さんが来たことだし再開しようよ」

 「そうね。そうしましょう」

 

 ということで、私も含めて3人で図書の整理を再開しました。

 いつもは男子の委員の子が当番の時にやっているようなのですが、今日は珍しく私の時だったので先生に理由を聞いてみたところ。

 「今週は図書館使う授業が多かったからね。みんないい子だから、ちゃんと元の場所に戻してくれるけど念のためね。ついでに、幸ちゃんも手伝ってくれるっていうから明日やろうと思ってた整理もしちゃえっていうこと」

 「そうだったんですか。平津先輩ってやっぱり優しいんですね」

 「ほんとねぇ」

 美世先生は本棚の端の方で作業している平津先輩を見て笑います。

 平津先輩とはそれなりに離れているので、私たちの会話は聞こえていません。

 「……」

 私は作業している平津先輩につい見とれてしまいました。

 いまだに信じられません。あれだけ話したかった先輩が今目の前にいる。まさかこんなことになるなんて。何があるか分かりませんね。

 私がぼーっと先輩のことを見ているとひょこっと私の前に先生の顔が現れました。

 はっとして私は少し後ずさってしまいました。

 目の前には先生のニヤニヤした顔があります。

 「理子ちゃん、もしかして幸ちゃんに見とれてたの~?」

 「い、いえ、えっと」

 うまく言葉が出てきません。大きな声を出したら先輩に聞こえそうだし。違いますとも言えないというか、自分の気持ちに嘘をついているようで言いたくありません。

 「いいのよ。隠さなくても。それにここからだと幸ちゃんには聞こえないだろうし大丈夫」

 「……」

 そうは言うものの静かなこの空間で、聞こえるともわからないので私たちはなるべく小さな声で話します。

 「ちなみに理子ちゃんはいつから幸ちゃんのことが好きなの?」

 「え!好きってなんで分かったんですか」

 「そんなの幸ちゃんを見る理子ちゃんの目を見てれば分かるわよ」

 「私って分かりやすいんですかね…」

 「うーん。どうだろう…私は理子ちゃんの思ってる事結構分かるわよ」

 「じゃあ、先輩にもばれてたり…」

 もし気づかれていたらと思うと、恥ずかしくて顔が上気します。

 「安心してって言ったらいいのかな…残念ながら幸ちゃんは恋愛面になると鈍感だから、理子ちゃんの気持ちは気づいてないと思うわよ」

 「本当ですか・・・」

 私は少し残念なような、でも、気づかれていないことが良かったのか複雑な気分になりました。

 「それで?いつから好きなの?」

 「はい。その…最初に先輩と会ったのはさっきも話した、雨宿りをしていた私に手を差し伸べてくれたときでした。話しかけられたとき誰だかわからなくて、制服で同じ学校って知ったぐらいでしたね」

 「幸ちゃん目立つ方じゃないからねぇ。知らなくても仕方ないわよ」

 「でも、初対面の私のためにタオル貸してくれたりあったかい飲み物買ってきたくれたりしてくれて、ああこの人優しい人なんだって思いました」

 「うん」

 美世先生は私の話を静かに聞いてくれました。その表情はとても優しいです。

 「その時にお礼を言いそびれて。次の日に学校中を探したんですけどうまく見つからなくて、その日は諦めようとしてたんです。だけど、偶然美術室からの帰りに二年生の教室から出てくるのが見えて、お礼を言おうとしたんです」

 「うんうん。それで?」

 「そしたら、先輩は友達と話してて、その時に見せた笑顔を見て、急に胸がトクンとして身体が動かなくなって。お礼言うつもりが話しかけられませんでした。私はその時に初めて自分が先輩に恋をしたということに気づいたんです」

 「へぇー。いいわね。青春って感じで」

 「あはは…」

 私はつい話し過ぎたことに恥ずかしさがこみ上げてきました。

 「幸ちゃんも隅におけないわね。こんなかわいい子に好きって思われてるなんて。羨ましいわ」

 「そんなことないですよ…」

 美世先生がそんなことを言うので、さらに私は恥ずかしくなってしまいました。

 すると今度は美世先生が私に向かい合ってきました。

 「理子ちゃん。……これは先生としてじゃなくて、幸ちゃんの幼馴染として聞くね?」

 そういう先生の顔は真剣なものでした。

 「理子ちゃんは真剣に幸ちゃんのこと好きなのよね?少し優しくしてくれたから付き合ってみてもいいかなーっていう軽い気持ちだったら悪いけど応援できないわ…」

 「いえ、大丈夫です」

 美世先生の言葉は、平津先輩のことを大切に思う気持ちから出ていることは理解できます。

 「真剣です。私は平津先輩のことが大好きです」

 私は美世先生の目をしっかりと言いました。

 私の言葉を受けて、先生は真剣な表情からにこっとしたいつもの表情に戻りました。

 それで私の気持ちが伝わったことが分かって安心しました。

 「そっか…あれだけ出会いから事細かく話してる子が真剣じゃないわけないわよね!変なこと聞いて本当にごめんね」

 「いえ…それに先生が平津先輩のこと大切に思ってるからこその言葉だってわかってますから」

 「ありがとね」

 すると美世先生は、さっきまで平津先輩が作業していたところを見つめてぽつりと言いました。

 「個人的にね、あの子には幸せになってほしいのよ。私だけじゃ、力不足みたいなのよね…」

 「……」

 それは私に聞かせようといった言葉というよりは、自分に言っているようでした。

 「っというわけで、理子ちゃん」

 「はい」

 急に大きな声になってびっくりしました。

 「私が協力してあげる。うまくいくようにね」

 「えっ!あ、ありがとうございます」

 それにつられるように私の声も大きくなります。

 2人してそんな声を出したので遠くで作業していた平津先輩が私たちの方へ来ました。

 「2人で何話してるのー?」

 「い、いえ!何でもないです!」

 「そうよ~。幸ちゃんには関係ないことよ」

 「ふーん。じゃあいいけど」

 平津先輩はそう言って追及してはきませんでした。

 助かりました。

 「っていうか、2人も整理やってよね。俺、一応関係ない人なんだから」

 私ははっとしました。

 話に夢中で、今図書委員の仕事中なのを忘れていました。

 「ご、ごめんなさい!」

 「ごめん~」

 2人で平津先輩に謝ります。

 

 ある程度本棚整理も終わったところ、後は先生と先輩でやるといわれたので、私は返却口にある本を棚に戻すこといしました。

 利用者が少ないとはいえ、ゼロではないですし、授業のためにいったん借りていき放課後に返すという子もいるので、それなりに返却口には本がいつもあります。

 気づいたときに片付けるような感じなので、ある程度たまっています。

 私は半分持っていくことにしました。

 分厚い本が多かったためか、思っていたより重たくてちょっとよろけてしまいましたが、持てないほどではないのでそのまま本棚へと向かいます。

 本の背表紙にこの本の片付ける場所が書かれているのでそこを見て、目的の場所に行きます。

 するとそこには平津先輩がいました。

 私に気づいてにっこりほほ笑んでくれます。

 「おお~がんばってるね~」

 私はその表情に照れてしまいうまく先輩の顔が見れずに顔を逸らしてしまいました。

 私が動かず立ち止まってるのを不思議に思ったのか平津先輩は首をかしげます。

 「どうかした?」

 「あ…なんでもないです」

 声が小さくなってしまいました。

 私はもう一度背表紙を見て場所を確認します。

 そこに書かれていたのを見て、この本は今平津先輩がいるところの本棚の、しかも一番上だということが分かりました。

 「あの…先輩」

 「ん?」

 「この本、その本棚なんですけど、一番上で…」

 「あぁ、そういうことね。了解。任せて」

 「ありがとうございます」

 先輩は快く引き受けてくれました。

 「ここでいい?」

 「はい。大丈夫です」

 「オーケー。いや~、いまだにどれをどこに入れていいか分かんないんだよね」

 そう言って平津先輩は苦笑いを浮かべました。

 「あはは。この図書館意外と大きいですもんね。本の種類も多いし」

 「そうなんだよね。だから全く覚えられんわ」

 「私も初めは驚きました。もう慣れましたけど」

 「新菜さんはすごいね」

 平津先輩に褒められて嬉しくなりました。

 「ついでだから持ってる本全部やっちゃおっか。貸して」

 「え?」

 先輩が私に手を伸ばしてきます。

 「それ、結構重いでしょ?俺が持つよ」

 私の持っている本の束を指さします。

 「でも、悪いですよ」

 「いいのいいの。こういう力仕事は俺に任せれば。そのためにいるようなもんだし」

 そう言って、私の手から本を取っていきました。

 「よし。じゃあ、やろっか。本棚の場所とかは新菜さんにお願いすることになるけどいいかな?」

 「はい。分かりました」

 それから、平津先輩が本をもって私が教えたとところにしまうというのを2人で続けました。なんてことないことなのに、とても幸せな気持ちになりました。

 (このままずっとこの時が続けばいいのに…)

 「これで最後だね」

 「はい。そうですね…」

 そんなこともなく、楽しい幸せな時間は早く過ぎてしまいます。

 仕方ないことなのに少し残念。

 最後の本をしまって、2人して作業を終えて椅子に座っている先生のところに歩いていきます。

 「あら。ずいぶん仲良くなったのね」

 並んで歩いてくる私たちを見て美世先生は微笑んでいます。

 「そうですかね?」

 そうだったら嬉しいです。

 「ええ。そうよ。女性が苦手な幸ちゃんが、ここまで一緒にいて喋っているのは、それだけ理子ちゃんと仲良くなってるってことなのよ」

 「苦手なんですか?」

 私は平津先輩の顔を見上げます。

 「いや、苦手っていうか、どう接していいか分からなくなるんだよね」

 「同じ理由で子供も苦手なのよね」

 「うん…」

 平津先輩は何だか申し訳なさそうにしています。

 「で、つい黙っちゃうのよ。理子ちゃんみたいにあんまり接点がない人は特に」

 「喋らないとって思うと話題考えすぎてつい」

 「え?でも、私と初めて会ったとき平津先輩、そんな感じしなかったですよ。普通に会話していたので、女性が苦手って聞いて驚きました」

 「不思議なのよね。今2人のこと見てたけど、幸ちゃん全然緊張してる感じもしなかったし。なんでなの?」

 それは私も気になります。

 小さいころから知っている美世先生がここまでいうとなると、私に対する平津先輩の態度は違うのでしょう。

 平津先輩は少し上を向いて考える動作をしました。

 「うーん…俺も、不思議なんだよ。新菜さんは何というか…」

 沈黙が流れます。

 私はドキドキして平津先輩の続く言葉を待ちます。

 「一緒にいても緊張するよりは、安心するっていう感じで…」

 平津先輩も自分の事をよくわかってないようで、頭をかきながら悩んでいました。

 「まぁ、つまり幸ちゃんと理子ちゃんは気が合うってことね」

 美世先生が言います。

 「そうゆうことなのかな」

 平津先輩が肯定します。

 しっかりとした理由は分かりませんでしたけど、気が合うと言われたことが嬉しくて仕方がありません。

 顔が緩むのを抑えるので必死です。

 すると、美世先生が私の耳元に顔を近づけてきました。

 「よかったわね」

 囁くように私に言います。

 「はい」

 私は美世先生と見合って、微笑みあいました。

 こんなに先輩の近くで耳打ちしていたら不審がると思い、先輩の方を見ると、平津先輩はちょうど携帯が震えたのかポケットから出そうとしていてこちらに気づいてはいません。

 「あっ…」

 携帯を見ていた平津先輩が小さい声をあげました。

 「ごめん。ちょっと電話来たから出てくるわ」

 そういって図書館から出ていきました。

 外からは「もしもし…」という平津先輩の声がかすかに聞こえてきます。

 「気が合うか…うふふ…」

 私は平津先輩がいなくなって緊張が解けていたのか、つい心の声が漏れ出ていました。

 「幸せそうね」

 隣にいた美世先生に聞こえていました。

 私は恥ずかしくなって顔が熱くなります。

 「理子ちゃん、頑張ってね。幸ちゃんには積極的に話しかけると効果的よ。廊下とかですれ違う時とかに、ちょっと声をかけたりね」

 「でも、そんなに声かけたら迷惑じゃないですか?」

 「そんなことないわよ。理子ちゃんは仲良くなった子に話しかけられるのって嫌?」

 仲良くなった子が、よく話しかけてくれたりしたら…私はその状況を想像します。

 クラスが違う子ともし仲良くなったとして、その子が、すれ違うたびに声をかけてくれる……

 「……むしろ嬉しいですね」

 きっとお互いに笑顔になるような気がします。

 「でしょ。幸ちゃんも性格的に理子ちゃんと同じように、迷惑になるんじゃないかとか変に深く考えて話しかけなくなるのはいつもなのよ。女性が相手だと特にひどいから」

 「そうなんですね」

 「うん。だから、理子ちゃんから積極的に行きましょ」

 「はい。分かりました」

 私と先生の話が一段落したところでドアが開きました。

 ちょうど平津先輩も電話が終わったようです。

 「貝苅先生。もう手伝うことってない?友達から一緒に帰ろうって言われてるんだけど」

 平津先輩の言葉に、美世先生はあたりを見渡しました。

 「そうね。もう大丈夫よ。ありがとね」

 もう何もないことを確認して、美世先生は平津先輩にお礼を言います。

 どうやらさっきの電話はお友達からのようです。

 平津先輩は美世先生の言葉を聞くと、受付の方に歩いていきます。机の下から自分の鞄を取り出し肩にかけました。

 「じゃあ、俺帰るね」

 「うん。バイバーイ」

 美世先生は手を振っています。

 それに平津先輩も振り返して、その手を私に方にも向けました。

 「新菜さんもじゃあね」

 「はい…」

 私も手を振り返します。なにを言っていいか分からなくて「はい」としか言えませんでした。これじゃあ何となくいけないというか、もっと何か言えればよかったのに。すこし後悔します。

 平津先輩がドアを開けて出ていってしまいます。

 その時、私の背中が押されました。美世先生が押したようです。

 私が先生の顔を見ると、声には出していませんでしたけど、私に「いいの?」と言っているように感じました。

 私が後悔していることに気づいたのでしょうか。

 私は勇気をだして、歩いていく先輩の後ろ姿に声をかけます。

 「あの!」

 「うん?」

 平津先輩が振り返ります。

 「あの、今日はありがとうございました。それでその…」

 私は緊張してうまく言葉が出てこなかったのですが、やっぱり先輩は待っていてくれました。

 気持ちを落ち着かせます。

 「その、また話しかけても…いいですか?」

 「うん。もちろん。むしろそう言ってもらえて嬉しいぐらいだよ。ありがと」

 平津先輩は本当に嬉しそうに笑っています。

 言ってよかったです。

 「じゃあまたね」

 「はい。またです」

 今度はすっきりとした気持ちで言えました。

 図書館に戻り、美世先生にお礼を言います。

 「ありがとうございました」

 「いいのよ。何だか後悔してそうな顔してたから、ついね」

 「本当に助かりました」

 「それならよかったわ。さ、いつも通り図書委員の仕事始めましょ」

 2人して受付の中で椅子に座っていつものように図書室にくる人の対応をして、時に美世先生と他愛もない会話をして時間が過ぎていきました。

 今日ほど図書委員で当番でよかったと思ったことはありません。

 

 次の日

 いつも通りに美術の授業が終わり、愛花ちゃんと優里奈ちゃんと一緒に美術室を出ます。

 つまり、平津先輩も教室から友達と一緒に出てくるはずです。

 いつもの私だったら、ドキドキして余裕がなくなるところですが、昨日のことで少し気分は落ち着いています。だからと言って、完全に緊張しないというと嘘になります。

 「彼、出てきたね」

 愛花ちゃんが私の耳元で囁くように言います。

 「うん」

 「頑張って」

 「うん。ありがとう」

 私は平津先輩を見て話しかけるタイミングをはかります。

 後ろでは愛花ちゃんと優里奈ちゃんが話しています。

 「なんだか、今日の理子っちいつもと違くない?」

 「確かにね。落ち着いているって感じ。いつもはもっと余裕なさそうなのに」

 「もしかしたらいけるかも」

 「かもね」

 どんどんと私と先輩の距離が縮まってきました。

 胸がバクバクします。今日も無理なのかなと、いつものように身体が動かなくなっちゃうのかなと思ってしまいます。ついさっきまではもっと余裕があったのに。

 視線が足元に落ちます。不甲斐ない自分が嫌になります。

 (昨日はあんなに話せたのに、なんで…)

 心臓が痛くて、身体が動かなくて辛い…もう諦めようとしたときでした。

 「新菜さん」

 私を呼ぶ声に驚いて、顔をあげます。

 そこには平津先輩がいました。

 「せんぱい……?」

 「大丈夫?なんだか辛そうだよ?」

 「えっ…だ、大丈夫です!」

 「ほんと?ならよかった…」

 平津先輩は安堵したように、息をはきながら言いました。

 「あ、あの…きのうはありがとうございました。委員会の仕事手伝ってくれて」

 「いいよいいよ。よくあることだから」

 「助かりました。それと、楽しかったです」

 さっきの緊張が嘘のように無くなっていきます。

 不思議です。

 「幸也、先行ってるぞ」

 「ああ」

 平津先輩の友達の方がそう言って階段を降りていきます。

 「ごめんなさい。私、引き留めてしまって」

 「俺が話しかけたんだから、気にしなくていいよ」

 「はい…」

 お互いの目が合います。周りからは見つめあっているように見えるかもしれません。

 すると、唐突に平津先輩が話し始めます。

 「ずっとね」

 「はい」

 「ほんとは、この時間に新菜さんとすれ違うの知ってたんだよ…だけど、昨日まではしっかりとした面識は、公園の時だけだったから。忘れられてるはずだし、話しかけるのは迷惑かなって思ってた」

 「そうだったんですか…」

 平津先輩も私と同じだったんだ。

 「あははは…昨日のことがなかったら話しかけずに通り過ぎていったと思うわ。今日もギリギリまで迷ってたし」

 「先輩でもそんなこと思うんですね」

 「女々しいでしょ」

 「いえ、私もその気持ちわかります」

 「ありがとう」

 「実は私も、先輩とすれ違うこと知ってたんですよ。先輩と全く同じこと思ってました」

 「本当?」

 「はい。本当です」

 「じゃあ、俺たち同じこと思ってたんだ」

 なんだかとっても幸せです。

 『キーンコーン』

 「あ…予鈴」

 授業開始五分前になるもので、これが鳴ったら教室に戻らなければ次の授業に遅れてしまう可能性が高くなってしまいます。

 「もう、こんな時間か。行かなきゃね」

 「そうですね」

 「それじゃあ、またね。…後ろの子は友達?」

 「えっ」

 後ろを振り返る愛花ちゃんと優里奈ちゃんがいました。

 平津先輩と話している間、ずっと私のことを待っててくれていたようです。

 「はい!」

 私は笑顔で返事をします。

 「そっか。2人もごめんね。引き留めちゃったね」

 「いいえ~大丈夫ですよ~」

 「気にしないでください」

 「ありがと。それじゃあね」

 そう言って、平津先輩は階段を降りていきます。

 私たちも教室に戻るために階段を上ります。

 「2人ともごめんね。私、すっかり忘れてて…待っててくれてたのに」

 「いいのだよ。それよりもよかったね、理子っち!」

 「うん。嬉しかった」

 「理子、ずっと笑顔だった」

 「ほんとに?」

 「ええ。幸せそうだったわよ」

 「うんうん!」

 そういわれたらそうだったかもしれません。

 ずっと話していたいと思ったほどでしたから。

 「理子っち~」

 「?」

 「昨日何があったか後で教えてよね~」

 「私も聞きたい。あそこまで距離が縮むなんて、何があったか気になるもの」

 「うん。わかった」

 そのあと2人のは昨日の図書館での出来事を話しました。

 2人ともなぜか楽しそうに私の話を聞いてくれました。

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