お泊り会
私がいつもの様に図書委員の仕事のため、放課後で誰もいない図書室で受付をしていると、司書でもある美世先生が不意に隣に座ったまま呟きました。
「理子ちゃんは今度の休みって予定とかある?」
脈絡もなく突然響いた美世先生の声に、私は驚きましたがすぐに頭の中で記憶を探ります。
「……いえ、土日はどちらも何もありませんけど」
「ん?あーごめんね。休みって今週の金曜日のことなのよ」
「金曜日ですか?」
「うん。ていうか、木曜日の放課後から空いてないかな」
そう言う美世先生を見ながら私はまたもや頭の中を探りました。
今週の金曜日は祝日でもなく普通の平日なのですが、私達の学校は創立記念日ということで休みになっています。この日は生徒だけでなく先生もみな休みとなるので、美世先生が私に聞いてくるのも納得できました。
しばらく考えてもこれといって何かあることが思い当たらないと、私は視線を美世先生に向けます。
「なにもありませんね」
「そっかー。実はね、私と幸ちゃん、香奈ちゃん、いちゃんでね、ある予定を立てててね。それに理子ちゃん達も誘おうかなって話になってるんだよね」
「え?でも、いいんですか?幼馴染同士の約束じゃ」
「いいのよ。その予定ってのが知り合いの空き家でのお泊り会みたいなものでね」
「空き家?」
「そう。知り合いが引っ越すからって手放した家なんだけどね。今週の土曜日で取り壊すことになって。急で、家具とか電気水道とかもそのままで出てきちゃったから使わないと勿体ないって言うのよ。だけど、本人は帰って来れないからって言うから、じゃあ久しぶりに昔みたいにみんなで集まってなにかしようってことになって」
「それでお泊り会ですか」
「うん。日頃部活とか仕事で、同じ学校にいても昔みたいに一緒に集まるってことないから。創立記念日で部活も休みだし、私も一日休みだからちょうどいいって話になってるのよね」
確かに貴重な機会かもしれません。
それでも、そこに私達が呼ばれるのにはいまいち分かりませんでした。
すると、美世先生がそこを説明してくれます。
「それで、いざっとなって4人じゃ面白くないなって香奈ちゃんが言い出して、4人の共通の知り合いでもある理子ちゃん達も呼ぼうかってことになったの」
「なるほど」
「どうかな?これそう?」
「私は大丈夫ですけど……」
私の予定がないことは分かっていても、愛花ちゃんや優里奈ちゃんの予定までは分かりません。
「愛花ちゃんと優里奈ちゃんには今度聞いておきますね」
「うん、お願いね。まぁ多分近いうちに香奈ちゃんから連絡がいくと思うから大丈夫だと思うけど」
それを最後にこの話は終わりました。
その日の夜、私の携帯には美世先生の言ったように香奈先輩からのメッセージが来ました。内容は図書室で聞いた話と同じ内容の物です。
私はそれに返信をしようとすると、私と愛花ちゃん、優里奈ちゃんの3人で作ったグループの方にメッセージが届きました。
発信者は愛花ちゃんです。
『香奈ちゃん先輩から連絡来た?』
それに対して、私と優里奈ちゃんが同じ内容の返信をします。
『どうする?』
愛花ちゃんの問いかけに優里奈ちゃんが答えます。
『私は別に予定ないしいいよ』
『理子っちは?』
『私も大丈夫だよ』
『そっか!』
『愛花はどうなの?』
『もちろん私は暇だから行く!』
『あんた、部活ないとぐーたらになるもんね(笑)』
『なんだってー!』
そしてしばらく他愛もないやり取りを繰り返したのち、私は香奈先輩に参加できますというメッセージを送りました。
するとすぐに香奈先輩から返信が来ます。
『オッケー。これで全員参加だね!』
続いてグットサインのスタンプが送られてきます。
どうやら私が最後だったようです。
『木曜日の放課後、校門近くに集合ね。よろしく!』
『はい分かりました』
『お泊り会だから、ちゃんと着替え持ってきてね。それじゃあお休み~』
『お休みなさい』
そして私はそのまま眠りにつきました。
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木曜日の放課後、私は帰りのホームルームが終わると、少しの着替えが入った鞄を持ち、愛花ちゃんと優里奈ちゃんと共に、香奈先輩の指定通り校門に近づいていきます。
するとすでに、平津先輩、香奈先輩、石井先輩の姿がありました。
私達が合流するのを待ってます。
「遅れましたー」
愛花ちゃんがそう言って3人に謝ります。
私と優里奈ちゃんも謝ろうとしますが、先輩方に止められます。
「いいよーそんなこと」
「ああ」
「俺達が早く終わり過ぎただけだしね」
「私達の学年の先生達ってみんな適当なのよね。まぁ、そこがいいんだけど」
それぞれが理由を口にします。
「あとはみっちゃんだけだね」
「お仕事終わるでしょうか……」
私が少しだけ心配そうに職員室を見ると、香奈先輩が笑います。
「大丈夫でしょ。だよね幸くん」
「今日のために溜まってる仕事必死に終わらせたって言ってたから、多分大丈夫だと思うけど」
そう言って平津先輩が職員玄関の方に目を向けた時、美世先生が靴を履き替えている姿が見えました。
手には鞄を持っていて、こちらに手を振っています。
そんな美世先生の姿にこの場に居る全員が少し安心したような雰囲気になりました。
「お待たせ~」
美世先生が私達のところに来ます。これで全員揃いました。
「じゃあ行こっか」
美世先生の言葉を合図に、私達は校門を出ていきます。
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目的の空き家だという家は、学校から少しだけ離れた閑静な住宅街に場所にありました。
普通の一軒家です。大きすぎず、かといって狭い家ではなく、普通の二階建ての家としか言いようがありません。
引っ越したということで、すでに表札は外されていました。
美世先生が玄関の前に行き、鞄の中から鍵を取り出すと鍵穴に差し込みます。
鍵は問題なく回り、がちゃっという開閉音がなりました。
そして玄関を開け美世先生が入っていきます。
それを皮切りに私達も、家の中に入っていきました。
家の中も外見の印象通り普通の住宅です。
玄関のすぐ近くの扉を開けるとリビングがあり、キッチンもしっかりと完備されていました。
トイレもあり、隣にはお風呂もあります。
階段を上って行くと、二階には2つの部屋がありました。
1つは寝室になっていたようでベットがそのまま置かれてあります。そしてもう1つの部屋は、寝室より少し狭いですが、こっちにもベットが置かれ、対面には机がありました。子供部屋のようです。
子供部屋を平津先輩と石井先輩達男性が使い、少しだけ広い寝室を私達女性が使うことになりました。
荷物を部屋に置くと、リビングに集まります。
リビングには扉を入り真ん中に机と椅子が四つ並べられてあり、左手にキッチン、そして右手にはソファと広い机、そしてテレビがおいてあります。
すぐに、香奈先輩が扉近くのスイッチで電気を点け、キッチンに行くと水道の水を流しました。
「よし。大丈夫みたいね」
そして問題なく電気がつき水が出ると、満足そうに頷きます。
「智弘ーテレビつけて見て」
「分かった」
香奈先輩のお願いを聞いた石井先輩は、ソファ近くの机の上に置かれたリモコンでテレビの電源を入れます。
すると、テレビは夕方のニュース番組を映し出します。
それを見ていると、美世先生が満足そうな声を出しました。
「大丈夫そうね~」
「すっごーい。空き家だなんて思えないよ。家具とか壁とがまだまだ全然綺麗なのに」
愛花ちゃんが目を輝かせています。
「まぁ、最近まで住んでたからね」
それに平津先輩が答えました。
確かにそうです。まだライフラインが切れていないところを見ると、本当に急な引っ越しだったことが伺えます。家具までそのままなのが特に私にはそう思われました。
「取り壊すなんてもったいない」
優里奈ちゃんがリビングを見渡しながら呟きます。
「まぁ、仕方ないよ。住んでた人はもうこの街に戻って来れないみたいだから、残しておいてもしょうがないんじゃないかな」
平津先輩がそれに反応しました。
「そうですけど……そんなきっぱり決められるんですか?」
優里奈ちゃんの疑問はもっともだと思います。
いくらもう帰って来ないとしても、すぐに取り壊そうと思えません。
しかしそれに対して平津先輩は少しだけ沈んだ声を上げます。
「だから仕方ないんだよ。使う人がいなくなった物はいずれ壊さなけらばならない。じゃないとずっと意味もなく残ってしまうからね」
その言葉には少しだけ重みがありました。
平津先輩の言葉を聞く私達以外の幼馴染3人の表情もどこか暗いです。
優里奈ちゃんも何も言わず頷くしかありません。
『グー……』
重い沈黙が降りたと思ったとたん、気の抜ける音が鳴り響きました。
音のなった方を向くと、愛花ちゃんがお腹を抑え恥ずかしそうにしています。
「あははは……」
顔を赤くした愛花ちゃんのおかげで、場の空気が軽くなります。
みんなの顔にも笑顔が戻ってきました。
「もう、愛花ったら」
「ごめんって」
「ふふっ。そろそろ夜ご飯作りましょうか」
「そだねー。私もお腹空いた」
「でも、材料ってありませんよね。私達、何も買わずに来ちゃいましたけど……」
私の心配そうな声に、しかし、美世先生は弾んだ声で答えます。
「大丈夫よ。私の家に置いてあるから」
「え?美世先生の家ですか……?」
確か美世先生の家は私と同じ方向のはず。
この家はその方角と反対のところにあります。
わざわざ取りに行くのかなっと心配そうに見つめていると、美世先生は私の視線の意味を察したのかすぐに自分に言葉に付け足します。
「ああ、えっとね、家といっても実家の方よ」
「なんだ……そうなんですか。……実家?」
私がホッとしながらも、少し引っかかる言葉に首をかしげていると、会話を聞いていた愛花ちゃんが美世先生に聞きます。
「実家って近くなんです?」
「ええ。そうよ。隣だもの」
そう言って窓から見える隣の家を指さします。
さすがのこれには私も愛花ちゃんも優里奈ちゃんも驚きます。
しかし、幼馴染だという先輩達に驚いた雰囲気がないことから本当のことでしょう。
驚いている私達を置いて、美世先生が玄関で靴に履き替えると、
「幸ちゃんも行くよー」
といってリビングにいる平津先輩に声をかけます。
平津先輩も疑問に思うことなく玄関に向かい、2人して隣の家へと向かっていってしまいました。
「驚いた?」
未だにそんな2人を信じられないように見ていた私達3人に香奈先輩が悪戯っぽい笑みを浮かべてきます。
「驚きますよそりゃあ!」
愛花ちゃんがすぐさま反応を返します。
そして窓の向こうでは当たり前のように隣の家の玄関を開けて、慣れたように中に入っていく美世先生と平津先輩の姿が見えました。
「なんで教えてくれなかったんですか」
「びっくりさせようと思って」
「もう。香奈ちゃん先輩は意地悪です」
「えー?私だけじゃなくって智弘もでしょ」
愛花ちゃんの言葉に不服そうに香奈先輩は石井先輩を指さします。
「俺は隠そうなんて一言も言ってないぞ。香奈が驚かせたいから黙ってろって俺達に言ったんだろ」
石井先輩が言いかえします。
「やっぱり香奈ちゃん先輩じゃないですかー!」
「あれ?そうだっけ」
愛花ちゃんにわざとらしくとぼける香奈先輩ですが、そう言う目は笑っています。
「でも、それだとこんな空き家、使っていいなんていうのも納得かも」
「うん、そうだね」
優里奈ちゃんが呟いた言葉に私が頷きます。
元々隣人であるなら美世先生の両親を伝ってここのことも知ったのも分かるし、先輩たちの慣れた雰囲気にも何となく理解出来ます。
取り壊すと言っても信頼できる相手にしか、使っていいとは言わないでしょうし。
小さい頃から美世先生と幼馴染で、よく遊んでいたの子達なら、住人の方も安心して貸せたのでしょう。
近所の子のいい思い出になるならと想ってのことかもしれません。