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伝わっていること

 私は美世先生と平津先輩と共に、歩道を家の方向まで歩いて行っていました。

 三人して横に並ぶわけにはいかず、私と美世先生が隣り合わせに歩き、私達の後ろを平津先輩が歩くというかたちになりました。

 その間でも、平津先輩は車道側を気にしているあたり、その性格をよく表しています。


「理子ちゃんは、イロイって行ったことある?」


 美世先生が歩きながら隣の私に聞いてきます。


「イロイですか?……はい、行きましたよ」

「あぁ~いいわねぇ」

「先生は行ったことないんですか?」

「そうなのよねぇ。行きたいとは思ってるんだけど」

「やっぱり、先生って忙しいんですね」


 私は美世先生を同情の思いを込めて見ます。

 美世先生は私の言葉に、うんうんと頷きます。


「ほんとよ。一日休みなんて、一か月に2回あるかどうか。私は部活担当してないだけマシなぐらいなんだから」

「部活の顧問になると、そんなに休みないんです?」

「休日出勤なんて当たり前。大会なんてあるもんなら、車を出さなきゃいけない。聞いただけでも嫌になるわ」


 うんざりというように、美世先生は嫌そうな声を上げました。


「イロイなんて行けないですね」

「まぁ、私の場合は行こうと思えば行けるけどね~。だけど、1人暮らしだと色々やらなきゃいけないことあるでしょ?」

「はい。そうですね」


 1人暮らしだと、当たり前ですが全てのことを1人でやらなければいけません。洗濯から掃除、それから自炊をするなら買い物から料理まで。

 そう思うと、世の中のお母さんがどれだけすごいかがよく分かります。

 そういったことをやっているうちに、美世先生の休日は終わってしまうのでしょう。


「そういえば」


 美世先生は突然そう言って、後ろの平津先輩を見ました。


「幸ちゃんはイロイって行った?」

「イロイ……どこだっけ?」


 平津先輩は美世先生の言っていることがよく分かっていないのか、首をかしげて苦笑いしています。


「イロイって言ったら、ほらあれだよ~。二駅先の最近できたショッピングセンターのこと」

「あーあそこか!……行ったことない」

「そうだと思ったわ」

「ふふっ……平津先輩、知らなかったんですね。結構学校でも話に出ていますよ」

「うそ!?全然聞いたことないけど……」

「そうなんですか?1年生だけなのかな……?」


 気づけば私は平津先輩とも普通に会話できています。

 変な話、正面から見つめられなければ緊張することはないようですね。

 本屋さんの時では想像できないほど、私の心は何か不思議と満たされています。


「そんなことないわよ~男女学年問わず、この街にいる子はみんな、イロイのこと気にかかってるはずよ~」

「えー?そうかな」

「そうよ。相変わらず幸ちゃんはそういったことに興味ないんだから」

「別にいいだろ。困ってないんだから」

「まぁそうだけどねー」


 そう呟いて美世先生は前を向きながら、平津先輩に聞こえない小さな声で私に話しかけてきました。


「だからね、服とかもあんなシンプルな感じなのよ」


 後ろの平津先輩を盗み見ながら、美世先生は私に言ってきます。

 私もそれにつられるようにして、後ろを歩く平津先輩を見ます。今日の平津先輩は、美世先生の言ったようにデニムに上半身をパーカで決めるという、いわゆるよくあるスタイルの服装をしていました。

 シンプルなデザインも相まって、とてもおしゃれとは言えません。

 だからといって、私にとっては平津先輩は平津先輩です。シンプルな服装も私にしてみれば平津先輩の雰囲気によく似合っていていいと思えます。

 しかし、美世先生にはそうは見えていないようでした。

 ため息をつくと、諦めたような声で、独り言のように呟きます。


「もうちょっと、服とかに興味が出てくれば、全然モテると思うんだけどな~」

「……私は今のままでいいと思いますよ」


 美世先生の言葉に私はつい反応してしまいました。

 美世先生が私に体を近づけてきます。


「なんでそう思うの?」

「今の平津先輩の格好はすごく、平津先輩の雰囲気に合っているというか……」

「本当にそれだけ?」


 美世先生はとても楽しそうな顔をしています。

 私は観念したように、恥ずかしがりながら、平津先輩には聞こえないよう声の大きさに細心の注意をはらい、口を開きました。


「……これ以上モテては困ります……から」

「ふふ」


 私の顔が熱くなるのが分かりました。

 その時、平津先輩を一瞬見ましたが、私達の会話は行きかう車の音で聞こえていないようです。


「理子ちゃんも女の子ね~」

「……」


 恥ずかしさのあまり私は上手く言葉を発せられませんでした。


「2人してなに話してるのー?」


 すると、平津先輩がぴったりくっついて歩いている私達に対して、疑問の声を投げかけました。


「なんでもないわよ~」


 美世先生がそれに気のない返事を返すと、私との距離を不自然じゃない程度まで離します。

 顔はニコニコしたままですが。


「理子ちゃんはイロイには誰かと行ったの?」


 美世先生はすぐに平津先輩の意識をそのことから逸らすために、私に話しかけてきます。


「……愛花ちゃんと優里奈ちゃんです」

「ああ~あの2人ね。仲いいわね」

「はい……」


 ですが、美世先生のその言葉に反応した私の顔は、少しだけ沈んでしまいます。

 私の変化に、美世先生はすぐ気づいたように顔を心配したように見てきます。


「理子ちゃん……?」

「……へ?な、なんですか?」

「なんだかあんまり顔色よくない気がして」

「そ、そんなことありませんよ」

「そう?」

「はい……!」


 美世先生に優里奈ちゃんとの仲がぎくしゃくしているということは、何だか言っていいような気がしませんでした。

 優里奈ちゃんは私のためを思って本音をぶつけてきてくれました。だったら、誰かを頼ってはいけないような気がします。これに関しては、自分で何とかしなければいけません。

 私は何とかごまかすために、何かないかと頭を回転させました。


「そ、そういえばその時に、香奈先輩と石井先輩に偶然会いましたよ」


 私が咄嗟に出したことは、美世先生にも平津先輩にも関係のある人物でした。

 おのずと、美世先生の意識がそちらに向きます。


「あの2人ね~相変わらずラブラブなんだから」

「まぁ、あの2人は元々相性良かったからな」

「驚きました。香奈先輩と石井先輩って恋人同士だったんですね」

「どっちも言いふらすタイプじゃないからねぇ~」

「新菜さん達が知らないのも無理ないか。人前でイチャイチャとか絶対にしないし」

「人前じゃなくてもしなさそうに思えるけど?特にいっちゃんなんて」

「……いっちゃん?」


 私は美世先生の言葉に少し首をかしげます。


「ああ、智弘のことだよ。石井智弘でいっちゃん」

「あ、なるほどです」


 平津先輩の説明に私は納得します。


「ちなみに、香奈のことは『香奈ちゃん』。これは分かりやすいか」

「幸ちゃん説明ありがと~」

「へいへい。どういたしまして」

「美世先生って、本当に先輩3人のお姉さんって感じですね。なんだか、4人兄弟みたいです」

「小さいころから一緒だとね~特に私はみんなよりも歳が離れてるし」

「そう思うと、こうして4人が一緒の学校って奇跡的だよな」

「ほんとね~」


 そう言って美世先生は嬉しそうに笑いました。

 その笑顔は少しだけ、先生という大人な雰囲気とは違った、幼さがあったように見えます。それは平津先輩も変わりません。


「……友井さんか……」


 すると、平津先輩が唐突にそう呟きます。

 私はその声に振り向きました。


「……優里奈ちゃんがどうかしたんですか?」

「あぁ、いや、この前ね。友井さんに怒られたなって思ってさ」

「幸ちゃんなにしたの?」


 美世先生がそれを聞いて、子供を注意するお母さんのような声を出します。


「別に何も……いや、何かしたっていうよりも失言したって言った方が正しいかな」

「それで?後輩の女の子に怒られることって、何言っちゃったの幸ちゃん」

「ああっとそれは……」


 平津先輩は歯切れ悪く答えに詰まっています。

 私には何のことを言っているのかすぐに分かりました。

 平津先輩が言おうとしていることは、告白のことでしょう。その時、偶然そのことを見ていた優里奈ちゃんに言った言葉によって、平津先輩は優里奈ちゃんにきつく怒られたみたいなんです。

 しかし、そのことを美世先生に話すわけにはいかずに、平津先輩は困ったようにしています。


「まぁ、とにかく!新菜さん」

「はい」

「友井さんにお礼言っておいて。その場でも本人に言ったんだけど、やっぱり助かったから。おかげで変にあの子を傷つけずに済んだからさ」

「……はい。分かりました」


 私の目を見る平津先輩は真剣は表情をしています。

 そんな平津先輩を見て、美世先生は追及をやめ、穏やかに笑ったように思いました。

 私は嬉しい気持ちで溢れていました。友達を褒められたとは少し違うかもしれませんが、私がこの時抱いた感情はそれと同じものでした。

 いくらぎくしゃくしていても、友達を褒められたら嬉しいのは変わりありません。

 優里奈ちゃんの想いは、しっかりと平津先輩の心に伝わっています。

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