暗がりの背中
私達がお風呂から出た後、次に愛花ちゃんと香奈先輩、その後石井先輩、平津先輩が1人ずつ入っていき、最後に美世先生がお風呂から上がると、もうすでにいい時間になっていました。
みんなでリビングで少しだけ過ごした後、寝るために2階へと上がって行きます。
平津先輩と石井先輩が部屋に入っていった後、私達も寝室へと行きました。
寝室は少しだけ大きなベットが置かれており、誰がどこで寝るか決まっていません。しかし、布団を敷くにも床の面積が5人寝られるほどはないです。必然的に誰かがベットで寝ないといけませんでした。
この場合、私達一年生が布団で寝るものだと思っていました。愛花ちゃんも優里奈ちゃんもそう思っているからか、ベットの方には近づいていません。
しかし、今日のために持ってきていたという、美世先生が床に敷いた布団は2つだけです。
私達が少し不思議がって美世先生を見ていると、香奈先輩がベットの布団を直しながらこちらを向きます。
「このベット一応サイズ的にはダブルだけど、3人寝られるかな?」
その3人というのは私達のことです。
「多分大丈夫ですけど……いいんですか?」
優里奈ちゃんが香奈先輩に聞きます。
私達3人とも細い方ですし、愛花ちゃんや私は小柄といわれるほどです。
ダブルベットにも問題なく寝ることができるでしょうが、いいのでしょうか?
「いいよー。それに布団2つしかないし」
確かに、美世先生が敷いた布団は2つだけで、この部屋にもう布団の類はありません。
ここまで言われれば、私達に断ることなど出来るわけにも行かず、ありがたく3人でベットを使わせてもらうことにしました。
愛花ちゃんを真ん中にして、3人で寝てみると、十分寝られるスペースはありました。
「うん、よさそうね」
私達を見て美世先生が満足そうに一言いうと、部屋の電気を消しました。
私は目を閉じ眠りにつきます。
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少しの衝撃を感じ私は目を開きました。
真っ暗の部屋の中で、ほっぺたに誰かの手が当たっていました。
私は首だけを動かし、手の持ち主を見ます。
「愛花ちゃん……」
眠っている愛花ちゃんの手が私に当たったようです。
一度目を開けてしまった私は、そのまま眠ることも出来ず、起こさないようにゆっくりと体をベットから抜け出すと、お手洗いにでも行ってこようと思い寝室を後にしました。
誰も起こさないように音に注意しながら階段を降り、トイレを済まし、寝室の戻ろうとしたとき、不意にリビングの扉が目に入りました。
少しだけ開けられており、中が見えています。
別に何を思ったというわけではないですが、何だか私は気にかかりリビングに近づいていきます。
そして、少しだけ開いた扉から中を見ると、そこに誰かの背中があったのです。
「ひ、平津先輩?」
私にはすぐにその後ろ姿が分かりました。
電気もつけず暗がりの中、平津先輩はソファに腰を下ろしながらなにかをじっと見ています。
話しかけようかと思った私でしたが、月明かりに照らされた平津先輩の顔を見たら、私の体は止まってしまいました。
泣いてる……
平津先輩は泣いていたのです。声を押し殺しながら、体を小刻みに震わせています。
手に持っているのは写真のように見えましたが、暗くはっきりとは見えません。
なんで、どうして泣いているのか分かりませんが、私はその場で動けなくなってしまいました、早く行かないといけないのに、私の体は動いてくれません。見てはいけないものを見ている自覚はありました。それでも、私の体は泣いている平津先輩の背中から視線を離せないでいます。
すると、突然私の体が後ろに引かれました。
強い力で体を動かされ、口まで押えられました。
私がパニックになっていると、聞きなれた声が私の頭の上から聞こえてきます。
「すまないな新菜」
石井先輩の押し殺した声が響いたことに、私も少しだけ気持ちを落ち着かせます。
「い、石井先輩……」
私がリビングの平津先輩を指さすと、石井先輩はすでに分かっているようで、頷くとゆっくりと小さな声で私に答えてくれました。
「分かってるよ。幸也が泣いてることは」
「なんで……なんですか?」
私は石井先輩に疑問をぶつけます。
どうして平津先輩が泣いているのか、平津先輩が何を見ているのか、全てが分からなかったのですが、石井先輩は私の疑問に一切答えることなく、ただただ
「ほっといてやってくれ」
と言うだけです。
石井先輩は平津先輩が泣いているのを分かったうえで、ここにずっといたようでした。
暗がりで私は石井先輩に気づくことが出来ませんでしたが、掴まれた手が少しだけつめたかったのです。布団から出たばかりではここまで冷えることもないでしょうから。
「なにかあったの?」
すると、階段の方から音が聞こえ複数の足音が階段を降りてきます。
私と石井先輩は慌てて降りてきた人たちを見ると、そこには、寝室にいた全員がいました。
私と石井先輩のところまで来ると、美世先生がすぐにリビングの扉に気が付きます。
歩いて行こうとするのを石井先輩に止められました。
「いっちゃん?」
私達2人の雰囲気が静かなことだったためか、美世先生以外の全員が音を抑えています。
小声で聞いた美世先生に石井先輩がさらに小さい声で、短く答えました。
「幸也がいる。今は近づかない方がいい」
「そう……」
美世先生がその言葉だけで全てを察したように、沈んだ顔をします。
香奈先輩もそれは変わりません。
愛花ちゃんと優里奈ちゃんは、特に沈んだ顔をしていた私を心配そうに見つめています。
すると、美世先生がリビングに視線を送り、すぐに帰ってきました。
そして私の目を見ると、悲しそうに微笑みます。
「そっか。理子ちゃん見ちゃったんだ」
「……はい」
「今日だけは大丈夫だと思ったけど、やっぱりダメだったのね」
「仕方ないよみっちゃん。だってさ、ここは」
「うん。分かってる。さぁ、部屋に戻りましょ」
「でも、平津先輩が」
「大丈夫よ。いつものことだから」
そう言って私は美世先生に手を取られながら、階段へと向かっていきます。
後ろから愛花ちゃんも優里奈ちゃんもついてきます。
「香奈ちゃんも一緒に来て。お願い」
美世先生にお願いされた香奈先輩は、少しだけリビングを気にしていましたが、すぐに後を付いて階段を上がってきました。
「幸也のことは任せろ」
「ええ。お願いね」
最後に石井先輩と会話をし、寝室へと入っていきます。
そして私は布団の上に座らされました。両隣には、心配そうな愛花ちゃんと優里奈ちゃんが座りました。
美世先生が私達に向かいに座ると、最後に寝室に入ってきた香奈先輩が電気を点け、美世先生の隣に腰を下ろします。