街でばったり
それから数日後。
私は、街の本屋さんに立ち寄っていました。というのも、今日は日曜で、学校がありません。
特に予定もなかった私は、ちょっとした思いで、いつもの本屋さんへと足を運んだのです。
目当ては小説……ではありません。
私がお店の中に入ると、一直線に漫画本のコーナーへと足を踏み入れたのです。
イロイの書店にいるとき、優里奈ちゃんに教えてもらった漫画が、ここでも大きく宣伝されていました。私は、その1巻を手に取ると、パラパラと捲っていきます。
あれから、優里奈ちゃんとは少しぎこちなくなってしまいました。
愛花ちゃんはいつも通りに、私にも優里奈ちゃんにも話しかけてくれますが、優里奈ちゃんの方はというと、イロイの1件があってから、私にあまり話しかけて来なくなってしまいました。
理由は分かっています。
私もどうしていいのか分からなくて、優里奈ちゃんとの関係はそのままです。
このままぎこちないままでいたくありません。ですが、優里奈ちゃんに私はどういった言葉をかけていいのか分からず、悩んだまま数日が経ってしまっていました。
私は複雑な思いで、優里奈ちゃんが勧めてくれた漫画を見ています。
イロイとは違っていて、この書店では1巻だけならすべて読めるようになっていて、試し読みで読んだ先の展開まで私は目を通しました。
この漫画では、主人公の恋愛模様を描くと当時に、友情も描かれていました。
私は特にその場面を注意深く読みながら、そっと漫画を棚に戻します。
買う気はなくなっていました。というのも、今は自分に共感し過ぎていて、読んでいて辛くなるだけでしたから。
私は、そういった思いのまま、今度は小説コーナーへと足を運んでいきました。
あれから数日が経っているので、新刊コーナーにはイロイで見た時とは違う本が並んでいました。
それを私がざっと見て、買っている本の新刊が出ていないか確かめます。
しかし、目的のタイトルは見つからず、私は気落ちしたように小説コーナを後にしました。
本棚の間を適当に見回っていた私は、あるコーナー、料理コーナーで雑誌を手に取って立ち読みしている人を見て止まります。
その横顔には見覚えがありました。
私は恐る恐る、その人の顔を確かめると、声をかけました。
「美世先生……?」
私に声をかけられた女性は、びっくりしたように私の方に顔を向けます。
その顔を正面から見て、私の思っていた通りの人物だと確信しました。
美世先生は私の顔を見て、驚いた表情になります。
「理子ちゃん」
「こんにちは」
私は驚き顔の美世先生に、挨拶します。
街で美世先生に会うなんて、珍しいこともありました。美世先生の服装は、学校の時と変わらなかったのですぐに分かりました。
違いといえば、学校に着てくる服装と違い、色が華やかなところでしょうか。
「こんなところで美世先生に会うなんで珍しいですね」
「ほんとね~」
「……料理本ですか?」
私は美世先生の持っている雑誌を見て呟きます。
美世先生の持っている本は、肉料理特集となっていて、題目は『男受け間違いなし』となっています。
すると、美世先生は恥ずかしそうに、手に持っている雑誌を棚に戻しました。
「まぁね~」
「料理苦手なんですか?」
「苦手って程じゃないかな。でもね~もうちょっとレパートリーがあった方がいいかなって思って」
そう言ってまた他の料理雑誌を手に取ります。手に取ったのはまたしても肉料理の本でした。
「肉料理……私もあんまり得意じゃありませんね」
「理子ちゃん料理するんだ」
「少しだけです。お母さんの手伝いで」
「そっかそっか」
「でも、肉料理は分かりません。ハンバーグ、生姜焼き……作れるのは定番の物ばかりですね」
私は雑誌を見ては、その見たこともない料理の数々に圧倒させながら答えました。
お肉といっても使い方次第で、色々なものになるんですね。
「だけど、ここまでがっつりとしたもの、作る必要あるんです?美世先生って1人暮らしじゃ……」
前に聞いた話ですが、先生になるにあたって、美世先生は近くにある実家から離れて、社会勉強として1人暮らししているはずです。
女性だったら、ここまでのがっつりとしたもの作る必要はないように思えます。美世先生が大食漢だとは、聞いたことがありません。
「うーんまぁそうなんだけど、ちょっとね」
そうして、美世先生が私の質問に歯切れ悪そうに答えていたその時でした。
「あれ?新菜さん?」
私の視線の先に突然現れた平津先輩が、声をかけてきました。
私の顔が熱くなるのを感じます。
「ひ、平津先輩」
私が固まっていると、美世先生が雑誌を棚に戻し、平津先輩に向かい合います。
「お目当ての物はあった?」
「いや、なかった。今月発売だと思ったんだけどなぁ」
美世先生の問いかけに、平津先輩が難なく答えます。
その様子を見ていたら、美世先生が平津先輩と本屋に来ていたことは容易に想像できました。
「ああそうそう。幸ちゃんが新刊探してる間に、理子ちゃんと会ってね~」
そう言って美世先生は私と平津先輩の間から、抜けます。
私と平津先輩の視線がまっすぐに合いました。私はたまらず顔を下にそらしてしまいました。
「こ、こんにちは」
私は緊張で硬くなってしまった体をどうにか動かして、平津先輩に挨拶します。
「こんにちは。新菜さんもここに来てたんだ」
「はい。漫画を見に……」
「へぇ。じゃあ俺と同じだね」
平津先輩はそう言って笑いかけます。
その笑顔に、私の胸が早鐘をならしたように、うるさくて止まりません。
「でも意外ね。理子ちゃんって漫画読まなそうなのに」
すると、美世先生がそんな私に対して、話しかけてくれます。
「えっとその、友達に勧められて……」
「なるほどね〜」
美世先生は納得いったように頷きます。
しかし、そう言った私の表情は、優里奈ちゃんの事を思い出してしまって、沈んだものになってしまいました。
それに気づいたように、目の前の平津先輩が私の顔を覗き込んできます。
私はそれにぼっと顔を赤くして、少しだけ後ろに下がってしまいました。
「ちょっと幸ちゃん。女の子の顔覗かないの」
「えっ……ごめん新菜さん!何だか浮かない顔してたからつい」
美世先生に注意された平津先輩が謝ってきました。
「い、いえ、大丈夫ですから」
私は、何とかドキドキしている胸を抑え、平津先輩に返しました。
思いのほか近くに平津先輩の顔があったことに、未だに動機が止まりません。
それから、お店の中でずっと話しているわけにも行かず、私達は、お互いに本屋にそれ以上用事がないことを確認し合い、3人で本屋を出ていくことにしました。
「私達は歩きで来てるけど、理子ちゃんは?自転車だったりする?」
美世先生は本屋を出たところでそう私に聞いてきます。
「いえ、私も歩きです」
「そう?よかったら途中まで一緒に行かない?私達はあっちなんだけど」
そう言って美世先生は家のある方向を指さします。
奇しくも、それは私の家のある方向と一緒でした。
私がそのことを伝えると、美世先生は「ちょうどよかったね」と言って、平津先輩に一言伝えると、私達は並んで歩道を歩いて行きました。